日本キリスト教団 大塚平安教会 

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神のへりくだり

2021-06-06 12:55:15 | 礼拝説教
【詩編113編1~9節】
【フィリピの信徒への手紙2章1~11節】


 私は岩手県の東和町という田舎で生まれました。東和町は今なく、花巻市に合併されています。父の仕事の関係でそこから少しだけ南の場所に移りまして、そこで幼少期を過ごしました。

 父の仕事は、既に多くの方がご存知ですが、彫刻家でした。具体的には能面を彫ったり、仏像を彫ったり、時には宮大工として神社の彫刻の場所を担当したりしていたようです。家を移ったのも、大きな依頼があったわけで、その地域で祀られていた神社の社を建て替えるために呼ばれて、住まいがあてがわれて、そこで仕事をしたということのようです。
 
 社そのものは大工が作り、父は彫刻の箇所と、社の中に祀る小さな社であるとか、よく分かりませんが色々と必要な物を作っていたのでしょう。正月になると、その神社にお参りに連れて行かれて、お賽銭を入れて祈って帰る。それが我が家の正月でした。でも、今でも思うのですが、その神社の奥には何が祀られていて、一体自分は何を拝んでいたのだろうか。一度も教えられたことはありませんでした。気持ちとしてはとにかくありがたい。ありがたいので、大切にしなければならない。それが私の幼少期の信仰心といいますか素朴な宗教体験であったと思います。

 その後、私は、多くの若者がそうであるように、二十歳を過ぎた頃から自分がどう生きたら良いのか分からなくなります。分からないと言うより精神的にも、身体的にも、追い詰められたようになって、生きていく自信さえ持てないような、そんな時代を過ごすのですが、悩みを父に相談したりもしましたが、役に立つような返事はありませんでした。

 田舎に帰った時にはその神社に行って熱心に手を合わせ、願い求めましたが、残念ながら生きていくための解決策が与えられたことはありませんでした。
 それから暫くして、聖書を読む機会が与えられて、聖書の御言葉を読みながら、心から思いました。ここに私が願い求めていた答えが記されている。

 ここにこそ、神様の働きがあるなぁ、生きて来て良かったなぁとつくづく思った瞬間でもありました。なぜ、そう思ったのか、神は生きておられて、直接関わりを持って下さる方だと感じたからです。それ以降、迷いが消えて、主なる神の導きによって生きていこうと決心して、以下は省きますが、今に至るとなります。
 
 今、毎週水曜日の午前中に祈祷会を行っております。コロナ禍ですが、なんとか続けています。祈祷会では出エジプト記を読んでいますが、先週はその12章、ついにイスラエルの民が奴隷として虐げられてきたエジプトを出る、出エジプトすることになった場面を読みました。
 
 イスラエルの民は、400年以上に亘り、エジプトに生活をしてきました。エジプト人とイスラエル人、当初は仲良く過ごしていたと思われますが、イスラエル人が増えすぎて心配したエジプトの王がイスラエルを奴隷として用い、強制労働を課すことになります。

 あまりの辛さにイスラエルの人々は苦悩の叫びをあげ、その声が主なる神に届き、指導者モーセが立てられて、モーセはエジプトを出たいとファラオと交渉しますが、当然、よろしいとはなりません。
その為に、主なる神の力によって、ナイル川の水を血に変える「血の災い」とか、「蛙の災い」とか、「ぶよの災い」といった九つの災いが次々にエジプトに起こります。それでもエジプトのファラオは「分かった」とは言いません。

 そこで、主なる神自らが決心し、神がエジプトの町を通り、町を通った時に、エジプト中の家の最初に生まれた子の命を断つという出来事が起るわけです。初子の命を守るためには、家の玄関の鴨井に子羊の血を塗っておく、そうしておけば、その家に対して主は何もせずに過越していくのです。主はイスラエルの民に事前に話していましたら、全員がそれを守り、イスラエルの民の初子の命は守られ、そのカラクリを知らないエジプト人の初子はことごとく死んでしまうわけでありました。

 この出来事が起こった後に、ついに王は神の前に屈して、どうかエジプトから出て行ってもらいたいとモーセに訴えて、イスラエルの民、男性だけで60万人の民がエジプトから出て行くことになるのです。

