日本キリスト教団 大塚平安教会  

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澄んだ目

2019-01-23 13:17:01 | 子どもたちに福音を
【マタイによる福音書6章22節】 

 皆さん、イエス様は色々なことを教えて下さいます。ある時こんなことも教えて下さいました。「体の「ともしび」は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば暗い」とイエス様は話されました。皆さんの目が澄んでいるということは、綺麗な目にしていなさいよ、不潔な目にしているんじゃありませんよということではありません。

 澄んだ目とは、正直に生きて、人を愛して、神様に愛されていることに感謝して生きなさいよということです。
 
どういう事かというと、神様と繋がっているということです。私たちは神様のことを、この目で見えませんけれども、いつも一緒にいて下さいます。そしてその神様が守って下さっています。あ~ありがたいなぁ、感謝だなぁ、そのようにして神様から力を貰って生きていると、正直になり、人を愛し、神様に愛されることになるわけです。

 神様と繋がるとはどういうことでしょうか。例えば、海のタコではなく、空を飛ぶ凧揚げの凧がありますね、凧は風を上手に受けて、飛んでいきますけれど、でもその凧はしっかりと糸で結ばれて、人がその糸の大事な所を持って糸がピンと張って凧が飛ぶでしょう。 
 もし、その糸が切れてしまったら、どうなるかというと、風に乗って飛んでいた凧はあっという間に、バランスを失って落っこちてしまいます。

 そのように、私たちも、私たちに力を与えて下さっている神様としっかり繋がっている間は、しっかりと人生という風に乗って、綺麗に空高く素敵に飛ぶことが出来ると思いますが、神様との糸が切れてしまうと、私たちはとっても不安になったり、怖くなったり、あるいはわがままになったり、嫉妬したり、妬んだり、意地悪になったり、だから、私たちは、いつでもあの凧のように、しっかりと神様と繋がることです。

 どんな高い、高価なテレビでも、冷蔵庫でも、洗濯機でも、コンセントが挿してなければ、絶対に動きませんね。人間も同じです。私たちのコンセントは神様の所にあります。神様の愛をしっかりと受け取って、あ~神様、今日も命与えられ、生かされていることを感謝します。あなたとしっかり繋がって、あなたを信じて生きて行きます、そんな思いを持ちながら一日一日を過ごすことです。
私は、このホームに自動車で来ますが、自動車だってガソリンが無ければ動きません。

 ガソリンがなければただの鉄の箱で邪魔なだけです。でも、ガソリンがあればしっかりと走り、そしてどこまでも走っていくように、私たちのガソリンは神様です。神様から「あなたは大切だよ」、「あなたのことは決して忘れないよ」、「あなたのことをちゃんと覚えているよ」そういう言葉をしっかりと聞きとって、そしてそこから私たちは神様のガソリンを受け取って、あ~、神様、ありがとうございます。今日もあなたに守られて、過すことが出来ます。そのように祈ることが出来る人の目はきっととっても綺麗なことだと思います。

 そして、そのような澄んだきれいな目をしている人を、回りの人が見てね、あ~、あの人って「素敵」、あの人が話す言葉を聞いていると「なんだか嬉しくなってくる」、あの人と一緒にいると「しあわせだなぁ」そういうふうにね、そして、自分もそうなりたいって思うんですよ。

 人はね、近くの人に似て来るんです。スズメとカラスが一緒に電線に止まっていることはありません。スズメはスズメと一緒、カラスはカラスと一緒であるように、人も、同じような人が一緒になります。だから、みなさんが「澄んだ目」、「神様を信頼し、愛されていることを感謝して生きていると」お隣さんも、そのようになります。この冬はねインフルエンザが流行って大変でしたけれど、神様の愛も伝染していくんです。でも、この伝染は祝福の伝染ですよ。だから大丈夫、皆さんの心の中にある神様の光をいつでも輝かせて下さい。そして、みんなが輝くように、幸せだなって思うようしながら、この一週間も過して参りましょう。

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