日本キリスト教団 大塚平安教会  

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いつ死を迎えるとしても

2019-04-01 12:45:09 | 礼拝説教
【申命記34章1~12節】
【エフェソの信徒への手紙6章21~24節】

 本日は、「いつ、死を迎えるとしても」という説教題と致しました。この説教題を改めて読み直しながら、思い出していたことがありました。以前にも話しをしたことがあったと思いますけれど、私が岩手の花巻教会におりました時に上野あかりちゃんという女の子がおりました。
 
 今、巷で、水泳選手の池江璃花子さんが白血病になったと知らされて、本人も、周囲の関係者も大分ショックを受けていると思いますが、早く回復するようにと願い、祈りたいと思いますが、当時上野あかりちゃんも、小児白血病という病気を患っておりました。私が1995年に花巻教会に赴任した時には、小学校の低学年でしたが、既にその病の為に入院、治療をされていました。白血病は血液のガンとも言われます。ですから基本的には抗がん剤治療となるのでしょう。子どもにとって辛い、厳しい治療であったと思います。
 
 何度か病院に行ってお祈りしたり、話しをしたり新米の牧師としての私も、何をどうすれば良いのか戸惑うばかりであったようにも思います。
 それでも、治療の結果、病状は回復して5年生位には退院となり、学校にも通い、子どもの教会にも通って来てくれていました。

 花巻教会には、大塚平安教会のように幼稚園はありませんから、子どもの教会と言っても、礼拝は3人か、4人で、しかもその中で子どもは1人か2人というそんな教会学校でしたが、そこに元気になったあかりちゃんが通うようになってくれて、一人でも来て下さると、皆は本当に力を得て良い時間を過ごしたものでした。

 けれど、あかりちゃんに話をする、当時まだ小さかった我が家の子どもたちと、その仲間の子どもたちはいつも親からうるさいだの、騒がしいだのと叱られてばかりでしたから、あかりちゃんはどんなことで叱られたりするの?と聞きますと、これまで一度も叱られたことが無いというのです。え~、叱られたことがないの?ときくと「ハイ」と答える。こっちは叱られないようにしましょうといった話をしようと思っていたのに、叱られたことが無い子にそんな話は出来なくて、話に困ったことがありました。

 また、ある時は、献金を捧げるときに、あかりちゃんは500円玉を用意していて、ちょっとビックリしたことがありました。それでつい聞いたら、一か月分のお小遣い500円を貰ったので、それを献げますというのです。全部献げると一か月分のお金無くなっちゃうよと聞くと、お金は入らないというのです。
 
 私は、あかりちゃんに聖書の話しをするのがだんだん恥ずかしくなってくるほど、真っすぐな素敵なお子さんでした。その後も家族ぐるみの良いお付き合いをさせて頂いていましたが、私がこの教会に赴任した丁度その頃、病気の後遺症が原因だったと思われる病で、二十歳で天に召されていきました。

 今でも天使のような子どもであったと思います。あかりちゃんのお母さんは上野裕子さんと言います。裕子さんは、生まれ持っての性格なのでしょう。いつでも、どんな時でも明るく前向きに生きていた方でした。私たち家族が花巻から離れても、毎年、毎年、家族全員の写真が写された素敵なクリスマスカードを送って下さっていました。
 
 3年前のクリスマスカードも、全員が笑顔の素敵なカードが届いて元気でいることを喜んで拝見していました。でも、クリスマスが終わり、年が明けて1月4日、裕子さんも召されて行かれました。61歳という年齢でした。御自分がガンであることを既にご存知で、もう残されている命もわずかしかないと分かっていても、笑顔でクリスマスカードを送り、そのことを少しも表に出さず、1月3日に家族、親戚が集まって新年のお祝いをするまでは、病院に行かないで準備して、みんなでお祝いした、その晩に静かに息を引き取ったという知らせを聞いた時には、本当に驚き、また、悲しみにくれました。

 人は必ずいつかは死に、天の神様の所に帰っていきます。誰もが知っていることです。でも、私たちはあまり、自分の死について考えることはありません。自分達の脳がそのことを考えないようにさせているのかもしれませんし、あるいはそんなことを考えてみても、しょうがないと思っているかもしれません。

 しかし私は、人の歴史、人類の歴史と共に宗教が存在しているのは、「人は死ぬ」ということを知っていたからだも思っています。
 
 猫や犬には時間という概念がありませんし、生きているとか死ぬということもわかりません。人だけが死ぬべき命を生きている、そのことを知っているのです。
 
 けれどだからこそそこで問われることは、限られている地上の人生をどう生きるのかということではないでしょうか。私は宗教の働きが求められるのは、私たちが死んだ後どうなるのかを知らせるのではなく、限りある人生だから、その人生をどう自分は生きて行こうとするのか、そのためにこそ、宗教があるのだと思います。
 そして、なぜキリスト教なのか、それは主イエス・キリストこそが、私たちはどう生きるのかという問いの答えを、示して下さった唯一の方であると信じるからです。

 先ほど、9時から子どもの教会のファミリー礼拝を行いました。9時からの礼拝も私がお話の当番でしたから、今日は7時からずっと話し続けていますが、9時からの聖書箇所はヨハネによる福音書の17章1節からの箇所でありました。主イエスが、弟子のユダに裏切られ、捕らえられる前に祈りを献げている場面であります。

 主はこう祈りました。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子の栄光を与えてください。あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることが出来るのです。永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」
 
