日本キリスト教団 大塚平安教会 

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本物のしるし

2017-05-05 08:32:43 | 礼拝説教
【マタイによる福音書12章38~42節】

 先週の礼拝後の報告の際にも申し上げましたが、金曜、土曜と故郷でもある花巻を4年ぶりに訪問して参りました。花巻教会員の三田照子さんという方の葬儀に参列したいと願いまして、家内と伴に出席して参りました。
 三田さんが召されましたのは4月17日の月曜日、イースターを過ぎて、御家族の皆さんが見守る中で静かに息を引き取られたと伺うことが出来、私にとっても慰めを受けました。後五か月で100歳となられる方でありました。

 恐らく教会と身内の方だけで前夜式を済ませ、火葬後、日を改めて昨日の葬儀となったと思われます。葬儀に際して教会では無理と相談したのでしょう。市内の葬祭センターにて執り行われました。参列者は凡そ500名程、弔電は300通を超えていたと思われます。
 
 弔電300通の中で、実際に読まれましたのは10通程度であったと思いますが、3番目に読まれた弔電にはこうありました。詳しい文面は書き留めてありませんので、正確ではないと思いますが、「満州で一緒に過ごしたあの時のことが忘れられません」という書きだしでした。どなたであるのかすぐ分かりました。予想通り、神奈川県海老名市 寺尾鉄男様とアナウンスがありました。
 寺尾さんが小学校5年生の時、日本が敗戦となり、満州にいた日本人が一晩の内にも、皆が難民状態になったそうです。当時、満州に住んでおられた三田さんご夫妻も逃れるかのようにして、しかし、それまでの三田さんご夫妻の態度が、多くの日本人とは違い、どんな人をも平等に愛する姿に心を打たれていた中国の人々が、三田さんご夫妻を死なすわけにはいかないとかくまってくれた、その場所に三田さんたちは私たちだけが助かるわけにも行かないと、何組かの日本人を招き入れた、その一つの家族の中に、小学校5年生の寺尾鉄男さんがおられたわけです。ですから寺尾さんも本当は葬儀に出席したかったと思いますけれど、そんな思いも込めて、私たちが一緒に葬儀に連なって参りました。

 葬儀の司式は花巻教会の鈴木道也先生という30代前半の若い先生でした。若くても優秀な先生であると伺っています。鈴木先生は式辞の中丁寧に文章を調べられて、こんな話をされておられました。
 戦争に負けて、満州の日本人が難民となった時に、三田さんのご主人は、仲間たちと共に立ち上がり、兵隊も既に逃げて行ってしまっている中で、近くにあった神社の敷地を利用して、日本人難民収容所を作ったそうです。沢山の日本人が家も家財も財産も捨てて、着の身着のままで逃げて来たそうです。その一人ひとりを迎え入れ、世話をされたのだそうです。
 けれど、疲れ果て、やっとの思いで逃げて集まってきた人達ですから、食料も十分ではなく、健康や衛生面も十分ではなく、悲しいことにどんどんと人が亡くなっていく、近くに用意した千個もの墓地が、ついに全部ふさがってしまっても尚、更に大勢の人々が亡くなっていったのだそうです。それが現在も戦争と争いの中で逃げ惑う難民収容所と呼ばれる場所の嘘の無い現実だろうと思います。

 ついに、処理しきれなくなったご遺体を、今度は裏の山に運んで、そこに置いていく日々、山全体が人の体で埋め尽くされてしまうようであったそうです。
 三田さんは、そういうわけでご主人が何日も帰って来ないものですから、心配になって難民収容所を訪ねていくと、ご主人は「帰れなくて、すまん、でも、俺もお前も今日の命は心配ない。今、ここにいる多く人達は今日の命が心配な一人ひとりだから、今帰るわけにはいかない。お前にも苦労かけるが申し訳ない」と話したそうです。二人は既に夫婦というよりは、何か同士として、しかも「愛」に満ちた同士としての絆があったのではないかと鈴木先生は伝えておられました。

 その愛の姿は三田さんの100年の生涯に亘り、少しも衰えることはありませんでした。80歳を過ぎてからは、戦争の悲惨さを語り継ぐ働きを本格的に始められ、更に短歌や、執筆活動や、講演会、90歳を過ぎても少しもその働きが衰えることなく最後の最後まで、神様に支えられて生かされて生きた方であったと思います。
 自分たちは、生きているのではない、自分たちが生きて日本に帰れたのも、たまたまではない、神様に託された働きが与えられているのだと思っていたとも話されていたそうです。私も三田さんが生きて帰れたのは、たまたまではなかったと思います。三田さんご自身が養ってきた信仰によって、日本人とか、中国人とか、何人とかに関わらず、人を大切にし、親切に接して生きたことによって命が保たれたのだと思います。
 
 当時の満州国において、多くの日本人が威張って、中国の人を馬鹿にしている姿に憤りを感じるほどに、神の前にあって、誰もが神に愛されて、誰もが祝福を得るはずだと思う信仰が、三田さんを生かしたのではないでしょうか。

