日本キリスト教団 大塚平安教会 

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信仰によって

2017-10-21 15:13:59 | 礼拝説教
【マタイによる福音書21章18~32節】


 本日は「信仰によって」というタイトルを付けさせて頂きましたが、毎週水曜日の午前に私は幼稚園の子どもたちと一緒に礼拝を守っております。私たちは皆神様の子どもですよ。だからしっかりと神様と繋がって生きていきましょうねと話すわけですが、どう話せば分かってもらえるかな、いつも、いつも悩みの種でもあります。

 先日の礼拝ではテレビの話をしました。皆さんの家にテレビがあるでしょう。先生の家のテレビを見ようとしたらなんと見られませんでした、なんでだと思うと聞きましたら、ある子どもが「はい、リモコンを無くしたから」、「いや、リモコンはあったんだよ。」別の子が「ハイ、リモコンの電池が切れていた」、「いや、リモコンの電池は替えたばかりだから大丈夫」そしたらまた違う子どもが、「ハイ、テレビのほうのスイッチが消えているからリモコンが利かない」いや、そうでもないんだね。「ハイ、テレビが壊れていた」いや、テレビは壊れていないよ、テレビも壊れていない、リモコンも壊れていない、でも映らない、なんでだと思う」そしたらシ~ンとしてしまいました。

 答えは簡単ですね。コンセントに繋がっていないからです。それじゃ映らないでしょう。と話したわけですが、コンセントと言う言葉が分からない子も3割位はいますからね、最後までは先生は何を言っているのかなぁと思って聞いた子もいたと思います。
 でもね、そのようにして大切なことは、テレビとコンセントが繋がってはじめてテレビとなるように、子どもたちもしっかりと神様に繋がるようにと願いながら話をさせて頂いているわけです。私たちはやっぱり、神様と繋がってこその人生だからと、不思議なほどに最近よく思わされます。

 でも、それは何も子どもたちだけの問題ではありません。大人にとって、というよりも誰にとっても自分がどこで、誰と、何で繋がっているのか、これは本当に大切なことだと思うのです。
 
主イエス・キリストがなぜ私たちのこの世に誕生されたのかというと、私たちが中々神様と、本物の神様と繋がろうとしないで、この世の冨やこの世の権力や、この世の誘惑、これこそが本物ではないかと思いながら繋がって生きていたのですが、本物と思ったものに繋がったけれど、裏切られたり、あるいは自分から裏切ったり、傷つけたり、また、傷つけられたりしながらどう生きて行けばよいのか分からなくなっていた私たちの為にクリスマスの出来事を通して神の御子が誕生して下さったわけでしょう。

 この私と繋がりなさい、あなたの信仰を確かなものとしなさいと手を差し伸べて下さった、それが主なる神様の思いだと思うのです。

 主イエスが弟子たちと共に地域一体を伝道活動されおられた時、一人祈るために山に向かい、弟子たちには先に湖の向こう側に行くようにと舟に乗せて送り出し場面がマタイによる福音書の14章という所に記されています。
夕方になって、祈りを終えて湖に戻ってみると、弟子たちを乗せた舟が逆風の波に揉まれて、行くのも戻るのも叶わない、そんな状況であることがわかるのです。
 主は湖の上を歩いて、弟子たちの舟に近づきましたら、弟子たちの方が驚いて、「幽霊だ」と叫ぶ始末です。でも、主は「安心しなさい。わたしだ」と伝え、弟子たちもイエス様だと気が付くと、喜び、勇気が出て、弟子の一人のペトロが主に呼びかけました。「イエス様、私も水の上を歩いてそちらに行かせて下さい」それじゃ来てみなさいと言うと、ペトロは喜んで舟から出て、水の上を一歩、二歩と歩いたのですが、ふと強い風に気が付いて怖くなった時に、沈みかけて「イエス様、助けて下さい」と叫びました。

 もし、主イエスをまっすぐに見続けて、大丈夫、心配ないと信じて歩き続けたらなら主のもとに行き着いたでしょう、でも、つい主から目をそらしてしまって、あ!今、自分は水の上だ、強い風が吹いて来た、沈みそうだ、その現実に気が付いた時に、不安がどっと出て、失敗しないようにしよう、と思いはじめた時に失敗してしまったのではないでしょうか。
 