 ここに永遠の命という言葉が出てきます。キリスト教は、私たちに、あなたはどう生きるのかを問い続けていると同時に、それと矛盾するかのようにして「永遠の命」を教えます。私たちが毎週の礼拝で唱えている使徒信条にも、「我は、永遠(とこしえ)の命を信ず」とあります。しかし、永遠の命とはどんな命なのでしょうか。いつまでも死なない命という意味でしょうか。生き続ける命ということなのでしょうか。しかし、人は必ず死ぬのです。このことは避けられません。
 もう一度読みますが、主イエスはこう祈りました。「永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。」

 主なる神と、主イエス・キリストを知る、それが永遠の命に繋がると祈っているのです。

 先週の木曜日、深谷地区の家庭集会が行われました。そこで読まれました聖書箇所はルカによる福音書10章に記されている「善いサマリア人」のたとえの話しでありました。ある律法の専門家が立ち上がって主イエスに質問をした。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことが出来るでしょうか。」善いサマリア人のたとえは、永遠の命への問いかけと答えです。主は律法には何と書いてあるか。」と聞くと『心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい。』とあります。」と答えます。主は「正しい答えだ。それを実行しなさい」そうすれば命が得られる。そう答えられました。
 
 それから善いサマリア人のたとえを話し始められました。盗賊に襲われて、半殺しにされた人を見て見ぬふりをして過ぎ去った祭司、次のレビ人も見て見ぬふりをして過ぎ去って行ってしまった。三人目にユダヤ人から差別を受けていたサマリア人の商人が通りかかって、憐れに思って、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯して介抱して、自分のロバに乗せ、宿屋につれていって世話をして、翌日になるとデナリオン銀貨2枚をだして、宿屋の主人にこの人を助けてやってくれと頼む、しかも、足りなかったら、また帰りに払うからと言った。という、この三人の中で誰が盗賊に襲われた人の隣人となったのかと問うと、律法の専門家は「その人を助けた人です。」と答えます。

 そこで主は「行って、あなたも同じようにしなさい。」と伝えました。これが永遠の命を受け継ぐことの答えだと言うのです。

 律法の専門家は、恐らくいつまでの死なない永遠の命を受け継ぐにはどうすれば良いのかと聞いたつもりだったでしょう。けれど、主のその答えは、永遠の命は、神を愛すること、隣人を愛すること、人を自分と同じように愛することの中にこそあると教えられているように思います。
 
 本日読まれた聖書箇所はエフェソの信徒への手紙6章21~24節の御言葉です。エフェソ書最後の箇所、「結びの言葉」とあります。2018年度はほぼ一年かけてエフェソ書を読んで参りました。このエフェソ書はパウロが記した手紙とされています。しかし、実際にはどうもそうではなく、パウロの後継者、あるいは弟子の一人によって記されたとも考えられています。この手紙が記されていた時、既にパウロは殉教の死を迎え、天に召されていたかもしれません。

 ですからこの手紙を書いた弟子は、今は亡きパウロの最後の言葉を思い起こしながら、この手紙をパウロのいわば、遺言として書いているとも考えられています。
 パウロは既にローマで牢獄に繋がれていました。しかし、ローマ市民権を持っていたパウロはある程度の自由もあり、軟禁状態であったとも考えられます。弟子たちも共にいたものと思われる。その内の一人が記したのかもしれません。

 その時のパウロの様子はどうであったのか、何をしていたのか、あなたがたにも知ってもらうために、ティキコがすべて話すでしょう。とあります。その目的はパウロの様子を人々が知ることによって信仰の励ましを受けるためです。
 ティキコもパウロの世話をしていた一人であったと思われます。パウロの牢での様子はもちろん、処刑の様子をも人々に伝えたかもしれません。そしてパウロが生きている時も主の平安に生き続けたこと、毎日、神と隣人とを思い祈り続けたこと、何よりも「平和と、信仰を伴う愛が、父である神と主イェス・キリストから、兄弟たちにあるように。恵みが、変わらぬ愛をもってわたしたちの主イエス・キリストを愛する、すべての人と共にあるように。」と、願い祈っていたことを知らせたに違いありません。
 
 そして、他の何にもましてエフェソの教会の人々に知らせたかったこと、それは、パウロがキリスト教の伝道生活の中で、どんなに苦労したか、死ぬような目にあったか、辛い思いをしたか、迫害を受けたか、また、逆に、そのような中にあってもなお、宣教活動を行い、人々に福音伝道を行い、教会を立ち上げ成功の喜びを味わったこと、ではなく、パウロが生きたその生涯の中で最も輝いていたのは、パウロが捕らえられ死を迎える最後の時であったと伝えたかったのではないでしょうか。

 いつ、自分が死を迎えるとしても、あなたがたの間に平和と、信仰を伴う愛があるようにと願い続け、パウロ自身がそのようにして生き続けたのです。その時、既にパウロは永遠の命を生き続けていたと言って良いのではないでしょうか。

 私たちは、私たちの人生を生き、いつか召されて行くときに、一体次の世代の人々に何を残そうと考えているのでしょうか。財産と保険だけは残しておきたい。あの土地だけは残しておきたい。この仕事だけは引き継いでもらいたい、色々と残したいものがあるであろうと思います。しかし、死を迎えるにあたって、自分の家族、兄弟、親族、また、教会の兄弟姉妹が最後の最後まで、あの人は喜びを持って生きた人であった。神の祝福に生きた人であった。私たちに勇気を与える人であった。あの人を見ていると、神の愛は、言葉ではないと教えられた。そんな信仰を残して私たちは生きていきたいものだと思います。
パウロはその模範として、最後の最後までそう生き抜きました。

 人生の長い短い、あると思います。長寿の方は神の祝福でしょう。けれど、命の長さだけではないとも思います。むしろ、愛の深さ、生きていて永遠の命を見せてくれたパウロのように、私たちも神を愛し、神に愛されながら過ごして参りましょう。 お祈りしましょう
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