日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

夜明けとともに

2020-03-27 15:44:23 | 礼拝説教
【詩編46編1~12節】 
【マルコによる福音書1章14~15節】

 昨日、横浜清水ヶ丘教会にて神奈川教区総会が開催されました。お一人の方が補教師として准允を受け、お一人の方が正教師として按手を受けられました。総会が開かれるに当たり、開会礼拝が執り行われ、礼拝説教を茅ヶ崎教会におられる桜井重宣先生が担当して下さいました。
 桜井先生は、私が岩手の花巻教会に赴任した当時、秋田県、秋田市にある秋田楢山教会の牧師をされておられ、秋田、岩手、青森の3県で奥羽教区と申しますけれど、奥羽教区議長も務められ大変良い活躍をされた先生でありました。私は桜井先生の礼拝説教がいつも好きでした。実は、この3月を持って隠退されると伺っておりましたので、もしかしたら説教されるのではないかと思っておりましたのでとても嬉しく説教を伺いました。
 
 桜井先生はこんな話をして下さいました。秋田県に大平山という山があるのですが、調べましたら標高は1170mとありました。この高さなら子どもから年配の方でも、元気であれば無理なく登れるかもしれません。けれど、もし下から車を使わずに登るとすれば、それほど楽でもないかもしれません。この大平山に、教会で良く登ったというのです。それでも山を登るにあたって、登山部の大学生がいて、その人がリーダーとなってくれた。でも、山を登るためには、二人、リーダーが必要なのだそうです。

 教会の登山ですから、色々な年代層の方々がおられたのでしょう。でも、全員が元気に山を登るために、まず、一人のリーダーが先頭に立って進む、けれど、そのリーダーの後ろには体力にあまり自信がないと思われる人が続く、その弱いと思われる人のペースを崩すことなく、しかし、前を向いてリーダーは進むのだそうです。そして、山を登るにあたり、決して自分より前に出てはいけないと告げる、これが前を進むリーダーの役割なのだそうです。二人目のリーダーは、全員の一番後ろを歩む、登って行く途中にあっては疲れた者、辛くなっている者の歩くペースが落ちて来ます。そのような人たちの様子を見ながら、ゆっくりと歩くペースに合わせて登っていく、大事なことは、このしんがりを務める二人目のリーダーの後ろには決して誰も、下がってはならない。そのようにして山を登って行ったと話しておられました。

 旧約聖書の出エジプト記に、奴隷でであったイスラエルの民が、指導者モーセの導きの中で荒野を進む、そのイスラエルの民の前には、いつも昼は雲の柱、夜は火の柱が先頭にありました。時には一番後ろを務めることもありました。と話しをされながら、私たち信仰者の歩みの上にも、いつも雲の柱、火の柱、すなわち主なる神が先だって進んでおられ、また時にはしんがりをつとめて下さりながら、私たちの歩みを守り、支えて下さっている、特に、神奈川教区総会の開会礼拝ですから、神奈川の教会の一つ一つの教会を思いながら、話しをされたのであろうと思いますけれど、その教会の一つとして大塚平安教会もあることを改めて思わされながら、感謝しながら話しを伺っておりました。

 さて、エジプトを出たイスラエルの民は、エジプトを出たのは良いけれど、その出た先は豊かな土地ではなく、荒野と呼ばれる土地であって、荒野とは人が住めないから荒野と呼ばれていたのでしょう。食べ物も、飲み水も十分ではない状態を進んで行かなければなりません。その為イスラエルの民は、何度もなぜこんなに辛い経験を味合わなければならいのか、こんなに大変ならまだエジプトの方が良かったとさえ言ったことは良く知られています。
 
 そのようなイスラエルにエジプトを出てから、三か月目にシナイ山と呼ばれる山に到着し、そこでモーセは主なる神から十戒を受け取ることになります。
 
 一つ目から四つ目までは、人と神と関係と考えられます。最初は、「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。」二つ目は「あなたはいかなる像も造ってはならない。」三つ目は「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。」四つ目は「安息日を心に留め、これを聖別せよ」五つ目からは「あなたの父母を敬え」それから「殺してはならない」「姦淫してはならない」「盗んではならない」「隣人に関して偽証してはならない」最後は「隣人の家を欲してはならない」この十の教えです。この十戒をはじめとして全部で613の律法が聖書に記されていると言われます。
 
