日本キリスト教団 大塚平安教会  

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何にもまさる喜び

2019-05-12 15:25:53 | 礼拝説教
【詩編4編1~9節】
【ルカによる福音書10章17~20節】


 先週は詩編の3編を取り上げてお話させていただきました。
 8人の妻を持つダビデ王としては、どの子も自分の子供なのですが、それぞれに母親が違う状況で、長男アムノンが、3男の息子アブサロムに殺されるという事件が起こります。なぜそうなったのか、実際には長男のアムノンにも、それなりの罰せられるべき大きな罪があり、アブサロムは、長い間アムノンの命を狙っていたのですけれど、その思いを成し遂げるチャンスがやって参りまして、アムノンを殺し、そしてアブサロムは逃げたのです。

 この時ダビデは父として息子アブサロムに毅然とした態度で臨めば良かったのですが、しかし、ダビデはそれが出来ませんでした。

 アブサロムもまた自分の愛する息子であるし、また自分も一人の人を殺している、そんな負い目があったからだと思います。ある日、ダビデ王が戦いに出ないで城にいた時、城から町を見渡していた時に、つい見てしまった一人の女性、バト・シェバと関係を持ち、バト・シェバは子供を宿したわけでした。
 
 そのことを聞いたダビデは、その子をバト・シェバの夫ウリヤの子供、ということにしてしまおうと計画を立てるのですが、それが上手くいかないと知ると、逆にダビデは、ウリヤを戦いの最前線に出して、ウリヤは戦死することになります。しかし、それはダビデが願っていたことでもあり、ダビデはそのような罪を犯しました。

 その後、預言者ナタンが登場し、ダビデは叱責され自分の罪の深さを知るわけですが、その出来事がダビデの心によぎったかもしれません。

 ついアブサロムに対して、強い態度に出られないでいる最中に、思いもしなかった息子アブサロムが、父に対してクーデターを起こした。ダビデはどんなにか悩んだかと思います。まさに夜も寝られない程に悩み、神に祈り続ける、「主よ、わたしを苦しめる者は、どこまで増えるのでしょうか。多くの者がわたしに立ち向かい 多くの者がわたしに言います。「彼に神の救いなどあるものか」既に、ダビデの心は折れかけていた状態であったと思います。

 しかし、詩編に後半に入りますと、「主よ、それでもあなたはわたしの盾、わたしの栄え、わたしの頭を高くあげてくださる方。」とどんな状況にあっても、主がわたしの盾となり、主が私の力となって下さっている信仰に立ち戻り、そしてだから、わたしは主の救いを信じて、「身を横たえて眠り わたしはまた、目覚める」つまり、多くの悩みがある中にあっても、尚、私は、夜しっかりと寝て、新しい朝を生きることが出来る。そのような力強い歌を詩編3編としたわけです。

 その内容に続くものとして4編でも、状況としては、ダビデが置かれている状況はあまり変わってはいないようです。

 「主よ、呼び求めるわたしに答えてください わたしの正しさを認めて下さる神よ。苦難から解き放ってください 憐れんで、祈りを聞いてください」

 と主に呼び求める言葉から始まります。けれど、4編の詩編は、3編よりも、更に主に信頼を強く置き、頭を高くあげてくださる方により強く信頼を置く、そのような心が記されているようにも感じます。与えられている状況は変わらない、でも4編9節には「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに わたしをここに住まわせてくださるのです。」という御言葉を読むことが出来る。
 
 今も尚、状況は変わらない、でもその中にあっても主の平安の内に眠ることが出来るのです、と祈れる信仰、そのような信仰に私たちも生きていきたいそんな思いで今日は、話しを考えたわけですが、

 今日もですね、9時からファミリー礼拝が行われました。受難節のこの時期を過ごしておりますから、読まれました箇所は、捕らえられた主イエスが大祭司から裁判を受けている場面でありました。週報にも少し文書を記していますが、その裁判に弟子のペトロが上手く潜り込むことが出来て、様子を伺おうとしたのでしょう。

