日本キリスト教団 大塚平安教会 

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すべて良いもの

2017-03-01 15:31:57 | 礼拝説教

今日は「すべて良いもの」というタイトルとさせていただきましたが、聖書はテモテの手紙4章という箇所を読んで頂きました。そこには「背教の予告」という少しばかりミステリアスなタイトルが付けられています。
 なぜ、そうつけられたのか、どうも教会の中にキリスト教と違う考えの人々がいたものと思われます。
 
 聖書の中でもテモテの手紙の一、と二、それからテトスへの手紙の三つを牧会書簡とか、司牧書簡といいまして、この手紙を書いたパウロが弟子のテモテ、あるいはテトスが一生懸命に任された教会を牧会している、テモテは恐らくエフェソの教会の司祭として、牧師として、と考えられていますが、年齢的にも若かったとおもわれますし、また、テモテはユダヤ人の母とギリシャ人の父との間に生まれた人でもありました。現代は、そういう人をハーフとか言ってね、自分もそういう風に生まれたかったと思う子どももいるようです。  
 娘も時々言うのです。私もハーフに生まれたかった(笑) あ~それなら岩手県と埼玉県のハーフだよと言っても(笑)そんなんじゃなくてと言われてしまいますけれど、でも、現代とは違う、現代でもね、ハーフであることが重荷となっている子どももいると言われますが、でも、当時としてはユダヤ人でもない、ギリシャ人でもないというそういうテモテが教会で、責任を負っているというのは、思うよりも色々な苦労があったのではないでしょうか。
 
 そんな状況の中で、一言でいえばグノーシス思想と呼ばれる考え方が教会に入ってきたものと思われます。グノーシス、知識を重んじる考え方だと言われますが、例えば霊は清いものですよ、体は汚れていますよという教えです。霊は清いけれど体は汚れている、二元論とも言われますが、そんな考え方は案外わかりやすいものですし、人にとっても都合が良かったりもしました。けれどそんな考え方を突き詰めていきますと、人と姿となられた主イエス、人の姿となって誕生された主イエス、この方は人の体を持った方だからね~、やっぱり汚れているという結論にもなるのです。

 ですから、そうなるともはや教会的な教えではありませんから、教会が混乱するわけです。そして、結婚するのは良くないとか、ある種の食べ物は食べないようにとか、この辺はユダヤ教的といいますか、律法的な教えに戻ってしまっているようにも感じますが、そこで、困るのが責任のあるテモテとなりまして、だから、その師匠のパウロがね、困ったテモテに手紙を書いて、教会員の一人ひとりに心を配るようにとこの手紙を記したとなるわけですけれど、人に対して心を配ることの大切さと同時に、間違った教えを教えるような者に対しても心をしっかりと持つようにと励ましているのだと思います。

 「この食物は、信仰を持ち、真理を認識した人たちが感謝して食べるようにと、神がお造りになったものです。というのは、神がお造りになったものはすべて良いものであり、感謝して受けるならば、何一つ捨てるものはないからです。」とありますように、これは良い、これは悪いと人が決めるのではなくて、神さまが作られた、すべてが良いものだよ、だから、どれも大事に誰をも大切にすることだ、捨てる物は何も無いとパウロはテモテに伝えたかったんだろうと思うのです。

 皆さん、勿論、物ではありませんよ。なんでも大事だからなかなか捨てられないという方もおられますが、聖書に書いてある通り、捨てない方が良いというわけではありません。先輩のある牧師が話していた話ですが、リチャードという青年がいて、この青年が何をしても上手くいかない、仕事をしても上手くいかない、すっかり絶望して身を投げようと崖っぷちまでいったそうです。そしたら、そこにゴミが山のようにあって、そのゴミを見て何を思ったのか、死ぬのをやめて、ゴミを持ち帰ってゴミの恐竜を作り上げたのだそうです。自転車のサドルとかタイヤとか、ビール瓶、そこから恐竜を作り上げてしまった、そしたらまたその恐竜が大変な評判となりまして、新しく町で出来た遊園地に置きましょうということになって、何百万円という製作費がリチャードの元に入り、芸術家として生きる道が与えられたというのです。ですからね。捨てるものは何も無い、でも、これだとゴミも捨てないようにということになりますが、そうではないですね。
 