 その中で今日、特に取り上げたいと思っていますのは、十戒の中の四番目の教え「安息日を心に留め、これを聖別せよ」この御言葉です。安息日についての考え方は、新約聖書に至っても、主イエスは何度もファリサイ派、律法学者との間でやりとりがあり、主イエスは特に安息日について「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。」と言われたり「だから、人の子は安息日の主でもある。」と言われたり、当時、安息日という掟が、人を支配していたかのような様子に心を痛めておられたことは確かだと思います。安息日になすべきとは、ただ一つ「主の日の礼拝を守る」ことでもありました。

 勿論、この決まりごとは、キリスト教にそのまま受け継がれたわけではありません。ユダヤ教の礼拝は安息日の土曜日の午前ですが、キリスト教は安息日としてではなく、主イエスが復活された日曜日の朝に執り行われる、これが日曜日に礼拝が行われる理由です。とはいえ、だから安息日とは違うとも言い切れません。少なくとも、キリスト教社会となり、長い歴史を変遷している現代であっても、欧米社会は日曜日の休みを大切にしておりますし、日曜日どこから土曜日も、あるいは月曜日もついでにという程に、特に田舎にいけばその傾向が強いのですが良く休むのです。

 私は、先週の一週間、スケジュールも一杯の時間を過ごしましたけれど、でも、いつも心に引っかかっていたことは、今、日本中に広まろうとしているコロナウィルスに関することでありました。このようにして未知のウィルスが中国から広まって、日本に、日本ばかりでなく、アジア、アメリカ、ヨーロッパに、つまり世界全体に広がりを見せている。このような状態は、もしかしたら100年前でしたら、ここまでは広がらなかっただろうと思います。中国の武漢という場所で発生したとしても、果たして日本までやって来たであろうか。現代の空の交通網は全世界を網羅しています。誰もが海外にいける時代です。物流にしても、食料にしても、特に日本は日本以外の多くの国に頼っているところも多いのは良く知られていることでもあります。必要なものは何でも運んでこられます。ですから、昔のような飢饉によって飢えて死ぬということは、少なくとも先進国と呼ばれる国ではなくなりました。あるいは自然災害があっても、その報道が世界中に流れ、世界中から多くの支援物資が送られてくることもあります。

 けれど、同時に、今回のような思いもよらない事態も起こり得るということを改めて思わずにはおられませんでした。物流は良くも悪くも人も病気も運んでくるのです。
 
 そのような中で、これまでの世の教会は果たしてどう動いて来たのであろうか、特にこれまでヨーロッパを中心として、特にペスト、コレラと呼ばれるような人を死に至らせる病がこれまで幾度もあり、その中で教会はどのように対応してきたのであろうか。

 色々とパソコン上で、ですが、見ていきましたら、加藤茂孝という方が2010年に「モダンメディア」という学術誌の9月号という本に記した非常に興味深い文章を見つけました。
 この方は東大を出て、医者となり、後に国立感染症研究所室長を務められた方のようですが、人類の長い歴史の中にあって、これまで幾度となく、感染症との戦いがあったようです。古くはエジプトの時代にペストが流行ったとありました。エジプトのミイラの中にペスト菌が見つかっているそうです。それだけでもなく、モーセの時代になぜ安息日が設けられたのか、それも感染症と関係があって、6日歩くと、7日目にペスト菌が悪さをして歩けなくなるので、その日が安息日になったというような文章が残っているそうです。その真偽は定かではないと思いますが、でも、むしろ感染症と人類はいつも大いなる戦いを強いられてきたのは確かでありましょう。そして、時には、多くの民が亡くなり、国が衰退したり、社会が大きく変化したりしながらも、人々はしぶとく生きていたのだと思います。

