日本キリスト教団 大塚平安教会 

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元気の出る言葉 第5回

2021-06-04 12:20:56 | コラム
 みなさん、こんにちは、大塚平安教会牧師の菊池丈博です。今日の人生これからメッセージは、旧約聖書 申命記8章3節の御言葉です。

「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。」 

「人はパンだけで生きるのではなく」。この御言葉は、主イエスもマタイによる福音書4章で話しておられます。
悪魔との対決の場面ですから読んだことがない人は是非、読んでみて下さい。この御言葉は聖書の中にあって、よく知られている御言葉ですが、時には、この御言葉が独り歩きしてしまい、誤解を受けやすい御言葉かもしれません。

「人はパンだけで生きるのではく」と聞くと、「世の中には食べものに困っている人は沢山いるのに、とんでもない」と思っている方も少なくないかもしれません。
 実は、私の場合は全く逆で、初めてこの御言葉を読んだ時は、若く精神的にも脆い時でしたし、拒食症気味だったので、凄く嬉しかったのを覚えています。これで食べなくても生きていけると嬉しくなり、益々食べなくなって、172㎝の身長で、危うく50キロを下回るところでした。そこまでいってやっぱり食べなきゃ(笑)と思いなおしたことを覚えています。

 お腹が空いた時に食べる食べ物は、何を食べても美味しいものです。本当に喉が渇いた時に飲む水は何にもまして心も体を回復させます。でも、いつのまにか、毎日のように食べ物があると、より美味しい食べ物が欲しくなります。あるいは珍しい食べ物が欲しくなります。

 世界で一番エビが集められる町が、世界一の町であるという話を昔聞いたことがあります。200年前はロンドンで、100年前はニューヨーク、今は東京にエビが世界一集まるらしいです。(真偽は定かではありません)つまり、美味しい料理店が世界一あるということかもしれません。

 私たちはいつの間にか、より美味しい料理、もっと美味しい料理、というように、「もっと、もっと」と求め続けているのではないでしょうか。食べ物に限らず、勉強も、仕事も、家庭も、いつも「もっと」の世界に生きていて、だからいつも満足しません。むしろ、これでも足りないとさえ思いながら生きているかもしれません。つまり「もっとパンを」求め続けているということです。

 聖書は、そこに幸せはないよ、と伝えているのだと思います。「もっと、もっと」の世界に生きるのではなく、主なる神の口から出る御言葉で生きる。その意味は、求めるのではなく、与えること、だと私は思います。「受けるよりは与える方が幸いである」とイエス様は教えられました。

 十分自分は受けている、と感じる人だけが、人に与えることが出来ます。そして、その人はたとえ、聖書を十分に知らないとしても、「神の御言葉によって生きている人」であると私は思います。願わくは、私たちも求めるよりは、与え続ける人として生きていきたいものです。

 皆さん、人生これからです。

 このメッセージは「ラジオトーク」でも配信しています。「人生これからメッセージ」です。お聞きください。

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