 つまりは、物の問題ではなく心の問題ですよ。心の問題として、つまりどんな出来事の中にも、どんな状況の中にあってもあなたはダメだと思うかもしれないけれど、主なる神から見れば、何一つ捨てるものはない。私たちはあの事も捨てたい、この事も捨てたい、と思いながら、それが無かったらな、あれもあるからなとその重荷を背負いながら、生きているのではないでしょうか。

 既に連絡網や週報にも記してありますが、先週の水曜日のことでした。午後4時過ぎに電話が入りまして、Y先生のご子息からの電話でありまして、父が亡くなりましたという報告でした。とにかく慌てて私は病院まで駆けつけましたが、肺炎で入院しておられて、でも元気になられて退院後の相談をしていた矢先にお体の具合が急変して、しかし、静かに息を引き取られていかれたそうです。
 
 Y先生は、私がこの教会に参りました年には、奥様と共に礼拝に出席されておられました。よく記憶しております。けれどお元気というわけではなく、やっとの思いで礼拝にだけはと言う思いからであったと思います。私自身具体的な記憶に残っている会話があるわけでありません。それから暫くして、礼拝にも滅多に来られない状態となられて、時々訪問しては週報を届けたりもしておりましたが、その際にもY先生とは直接話すことは難しい状況でした。
 ですから、実際の所、Y先生がどんな訳で牧師になられたのか、どんな様子でお働きになられたのか、よくわかっておりませんでした。けれど、今回、色々な方と連絡を取りながら、お話を伺いながら、分かってきたことが幾つかあります。

 先生の若い頃はまず、何よりも戦争です。恐らく少年志願兵として兵隊となられています。しかし、そこで大けがをされて、病院に入院、更には結核となられて、既にその時に生死を彷徨う程であったかもしれません。しかしまた、その時がキリスト教との出会いとなったようです。
健康が回復して、先生の願いは伝道者となることでありました。これは恐らくですが1951年頃、昭和26年頃ですが、先生は24.5歳で、既に当時の農村伝道神学校の前進として東京の日野市にあった学校を卒業されておられます。その後、埼玉県のM教会に赴任されるのです。けれど、二年後、結核が再発したものと思われます。教会をやめられて、入院生活を送られたのではないでしょうか。
 しかし、徐々にその後健康を回復され、牧師ではなく、会社員として働かれておられました。そして、それからどの位の月日が経ったのでしょうか。大塚平安教会へと導かれて、乙幡先生、鈴木先生と共に、教会生活を守られ、更に定年後に本格的に再び牧師としてとの願いを持って、福島県の教会へと向かわれておられます。その辺の所は、良くご存じの方もおられるであろうと思います。

 けれどまた、福島に向かう前でしょうか、狭心症や、消化器系の病気によって、福島にいかれた後でも、脳梗塞によって先生にとっては最後の任地となりましたN教会を辞任されておられます。先生自身が、自分の人生の前半は、結核によって、後半は心臓病によって人生が阻まれたとありますが、けれどそのこと全てを通して「今あるのはただ神の恵み」と記してあります。

 皆さん、私はある先生から「人は生きたように死んでいくのだ」と言う言葉を教わりました。よく記憶しております。Y先生は、本当に安らかな、静かな死であったそうです。私が駆け付けました際にも、ご家族の皆さんが、涙を流し、沢山のお孫さんに囲まれて静かに横たわっておられました。死因は、結核でもなく、心臓病でもなく、脳梗塞でもなく、お医者様は老衰ですと話されたそうです。
 Y先生のご生涯を考えますと、戦争が無かったら、怪我をしなかったら、病気にならなかったら、次々と起こる一般的には不幸と思える事柄、実際、Y先生のご自宅が火事となたことさえあったとも伺いました。あの火事さえ無かったら、と思ったに違いありません。
 でも、そこから立ち直るために必要だったこと、必要な方、主イエスに対する信仰を失うことなく、あのことがあって、この人がいるからといつの間にか、教会から姿が見えなくなる方、残念ながらおられます。でも、どんなことも、捨てる物はない、と思う時、Y先生は、また、再び立ち上がろう、力強く主と共に生きていこう、そうやって奥様と共にご家族と共に生きて来られたのではないかと思わされています。

