日本キリスト教団 大塚平安教会  

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御旨にかなう道

2020-01-13 09:20:04 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編37編23~29節】
【コリントの信徒への手紙二 10章15~18節】

 詩編37編23節、24節にこう記されています。「主は人の一歩一歩を定め 御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていて下さる。」
 
 この箇所から今日の説教題を「御旨にかなう道」といたしました。この一週間、私は教会の前の掲示板を見まして「御旨にかなう道」という説教題を読みながら、自分でつけた説教題でありますけれど、果たして「御旨にかなう道」とはどんな道であろうか、と思い悩んでおりました。どのような道を歩めば主の御心に適うのであろうか。
 昨年12月のクリスマスの時期にも申し上げたことですが、私たちの人生は私たちが思っているよりはずっと既に決められているところがあります。
 
 自分では、自分の親を決めることは出来ませんし、親も子供を選ぶことは出来ません。男性であること、女性であることも自分ではどうしようもない。生れて来た時から男の子であり、女の子です。丈夫な体で生まれて来た方は幸いだと思いますが、必ずしもそうではない方も大勢おられますし、裕福な家庭に生まれた方もいれば、混乱を抱えた家庭に生まれた方もおられます。
 けれど、どのような家庭に生まれて来ようと、生れて来たからには、生きていかねばなりません。どのように生きていこうとするのか、どんな人生を歩もうとするのかは自分で決めていかなければなりません。それが20代、あるいは30代の年齢で求められる自分の歩む道でありましょう。

 我が家のことを言えば、必ずしも混乱を抱えた家庭ではありませんでしたが、経済的には全く恵まれない家庭であったことは確実です。そのような家庭に生まれ、育ち、兄も弟も、経済的安定だけではないと思いますが、安定した職業と言われる公務員になりました。私はどこかで羨ましいと思っているとこもありますけれど、でも本音のところでは、そう思っていないと思います。
 私は、自分でもよくわかりませんが、どちらかと言えば、波乱万丈の人生を望んでいたように思います。生まれて来て一度の人生をどう生きるか、夢も希望もある人生だと思っていたところもあります。ですから田舎にいたくない、自分は都会に出て何かしたい。何か出来る。そんな思いをもって、都会に出て来たのです。けれど世の中はそれほど甘くはありません。何をしても上手くいかない、自分の思うような人生を歩むことが出来ない。20代前半は、かなり厭世的な生き方をしていました。24節に「人は倒れても」とありますが、この「倒れる」とは挫折を意味する言葉です。

 人生の挫折とはこういうものかと思う時期を過ごしました。私に限らず、挫折とはこういうことかと感じながら生きた方、多いと思います。
 生きていくと様々な挫折があります。これから丁度受験のシーズンとなりますが、受験しても不合格になることもあります。この仕事でと思いながら成功しないこともあり、この人とずっと一緒にと思いながら結婚したけれど、上手くいかず別れてしまうこともあります。私たちの誰もが、人生の「挫折」を一度や二度、経験しているのではないでしょうか。

 アドラーという心理学者は、「人のすべての悩みは対人関係の悩みである」と教えました。何より辛い挫折は、人と人の関係が壊れてしまうことです。コツコツと積み上げて来た人と人の関係、積み上げるには時間がかかりますが、壊れるのは一瞬、あっという間かもしれません。どうしてこうなったのかなぁ、その原因を色々と探すとしても、完全に特定することは出来ないかもしれません。
 アドラーは、この対人関係について、勿論、人と人との関係の中で説明しますが、特徴的なのは、自分と、自分という対人関係があると説明します。

 繰り返しますが、人のその人生の中で様々な出来事が起こります。挫折を味わうこともある。時には絶望を感じることもある。「人は倒れる」のです。
 でも、その「倒れた」と思うのも自分です。先ほど、受験で不合格になることもあると申し上げましたが、不合格が本当に良く無いのかどうか、を決めるのも自分です。この学校ではなく、違う学校にいきなさいということかな。と思えるのであれば、そこで挫折と共に、新しい希望が現れます。
 仕事が上手くいかない、結婚が上手くいない、でもそのことを通して、自分は別の人生が与えられるであろうと思えるのであれば、それらの出来事は、必ずしも人生の挫折という言葉でピリオドが打たれるわけではありません。思いを入れ替えて、新しい道が備えられていると思って歩き出していけるであろうと思います。