 話は変わりますが、家内の両親が埼玉県の所沢に住んでおります。お義父さんは88歳で元気で、しっかりしておりますが、学校を出てから保険会社に勤めて、退職後も30年近く保険代理店をしておりました。流石に一年前、二年前に仕事を縮小して、現在はついに現役を退いて仕事を後輩に譲ったと聞きました。でも、保険会社一筋ですからね、地域に沢山のお客様がいるのです。もう、教会関係者だけでも大変な数だと思います。牧師も何人も保険に入って下さって有難いのですが、ですからね、家内に時々言っていたのです。あなたがお父さんの代理店を継げば、既に固定した客もいるのだから、それほど苦労なく収入もあり、我が家も安定するんじゃないの?

 でも、家内が言うのです。あなたは牧師として、神に信頼しなさいと言うでしょう。神にのみ、この人と繋がっていなさいとおっしゃるでしょう。その妻が保険会社で、何かあった時には妻の保険でお願いしますと言ったら、あなた詐欺ですよ。まあ、そこまでは言いませんけれど、ちょっともったいなかったかなぁ、でもね、そうでもないのです。創業者の苦労も知らず、その後を継いだとしてもそんな簡単なわけがありません。簡単に出来そうだと手をだして、そして風吹けば慌て、波が高ければ溺れそうになり、結果的に何倍もの苦労を負って、やらなければ良かったと後で後悔する話は良く聞く話でもあります。じゃ、やっぱりやらない方がまだ良いのか、でもないのです。

 主イエスはこう話して下さいました。先ほど、読んで頂いた箇所ですが、マタイによる福音書の11章21節からの箇所です。
イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。あなたがたも信仰を持ち、疑わないならば、いちじくの木に起こったようなことができるばかりでなく、この山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言っても、そのとおりになる。信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。」

 大切なことは、信じて祈ることです。何かをやるにしても、やらないにしても大切なことは信じきって祈ることなのです。ペトロは信じて水の上を歩きだしたのに、怖くなって、つまり信じきれなくなったのです。でも、だからダメなのでもなく、主イエスはすかざす、すぐに手を伸ばして捕まえて助けて下さったように、必ず主は道を開いて下さると信じることです。やるか、やらないかで私たちは悩みます。でも、どちらを選ぶのかではなく、選んだほうこそ主の示された道、神と繋がっている道、そう信じるところに必ず主の確かな導きがあるのです。

 今日はですね、礼拝の後でもご紹介申し上げますが、大塚平安教会の私の前の鈴木伸治先生の前の乙幡和夫先生の前の川島貞雄先生の前の北村健司牧師の御長男である北村博道兄が礼拝に来られておられます。奥様の志津子さんが今年の5月4日に天に召されまして、願いは大塚平安教会の墓地に埋葬したいその思いでもって、ロサンゼルスからはるばるやって来られました。
 
 北村健司先生が名古屋の教会から大塚平安教会にやって来られたのは、記録によりますと1952年の8月です。北村先生55歳か56歳でした。丁度今の私と同じ年齢と重なるのですが、それ以前の大切かつ、重要な教会の歴史もありますが、現在の大塚平安教会の歴史は北村健司先生の招聘と、先生が来られてから2か月後10月5日の会堂の献堂式から始まったと言っても過言ではないと思います。この10月5日に、井上フサ子姉と角田敏太郎兄が受洗されていることからもわかります。北村先生は、学問的にも優秀で、語学も堪能で、当時の厚木基地とも深く関わりを持たれ、支援献金を受けながら、牧師室の増築、炊事場の拡張、CS教室兼季節託児室の建設等、一生懸命に働かれる一方、先生ご自身は結核という病気との戦いとなり、入院、退院の繰り返しと大変な状況で牧会されていたと記録に残っておりました。
 
