日本キリスト教団 大塚平安教会 

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2017-02-26 18:02:44 | 礼拝説教
本日は、マタイによる福音書から、主イエスがガリラヤで伝道を始めるという個所を読んで頂きました。主イエスが福音伝道の為に働かれたいわゆる、公の生涯が始まった箇所として記されています。


 福音伝道の働きは一年であったとも三年であったとも言われます。世に出て公の生涯としては大変短いと思われる期間ですが、地上で働かれた期間を「ガリラヤの春」と呼ばれたとも言われます。ガリラヤ湖のほとりで主イエスが人々を前にして福音を話される。丁度それが春の景色のような穏やかな季節のようで、今、私たちはだいぶ寒い時期を過ごしていますけれど、主イエスを取り囲むようにして人々が集い、御言葉を聞いている。聞けば聞くほどに自分の悲しみや辛さを抱えた心の重荷が、雪が溶けるようにして溶けていく。喜びの言葉に耳をそばだてる。子ども達が主イエスの周りで戯れる。
そんな光景を思い描いて「ガリラヤの春」と言われたのかもしれません。私たちもそんな思いで主イエスの御言葉に聴き、祈りながら、ふれあい、交わり続けて参りたいと思います。

 けれど、「ガリラヤの春」とも呼ばれるイエス様の宣教活動が、本当に穏やかで、のんびりであったのかと問われるなら、全くそうではなかったことも私達は良く知っているわけです。ヨハネが捕らえられた。このヨハネという人は、弟子のヨハネではありませんで、バプテスマのヨハネです。主イエスの先駆けとして生きたヨハネです。

 どうして捕らえられたのか、マタイの14章という箇所を御覧になればわかることですが、当時ガリラヤ地域一体の領主であったヘロデ・アンティパスという人を、ヨハネが批判したからでした。ヘロデが自分の兄弟の妻を奪ってむりやり自分の妻とした。その事をヨハネが「この結婚は律法では許されていない」と批判した。その批判に怒ったヘロデが捕らえて、最終的にはヨハネは獄中で首を切られて殺されてしまいます。このヨハネの逮捕を聞いて、主イエスはガリラヤに「向かわれ」ました。
 そして、ヘロデが支配している地域であるガリラヤから宣教を開始されました。40日間の悪魔の誘惑を退けた後に、御自分の先駆者としてのヨハネが捕らえられたと聞く。ヨハネが捕らえられたという事は、自分も又、そのような道を辿るであろう事は主イエスご自身が一番良く知っておられたでありましょう。

 ご自分が公の生涯を歩まれる事が、十字架への道であるという事を誰よりもご存知であったでありましょう。でも、その覚悟を自分自身が自ら明らかにするようにして、伝道の最初をガリラヤから始められたのです。そして「悔い改めよ、天の国は近づいた」という言葉でもって福音を話し始められました。

「悔い改めよ、天の国は近づいた」という言葉をガリラヤで、町の中やガリラヤ湖畔であるかもしれませんし、なだらかな丘の麓で自然の中で、野外礼拝のようにして語られたかもしれません。

 しかし又、「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え」ともありますから、ガリラヤの町の会堂で幾度も話されたことは間違いありません。どこで話されるにしても、語るその言葉と共に、又民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされ、評判が広まり、尊敬を受けたのだと思います。そして、そのような尊敬を受けつつ、5章に入り山上の説教を話される。主イエスの力ある御言葉の数々がいよいよ繰り広げられることになります。

 マタイによる福音書の一つの特徴は、イエス様に敵対する人々が殺意を明らかにするのは、割合に後半になってから、12章に入ってからのことです。少なくともそれまでの間は、宣教活動が上手く行っていたかのようにも思えます。

