日本キリスト教団 大塚平安教会  

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神さまにつながって

2017-03-06 11:37:53 | 子どもたちに福音を
【ヨハネによる福音書15章5節】

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」

 イエス様がお話しされる中で、一番知られているのではないか?と思う聖書の御言葉が「わたしはぶどうの木、あなた方はその枝である」という言葉です。私たちの日本はね、喉が渇いたなぁと思ったら水を飲むことが出来ます。水道の水を飲んでも大丈夫です。スーパーとか、コンビニでも水を売っていたりしますが、でも、水道の水で十分美味しいですね。喉が渇いている時なんか、ゴクゴクと飲んでいくと本当に美味しいです。

 でも、イエス様が住んでいた地域では、水を直接飲むことが出来ませんでした。水を飲むとお腹をこわして、お腹が痛くなったりしたようです。今でも、実は世界の多くの場所では、水を直接飲めないので、売っている水を買ったり、一度沸騰させたりしながら水を飲んでいる地域のほうがずっと多いんですね。

 だから、昔からそういう地域では、水は飲めないけれど、ブドウの汁、ブドウジュースとか、大人の人はぶどう酒、つまりワインですが、それが水代わりでした。私たちは水がなければ生きていけないように、イエス様の地域の人達はブドウがなければ水分を取ることが出来ないので、ブドウはとっても大切で、大事なものでした。
飲みものとして、また、食べ物としてみんなが育てていたと思います。だから「イエス様がわたしはブドウの木、あなたがたがはその枝である」と話された時、それはとても大事な話しをされたということですね。

 イエス様はこういう風にも言われました。「わたしはまことのぶどうの木、わたしに繋がって実を結ぶものはみな、いよいよ豊に実を結ぶように手入れをなさる。」

 イエス様につながっている人は、イエス様によって、神様によって、神様が直接手入れして下さるということです。

 イエス様は話されました。「私はぶどうの木、あなた方はその枝である。」枝である私たちはちゃんと神様が綺麗に、素敵に手入れして下さるのです。どんなふうに手入れしてくださるのか?

 手入れという言葉は、「刈り込む」と言うことです。だから「沢山の実を結ぶように、刈り込んでくださる」ということです。
 
 「手入れ」とは「刈り込」む事です。それはね、ブドウの木に、ただ水をやるだけではない、ただ日差しが当たるようにするだけでもありません。
 
 植物はね、ただ水をやっただけでは、ただ日当たりにあてるだけでは、十分に育たない植物も多くあります。まして、刈り込み、難しい言葉で、剪定するという仕事は、素人では、なかなか難しいのです。
私もバラの花が好きで、昔は随分バラの花の世話をしていましたが、バラの木もね、育てる為には無駄な枝はどんどん切って行かなければなりません。そして、一体どれが大切な枝であって、どれが無駄なのかがわからないと切れないんですね。けれど、ちゃんと切ってあげると、生き生きと枝を伸ばして、大きく育って行きます。

 神様もそのように、私達のスミからスミまで良く知っているから、私達の大切な所はちゃんと残して、私たちの大切ではないところは、手入れして、つまり、刈り取って下さいますよということです。

 イエス様、神様によって、私たちの命を綺麗にして頂いて、それは心も体もスッキリとさっぱりと綺麗にして頂いて、そうすると人はね、清く、清潔になりますよ。皆さん、床屋さんに行って髪の毛を切ってもらうと、さっぱりするでしょ。美容師さんに髪の毛を手入れしてもらうと気持ち良いでしょ。神様は心の床屋さん、心の美容師さんなのかもしれませんね。いつでも神様を向いて、神様に繋がって、イエス様はブドウの木、私たちは素敵な枝として、神様に繋がって生きて来ましょう。繋がっているととっても安心ですよ。
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