 そして、この大塚平安教会に来られてから6年後の1958年4月25日に天に召されていかれました。記録によれば、その召される一か月前の3月30日の礼拝説教が最後の説教でありました。恐らく、北村先生は、この大塚平安教会が御自分の最後の働き場であると覚悟していたのではないでしょうか。それならば、この場でこそ、主の福音伝道にと専念されたのではないでしょうか。この場にかけて生きようと、命懸けの伝道活動であると覚悟されていたのではないでしょうか。そしてそのような覚悟を感じて、人は力を得ていくのでありましょう。当時を振り返り、角田敏太郎兄がこのような文章を残しています。「北村先生は、救い主キリストとは、教会とは、その形成等々について、徹底的に教え導き、訓練をしてくださったのである。厳しい教えである反面、慈愛に満ちた導きであったことは誰も異存はないと思う。」角田さんや、今は天に召されてしまいましたが、井上フサ子さんをはじめとする多くの信仰者に良い感化を示し、足腰の強さを鍛えて下さったのは、間違いなく北村先生であり、それゆえに、現在の教会の大きな土台ともなって下さった先生でありました。

 そのようにして、あの事でもなく、この事でもなく、現代を生きる私たちにも求められていることは、ただ一つのことです。それは私達を作って下さった「神と繋がり続けることです。」
 ヘブライ人への手紙11章17節からの箇所を読んで頂きましたが、そこに記されているのは、旧約聖書に記されている信仰の大先輩の名前です。「信仰によって」アブラハムがどうしたのか、「信仰によって」その息子のイサクがどう生きたのか、更に「信仰によって」その息子のヤコブがどう生きたのか、更に「信仰によって」その息子のヨセフがどう生きたのか。更に「信仰によって」という御言葉が続いてもモーセ、またヨシュアと続くのですが、この箇所を一言で言って何を伝えようとしているのかと言うとするならば、その一人ひとりの「死」にあたってどう生きたのかということだと思います。その「死」にあたってとはその一人ひとりの生涯をどう生きて来たのかが記されているのです。そして、そのすべてを「信仰によって」すなわち、色々なことがあったけれど、ついに最後まで「神に繋がって」生きた人達であったと記しているのです。
 「神に繋がる」とはどういうことなのか?それはいつも「新しく生きる人」としてその人生を送るということです。

 今の時代、多くの世の人は、あたかも、幼稚園の子供たちのように、テレビが映らないなぁ、リモコンが悪いのかなぁ、だから電池を替えてみた、でも映らない。あぁテレビの電源が入っていないのかなぁ、入っているあなぁ、なんでも映らないのかなぁ、そして、ついに、電気屋さんに電話して聞くのです。もしもし、電気屋さん、お宅で買ったテレビ移りませんよ、向こうでそうですかと聞いていた電気屋さんが、ところでコンセントは入れましたかと、聞かれて初めて、ああそうか、コンセントが外れていたのか、それじゃ映らないと分かるのですが、その最も根源的な、力のあるところに繋がらなければ、全てが繋がらないように、私たちは子育てにしても、夫婦関係にしても、職場にしても、学校であっても、何か問題が起こる、何か不安を持つ、何か苦労をするときに、なんとか自分のわかる範囲で、対処療法をしようとしているのではありませんか。
 
 でも、対処療法はいつまでたっても対処療法であって、もっと根源的なところ、私たちが生きる力に繋がることが大事なのです。そこにこそ新しく生きる力が宿っている、そこに繋がることです。
 
 私たちの人生は、実際、色々なことが起こります。神様、神様がいて下さるのなら、どうしてこんなことがということが本当に起こることだってあるのです。だから、一生懸命に対処療法をするのです。風が吹いて来たから風よけをつろう、波が高いからこうしよう、でも対処療法ですから時には、やればやるほど沈んでいくかもしれません。
 だから、その時、その時ではなく、生涯を通じて、どんな時でも私たちを作って下さり、命を与え、人生を備えて下さった方がおられるから大丈夫。風が吹いても、波が来ようとも大丈夫、この方がおられるのだからと神と繋がるのです。そうすると失望ではなく、希望が生まれます。
その希望は当初は目に見えない程に小さな物かもしれません。その希望を「からし種ほどの信仰」と呼ぶのです。でも、からし種は地に埋められて、芽を出して、成長するとどの植物よりも大きく育ち、鳥が巣を作るほどに成長するように、私たちの信仰が、主なる神によって、聖霊と御言葉によって生き生きと、伸び伸びと育ってくるのです。
 そして、今、この時、病気だから、学歴が無いなから、体力が無いから、財力が無いから、でもその全てを越えて、神と繋がり、私たちに新鮮な力を、汲めども尽きない力を主なる神が与えて下さる、そのことを信じて私たちは生きて参りましょう。

 お祈りします。

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