 主なる神は、イスラエルの民に伝えます。この出来事を忘れることの無いように、あなたがたは今後「過越しの祭り」を行うこと、その日は、子羊の肉、種なしのパン、苦菜を食べること、この出来事を自分達の子孫にしっかりと伝えること、エジプトを出て行くに至ったのは、自分達の力によってなし得たのでもなく、自分達の信仰心によってなし得たわけでもなく、人の力ではなく、主なる神の力によってなし得たことを自分達の子孫に、子ども達に話しなさいと告げるのです。

 主エジプトの出来事は、イスラエルの人々にとって信仰の原点です。400年もの間、エジプトで過ごしてきました。400年前の日本と言えば、江戸時代の初期になります。

 それだけ長い400年間、イスラエルはエジプト生活ですよ。エジプトは太陽神アラーの神を始め、ナイル川の神、五穀豊穣の神、疫病退散の神、実際には数えきれない程多くの神々がいて、その神々に対して、イスラエルもまた、エジプトと共に祈りをささげていただろうと思います。そうでなければ400年も一緒に暮らすことは考えられません。

 けれど、その神々ではなく、自分達を守ったのは、自分達の先祖の神として知られていたアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神として知られていた主なる神、この方こそが真の神であって、この方こそが、自分達の苦悩を聞き入れられ、より具体的にはエジプト脱出を成し遂げて下った。この方だけが、真の、私達の神であるという信仰の確信に至ったのだと思います。

 主なる神、一言でいうとすれば、それは自分と、自分達と直接的に関わりを持って下さる神であるということでしょう。

 今日は詩編の113編を読みました。詩編の113編から118編までがそうなのですが、ハレルヤ詩編と呼ばれる詩編と言われています。特に113編、114編は「エジプトのハレルヤ詩編」と言われ、その意味は、この詩編は出エジプトの出来事を忘れないために、過越しの祭り」の食事の前に読まれていたと言われています。短い詩編ですが、徹底的に主なる神に対する賛美です。「ハレルヤ。主の僕らよ、主を讃美せよ 主の御名を賛美せよ。今よりとこしえに 主の御名がたたえられるように。日の昇るところから日の沈むところまで 主の御名が讃美されますよう。」そして、5節から読みますが「わたしたちの神、主に並ぶものがあろうか。主は御座を高く置き なお、低く下って天と地を御覧になる。」とあります。

 神が神であるだけでなく、自分達が信じる神は、ただ祀られているだけでなく、自分達の人生に、自分達の命に、自分達の生活に深く関わりを持って下さる方であって、それゆえに低く下って来られる方だというのです。

 私たちは誰も少なくとも生きては主なる神のところへはいけません。だから主なる神のほうから近づいてくださったのです。

 二週間前、私たちはペンテコステ礼拝を献げました。神の聖霊が天から降り、弟子達一人一人の頭の上に留まり、聖霊が働き弟子達は力を得て、力強く主イエスの福音を語りだしました。先週の礼拝は、伝統的に三位一体主日と呼ばれる礼拝でありました。それはペンテコステによって、父なる神、子なる神、聖霊なる神が揃って私達に現れてくださったという意味で用いられているものと思います。
私たちの教会は、聖霊様といったような表現ではあまり用いませんが、しかし、聖霊もまた神の一つの姿であることは間違いありません。本来なら、神と共にあるはずの神の力、その方が、天から降って来られた。なぜか、弟子達を愛するが故でしょう。主イエスを信じる者の一人も滅びないようにと、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、へりくだって、天から降って来られたのです。

 私たちが信じる方、信じる神は、人を愛するが故に謙って、私のところへ来られる方です。この方こそが、私達が信じる神の姿であり、この方無しには、私たちは生きていけません。
私達もこの方に倣いたいと願います。願いながら、謙遜に生きたいと願いつつ、けれどどこかで卑屈になってみたり、主に支えられて自信を持って生きていきたいと願いつつ、どこかで驕った心が成長したりするのです。中々、上手く生きられない私たちがいるのです。でも、そのような私達を尚、あなたは神の子どもだよ、あなたも神の手によって祝福されているよ。あなたも神の恵みのもとにいるのだと、私達を招き、導き、祝福してくださっていることを信じて、前を向いて生きて参りましょう。この週も主の平安に過ごして参りましょう。


 お祈りいたします。

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