日本キリスト教団 大塚平安教会 

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あなたの息子は生きる

2022-09-04 13:58:59 | 礼拝説教
【ヨハネによる福音書4章43~54節】


 今、私たちの教会ではヨハネによる福音書を読み進めていますが、4章前半の箇所は「イエスとサマリアの女」というタイトルが付けられた箇所でありました。
 サマリアのシカルという町に住む一人の女が主イエスとの会話を通して、心が解放されて喜びに満たされた。これまで人目を避けていた彼女が、町に戻り喜びに満ちて、「もしかしたら、この方がメシアかもしれません」と告げた箇所を読んで来ました。
 彼女の言葉と行動に驚いた町の人々は、主イエスのもとにやって来て、やって来ただけでなく、主との会話を通して、是非自分達のところに留まって欲しいと頼み込みます。

 サマリアは差別されていた地域でした。ですから、最初はなんで自分達の町にやって来たのかと怪訝に思ったかもしれません。
 けれど、町の人々も会話をすればするほどに、心が揺さぶられたのでしょう。主イエスがサマリアに留まるというより、サマリアの人々が主イエスのもとにとどまったと言えるかもしれません。よほど嬉しかったであろうと思うのです。

 ユダヤ人とサマリア人は器を共にすることさえもしなかったと言われます。けれど、主イエスは器どころか、サマリアの人々と共に食事をし、共に寝床に入り、共に二日間を過ごしたわけです。サマリアの人々は自分達もこの方の側にいて良いのだと感じたことでしょう。きっとそこに大きな喜びを見いだしたことでしょう。なんなら、ずっといて欲しいとさえ思ったのではないでしょうか。そういう喜びを生きることが出来たのだと思います。

 サマリアの女性も、サマリアの町の人々も、ユダヤから差別され、蔑まされる中にあって、彼らは生きていることに、どこかで諦めた思いがあったのではないでしょうか。けれど、主イエスはそのような人々に対してより大きな力を発揮されるのだと思います。諦めから希望へ、暗闇から光へと神の祝福を与え続けて主イエスは歩まれました。

 私は東京の目白にある武蔵野教会という教会で洗礼を受けまして、そこで信仰の養いを受けました。武蔵野教会は長老派教会、プレスビュテリアンと呼ばれる流れの信仰を持つ教会でした。厳格な教会でした。私たちの教会で言えば、壮年会、婦人会、青年会といった、それぞれの会があるのですけれど、武蔵野教会の特徴はどの会においても、聖書を読む、それ以外のことはしないという教会でした。良い意味で、極めて厳格な教会だと思いますし、今もそのスタイルを貫いておられます。
 その頃の私は教会の礼拝に出席するというより、教会に行くことがとにかく大好きでした。今でも教会は大好きですが、その頃の思いは特別ですね、とにかく好きなのです。なぜかと言えば自分がそこで大切にされていると感じていたからだと思います。
 それは、特別に牧師が目をかけてくださったわけでもないし、家内の父親は教会の長老をされていましたが、怖くて近づくことも出来ない程でした。役員、長老とはそういうものだと思っていました。それでも教会が好きでした。自分が自分として、そこにいて良い場所だと思える。何より自分も主なる神に見出され、神様の愛の対象とされていることが分かる、その喜びはどれ程であったかと思います。
 ですから、その頃は喜びを持って、多くの知り合いや、友達を誘って一緒に礼拝に行ったことを思い出します。
 

 今日、読みました箇所もそういう意味においては、息子が死にそうになっている、危機的な状況にあって、主イエスにこそ、その救いを求めた父親の姿が記された箇所だと思います。
 彼は王の役人でした。この場合、恐らく現代でいう所の官僚と言いますか、社会的立場の高い、財産を持っている、立場もある、経験も備わっている、この役人が一言言えば、皆がその言葉に従うようなポジションであったと思われます。
でも、この時、それらの一切の力、自分に与えられた権力が意味を持たない状況でした。財産によっても、立場によっても、経験によってもそれらは全て役に立たず、息子の命は風前の灯でありました。

 この時、彼は主イエスがユダヤからガリラヤに帰って来たという話を聞きました。この方なら、もしかしたら息子の命を支えてくださるのではないだろうか。
誰かを使いに出す訳でもなく、いそいで準備して、父親として息子の命を何とか助けたいという思いをもって、主イエスのもとに向かったのだと思います。
一日がかりの道のりを、汗をかきながらも必死に向かったでありましょう。

 カナの村におられた主イエスを見つけ、そして「イエス様、息子が死にかかっております。どうか一緒にカファルナウムに来てください。そして祈って息子の命を助けてください」と願ったわけでありました。
主イエスはその姿を御覧になって、「あなたがたは、しるしや不思議な業を見なければ、決して信じない」と告げられました。少し冷たい印象の言葉ですが、主イエスが気にしたのは、主イエスをカファルナウムに連れて行って、その場で何かしてもらえれば癒されると考えていた父親の信仰です。
 呪いや占いとか、主イエスが行う何らかの行為によって息子はいやされるであろうとあなたは考えているのか、それは違うと告げたかったのでだと思います。

 そのことを教えるために主は、すぐに、その場で「帰りなさい、あなたの息子は生きる」と告げられました。
 役人からすれば驚きの言葉であったと思います。この場で時間を越えて、場所を越えて癒しの業をされるこの方は一体どのような方であろうか、恐れ戦いたと思います。
けれど、役人も偉かった、この主の御言葉を信じて、この御言葉を頼りに、来た道のりを戻っていくわけでありました。そして、下っていく途中にあって、役人は自分の僕たちが迎えに来ているのを見つけるわけです。

