日本キリスト教団 大塚平安教会 

教会情報や牧師のコラムをごちゃごちゃと

うめきの中から

2021-08-22 14:12:44 | 礼拝説教
2021年8月22日(日)

大塚平安教会 礼拝説教

聖書箇所 ハバクク書3章17~19節
     ローマの信徒への手紙8章18~25節

説教題 「うめきの中から」

説教 杉野信一郎神学生(日本聖書神学校4年生)

うめきの中から



以下、原稿になります。

1 失われた日常の中で

「いちじくの木に花は咲かず ぶどうの枝は実をつけず オリーブは収穫の期待を裏切り 田畑は食物を生ぜず 羊はおりから絶たれ 牛舎には牛がいなくなる。」

預言者ハバククは、これまで、ごく当たり前のように受けてきた自然の恵みが絶たれ、生きていくための糧が絶たれ、不安と絶望の淵に置かれた状況を嘆いています。

今日示されましたハバクク書は、普段、あまり礼拝で読まれる機会が少なく、馴染みがありませんが、実際のところ、ハバククがどのような預言者であったのか、いつの時代を生きた預言者であったのかということについても、あまり正確には知られておりません。おそらくは、紀元前7世紀の終わり頃、預言者エレミヤと同時代を生きた預言者であったろうと考えられています。ハバククがここで嘆いたような状況が、ユダ王国が北から迫るアッシリアに脅かされている只中での出来事であったのだとすれば、それは、神に信頼することを忘れたユダヤの民の不信仰に対する神の罰だと映ったかもしれませんが、ここで語られているのは、それとは異なる時代、異なる状況の中で起こったことかもしれません。
しかし、ハバククは、そうした状況を嘆く一方で、希望を失いません。「わたしは主によって喜び/わが救いの神のゆえに踊る」と歌うほどに、主なる神に対して絶対的な信頼を置いています。そのため、このハバククの言葉は、その後のユダヤの礼拝の中で信仰の書として、よく読まれていたようであります。

今日は、もう一箇所、ローマの信徒への手紙の8章が示されましたが、この手紙を書いたパウロも、このハバクク書の影響は強く受けていたようでありまして、ローマ書1章17節の「正しい者は信仰によって生きる」という有名な言葉は、ハバクク書2章4節から引用されたものであります。

さて、ハバククが嘆いた状況は、時代を超えて、私たちが生きる現在の状況にも通ずるように思われます。2011年3月11日の東日本大震災に伴って起きた福島の原発事故によって帰還困難区域とされた地域では、10年経った今も、除染の方針すら立っておらず、農地は、誰も手を入れることができないまま、荒廃の一途を辿っています。また、全世界的に被害が広がる新型コロナウイルスの拡大も、農作物の被害ではありませんが、これまでごく当たり前のように思っていた日常が失われてしまったという点では、ハバククの嘆きと相通ずるところがあるように思います。そして、この新型コロナウイルスの問題よりも、はるかに深刻な問題として私たちの前に立ちはだかるのが、地球温暖化による環境破壊の問題です。

今月の9日、国連の気候変動に関する政府間パネルIPCCが、地球温暖化に関する重大な調査結果を公表しました。それは、世界の気温が産業革命前の水準と比べて2040年までに1.5度上昇することが予測されるというものです。しかも、その気温上昇には人間活動が影響していることは疑う余地がないということが今回初めて公表されました。1.5度というと、大したことないという印象を持たれるかもしれませんが、気象や生態系の変化、そしてそれらが及ぼす人間生活への影響は計り知れません。例えば、最近、異常気象が増えてきていますが、世界の平均気温が1.5度上昇すると、熱波などの異常気象の発生率は8.6倍に増え、農業に被害を及ぼす干ばつの発生も2倍になると予測されています。

また、南極や北極の氷が解けて世界の海面が上昇し、沿岸部の水害発生の危険が増したり、太平洋上の島国の中には、国土全体が水没してしまうことも懸念されています。私たちの身近なところでは、丹沢山地の美しいブナ林が気温上昇によって生育出来なくなって、全滅してしまうと言われています。さらに、この気温上昇は、1.5度で止まることはなく、むしろある限界を超えると温暖化のスピードが一気に加速して、このままいくと今世紀の終わりには、世界の平均気温は、なんと4.4度も上昇してしまうだろうと予測されています。そうなると、人類はおろか、地球上の生物は全滅という日がやってくるかもしれません。もはや、私たち人類に希望はないのでしょうか。ハバククは、そのような状況を目の当たりにしても、神に信頼を寄せ、希望を語りましたが、私たちも、そのように希望をもつことが出来るのでしょうか。