 皆さん、私たちはあの事があるから私の人生が上手くいかない。この事さえなかったら、どんなに違っていたかと思いながら、誰かを恨みながら、誰かをねたみながら、生きているとしたら、つまりは、捨てないなぁ、要らないなぁ、欲しくないなぁ、そして、そんな人生を生きている自分が嫌だなと思うのです。もし、そんな思いで生きているとしたら、私たちはもう一度「神がお造りになったものはすべて良いものです。」と言う言葉を胸にしっかりと刻み付けて生きていくことこそ必要なのではないでしょうか。

 主イエスはマタイによる福音書の5章でこう話されました。「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。」律法を完成する為とはどういうことなのか、本来、神があのシナイ山で、モーセに与えられたはずの律法は、神と民とを結びつけるものであり、民と民とを結びつけるものであったはずです。けれど人は、その同じ律法を用いながら神と民が、そして民と民が繋がらない、結び合わない状態を作り続けてきていたのではないでしょうか。本来神と人とを結びつけるはずの律法が繋がりを切る材料となっていたとしたら、主なる神はどんなに寂しい思いをされていたのではないでしょうか。

 だから、私たちのこの所に主イエスが誕生されて、そして、私は律法を完成させる、すなわち、離れていたものを再びつなげるためにやってきたと宣言されたのではないかと思うのです。繋がるとは、一言で言えば感謝することです。なるほどそうだなと思われますか。けれど、私がやっぱり、例えばY先生のような人生だったら感謝出来るのかなと私自身思います。なんで、自分だけがこんなにも苦労しなければならないのかな、不公平だなと感謝することを数えることはしないで、感謝出来ない事ばかりを数えているとしたら、やっぱり感謝出来ないでしょう。

「すべては良いもの」この言葉の意味はだから、感謝することですよ。だから感謝して生きていく、でもね、感謝するとはどういうことなのか、なんでも感謝と言われてもなぁ、もし、皆さんが、今週の火曜日は幼稚園で講演会を行いますが、幼稚園の子どもに、感謝ってどういうことですか?て聞かれたらどのように答えられますか、感謝するってどういうこと。それぞれにお考えなさって良い答えをされると思いますが、でも、案外難しいかもしれません。だから、どう話すのか、例えば「あなたは生きているの、生かされているの」って聞いてみたらどうでしょうか。あなたは生きているの?それとも生かされているの?子どもには難しいかもしれません。でも聞いてみたいとも思います。

 きっと、僕は生きていますって答えるでしょう。でも、Y先生だったら、私は生かされていますって答えるのではないかなと思うのです。自分が生きていると思ったら、そこから悩みは深くなるのです。なんで自分の人生、自分の思う通りにならなのか、腹が立つ、あの人もこの人も自分の思い通りにならないかから腹が立つ、腹が立つのは自分が生きていると思っているからですよ。生きていると思うとは、もっというと、「当たり前だ」と思うということです。健康が当たり前、礼拝があって当たり前、今、子どもの教会で主の祈りの意味をお話していますけれど、日ごとの糧があって当たり前ですから、当たり前のことは感謝出来ません。だからね、感謝するとは生きているのも当たり前ではなく、「自分は生かされているんだな」と思える時、感謝が生まれてくるのだと思うのです。それが信仰というのではないでしょうか。

 この事も、あの事も、でも、今こうして、生かされている自分、本当のことはまだまだ私たちには分からないけれど、でも、神様がすべては良いものと話され、そして感謝することであって、生かされていることを知ることなんだな、自分の人生も神と人とに生かされて生きていこう、そう思える時、私たちはどんなにか力を得られることでありましょうか。

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