日本キリスト教団 大塚平安教会  

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野の花を見なさい。働きもせず紡ぎもしない。

2017-04-14 10:57:10 | 子どもたちに福音を

(マタイによる福音書6章28節)

 皆さん、今日はね「野の花がどのようにして育つのか、注意してみなさい。働きもせず紡ぎもしない。」という御言葉ですけれど、今から4年前になりますが、4月27日私の父親が天に召されました。88歳でした。

 私の父親は、とても野の花が好きな人でした。皆さん、盆栽ってわかりますか。五月とかツツジをね、鉢に入れて育てて、多い時には200位の盆栽が我が家にありました。だから4月、5月は花だらけ、それから春になると山に行って、わらびとか、ぜんまいとか、タラの芽とか、ふきとかを沢山採ってきました。秋になるとマツタケとかも採ってきたことがあって、マツタケご飯にして食べたことを思い出します。

 自然のものが大好きだったんでしょうね。私も何回も一緒に山に連れていかれて、ユリの根とか、美味しい山菜を沢山一緒に取って食べたことを思い出します。

  我が家の結構近くに「虹雲荘」というグループホームがありまして、お年寄りが5人位で一緒に住んでいて、春になると、そこでタラの芽の天ぷらとか川の魚の天ぷらとかを食べながらのお祭りがあったのも忘れられません。とっても美味しかったです。

 とても素敵な思い出ですが、良く考えると、山の山菜も川の魚も人が育てものではありませんし、誰かが世話をして水をあげて栄養をあげていたものではありません。全部自然に生えて来たものばかりです。だから、誰が育てたのかというと神様が育てたのだと思います。

 神様が育てたとは、どういうことかというと、寒い冬が終わって段々と春がやって来て、そして沢山のお花や植物が成長して来ます。なんで成長するのかというと、太陽の光、暖かい温度、雨の恵み、土の養分、私たちではどうすることも出来ない一つ一つを神様が用いて下さって育てたということでしょう。

 だからイエス様はこう話されました。「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず紡ぎもしない。」

野の花とは、山とか野原にある花とか植物のことです。花とか木とか草のことです。花とか木か、植物が自分で考えて、こんな花になりたいなとか、こんなに大きくなりたいなと思いながら、育つのではなく、神様の思いのままに育って行くんですってイエス様は話されました。

  そして、イエス様は何を話されているのかというと、だから野の花よりも、人間の皆さんの方が、ずっと、ずっと、沢山神様から愛されているのだから、神様は、皆さんの一人一人をしっかりとご存知なのに、どうして心配だなぁとか、困ったなぁとか、腹が立つとか、思いながら生きているんですかって話しているんですね。

  野の花、植物でさえ、ちゃんと神様はみんなご存知で、太陽、雨、気温全部を備えて育てて下さるのですから、神様は私たちのことを忘れるわけがない、だから、悩まなくていいよって、そう話して下さっているんですね。

 私たちは、時々悩んだり、困ったり、泣いたりします。でも、そんなこと全部を神様にお任せにすればいいんですよ。何にも心配ないですよ。

 人間というのは、心配すると心が弱くなって、心が弱くなると、体も弱くなるものなんですよ。だから体の為にも、何にも心配する必要はありません。全部、神様、あなたにお任せします。そして、毎日を精一杯、元気に明るく、(笑)過します。そう祈ることですよ。

  聖書には何回も、何回も「心配しないように」って書かれてあります。お花や植物だけじゃありませんよ。空を飛んでいる鳥だって、心配しながら生きているわけじゃないよってイエス様がお話ししていますよ。ただ、毎日を一生懸命に生きると素敵な一日が与えられますよ。だから大丈夫、そう思いながら、心配しないで、今日も生きていきましょう。明日も生きていきましょう。この一週間を生きていきましょう。

お祈りします。

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