日本キリスト教団 大塚平安教会 

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いつも共におられる

2017-12-08 10:30:21 | 礼拝説教

【マルコによる福音書13章21~37節】
【テサロニケの信徒への手紙一 5章1~11節】


 本日から、待降節、アドベントに入りました。アドベントとは、「到来」あるいは「来臨」という意味があります。
アドベント・クランツは古くから緑の葉が希望を、赤はキリストの十字架の血のあがないを、白は信仰と言われているそうです。
 希望と、主の血のあがないと、そして私達の信仰とを心に持ちつつ、私達はこのアドベントの期間を過ごして参りたいと思います。今年も素敵なクランツをね、子どもの教会にお子さん二人と一緒にやって来られるFさんの実家が花屋さんで、Fさんのお父さんが特別に作って下さいました。
 
 そのアドベントの最初の日、今日も聖書箇所を三か所読んで頂きしたが、この三か所に共通していると思われるテーマは「主イエス・キリストの再臨」です。主イエスは再び私たちの所へ来られますよ。勿論、今もね、主の聖霊という力が働いておられるわけですが、でも、もっとはっきりと主イエスの再臨は近いと私たちに伝えておられる箇所だと思わされます。
 
 とはいえ、なぜ、クリスマスを前にして、主イエスの再臨の聖書箇所を第一アドベントの礼拝で読まれるのか?
 私たちの教会の礼拝は日本基督教団で指定している聖書日課に基づいて聖書箇所を選ぶのですが、アドベントの第一主日に付けられている題は「主の来臨の希望」です。御子イエスの誕生を喜ぶ、この時期、そのアドベントの最初に、主の再臨の箇所を読む。どうしてそうなのか?今日のこの礼拝を準備しながら改めて思いました。実際は11月の役員会には、私は12月の聖書箇所と、説教題を提出しなければなりませんから、その時からずっと悩んでいると言ってもよいかもしれません。

 けれど、考えていくうちに少しずつ理解してきたことは、例えばマルコによる福音書の13章32節からの箇所を読みますと、「その日、その時は、誰も知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。気をつけて目を覚ましていなさい。」とあります。その後も「目を覚ましていなさい。」「目を覚ましていなさい」と4回、続けざまに記されていることが分かります。主イエスの再臨の時はいつか?誰もわからない、だから目を覚ます、目を覚ますという意味は、信仰を守り続けなさいということでもあるでしょう。

 ある牧師はこの「目を覚ます」と言う言葉は、「心を配る」という意味を持っていると説明しておりました。なるほどそうかと思いました。先週の主の日は毎年恒例のアドベント前の大掃除の日でありまして、礼拝後壮年会の皆さんがそれこそ心を配って作って下さったカレーを頂いて、その御、集まって下さった皆さんと一緒に会堂の大掃除を行いました。天候にも恵まれて、願っていた礼拝堂やら集会室のワックスがけまで行えましてホッとしております。
 外ではクリスマスイルミネーションも飾られて本当に素敵に出来ました。皆さんのそのような心配りの中で、今日のアドベント礼拝が行われていることは感謝なことだと思います。
 
 この年の教会を振り返りまして、今年の教会は何か、行事がとても多かったように感じます。8月の夏の期間が過ぎて、9月、10月、11月と、先日の幼稚園、教会のバザーに至るまで、まるで一連の行事が立て続けにあるかのように行われたようにも思います。私自身、学びと交わりの準備やら、思いがけなくI兄が天に召されて葬儀が執り行うこともありましたし、座間男声コーラスによるチャペルコンサートや、牧師館の家庭集会、召天者記念礼拝、仕上げにバザーでたこ焼きを焼いて(笑)そして大掃除。疲れがあるわけではありませんが、やっぱり少し忙しかったかなと思います。

 それでも、先週の一週間はどうしても気になっていたことがありまして、それは、日ごろ教会に来られていない教会員の方々に対する心配りです。忙しい、忙しいと思いながら、特にクリスマス前になりますと本当に大切なことに対して、目を覚ましていられないものだと改めて思わされました。それで、先週から少しずつでも、クリスマスに向けて、週報を届けながら、消息を尋ねながら訪問をと願っています。でも、いつでもきっとこれで良くやっていると思える時は来ないだろうとも思います。