 挫折を挫折とするのも、それは自分の感情です。挫折と感じるかどうかは、自分の感情が大きく作用する。私自身、20代前半に世の中を憂いて、家庭環境を恨みに思って、なぜ、自分だけがこんなに辛い思いをしなければならないのかと答えの無い問いを問うていました。
 
 あたかもヨブ記のヨブが全ての財産、家族を取られて、更に自らは病気とされ、絶望を感じながら主なる神に対して「罪と悪が、どれほどわたしにあるのでしょうか。」と問い続けている様子に重なる思いも致します。
けれど、ヨブの悩みは、ヨブ記の終盤となり、主なる神が登場することによって大きく変化します。主なる神がヨブに対して「これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて 神の経綸を暗くするとは。男らしく、腰に帯をせよ。わたしはお前に尋ねる、わたしに答えてみよ。わたしが大地を据えたとき お前はどこにいたのか。 知っていたというなら 理解していることを言ってみよ。」
 そう問うてくる神の御言葉を聞いた時に、ヨブは返す言葉を失いました。「神よ、そのとおりです、わたしには理解できず、わたしの知識を超えた驚くべき御業をあげつらっておりました。」と平伏するのみでありました。

 自分では変えることが出来ない与えられた環境を恨み、与えられた体につぶやき、与えられた能力にがっかりしているとしたら、そのような出来事を通して、自分で自分を認めていない、自分で自分を赦していない、自分で自分が好きになれない。自らを喜びとしていないのではないでしょうか。
 自分が自分を喜べないのであれば、同じ分量で、自分以外の他人をも喜べないと言われます。自分を嫌いな人は、他人をも嫌いなのです。このような人は自分で自分を倒し、その力で人をも倒そうとするかもしれません。

 けれど、詩編には「人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえてくださる。」とあります。「人は倒れても」人は倒れる生きものだと思います。挫折する生きものだと思います。けれど、神はそのままにはしておかない、打ち捨てられるのではない、主がその手をとらえて下さる。
 主なる神がそのままにはしておかない。倒れた者の手を取って、引き上げて、支えて、共にいて下さろうとする、それが主なる神の愛の姿だというのです。

 そのような主なる神との出会い、ヨブが神と出会うことによって全ての悩みを越えて神に希望を見出したように、自分は見捨てられていない、自分は忘れられていないと思える時、人はどれだけの力を得ることが出来るでありましょうか。

 私自身、自分は見捨てられていないと思えたことは決定的であり、神との出会いは、自分の人生も祝福され、神と共に喜ぶためであったと知った時の感情は、これまでの人生の全てがひっくり返るような思いと共に、自分の人生が全く新しくされた時でもありました。
 
 最近、巷で流行っているコマーシャルがありまして、相撲取りの炎鵬が登場するコマーシャルです。
 
 こういう文章が流れます。

 大逆転は、起こりうる。わたしは、その言葉を信じない。 どうせ奇跡なんて起こらない。

 それでも人々は無責任に言うだろう。  小さな者でも大きな相手立ち向かえ。

 誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。 今こそ自分を貫くときだ。

 しかし、そんな考え方は馬鹿げている。 勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。

 わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。 土俵際、もはや絶体絶命。

 
 ほとんど絶望的な文章だと思いますが、この文章を今度は、逆から読んでいくと、圧倒的な励ましの言葉になることが気がつきます。

 この大逆転は起こりうる。この言葉、始めてこのコマーシャルを見た時は、感動しました。

 人は、自分の感情の持ち方一つで、自分の人生がひっくり返るような思いを経験する時があるのです。でも、それは自分で何とかしようとしている時には、到達するものではないかもしれません。

 
 「御旨にかなう道」それは、自分でなんとかしようとする道ではありません。

 主が「御旨にかなう道を備えてくださる。」神が自分のために、全ての状況を知りつつ、最も相応しい道を既に備えて下さっているのです。そのことに気がつかされ、神の愛を知る時、人は変わるのだと思います。

