日本キリスト教団 大塚平安教会 

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神に愛されている子供として

2018-12-10 10:00:28 | 礼拝説教
【出エジプト記2章1~10節】
【エフェソの信徒への手紙5章1~5節】


 毎週日曜日の9時から、子どもの教会のファミリー礼拝を行っております。今日はKさんがお話をして下さり、良い礼拝を執り行うことが出来ました。その後9時30分からそれぞれ基本的にはそれぞれの年齢、学年にそって三つに分かれて、各科の集いと言いますが「分級」を行っております。私も担当を受け持っておりまして、私は保護者の皆さんと一緒に聖書を読んで「保護者会」をおこなっております。

 時々は、教会の皆さんも礼拝前の聖書の会として、この会に出席して下さり、交わりを持って下さればより良いのではないかと思っておりますが、ここ一年ほどは、毎週マルコによる福音書を一緒に読んでおります。
 先週読みました箇所が、マルコによる福音書の4章21節からの箇所で「ともし火」と「秤」のたとえというタイトル付けられている箇所でありました。主イエスが弟子たちに対して、またその周りにいた人々に対して話をされている箇所です。
短い箇所ですから一度読みますので聞いていて頂きたいと思います。

「また、イエスは言われた。「ともし火を持ってくるのは、升の下や寝台の下に置くためだろうか。燭台の上に置くためではないか。隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない。聞く耳のある者は聞きなさい。」また、彼らに言われた、「何を聞いているかに注意しなさい。」

 こういう御言葉です。ともし火とはイエス様のことでしょう。このともし火の明かりによって照らし出される時に、隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない。と主が言われたわけです。 「隠れているもの」とか「秘められたもの」とは一体なんでしょうか。と問いかけつつ、私はこの「隠れているもの」「秘められているもの」をキリスト教では「罪」と呼ぶこともありますし、また具体的には何かというと、私たちがそれぞれに持っている漠然とした、あるいは、より具体的な不安ではないかと思います。と話しました。

 日本人は他の国と比較した時に、多くの不安を抱えている民族だと言われます。何年か前に、戦後の日本の社会福祉の先駆者、先駆けとして働かれ、また、キリスト教の良き導き手でもある阿部四郎という先生の講演を聞くことがありました。
 阿部志郎先生は92歳で尚、現役で働いておられます。その時、日本人が抱えている不安について話して下さり、日本人は国を信用していないという話しをして下さいました。社会福祉の先進国と言われているヨーロッパの、特に北欧諸国の消費税は、今、凡そ23~25%程になっています。けれど、子どもが誕生し、成長していくための経費は無料です。具体的には教育費や、病院にかかる費用、また、老後の心配もいりません。その殆ど全てを国がカバーするようになっているので、だから人々は不安を持ちません。不安を持たないと貯金する必要もありません。なぜ、そういうシステムが出来るのかというと国民は国を信用しているからですと話して下さいました。

 日本の国は、殆どその逆となっていまして、消費税が上がることを中々良しとしないのは、税金が上がっても自分達の生活が、今より、より豊かになるとは殆ど誰も思っていませんし、税金が上がっても依然として子どもの教育費や老後の心配が消えるわけでもありません。病気になれば、保険があるとしてもそれ相応の金が必要です。むしろバカに出来ない費用を自分で負担しなければなりません。ですから自分達の生活の為、子どもの為、老後の為に、一生懸命貯金する必要があると思って貯金するわけです。つまり、国民は国を信用していないのです。

 阿部志郎先生は、日本が日本の国を信用していないのは戦争に負けたことが原因ではないかと話しておられました。なるほどと思いましたが、私はそれだけでもなく、日本人としての国民性のようなものもあると思います。

 主は「何を聞いているかに注意しなさい」とも言われました。つまり、私たちがこの世に生まれて、赤ちゃんとして、幼児として、子どもとして成長するそれぞれの過程の中で、聞いたり、また話したりする言葉の多くが、怒りや不満、悲しみ、嘆きといった不安からでてくる言葉であるとしたら、そういう言葉を聞き続けるとしたら、不安に満ちている心を持った大人へと成長するのではないでしょうか。

 だから、主イエスという、ともし火を通して自分達の隠されている不安、秘められた不安が照らし出されて、隠れたもの、秘められたものでなくなる必要があるのだと思うのです。自分の中に、隠れたもの、秘められたものがあればあるほど、私たちはこれも日本人独特とも言われる「本音」と「建て前」の中で生きていかなければならなくなります。