 また、一方で、ルカによる福音書を読みますと、宣教のはじめから大変な出来事があったと書かれてあります。ナザレの会堂に入って、会堂で話し終わった後、ナザレの人々は皆、あまりにも恵み深い御言葉にびっくりするのですが、同時に、この男は、マリアの子じゃいか、大工じゃないかと言いだして、最後には憤慨して、怒って主イエスを町の外に追い出し、崖から突き落とそうとしたと記されています。
 人々に「悔い改めを迫る。天の国は近づいた」と語る。その言葉を主イエスがどれほどの思いで語られたのか、とも思います。今、私の今日の説教が終わるとする。恐らく内心よほど酷いと思える説教だったとしても、皆さんが総立ちになって、私に向かってくるという事はあるかもしれませんけれど普通考えられない事です。ましてやイエス様ともあろう方がなぜ、どうして人から誤解されるような、理解されないような話をするのであろうかとも思います。

 けれど、むしろ恐らく主イエスだから、そうなったのかもしれない。聞いている人々が気に入るような説教をなさらなかったからでしょう。神の国の「福音」を語る事は、時として地上の価値観から考える「福音」とは違う事があるのではないでしょうか。

 アメリカの大統領が変わりました。多くの批判を受けていますけれど、私は、あの大統領は、歴史的には恐らく相当久しぶりに地上の価値観から物を言う大統領ではないかと思っています。すなわち、自分自身の高い夢や希望を語らない、目に見える世界観、物質的な世界観で他者を批判し、非難し、自分の高いビジョンを語ろうとはしないのです。だから批判されてしまうのではないかとも思います。言葉が人の心に届かないのです。

 主イエスの御言葉は、むしろ聞く人々が、聞くほどに、豊かな恵みも知らされる。けれど、自らの罪を知らされる、自分自身でも打ち砕けないような自らの心の中身を、主自らが打ち砕いて下さる、しかし、それがまた喜びとなって一人一人の目が開かれ、耳が研ぎ澄まされ、心の真髄にふれるような説教であったに違いありません。
 多くの人々が感銘を受け、主を尊敬する人々が現れる。と同時に、その御言葉に聞く耳をもたず、受け入れようとしない人々は、心揺さぶられ、自らの罪を指摘されては、悔い改めどころか腹を立て、主イエスの命を狙う者へと自らの罪を主イエスにぶつけ、主を無きものにしようと計画を立てていくわけであります。

 自らの命がいつでも危険に晒されながら、だから、自らも傷つき、時には蔑まされ、血を流されながら、でも、命をかけて「悔い改めよ、天の国は近づいた」と語り続ける。私たちに対しても同じようにして聖書を通して知らせようとする思いは何であるのか。

 改めて、16節に記されているイザヤ書に目をやりますとこうあります。「暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込む。」この御言葉は言い換えるならば、どんな状況、どんな環境にある人であっても、どんな一人一人であっても、人は神の子として、主の恵みにより光を見る事が出来るのだという事でありましょう。

 もう十年以上も前に戴いた本がありまして、「この生命は人の光」という本です。今、「命の尊厳を考える会」の代表をされている方で、東北大学の先生をされておられ、現在も、福島の放射能の影響について人々に発信し続けている方で、吉原賢二さんという方が書かれた本です。吉原さんの次男が、充くんという名前ですが、一歳一ヶ月の時に、言われるままに、同年代の皆が行うようにあるワクチンを接種して、しかし、それが原因で障害を持つようになり、その後の充くんの生涯と体験を書かれた本です。
 
 小さい頃の充君は、とても穏やか気質で、育てやすいと思われるような、又情感豊かな、お子さんであったそうです。当時、誰もが受けたわけですけれど、一歳一ヶ月でインフルエンザの予防接種を受けた。それからわずか6時間後にその副作用が出て、41度を越える熱と、強烈なひきつけで一瞬の内に意識不明になり、それが40日間続きます。その後の懸命な治療によって奇跡的に命を取り留めますが、大きな後遺症が残ってしまいました。頭から足先までグニャグニャの状態で、食べ物は注射と鼻からの強制栄養剤、一歳の子が小さな手足に無数の注射の跡がついて、ベテランの看護婦さんでも注射する場所を探すのが難しい程であったそうです。病名はインフルエンザ・ワクチン予防接種後脳炎という名前でありました。