 ところが、門番の女中がペトロを見つけて、「あなたはあの人の弟子の一人ではありませんか」と問われてます。ペトロは慌てて「違う、違う」と言って否定するわけです。その後も、二度ペトロは、「あなたはあの男の弟子ではないかと」と問われ、しかし二度とも否定した時に、鶏が鳴いたとあります。鶏が鳴くだけでもなく、ペトロも、主の弟子ではないと言ってしまった自分に涙するわけですが、ペトロは、その前に記されている場面では、主が捕らえられそうになった時に、剣を持ち出して、大祭司の手下とやり合おうとして、敵の一人の右の耳を切り落としたとあります。まさに戦闘態勢をとったわけです。しかし、主イエスに、「剣をさやに納めなさい」と窘められて、主イエスは、争うことなくそのまま捕らえられたわけでした。

 この時、ペトロの心はどこにあったのか、捕らえられそうになった時には、剣を持ち出すほど抵抗しようとしたのですけれど、裁判の場面では弟子ではないと否定する。つまり、どちらにしても、なんとか自分を守ろうとしたということでしょう。つまり、状況によって自分が大きく変わるのです。週報には「状況の奴隷」と言う言葉を記しました。ペトロは状況に飲み込まれ、その状況の奴隷となったのです。状況の奴隷になってしまうと、いつもは、信仰者として「主にある信仰」と思っていたけれど、その時、その時の状況で、大きく心が揺さぶられて、人の言葉に動揺し、自信を失い、その中で、主に祈る、主に頼る、主に救いを求めることさえ忘れてしまうかのようになってしまう、それは、時として私たちの現実かもしれません。

 だから、ダビデが苦しい状況の中にあって、「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。」とつづる言葉、決して自分は「状況の奴隷」にならないと告げる御言葉に、どれほどの主に対する信頼の思いがあったかと思わされます。

 状況の奴隷となると、私たちは平和を失います。身を横たえて、わたしは眠りますとダビデは記しましたが、安心して眠ることさえ出来なくなる、不安とストレスで、眠れない日が続いたりもします。そして、そんな出来事が私たちの人生に、幾度も訪れたりするのではないでしょうか。特に自分でなんとかしよう、なんとかしようともがき、苦しむ中では、平和、平安がやって来ません。

 また、私たち日本人の特徴のように言われますけれど、私たちは、のんびり過ごすとか、ゆっくり休むこれが本当に苦手です。日本人は勤勉で働き好きだと言われたりしますが、働き好きというより、働かないことに罪を感じてしまう、そういう方のほうが多いと思います。「もう少し」頑張ってみたら良くなるのではないか。「あと少し」勉強したら出来るようになるのではないか。
 それがもし、平和、平安のうちに思えるのであるなら悪いわけではないと思います。けれど、その「もう少し」が、「不安や怒り」から出るとしたら、時には、そういった不安や怒りが人と人の関係さえも壊してしまったりもすることもあるのではないでしょうか。

 先週は、久しぶりに「発展・聖書の会」を行いました。幼稚園を卒業した子どもたちのお母さん方が集まって来て下さる、聖書の話しを聞きに来て下さるわけですが、内実は、子どもが宿題をしないとか、親の言うことを聞かないとか、夫との間が上手くいっていないとか、色々な相談といいますか、とにかく話したくて集まって来られるのだと思いますけれど、なぜ話したいのか、不安があるからです。心配だからです。人と人との関係が上手くいかないからです。つまり、状況の奴隷になっているからです。平安を見いだせないからでありましょう。

 今日は、新約聖書からルカによる福音書の10章17~20節を読んで頂きました。主イエスが福音伝道の為に、72人を選んで、それぞれの町に派遣するという場面が10章1節から記されてあります。そしてその人々を集めて、派遣するにあたりその心構えを教えます。「行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは狼の群れに子羊を送り込むようなものだ。財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。」と話しだされる。「どこかの町に入り、迎え入れられたら、出されるものを食べ、その町の病人を癒し、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。しかし、町に入っても、迎え入れられなければ、広場に出てこう言いなさい。「足についたこの町の埃さえも払い落として、あなたがたに返す。しかし、神の国が近づいたことを知れ」と。

 つまり、派遣するにあたり、いつも成功ばかりじゃないよ。いつも上手くいくわけではないよ、と先に教えておられるのです。受け入れられたらそこに留まりなさい。しかし、受け入れられないとしたら、その町の埃さえも払い落として、返してしまえと言うのです。