 主イエスが、弟子たちに何度も何度も告げた言葉は「目を覚ましていなさい」という言葉でした。あの最後の晩餐が終わり、弟子たちと共にゲッセマネに移って、祈りをささげておられるときに、弟子たちは我慢できずに、眠りこけてしまいました。主は一度、二度、三度と起こされましたが、三度目には「もう、良い」と言われてしまう程でした。
 
 主イエスが何度も何度も、目を覚ましていなさい、心を配りなさいと教えられても、私たちも、弟子たちと一緒で、いつも完全に守ることは出来ないものだと思います。むしろ、いつも足りないし、欠けがありますし、不足しているのだと思います。でも、それは仕方のないことなのでしょうか?止む終えないことなのでしょうか?

 そんな思いを持って今日与えられた二つ目の聖書箇所であるテサロニケの信徒への手紙を読んでみました。378頁です。5章1節から読んで頂きましたがその中の、5章10節の御言葉に目が止まりました。こう記されています。「主は、私たちのために死なれましたが、それは、わたしたちが、目覚めていても眠っていても、主と共に生きるようになるためです。」という御言葉です。

 ここに「目覚めていても、眠っていても」とあります。それは人が一生懸命に目覚めていよう、心配りをしよう、頑張ろうと願っている時も、そんな思いを持ちながらも、実際は別の事柄に心が向いたり、あるいは疲れを覚えたり、あるいは力が出なかったり、病気になったり、すなわちあたかも眠っているかのような時でも、「目覚めていても、眠っていても」どんな時も、「主と共に生きることが出来る」とあるのです。
 なぜ、そうなのか、父なる神が、御子イエスをこの世に誕生させる決意をされたからだと思います。もともと、この世界は天地万物を造られた神のものです。私たちのものではありません。その神の守りと支えの中で、私たちは感謝しながら生きていかなければならないのに、いつの間にか人は人と争い、自然を破壊し、神に背いて生きるようになりました。けれど、そのような人間を見て、主なる神が決心したのは、9節に「神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いに預からせるように定められたのです。」とありますように、神の怒りによる私たちの滅びではなく、その全く逆の、主イエス・キリストによる救いなのです。

 その救いの御計画として、御子イエスの誕生があるのだと思います。御子イエスの誕生によって、私たちがどうだからということを越えて、私たちが目覚めていても、眠っていても、つまり、どんな時も、主が共におられよう決心された。それは、私たちが生きていても、召された後もです。まさにいつもです。 
 だから、このアドベントの最初の主日に、礼拝において主の再臨の約束の箇所が読まれるのではないのかと、私は思わされました。

 主がいつも共にいて下さる。この思いは私達を喜びへ、希望へ、感謝へと導きます。
 
 クリスマスの最初の出来事として、おとめマリアの下に天の使いガブリエルが現れます。「おめでとう、恵まれた方、主があなたと共におられる。」これが天使の最初の言葉でした。しかし、マリアはこの言葉に不安と恐れを感じました。天使は続けます。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座を下さる」
 
 マリアは驚き、戸惑いを示しますけれど、しかし最後に決心してこう天使に告げました。「私は主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」
 今週の土曜日は早くも、さがみ野ホームでクリスマス礼拝が行われます。ですから、二日前のさがみ野ホームの礼拝では、このマリアの箇所を話しました。

 皆さん、どうして、神様はマリアを主イエスの母親として選んだのでしょうか。聖書にはその理由はなにも書かれてありません。でも、宝くじとかビンゴのようにしてあてずっぽうに神様がマリアを選んだとも思えません。けれど、マリアはその村一番の器量よしであったとか、抜群の頭脳を持っていたとか、王女様だったとか何も記されていません。でも、神様はマリアを選ばれた、どうしてでしょうか。勿論、その答えは聖書にもありませんから、想像するしかありませんが、私はマリアが色々な抵抗を試みるも、最後には「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と言える女性であったことを神様は御存じだったからではないかと思います、とお話しました。