 新約聖書からコリントの信徒への手紙10章15節からを読んでいただきました。コリント書は、使徒パウロがコリントの教会に宛てて記した手紙ですが、もともとコリントにある教会は、パウロが苦労して開拓伝道して立ち上げた教会でもあります。
 一年六ヶ月の間、パウロはコリントに滞在しました。アキラとプリスキラと共に天幕作りをしながら、また、弟子のテモテとシラスと一緒の開拓伝道でした。その苦労が実り、主イエスを自らの救い主と告白する人々が現れ、次第に教会、すなわち、人の集まりが形成されるようになっていきます。その後、パウロはコリントから新しい町へと離れるのですが、それから二年程経った頃に、教会の内に内部争いが起こります。それぞれがめいめいに、「わたしはパウロにつく」とか「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」といった具合で、分裂していったようです。

 そのような知らせを受けたパウロは驚き、すぐにでもコリントに向かいたかったようですが、丁度その頃、エフェソの町で捕らえられて投獄されてしまいます。一年近く牢の中にいなければなりませんでした。その間に、コリントの教会は、更に悪いことに、「偽使徒」と呼ばれる人々がやって来て、その雄弁さをもって人々を魅了し、パウロの信仰から遠ざけ、自分達に都合の良い信仰へと導き、自らを誇り、パウロは否定されてしまうことになります。パウロは牢から出された後、コリントの教会を訪ねるのですが、その時、パウロは受け入れられませんでした。「偽使徒」が幅を利かせ、パウロは否定されました。

 パウロは大いに屈辱的であったでしょう。これほどの挫折、これほど打ちのめされたと思ったことはなかったかもしれません。パウロが否定されただけでなく、主なる神が否定され、教会は神の福音から離れてしまいました。どれほど悲しかったか、どれほど口惜しかったかと思います。
 パウロは戻って手紙を記しました。その手紙は涙ながらに記したと言われる「涙の書簡」と呼ばれるものですが、既に現存していません。しかし、その手紙の一部がコリントの信徒への手紙の中に紛れ込んでいるとも考えられていまして、その箇所が、コリント書の10章から13章ではないかという説もあります。今日は、その中から読んでいただいた訳ですが、パウロの願いは、「コリントの教会の人々の信仰が成長すること。」「福音が他の地域で告げ知らされること。」等、色々と記されますが、17節に「誇る者は主を誇れ。」と記しました。

 偽使徒たちは、自らを誇りとして、自分達を宣べ伝えていたものと思われます。だから、パウロは、それは違うと言いたかったのです。自らを誇りとする、それは、「御旨にかなう道」ではないと伝えたかったのだと思います。パウロが誇りとするのは、むしろ自らの弱さだけでありました。

 読んでいただいたすぐ後に、パウロは自分の病について記しました。それが具体的には何かはっきりしてはいません。目が悪かった、手が悪かった、癲癇症状があった、色々言われていますけれど、しかし、パウロにとってそれは耐え難い辛さであり、私は三度主に願いました。とあります。三度とは幾度もという意味だと言われます。しかし、主は「わたしの恵はあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と言われたと記しました。だから、むしろ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、行き詰まりの状態にあっても、キリストの為に満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」と記します。更に13章、涙の書簡の結びには、「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいて下さいます。」と記しました。

 最後まで、パウロの心は、倒されたままではありませんでした。倒された思いをもって涙の手紙を綴りながら、尚、それでも主なる神は、「御旨にかなう道」を歩ませて下さる、人の一歩一歩を支えて下さる、主が自分の手をとらえて下さっていると信じながら、希望に生きたと思います。そして、実際にその思いは、成就してコリントの教会の人々はパウロの信仰に立ち帰ることになります。

 皆さん、私たちは倒れる生き者です。挫折する生き者です。それでもなお、主はそのままにはしておかれません。主が共にいて下さり、御旨に適う道を必ず備えて下さいます。私たちはそのような主、主イエス・キリストに支えられながら、この2020年を力強く歩んで参りましょう。
お祈りします。


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