 家族みんなが、もう信じられない思いの中、打ちのめされるような、暗闇に住む民のように追いやられたような思いで充くんの看護にあたっていたそうです。

けれど、そんなある日に、充君のお兄ちゃんから病院に葉書が届きます。お兄ちゃんと言ってもわずかに三歳の子供ですが、もちろん、文字など知りません、でも、おじいちゃんに教わって大好きな弟の為に一所懸命書いたのでしょう。その文字はひらがなで「み・つ・る・な・お・れ」という文字であったそうです。その葉書を見て力を得て、それから家族四人での戦いが始まったと記してありました。

 その後、吉原さん一家は、当時、ワクチンの接種があまりにもずさんに行われていた事実や、幼児に対して予診や問診も無しに行われて、又接種量がいい加減であった事なども突き止め、同じような症状を持つ親御さんと共に国に訴えを起こすという事をしました。
 充さん自身は2000年の6月に、36歳でついに天に召されました。その記録を「この生命は人の光」という本にしたという事のようです。

 著者の吉原賢二さんは1人の信仰者です。これらの出来事について、述べている文章がありました。「予防接種の事故が社会問題となったお陰で、予防接種による死亡や障害の発生は激減しました。吉原充は自分の生命と生涯を犠牲にして、次の世代の子供たちに、こよないプレゼントをしたのではないでしょうか。私は彼の生涯を思うと心が痛み、涙が流れます。しかし一方で彼が犠牲にならなかったら、外の子供たちの多くがワクチンによって死んだり、傷ついたりしたであろうことを思い、充の生涯には深い意義があったと慰めを受けます。吉原充は、いつもにこやかな笑顔で人々の心にいのちを吹き込んで来た、私はそう信じています。そしてその蔭に絶大な神様の助けがいつもあった。彼は今、すべての使命を果たして天に帰りました。生涯の労苦を神にねぎらわれていると思います。私どもは地上にあって彼を思い、彼からいつも変わらずに勇気と希望と力を得るのです。」

こんなにも苦しんだ充君の生涯にも関わらず、深い意味があったと書かれた文章は、正にお父さんの本心から出ているものだと思います。

そして又、キリストを思う深い信仰に支えられて書かれたものであろうと思われます。どのような状況・どのような環境におかれても、それがまるで自分の人生が、あるいは家族が、あるいは友が、暗闇であるかのように感じているとしても、まるでもう自分の隣に死が迫っているとしても、預言者イザヤを通して言われた、「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ」と思える人生が、あなたにも、私たち一人一人に与えられているのだということを主イエスは、その命をかけて宣べ伝えようとする決意の御言葉が、このイザヤ書の御言葉だと言えるのではないでしょうか。

「命とは人の光」です。しかし、この命を人が作り出すことは出来ません。この命の光は神の霊によってこそ与えられたものです。主なる神は私たち一人ひとりに主イエスという光を送って下さいました。主イエスによって私たちの命は主なる神から与えられ、また聖霊によって私たちの信仰は豊かな交わりが守られ、罪赦され、永遠の命へ至る信仰が与えられると私達は信じるのです。
 どんなにすぐれた医者と言わる人でも、人間の全てを知る事はできません。しかし、全能なる神は、私達の全てをご存知です。私達一人一人を愛し、私達一人一人を決して見捨てることはいたしません。

 どんな状況、どんな環境にある人であっても、どんな一人一人であっても、私達を神の作品として、神の子として、主の恵みによる光が与えられているのです。
 その光を見つめる時、そして見つけることが出きる時、神に導かれ 私達の心の中で、「光が射し込む人生」が確かに動き出す時ではないでしょうか。お祈りいたします。

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