日本キリスト教団 大塚平安教会  

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「わたしの魂よ、主をたたえよ」

2018-09-09 15:49:47 | 礼拝説教
  【詩編103編1~5節】
【エフェソの信徒への手紙3章14~18節】

 先週の礼拝でも少し話しましたが、先週の月、火と湘北地区の教師会が箱根で行われまして、私が担当して「宮沢賢治とキリスト教」という話しをさせて頂きました。

 昨年の9月に門井慶喜さんという作家が宮沢賢治と、賢治の父親の宮沢政次郎を中心として記した「銀河鉄道の父」という小説を出しまして、その年に直木賞を受賞しました。
 
 賢治は37年の生涯でありました。ですから83歳まで生きた政次郎は、賢治が生まれた時から、賢治の死まで立ち会うことになります。賢治が、結核により召されていく時に、政次郎は何か遺言は無いかと尋ねます。賢治は、日蓮宗の経を一千部作って、知り合いに配ってくれと頼みます。その遺言を聞いて、紙に書き留めた政次郎は、「わかった、お前は偉いものだな」と言葉をかけました。
 その言葉を聞いた賢治は、弟の清六に「おらもとうとう、おとうさんに、ほめられたもな」と言って喜んだとあります。この場面は作り話ではなく、実話で、良く知られている場面です。

 ついに、死ぬ間際になって父親から褒められて嬉しいと言った。それまで賢治は父親から褒められたと思う、そういう記憶が無かったのかもしれません。自分は父親から認められていない、そんな苦しさの中で賢治は生きていたのかもしれません。政次郎は質屋を営んでいましたが、なんとかして長男の賢治にあとを継いでもらいたいと願っていました。けれど賢治は質屋が嫌で、嫌でしかたありません。時には黙って家出をして東京に出てみたり、政次郎は浄土真宗を信仰していましたが、それに反発するようにして賢治は日蓮宗に傾倒してみたりするのです。二人はどうもうまくかみ合わない。

 それでも賢治は勉強も良くしましたし、学校の先生になったり、農業をしたり、作家になってみたり、なんとかして自分が生きていく道を模索しながら、ということであったかもしれませんが、質屋を継がない自分だとしても、なんとか父親に認めてもらいたい、父親にほめてもらいたいという思いがあったのではないかと私は思います。

 しかし同時に、父としての政次郎は、息子が質屋を継がないとか、自分の思い通りに生きないとか、話せば言い争いになるとか、そんなことを遥かに超えて、圧倒的な父親としての愛の中で、賢治を見つめていた。我が子としての賢治が愛おしくて、愛おしくて、元々本当は無条件に愛する息子であった。そんな思いが銀河鉄道の父という小説の中に色濃く出ておりました。人の親になってみると、子どもが親を思う思いを遥かに超えて、親が子を思う思いはとても強い、そんな思いを実感して持っておられる方も多いかと思います。

 キリスト教の神を「父なる神」と表現します。私はその表し方がとても優れていると思います。ある方が「われわれの救いの究極と言うのは、「我々が神を父と呼ぶことにおいて現れている」と説明したそうです。本来、主なる神を父と呼べる方は主イエス・キリストお一人だけでした。しかし、主イエス・キリストが私たちの兄弟となられ、一つとなってくださったところで私たちもまた神を父と呼ぶことが出来る。しかし、同時にそう呼ぶことが許されるのは、圧倒的な神の愛の故だと思います。
 私たちが熱心に神を知ろうと努力し、学び、生涯をかけるようにして、神を理解しようとしても、本当は神様の幾らもわからないと思います。でも、一つだけ分かっていればそれで良いのではないかとも思います。それは、私たちが神を思うその思いを遥かに超えて、主なる神が私たちを無条件、無尽蔵に愛して下さっているということです。

 そのような方を父と呼んで祈ることが出来る。それは大いなる恵みではないでしょうか。
 
 今日はエフェソの信徒への手紙3章14節からの箇所を読んで頂きました。「こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。」という言葉ではじまるこの箇所は、明らかにパウロが祈りの言葉を記している箇所です。その祈りの御言葉が19節まで続き、20節、21節は頌栄となりアーメンで終わります。
 
 凡そ一月前に、日本ナザレン教団に所属しておられる石田学という先生が「エフェソ書を読む」という冊子を出版されました。私は早速取り寄せて喜んで読みました。

 今日の聖書箇所についてこう記してありました。「今回、この箇所から説教するにあたり、改めて読み直してみて、ある重要なことに気付かされました。それはあまにも単純なことなので、言われてみれば当然です。これまで気付かないでいたこととは、これが祈りだということです。(中略)パウロはここで、神学的な講義などしてはいません。心を込めて、思いのかぎりを尽くして、祈っているのです。」とありました。
 
 石田先生は、この箇所が祈りであることを改めて知って、パウロが何をどう祈っているのかというと、一生懸命、父なる神がどんなに深く、強く、切に、エフェソの人々を愛していることか、そのことに気付いてもらいたいと願いながら祈っているのがわかったというのです。
 そんなパウロの思い、父なる神があなたがたをどんなに愛しているかを知り、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解して満たされるようにと願っている。ですからパウロの祈りについて、あれこれと、ここで解説のようなことを話すのは正しくないかもしれません。ただ、この祈りに私たちも心を添わせてみる、それこそが大切なのだろうとも思います。
 
 ルカによる福音書の15章11節から「放蕩息子」のたとえが記されています。ある人に二人の息子がいて、その弟が父親に言いました。「お父さん、私が頂くことになっている財産の分け前をください」その願いを父親は受け入れ、財産を渡しました。財産は家畜や土地、畑と色々あったと思いますが、それらの全てをお金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を使い果たしたところで、そこで飢饉が起こって、食べるにも困るようになった。やっとの思いで豚の世話をする仕事にありついた。けれど、そこで我に返って、自分が天に対しても、父に対しても罪を犯していたことを思い、父に謝って、使用人の一人にして貰おうと思いながら帰郷いたします。