 僕たちは、彼の息子が思いがけずに回復に向かい、思いがけない程に元気になった、その喜びを一時でも早く父親に伝えてあげたい。もはや、イエス様をお連れしなくとも大丈夫ですよと伝えたい、そんな思いで喜んで道を急いでいたことでしょう。
 彼らは出会って互いに大いに喜びました。息子が良くなったのはいつかと聞きましたら、昨日の午後1時に熱がさがりました、それは主イエスが「あなたの息子は生きる」と言われた時間であったと言うのです。

 役人は、改めて主イエスの働きを知り、彼もその家族も大いに主イエスを信じた訳でありました。

 皆さん、この役人は主イエスとの出会いによって、信仰の成長を遂げた人であったと言われます。最初はしるしを求めて主イエスのもとにやって来ました。けれど、主イエスはしるしを何も行わす、ただ神のみ言葉によって、息子の命を救いました。ですから言葉による信仰によって御言葉を信じて帰路につくことが出来た。
 更に、その言葉は、時間も場所も超えて働く神の働きであることを体験し、息子も癒され、神に感謝して彼は確かな信仰者へと導かれて行った。そのようにして役人は主イエスに対する信仰が成長していったというのです。

 主は、サマリアの女に対しても、サマリアの町の人々に対しても、王の役人に対しても、絶望から希望へ、暗闇から光へと導いてくださる、そういう方でありましたし、それは今も少しも変わらずに私たちの人生にとっても、闇から光へと導き、涙から喜びへと共に歩んでくださる方であると私は信じています。

 とはいえ、私は思います。この役人の息子はこうして生かされましたけれど、主によって生かされた息子はいつまでも死ぬ事はありませんでした。とはなりません。私たちの地上での命はどのような形なのか、私たちには分かりませんが、いつかは間違いなく、誰もが召されて天の国に移されることになります。そう考えるとしたら、この役人の息子が生きたことに一体どのような意味があるのかとも思わないわけではありません。ただ一時、主イエスは息子の命を支えてくれました。しかし、何年か、何十年後には父親も死に、息子も死にました。終わりとなるではないかと考えてしまうかもしれません。

 私たちはどのように考えれば良いのか分からなくなってしまうような思いに至るのです。でも、この時私たちの側で間違っているものは何かと言えば、私たちは、神様を信じると良いことが起こるはずだとか、信じると物事が解決するはずだとか、信じると良いお相手が与えられるはずだといった、つまりは役人と同じように、なんらかのしるしを求める信仰にすぐに陥ってしまうのです。

 主イエスが、なぜ役人に対して「あなたの息子は生きる」と言われたのか、なぜ息子は癒されたのか。役人の信仰が立派だったからではありません。

 三つのことが言えると思います。

 一つは、なによりも神の憐れみによってと言えるでしょう。主イエスは人の思いにしっかりと応えてくださる方です。私たちの側に信仰があるとか、ないとかを越えて求める者にはいつも応えてくださる方としておられます。主イエスは、「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる」(ルカ11章)と教えられました。そのようにして必死に求める者に対して、大きな喜びを与えてくださる方としておられるのです。

 二つ目に、役人は、主イエスに対してこの方しかいないという思いでカファルナウムの町からカナの村にいた主イエスのもとへと向かった、その姿がありました。
彼は王の役人であって、多くの僕がいたことでしょう。ですから自分は息子の側にいてあげたいから、誰か信頼のおける僕を主のもとに送ることも出来たでありましょう。でも、そうはしませんでした。自分で、自分の足で、自分の足取りで、主イエスのもとへと向かいました。それは信仰者の姿そのものです。信仰を生きるとは神に向かって自分が進みだすしかありません。時々、子どもの教会の礼拝に、子どもだけ行かせて、自分は玄関で待っている方がいたしますけれど、子どもがお母さん一緒に行こうと言っても、中々入って来ない。自ら求めないところでは、しるしも、奇跡も何も起こりません。それは聖書を知る方なら良く知る所でもありましょう。信仰生活は誰かに頼むことではない。役人の姿の必死さによって、主の御言葉が伝えられたとも言えるのではないでしょうか。

 三つ目として、福音書に記されているこの箇所で、大切なテーマは、息子の病気が癒されたこと以上に、役人とその家族が信じた、信じるとはどういうことか、それが最も大切テーマであります。カナの婚礼の奇跡、水がぶどう酒に変わった時、「弟子たちはイエスを信じた」とありますし、サマリアの女性との会話においても、サマリアの人々との間においても、主はなんらかのしるしや、奇跡を見せられたわけではありません。ただ会話と言葉によって、人々は主を信じるに至るのです。
 役人も、役人の家族も信じたとありますが、信じるとは、息子が生きて、「良かった、良かった、これでまた何か困ったらイエス様のところに行けば良い」と語り合ったということではないと思います。そのようであれば聖書は「信じた」とは記さなかったでありましょう。

 信じるとは、もっと違うところにあるものでありましょう。私たちは信じていても病になることは普通にありますし、信じていても家庭内に問題が起こることもありますし、信じていても経済的に行き詰まることもありますし、信じていれば、コロナ禍の影響を受けることはない、わけではありません。
 信じるとは信じるとは、そのような状況に依らないのです。信じると状況が変わるというより、信じると、自分が変わるのです。社会が変わるのではなく、自分の生き方が変わるのです。後ろ向きの人生から前向きの人生へ、何度も申しますが絶望から希望へ、諦めから忍耐へ、暗闇から光へと神を信じて生きていける、そのように生きていくことが出来る、信仰によってそう生きられるのです。

 私たちは、与えられている命をどう生きますか、いつでも最後まで喜んで生きていきたいではありませんか。その姿を信仰によって生きていきましょう。神を信じて感謝して生きていける。そのようにして過ごして参りましょう。

 お祈りいたします。

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