 神様の思いがこの身になりますようにとは中々言えないものではないでしょうか。例えば自分がナザレという小さな村に生まれてきたこと、女性として生まれてきたこと、その時代に生まれてきたこと、そういった本来、自分ではどうしようもなく、自分で選ぶことすらも出来ない、私たちは実際、自分の親を選ぶことも出来なければ、親からすれば子を選ぶことも出来ませんし、どの時代の、どのような社会状況に産まれて来るかによって、人の人生は大きく変わるものだとも思います。

 けれど、そのような与えられた状況をマリアは受け入れて育ち、それを喜んでいたのではないかと思う、要するに、マリアは自分のことが、良い意味で、自分が好きだったのではないかと思いますよ、と話しました。

 私たちは案外、自分のことが好きになれなかったりします。もう少し、背が高かったらとか、お金がもう少しあったらとか、もう少し頭が良かったらとか、この病気さえなかったらと思ったりするのではないでしょうか。そして、案外、自分で自分のことを嫌いだなと思ったりするのではないでしょうか。こんな自分でなかったらな、そう思うのは特に、思春期から10代、20代の青年と呼ばれる世代に多くにみられる傾向だとも言えますが、それだけでもなくて、結局のところ幾つになっても、自分を好きになれない、自分が嫌だと思っている人は案外少なくありません。なぜ、そうなのか、一言で言えば比べるからです。比べながら、人より良かったら嬉しいし、人より悪かったら悔しいのです。

 何か当たり前のことと感じるほどに、私たちは比べながら喜んだり、悲しんだりしています。でも、だからいつも不安があるのです。だから、主なる神との出会いが必要なのです。人と比べながらではなく、自分ならではの生き方、自分ならではの人生を生きていこう。いや、生きていける、なぜなら、「目覚めていても、眠っていても」主が私たちと共におられるからです。マリアも、自分ならではの人生を神様から与えられたことを受け入れて、「お言葉どおりこの身になりますように」と告げたのだと思います。

 今、宮城県で知事をしている村井嘉浩さんと言いますが、2005年から12年目となっています。この村井知事は二か月前の宮城県の知事選に出馬しまして、宮城県史上最高の得票数で当選したとありました。その政治的な立場はどうなのか私は知りませんが、県民から圧倒的な支持があったのだと思います。その村井知事がですね、ある時、私が尊敬する山形県で牧師をしておられる先生がおられるのですが、その先生と村井知事が知り合いで、ある時、ある時というのは、あの東日本大震災から凡そ一年後のことのようです。新幹線に一緒に乗り合わせ、それで話をしたというのです。

 何を話したのか、2011年3月の東日本大震災で、宮城県の海沿いは、地震と津波と原発の被害もあったでしょう。とにかく壊滅的な打撃を受けました。
村井知事もどうした良いか分からず、復興会議の為に、多くの人と話をする相談する中で、あの更に数年前に起こった、阪神淡路大震災の時の、神戸の指導者に話を聞いたそうです。
 その神戸の指導者の方が言うには、地震の後なんとか、地震前の姿に戻そうと頑張って、頑張って10年かけて、元の姿になったというのです。でも、その時にわかったのは、その10年で神戸に船がやって来なくなっていたと言われたそうです。なぜか、10年の間に、もっと国際的な港が、更に進歩して、神戸は10年かけてもとに戻しましたからね、どうしても遅れを取ってしまったからと言われたそうです。だから、先生よ、私は先生がいつも話されている、どんなことをも宝として、これぞ宝として生きていきなさいという言葉を思い出して、この地震があったから宮城県はもっとずっと良くなったと言われるように頑張りたいと言ったそうです。

 だからね、皆さん、村井知事に信仰があるのかどうか私は分かりませんが、でも、このことがあっても、あのことがあっても、「お言葉どおりこの身になりますように」この事を通して、私の人生を、あなたの宝として下さい。私はいつもあなたが共にいて下ることを知っていますからと私たちも生きていきたいものだと思います。マリアのこの決心から神様のご計画が動き出したように、私たちの人生も、私たちの決心で私たちの人生が動き出します。その人生に主が共におられる、そのことを信じて、このアドベント過ごして参りましょう。

                                                    

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