 先ほどエフェソの信徒への手紙5章を読んで頂きました。5章の3節にこうあります。「あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく、みだらなことやいろいろの汚れたこと、あるいは貪欲なことを口にしてはなりません。」
 
 ここに「聖なる者」という言葉があります。「あなたがたの間では、聖なる者にふさわしく」とあります。ここで言われているのは、あなた方は「聖なる者」になりなさいとか、そうなるように努力しなさいという意味ではなく、あなたがたは既に聖なる者とされているということです。だから、聖なる者としてふさわしい生き方があるとパウロは記しているのだと思います。
 
 「聖なる者」とはどういう者でしょうか。毎週日曜日に何をしているのと聞かれて「教会に行っています。」と答える日本人は本当に少ないと思います。教会に行くなんて、何か特別に清い人とか、立派な人であるかのように思われてしまうかもしれませんし、教会について質問される時に、これまで何度も聞かれた問いは、「わたしのような者でも、礼拝に出ても良いのですか」という言葉です。謙遜して聞いているというよりは、結構本気でそう思っているところがあると思います。でも、そんな質問の時には、私は「わたしのような者でも牧師をさせて頂いていますから、是非、礼拝にお出で下さい」と答えるようにしています。
 
 「聖なる者」とは行動が立派だとか、清い生活をしている人、という意味もあるとは思いますが、何よりも神に愛されている者として、「神のものとされた人」、「神に属している人」ということだと思います。
 
 その人の人間性が立派だとか、優れているとから聖なる者ではありません。勉強が良くできるとか、学者だからとかでもなく、経済的に余裕があるとか、社会で成功しているからでもありません。能力の問題でもないし、勿論年齢や性別の違いに寄りません。特別に「使徒」と呼ばれた12人の弟子たちの少なくとも4人は漁師であり、一人は徴税人であることが分かっています。
 漁師だからとか、徴税人だからというよりも、主は時には病気の人をも招き、当時汚れていると言われていた人々も同じようにして招いてくださいました。
 
 使徒言行録等に記されていることからも分かりますように、初代教会には、社会的に弱い立場の人も、裕福な人も、奴隷も、自由人も、ユダヤ人も、ギリシャ人もいたと思われます。実に多様な人々が主イエスの福音に触れて、教会を形成していったと思われます。むしろ、恐らく殆どユダヤ人ばかりであったと思われるエルサレムの教会は歴史的には殆ど表舞台に立つことなく、消えて行ったかのようにも思われます。
 
 更にそのような教会は、人間的に見て、未熟だと思える人、短気な人もいたでしょう。妬み深い人もいたでしょうし、品性に欠けると思われる人々もいたのではないでしょうか。それに比べたら私たちの大塚平安教会は立派な教会だと私は思います。思いますけれど、だから私たちの教会は「聖なる者」の集いですとは言えません。

 ただ一つ神に招かれ、「自分は神に属する者である」として「聖なる者」なのだと思います。そしてその聖なる者としてどう生きていくのか、今日与えられているエフェソ書の中に記されている御言葉から読みとって行くとすれば、その最初に記されているのが5章1節の御言葉だと思います。
「あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。」一つは、私たちは、神に愛されている子供だということです。
 
 この神に愛されている子供という話しを2年に一回ぐらいは幼稚園の子どもたちの礼拝で取り上げられて話をすることがあります。その時、よく話をするのは、「お返し」というタイトルが付けられた絵本の話をすることがあります。
 
 狐の親子が住んでいる家の隣に狸の親子が引っ越してくるのです。狸のお母さんは引っ越しの挨拶にイチゴを持って狐の家に行くのです。喜んだ狐のお母さんは狸の家にタケノコを持っていく、それを喜んだ狸のお母さんは「花と花瓶」を持っていくのです。それを喜んだ狐は「クッションと椅子」を持っていて、それを喜んだ狸はおかえしに「家の机」を持って行って、それのお返しに「冷蔵庫」を持っていて、それを喜んだお礼に「テレビ」を、とうとう家の者が全部入れ替わってしまうのです。入れ替わってしまってお返しする者が無くなった狸のお母さんは、自分の子どもをお返しとして渡してしまいます。それに驚いた狐のお母さんも自分の子どもをお返しして、最後には狸のお母さんは自分をお返しして、狐も自分をお返しして、結局家がすっかり入れ替わってしまったという話しです。子どもたちに話しをすると大喜びで聞いてくれます。
 