 けれど、トボトボと歩くその足取りで帰って来た息子の姿を父親の方が先に見つけ、大喜びで走り寄って抱きしめて、一番良い服に着せ替えさせて、手に指輪をはめて、足に履物を履かせ、そして息子が帰って来たからと父親は宴会の用意をさせました。
 この物語のタイトルは「放蕩息子」のたとえですけれど、しかし、本当の主人子は父親の方ではないかとさえ思います。父親の喜びは特別です。なぜ喜んだのか?父親はこう話しました。「死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。」
 
 神の愛とは、そのようにして息子がどうであったのか、どう生きたのか、どんなことをしでかしたのか、ではなく、その息子の存在を喜ぶ父親のような、そのような愛の方であることをエフェソの教会の人々よ、神の、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほど大きく、広く、また深いのか理解して欲しいそのように願い、パウロは祈り続けます。
 
 そして、何よりも人の知識をはるかに超えた神の愛を知るようになって、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるようにと祈りが続くのです。
 
 皆さん、祈りの力、祈りの力とはどういう力なのでしょうか。2018年度になりまして、私たちの礼拝で少し変化したところがありました。毎月の第一主日の礼拝の中で、司式者ではなく、私が祈りを献げることになりました。

 このことは役員会で話し合い、総会に諮り決めたことでしたが、当初、役員の皆さんは、本来、礼拝での祈りは牧師が祈る、それが正しいのではないかという意見がありました。ですから、私は年度変わりに相談する思いで、案を三つ出しました。一つは毎週の礼拝祈祷を牧師が担当する。二つ目は隔週で牧師と司式者が担当する。三つめが月の第一を牧師が担当して第二主日以降は司式者が行う、そういう三つの案を出したのです。三つ出しましたけれど、すんなりと第一案の毎週、牧師が担当するに決まるだろうと思っていたわけです。

 けれど思いのほかすんなりとはいかず、かなり長い時間をかけて、月の第一を牧師が、第二主日以降を司式者が行うことに落ち着きました。

 なぜ、そうなったのか、私は分かるような思いがします。祈りを献げる、特に礼拝において教会を代表して祈りを献げる。その準備と緊張は経験した方は良くわかると思います。
 だから大変だとなったわけですけれど、でも祈り終わってみると、祈りの力がどこに働くのかがよく分かる、そういう経験をされているのだと思います。祈りの力、それは祈られている対象の出来事や、人、に勿論働くのですが、それと同等と言ってもいいかもしれない、あるいは対象の出来事や人以上と言っても良いかもしれない程に、祈りの力は、祈った本人に一番帰ってくる、そういう力が祈りの中にあることを、祈りを献げれば献げる程に、実感として感じているのだと思います。祈りを献げる時、自分自身の中に確かに神の、聖霊の力が働いていると感じる、その喜びを司式される方々は実感されているのだと私は思います。

 毎週、水曜日に祈祷会が行われますが、その祈祷会でも同じことが起こっていると思います。祈った本人こそが本当に祝福を受けるのです。

 今日は詩編103編1節からを読んで頂きましたが、「わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって 聖なる御名をたたえよ。わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」と続きます。この詩は、イスラエルの歴史の中で、人々から最も愛された王、ダビデの詩と言われます。8人兄弟の8番目として生まれ、一体自分は何者になるのか、どんな人生を歩むのか、何もわかっていなかったダビデに神の目が留まり、イスラエルの王として立てられてきた、そのことを思いながら神様に感謝して祈りをささげている。

 ダビデがなぜ、イスラエルの王の中で最も愛されたのか?勿論、王としての能力があったのでしょう。先を見通す力、隣国の争いの中で勝ち続ける能力、国民を愛する眼差し、色々と上げることが出来ると思いますけれど、ダビデは自分で自分のことを受け入れていた。自分が自分のことを大切に思い、自分のこと良い意味において好きだったのだと私は思います。
 
 自分が自分のことを嫌だなと思い、嫌っている指導者のもとにいる国民は不幸です。主イエスが誕生した時の王、ヘロデ王はそのことを聞いて不安に思ったとあります。しかし、ヘロデ王はいつでも、どんな時でも不安であったと言われています。そのような時代は暗い時代となります。しかし、ダビデの時代、最も繁栄したと言われるその所以は、ダビデは自分の人生を肯定して、自分の人生を受け入れて、神に感謝し、祈ることが出来た。「わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの魂よ、主をたたえよ。」自分の人生に何があっても、なお、「わたしの魂よ。主をたたえよ」そのようにして祈りながら、自分を受け入れ、神を受け入れ、祈り続けているのです。
 
 パウロもエフェソの教会の人々のことを思い、一生懸命に祈りをささげています。エフェソの教会の皆さんよ、あなたがたも神の満ちあふれる豊かさ、神の愛の中に生きていって欲しい、そのように祈りながら、自分もまたその祈りに巻き込まれるようにして、自分こそが神の愛の中で、エフェソ書は獄中書簡だといわれますけれど、パウロ自身が捕らえられ、牢の中での生活を強いられる状況でも、尚、神の平安に生きていける秘訣は、自分自身の人生を受け入れ、隣人のことを思い、神に感謝して、そして、祈りをささげるなかで、自分自身が誰よりも励まされている、祈りとはそういう力があるのだと思います。
 
 私たちもまた、そのようなパウロを模範としながら、祈りを献げ、感謝しつつこの一週間も共々に過ごして参りましょう。
 お祈りします。
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