 興味深いと思った箇所は、宗教改革もまた、感染症の流行と深い関係があるという文章でありました。人々は目に見えない敵に対して、これこそ教会に頼るしかないという思いで、教会に頼り、教会もまた祈祷や、呪い等で答えようとしたと思われます。けれど、勿論、病原菌に対して、祈祷や呪いが直接的な効力があるわけではなく、教会が掲げる教会の教えによって病原菌が衰退するわけではなく、その様子に人々は少なからず落胆し、教会の権威や威信が地に落ち、しかし同時に、教会を通して神を知らされるのではなく、非常に親密で、また個人的に、つまり、1人1人の体験を通して神を知る、そういう神と人との関係が余計に深まり、そのことが宗教改革の成功した一つの理由でもあったようです。
 
 しかし、勿論、宗教改革によって感染症が解明されたわけではなく、宗教改革という出来事を通して、多くの分野が、当時のカトリック教会の呪縛から解き放たれ、医学や化学技術が進歩して、産業革命や多く変遷を得て、現代に至るわけですが、それでも人類は大きな進歩を遂げたことは間違いありません。

 けれど尚、人類はウィルスに勝利したわけではなく、それが今、この時に私たちに突き付けられている現実でもあります。私たちは万能ではないことをつくづくと思わされます。そして万能ではなく、なす術が無い状態になると、人は心が渇き、平常心でおられなくなり、争いが起こって来たそのような危険性の指摘もありました。
 
 皆さん、今日は詩編46編を読んでいただきました。46編はそれほど長い詩編ではありません。けれどこの詩を読んですぐ分かりますように、作者は非常に大きな困難との戦いがあったに違いありません。「神はわたしたちの避けどころ」という御言葉から始まりますが、「地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移る」「海の水が騒ぎ、沸き返り その高ぶるさまに山々が震えるとも、」この文章は、明らかに大きな地震と、その後の津波を思わされる文章です。詩編研究の第一人者として、左近淑先生がおられますが、左近先生は詩編46編について、ある本でこう記しています。「詩人は世界の変動を二つの面で考える。第一は創造世界の混沌化であり、第二は、歴史世界の動乱である。」

 神の創造の世界と時間、歴史という世界の両方が、騒ぎを覚え、国々が揺らいでいる。しかも大事なこと、詩編の作者が「わたしの避けどころ」と記さず、「わたしたちの避けどころ」と記したのは、詩編の作者のみならず、今を生きる「わたしたちがまた直面している」問題を前にして、大きな揺らぎ、また不安を抱えている私たち、左近先生は「かくしてわれわれはいま、前代未聞の世界を前にしている」とも記しています。この本は40年前に出されたものですが、しかし、その言葉は私たちの心を捉えるものではないでしょうか。

 しかし、左近先生は詩編の作者は前代未聞の世界だけをみているのではない、とも記しました。詩人は騒ぎの中で耳を澄ましている。神の都に喜びを与える川の流れに耳を澄まし、神の助けは平和と静けさに結び付き、そして、その助けは夜明けの光が結びつくのであるとしるしました。

 詩編の作者は変動の轟音に奪われていないとも記しています。

 先ほど、私は安息日について取り上げたいと申しました。安息日は、姿、形、習慣は多少変わっていると言えます、しかし欧米世界の中にあって、安息日とは言わないとしても、週末から特に日曜日は本当に休みます。お店も学校も、社会全体が休みとなります。それが普通に二日続く、三日続くことは珍しいことではありません。

 私は、もしかしたら、このような習慣が世の中の変化の中にあっても、変わらずに、しかも大切に守られているのは、長い歴史の中にあった感染症との壮絶な戦いがあったからではないかとも思いました。全てを休みとすると、初めて感染のリスクが大きく減るということを人は良く知っていたのではないかとも思うのです。そして、世の騒ぎの中にあっても、夜明けの光を見ることが出来る平和と、心の静けさを取り戻し一人ひとりが主なる神に、主イエス・キリストに心をしっかりと向けて、希望を持って歩む力が与えられる。そのような思いを持って私たちは共々に歩んで参りたいと願うものであります。

 お祈りいたしましょう。
 

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