 そして、こう話します。私たちは物を貰ったら「ありがとう」と言ってお礼を言って、何か別の物をお返しすることがあります。でも、神様は何も返してくれとはいいません。これだけ愛しているから、ちゃんと返してねというような方ではありません。そんな話を致します。大切なことは、私たちは「神に愛されている子供」だということです。

 自分の生まれがどうであるのか、これは自分では選ぶことが出来ません。今日は旧約聖書のモーセの誕生の場面を読んで頂きましたが、モーセが生まれた時代は、エジプトにいたイスラエルの民が非常に辛く、苦しい時代でした。創世記のヨセフ物語りの時代から400年経ち、エジプトにイスラエルの人々が増えすぎ、また、400年はヨセフが大臣として活躍して、エジプトを助けたことを忘れてしまうには十分な年月であったと思います。イスラエルの民は奴隷となり、それでもイスラエルの人々が増えるので、ついに王がイスラエルの子どもが生まれたら、「男の子は殺してしまえ」という命令がだされた、そんな時代にモーセは生まれたのです。
 
 けれど、神の不思議な導きによって、籠に入れられて川に流された赤ちゃんのモーセが流れ着いたその先は、エジプトの王女の元でした。王女は赤ちゃんのモーセを抱き上げ、あまりの可愛さに故に、自分の子どもとしてモーセを育てます。城で育てられたモーセが見てきた光景は、人の上に立つ指導者としての立場の考え方ではなかったでしょうか。しかし、その後、成長したモーセは、元々自分の仲間であるはずのイスラエルの民がエジプト人に虐げられる場面に出くわし、ついエジプト人を打ち殺して死体を密かに埋めてしまう。そのことが引き金となって、城にも、エジプトにも居られなくなり、アラビア半島を隔てた遠くの土地、ミディアンの地にまで逃げて、その地で結婚してその土地の人として住むことになるのです。しかし、更にそれから数年、主なる神がモーセを再びエジプトに呼び戻し、あなたにはあなたがやるべきことがあると告げて、しり込みするモーセを力付けて、出エジプトの出来事が起こるのです。
 
 モーセの最初の40年はエジプトの城で、次の40年はミディアンの土地で、そしてその両方の経験を通して、モーセは出エジプトの指導者として神が特別に選んだとも言えるでしょう。
 
 しかし主なる神は、モーセに対して、私へのお返しとしてこれを行いなさいと告げているわけではありません。あなたにはあなたの行うべきことがあって、あなたならではの働きが備えられていると告げているのです。
 
 私たちは神に愛されている子供です。しかし、その子供としての私たちに見返りを求められるわけではありません。けれど、神の子供としての生き方があって、それは「神に倣う者となる」ことだというのです。
 
 神に倣う者となる、主イエス・キリストが教えられた、神を愛し、隣人を自分のようい愛する者になるということかもしれません。あの金持ちの青年に告げられた、全ての財産を売って、貧しい人に施して、そして主イエスの道に従っていくことなのかもしれません。ザアカイの家に行って一緒に食事をしたときに、ザアカイは、自分の財産の半分を貧しい人に施します。もしだまし取っていたら四倍にして返しますと言った時に、主イエスが喜んで下さった、そういう生き方なのかもしれません。
 
 けれど、大切なことは、神に倣ってどう行動するのか、私たちにはいつも問われていることかもしれませんが、しかし、あのお返しの罠に引っかかってしまってはなりません。あの人はこれだけやった、この人はこれしかしてない。
私はこれだけお返しをしているのに、あの人は少しもしていない。と思ってしまうならば、そのお返しは一体誰のためのお返しになるでしょう。神様の為にと思いながら、いつのまにか自分の為のお返しになるとき、人の目が気になり、神に倣う者の姿からはずれてしまうかもしれません。そうならないように、何よりも私たちは、聖なる者、だから、神に愛されている子供として、感謝して、与えられている人生を喜びをもって、祝福を沢山携えて、主イエスの福音を生き、また宣べ伝える者として生きていきたいものだと思います。全てに感謝し、それ故にすべては主の物、感謝してこの一週間も過ごして参りましょう。お祈りいたします。

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