 本日読は、マタイによる福音書12章38節から読んで頂きました。「人々はしるしを欲しがる」というタイトルが付けられています。
 律法学者とファリサイ派の人々が主に尋ねました。「先生、しるしを見せてください。」彼らが求めたしるしとは、主イエスが救い主であるというしるしです。その証拠となるものという意味でしょう。その証拠が確かならば私達は信じましょう。どんなに偉そうなことを言おうとも、証拠がなければどうして信じられましょうか。と人々は言うのです。
 ファリサイ派のファリサイという意味は「分かたれている人」という意味だと言われます。彼らは一生懸命に律法を守り、純粋な信仰、又神に対して正しい生活を生きようとしていた、又、それを実践していた人々であったとも言われます。決していい加減な信仰生活をしていたわけではありません。ですから、その純粋さによって人々から嫌われていた面もあったようですが、反面、多くの面で尊敬も受けていたようです。
 
 しかしまた、彼らには自負心があったと思います。自分たちこそが、神から与えられた律法を守っている。自分たちは正しいという思いも強かったのではないでしょうか。しかし、自分は正しいという思いから出てくるものは、愛ではなく、人を裁く気持ちでした。同じ立場からではなく、一つ高い所から、自分の正しさ故に人を裁いていたのだと思います。その裁きに主イエスは否を言われました。

 自分こそが正しい、私は間違っていないと思えば思う程に、本当にそうなのかと指摘されると、人は言い訳を始めたり、反撃する事によって、自分を守ろうとします。ファリサイ派の人々は、主に対してこう切り出しました。
 それほど言うのならば、そう言えるだけのしるしを見せてくれ。天からのしるし、神の子であるという自分たちが納得するしるしをみせてくれと迫るのです。

 私は、どうしてイスラエルの人々は主イエスに対して、それほどまでにしるしを欲しがるのかと思っておりました。しかも何かにこだわるかのようにしてしるしを求めているようにも思っていました。今、水曜日の夜の祈祷会でコリントの信徒への手紙という箇所を共に読んでいますが、コリント書の1章22節にはパウロも「ユダヤ人はしるしをもとめ、ギリシャ人は知恵を探します。」とあります。なぜユダヤ人はしるしを求めるのか、先日この箇所を読みながら、そのことをずっと考えていました。そして、その時に気が付いたのです。以前から、ユダヤ人は律法というしるしがあるからであろうとは思っていましたが、しかし、その中でももっとも大切なしるしは何か、それは割礼ではなかったのかと思いました。男の子が誕生したら生まれて八日目に割礼を受けると律法では決められています。
 
 しかし、この割礼の儀式は、律法より更に遡って創世記17章、アブラハムの時代に既に登場いたします。律法が与えられるモーセの時代の500年も600年も前の時代です。
 
 主なる神はアブラハムに与える祝福の約束のしるしとして、イスラエルに生まれて来る男子は割礼を受けなければならないと伝えるのです。主なる神は「いつの時代でも、あなたたちの男子はすべて、直系の子孫はもちろんのこと、家で生まれた奴隷も、外国人から買い取った奴隷であなたの子孫でない者も皆、生まれてから八日目に割礼を受けなければならない」これが神とアブラハムとの間で結ばれた神の民としての契約であり、しるしなのです。

 何もファリサイ派に限ることなく、生まれて来たイスラエルの男性は割礼というしるしを持っている。これが何を意味するのか。

 私は花巻の行き帰りの新幹線や旅館で説教を作るためにパソコンを持っていこうか、どうかと悩みました。けれど旅の途中でどうもそんな気が起こらないだろうと思いましてパソコンではなく、一冊の本を持っていきました。藤岡陽子さんという小説家が書いた「闇から届く命」という小説です。場所は産婦人科病院、主人公はその病院で助産師として働く有田美歩さんという女性です。 
この女性を中心にして、その病院で出産をする女性の人生や病院の医師や看護師の思い、あるいは望まれて生まれて来る命や、望まれつつも生まれなかった命や、望まれずに途中で強制的に生まれなかった命や、あるいは母親として自信を失い、子育てをしなくなった女性、産婦人科病院という世界の中で繰り広げられる様々な人間関係を扱った素敵な小説でした。行き帰りの新幹線で読んでしまいました。
世の男性には最も遠い所にある病院であり、しかし命の誕生やあるいは死を毎日のように目の当たりにするのが産婦人科という病院なのだと改めて思わされました。しかし、そこでまた、思うのです。