2 うめきの中にある被造物

さて、このような現代の状況の中で、今日読まれましたローマ書8章18~25節は、わたしたちに特別のメッセージを伝えています。ローマ書は、パウロが書いた最後の手紙で、「救い」とは何か、信仰によって認められる「義」とは何かといったことについて論理正しく解き明かしたパウロの神学の集大成ともいうべき書簡です。そして8章、とりわけ今日読みました箇所は、将来現れるはずの主イエス・キリストの栄光と、それにより与えられる永遠の命を待ち望む希望に支えられて、現在の苦しみを忍耐して、それと闘って生きるキリスト者の生き方を示す、いわばローマ書の頂点とも言える箇所です。しかし、ここで、パウロは、突然、唐突に被造物の救済のことを語ります。これまで、長い教会の伝統の中では、人間の罪と、罪を負った人間の救いこそが重要な関心事であって、人間以外の被造物のことなどは、枝葉の問題として見過ごしてきましたけれども、先ほどお話してきたような今日の状況の中では、それは今までになく重要な意味合いをもって私たちに語りかけているように思えるのです。

それにしても、自然破壊などさほど問題となっていなかったであろう当時において、パウロは、何故、ここで被造物の救いについて語ったのでしょうか。「信仰によって義とされる」いわゆる信仰義認論を展開したパウロが、何故、ここで、信仰を告白する術を持たない人間以外の被造物の救済を問題にしているのでしょうか。「被造物が神の子たちの現れるのを切に待ち望んでいる」というのは、どういうことなのでしょうか。「被造物が虚無に服している」、また、「同時に希望も持っている」、「滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれる」とは、いったい、どういうことなのでしょうか。

それを読み解く鍵は、20節にあります。20節には「被造物は虚無に服していますが、それは、自分の意志によるものではなく、服従させた方の意志によるものであり」とあります。これは、いったいどういう意味でしょうか。パウロがここで「被造物」という言葉を引き合いに出した時、念頭にあったのは、創世記3章に記されている人類最初の罪といわれるアダムが犯した罪のことであろうと思われます。最初の人間アダムとその妻エバが、蛇の誘惑によって、神の命令に背いて、食べてはいけないと言われていた「善悪の知識の木」の実を食べた。それは、彼らが、神に従うことをやめて、自分が主人になって、自分の思いによって生きていこうとした、ということです。その罪の結果、神は次のように裁きを告げられました。「お前のゆえに、土は呪われるものとなった。」この言葉は、楽園から追放された人間に対しては、男は、生涯、荒れ野のようなこの世界で、顔に汗を流して働かなければ、食べるものを得られず、女は産みの苦しみを味わう者となり、共に最後は死んで土に還るものとされた、ということを告げるものです。しかし、それだけでなく、人間の罪の結果、土に代表されるこの世界の被造物全体が呪われ、人間と同じく死に支配されるものとなった、ということが語られています。パウロは、そのことを「被造物が虚無に服している」と言っているのです。そして、さらに「被造物はすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっている」と言います。

パウロは、コリントの信徒への手紙二の5章でも、キリスト者が、この地上において重荷を負ってもだえ苦しんでいることを、この「うめく」という言葉を使って表していますが、その「うめく」という言葉、それと「産みの苦しみを味わう」という言葉に「共に」という接頭辞をつけた言葉は、今日のこの箇所でしか用いられていない言葉です。ですから、この「共に」という言葉は、今日の箇所を読み解く重要な言葉です。そこには、二つの重要な意味が込められています。
一つは、被造物は、人間と共に、神の裁きを受けて、もだえ苦しむ存在にされているということです。もっと言えば、人間の犯した罪の連帯責任を負わされて苦しんでいるということです。人間の犯した罪とは、先ほども申しましたように、神に従うことをやめて、自分が主人になって、自分の思いによって生きていこうとした、ということです。

もっと具体的に言うと、こういうことです。この世界は、神様がお造りになった被造物であって、神様のものです。人間も、その被造物の一部であるわけですが、ただ、他の被造物と違う点は、人間は、神様のものであるこの地上の世界を、神様の御心に従って管理し、守る者として、神様ご自身のお姿に似せて造られ、そして、そのための権限を与えられた存在であるということです。それは、創世記1章28節に「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地を這う生き物をすべて支配せよ。」という神様のお言葉が記されているとおりです。ところが、人間は、神様のこの言葉を自分たちの都合のよいように解釈して、自らの欲望に任せて被造物を搾取してきたのです。神様をないがしろにして、自分たちがこの世界の王であり所有者であるかのようにふるまってきたのです。神様との関係を断ち切り、他の被造物とも、本来あるべき関係を見失いました。これこそ罪です。私たちは、現実に、自然環境が悶え苦しんでいる姿を目の当たりにして、人間の身勝手な振舞い、人間の罪の結果を思い知らされているわけですが、パウロは、そのことを聖書に記されている神の言葉によって、被造物全体が虚無に支配された状態にあることを聞き取ったのです。