 なぜそう言われたのか? 上手くいかなかったことが心に残るからです。失敗したと思う気持ちを引きずったまま、次の町に行ってはいけないということでしょう。上手くいかないと、人はそれを自分で背負い、自分の重荷としてしまいます。

「人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」と徳川家康が言ったそうです。人の生涯は重荷を負って、長い坂道を登っていくようなものだということのようです。徳川家康は子どもの頃から、苦労して、母と生き別れとなったり、ある時は大人の駆け引きの中で、人質となったり、じっと我慢して、耐えて、大分苦労して成長したようですから、人の生涯は重荷を負って生きているようなものだ、だから焦ってはならない、それが人生観だったのかもしれません。
 それもまたその通りかもしれません。でも、主イエスはそうは言いませんでした。「足についたこの町の埃さえも払い落として、あなたがたに返す。しかし、神の国が近づいたことを知れ」といって、その町から出て行けというのです。

 いつまでも重荷を負っていないで、その重荷を肩から降ろし、平和な心で「神の国は近づいた」と告げる者になることだと教えたのです。

 教会の看板にも御言葉が記してあります。「疲れた者、重荷を負う者は、それが運命だと思って諦めなさい」とあるわけではありません。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい、休ませてあげよう。」マタイ11章に記されている御言葉です。

 なぜ、そうなのか、主イエス・キリストが、主なる神が、その重荷をあなたに代わって担って下さるからだということでしょう。だから主イエスは十字架に架けられて、私たちの全ての罪、重荷を担って下さって死に、しかし、死んだままで終わらず、復活という死から勝利をもたらし、弟子たちに聖霊を与えて、また新たな、生き生きとした福音伝道が開始されて、キリスト教は成長して参りました。

 今、「聖霊を与えて」と申しましたけれど、聖霊とは主イエス・キリストそのものであり、父なる神そのものです。難しい言葉で言えば三位一体の神と言いますが、この三位一体の神が私と共にいて下さる、私たちと共にいて下さる、ダビデは「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに わたしをここに住まわせてくださるのです。」と記しました。ダビデはこの時、息子アブサロムに追われる身でありながら、なぜしっかりと眠ることが出来ていたのか。状況の奴隷にならず、自分の重荷を担うのは神とそう信じられたからではないでしょうか。

 最初に、ダビデは毅然とした態度が取れなかったと申しました。ダビデ自身が、状況の奴隷になっていたからです。自分も昔、罪の無い一人を死に追いやってしまった。この重荷を負って生きていたからです。だから、状況の奴隷となり、アブサロムのクーデターが起こり、ダビデはついに城から逃げ出してしまいました。でも、そうなった時に、ダビデはもはや自力では無理と、全ての重荷を神に預けて主に祈ることが出来たのかもしれません。

 重荷を負うと「平和のうちに身を横たえて、眠ることが」上手く出来ません。重荷が重いからです。なぜ重いのか、その重荷を自分で解決して見せる、自分がなんとかする、自分が頑張らなければ、もうこうなったら神様どころではない、自分が前に出て、自分が、自分が、と自力でなんとかしようと頑張るからです。そうなると平和に寝るどころではないでしょう。重荷と自分がピッタリとくっついているのです。

 だから、その重荷と自分との間に聖霊が入らなければ、主イエス・キリストの愛が入らなければ、父なる神の祝福が入り込んで来なければ、その重荷を神に委ねることは出来ないのだと思います。そして、それが出来ない状態をキリスト教は、そこに「罪」があると説明するのだと思います。

 主イエスから福音伝道の為に派遣された72人は、それぞれの町で数々の失敗したであろうと思われますが、しかし、その重荷を手放すことの大切さも教えられていた彼らは皆、主のもとへ喜んで帰って来て言いました。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します」その言葉に主イエスも喜んで「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。」と答えられました。弟子たちの成功を祝福している御言葉です。

 しかし、主は更に弟子たちにこう言われました。「しかし、悪霊があなたがた服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」私たちの喜びは、自力では決して出来ることではないけれど、天にその名前を書き記して下さる方が共におられる。この方がいつも、自分を励まし、自分を祝福し、また今日も、明日もしっかりと生きていけと伝えて下さる、状況の奴隷とならず、どんな状況の中にあっても、確かな宝物と、希望に生きていけると伝えているのです。だから私たちは、そこに大きな喜びを見いだして生きているのです。感謝してこの週も過ごして参りましょう。

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