 アブラハムから始まる旧約聖書の時代の出産、生まれて来てどれだけの子どもが成長したであろうかと思います。恐らく私たちが思っている以上に、多くの幼子は成長しなかったと思います。更にイスラエルでは、生まれて八日目に割礼を施すのです。あえて体に傷をつけるのです。その傷が原因となって更に子どもたちは命を落とすことが普通にあったであろう、けれど、その傷も癒えて、健康に成長し、大人になった人々にとって、その傷こそ、神と自分達の約束のしるしとなったのではないだろうか。自分は神から生かされている、この印がその証拠であると感じていたのではないでしょうか。だからこそ、ユダヤ人はしるしにこだわったのではいかと私は思いました。
けれどその求めに対して、主イエスはこう話します。「よこしまで神にそむいた時代の者たちはしるしを欲しがるが、預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。」

 しるしを欲しがる時代とは、よこしまで、神に背いた時代だと主は話しました。よこしまで神に背く、この神に背くという言葉は、もともとは姦淫するという意味の言葉です。もっというならば、結婚生活を欺いているという意味、愛を裏切っているという意味だと言われます。
愛が裏切られるような時代にこそ、人々はしるしを求めるのです。どうしてか。愛が裏切られるとは、これこそ本物だと思っていたものが、本物ではないと知らされるからです。何度も何度も愛が裏切られる、そういう経験をする一体どこに本物があるのかと、本物はどこにあるのかと求め続ける事になるのです。
 
 私が、カウンセリングについて勉強しておりました時に、教わったことの一つに、相談しにくる人とは、その内容がどのような事であったとしても、多かれ少なかれ、自分が愛されていない、又、愛に裏切られたという思いを持ってくる。そしてその満たされない思いを持ってやってくるわけですから、その思いを汲んであげなければならない。しかし、実はその相談者は、いままで何度も何度も、裏切られる経験をしていますから、相談しながら、本当にこの人は自分を裏切らないか、大丈夫かと思いながら、色々と仕掛けてくるというのです。裏切られた経験が多ければ多いほど、その仕掛けは何度と無く繰り返されます。時には怒ったり、脅したり、泣いたり、わめいたりしながら、しかしそれでも自分をしっかり受け止めてくれるかと試すのです。そういう態度を取るというのです。つまりしるしを求めるのです。

 けれど、その時、そんな怒りや脅しの態度に翻弄されると、カウンセリングは成功しない。なぜなら、相談者が求めているのは、どんな状況でもしっかりと受け止め、そして裏切らない愛を求めているからです。その態度ではなく、その思いをしっかりと受け止められるかどうか、そのあたりを見極められる力をカウンセラーは養わなければならないという事を教わりました。
 
 今、この時代に求められていること、それは決して裏切ることのない、確かなもの、本当の神の愛が最も求められているという事でありましょう。

 しるしは、ヨナのしるしのほかはないと主は話されました。つまり、それはヨナが3日3晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も3日3晩、大地の中にいることになる。そしてそれは主イエスの十字架の死と復活を意味するのだという事でありましょう。この十字架と復活の出来事が、本当のしるしとして与えられるのだということでしょう。

 なぜそう言えるのか。それは主イエス・キリストだけが私達の人生の、又、一人一人の心の中にある、どうすることもできないような罪や欲望や悲しみや、わがままを、親も兄弟も妻も夫も、人間の誰もが負ってはくれない一つの一つの、私達の重荷をしっかりと受け止め、そして「頑張りなさいとか、諦めなさい」とは言わずに、キリストだけが「わたしのもとに持ってきなさい。そしてあなたを休ませてあげようと」とおっしゃって下さるからです。主イエス・キリストは、私達が本来、負っているもの、これから負っていかなければならないものを、全てを受けいれ、そして私達の痛み、憎しみを、許せないという思いを全部、わたしの所に持ってきなさいといい、それを体で受けて,私達の代わりに十字架の上で死んで下さったからです。
 
 皆さん、私達の代わりに死んでくださった方がいる。これ以上の愛を私達は知らないのです。三田照子さんという方もそんな神の愛に捕えられた一人でありました。先程の小説の中でこんな言葉がありました。
 助産師という人の命を扱う仕事に悩みを感じていた主人公に、先輩が一生懸命に励ましの言葉を語り掛けるのです。その励ましを受けて力を得た主人公は思いました。「ここで働けて良かったと思う。自分の仕事に誇りを持てるかどうかは、先を歩く人がどんな生き方をしているかにかかっている。彼らの背中がどう見えるかどうかが大切だ」
 三田照子さんは主なる神を見つめつつ、どんな困難をも乗り越えられない困難は与えられないと信じて生きてきたそうです。私もそのように生きていきたいと思います。自分の信仰に誇りをもてるかどうかは、先を歩く人がどんな生き方をしているのかにかかっていると、私も思います。そして、そのような方と出会えたと思えることはどんなにか幸いだと思います。
 私も主イエス・キリストと共に歩んで行きたい。誇りと愛を持って生きていきたい。そして、私たちはやっぱり、どんな人をも愛することによって、徹底的に愛する事によって神の平和を築いていきましょう。そのように生き抜いていきたいものだと思います。

                                                          お祈りいたしましょう。

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