さて、「共に」という言葉の、もう一つの重要な意味でありますが、それは、人間と他の被造物とは、共に生きていくように造られた存在だということです。裏を返して言えば、人間は、人間だけでは生きていくことの出来ない存在だということです。人間だけではありません。それは、他の被造物すべてに言えることです。そのような関係性は、今日の科学では、生態系という言葉で言い表されています。人間以外の被造物が滅びる時は、人間が滅びる時です。逆に、人間が救われて永遠の命を得て生きていくためには、他の被造物が人間と共に救われて、人間と共に永遠に生きていくものとされることが必要なのです。何故なら、キリスト者に将来の救いを保証するために与えられている聖霊は、キリスト者の霊を肉体から分離することを求めないのと同様に、人間を他の被造物から分離することを求めていないからです。むしろ、人間を他の被造物との連帯の関係に招き入れるのです。それゆえ、被造物は、神の子たちが現れるのを、希望をもって、待ち望んでいるのです。神の子供たち、すなわち、イエス・キリストを信じ、キリストと結ばれ、霊の初穂を頂いているわたしたちキリスト者が、将来、体が贖われ、永遠の命を頂くとき、私たち以外のすべての被造物も、私たちと共に、神の子供たちとしての栄光に輝く自由に与れるのです。それは、神は、自らが創造された全地のすべての被造物を愛されており、その救済を望まれているということなのです。
神の救済の計画は、キリスト者だけに、また、人間だけに留まるのではなく、人間以外のすべての被造物にまで及ぶものであり、万物を罪の縄目から解放し、神の国を完成なさるのです。

3 キリスト者の使命と希望

では、私たち、今の時代を生きるキリスト者は、どのように生きることが求められているのでしょうか。私たちキリスト者は、将来の救いを保証する聖霊を与えられてはいますが、今は、しかし、肉の体を持ち、死の滅びが支配する世界にあって他の被造物とともにうめき苦しんでいる罪深い存在です。そして、この罪に陥っている私たちは、他の被造物に対して適切に振舞うことが出来なくなっています。他の被造物は、何も自然だけではありません。肉に支配された私たちは、他の人間、隣人に対しても適切に振舞うことが出来ない存在です。自分にとって益になる者、益になる時だけ愛し、利用価値がない者は無視し、切り捨ててしまう。そのように、隣人を選別し、切り捨て、傷付けてしまう存在です。そのことが、自然に対する振舞いにも表れているのです。しかし、そのような自己中心的な生き方を悔い改め、神の子とされて生きることが私たちキリスト者の望みです。悔い改めとは、ただ反省するということではなく、それまでの生き方を大きく方向転換することです。自分本位の生き方を捨て、神様と向き合い、隣人と共に生きるものとなることです。それは、自らの努力で出来ることではなく、ただ、神から与えられる聖霊の働きによって可能となるのです。
ですから、私たちは、苦しみに満ちた現実の中にあっても、神が私たちに与えてくださった聖霊の働きを求めつつ、神が共に生きるものとされた隣人のために祈り、すべての被造物と共に生き、苦しみを共にし、共に滅びから解放される希望をもって歩んでまいりましょう。



祈ります。
万物の造り主である父なる神様、御言葉の励ましに感謝します。私たちが生きているこの世界には、戦争や暴力、差別や搾取、貧困や病など、様々な悪が蔓延り、多くの人々が苦しみ悶えています。
そればかりではありません。私たちが暮らしの豊かさや快適さを追求する陰で、世界の至る所であらゆる被造物が呻き声をあげています。
主よ、どうか、そのような他者のうめきに鈍感な私たちを憐れんでください。
そして、自らを王とするような生き方を悔い改め、この世にあってうめいている者たちと共に生き、共にキリストの栄光のうちに招き入れられる日を待ち望む希望をもって歩む者としてください。
主イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン

コメント   この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 元気が出る言葉 第9回 | トップ | 神の門の前に立つ喜び »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

礼拝説教」カテゴリの最新記事