日本キリスト教団 大塚平安教会 

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仕える者への道

2018-01-05 11:45:18 | 礼拝説教
【マタイによる福音書2章1~12節】

 2017年のクリスマス礼拝を先週、共々に献げました。先週も申し上げましたが、この年も12月に入り、私たちの教会は何度も何度もクリスマス礼拝を繰り返しました。二日前のさがみ野ホームの礼拝、思い起こせば12月9日土曜日に行われたさがみ野ホームでのクリスマス礼拝が今年最初のクリスマス礼拝でしたが、二日前のさがみ野ホームの礼拝も結局、考えていた箇所を変更しまして、今日読まれたマタイによる福音書の2章からの箇所をもう一度読んでお話をいたしました。
 
 今から30年程前、私に洗礼を授けて下さった熊野清子牧師が80歳を越えて、尚、現役で働いておられましたが、先生は良く話のネタが尽きないのですね、と言われるというのです。でも、私は聖書一冊あれば、そこから幾度も読めば読むほどに、お話したいと思うことが出て来るのです、と話されたことを思い起こします。私自身、今日読まれたマタイによる福音書、実際、12月の一カ月に何度読んだかなと思わされますけれど、今日の礼拝の為にと読み返しながら、気が付いたことが一つありました。

 2章の10節に記されている言葉、9節からお読みしますとこうあります。「彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。」この10節の「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」という言葉。

 御子イエスが誕生されたのは、12月25日の事です。これも改めて申し上げますが、今年何度か「先生、25日のクリスマスは教会では何もしないのですか?」と質問を受けました。
 
 そう言われてしまうと、確かに何も予定はなかったのですが、でも、聖夜礼拝がありますよとお答えすると、わけが分からない顔をされる方が多かったと思います。私たちの時間の感覚において、一日という概念は夜中の12時でもって、一日が終わり、一日が始まると思っています。もう、これは誰もがそう思っている、昨日も娘と話し込んでいましたら、ふと時計を見ると夜の12時40分になっているのに気がついて、もう寝ようと、布団に入りましたが、12時を回ると、新しい日、今日も夜の12時を回ると新しい年になります。当たり前だと考えていますけれど、御子イエスが誕生された時代のイスラエル、ユダヤの国の一日は日が暮れると一日が終わるという考え方です。

 日が暮れて、夜になると一日が終わり、そして、新しい一日が始まります。
 安息日という考え方も、金曜日の日暮れから始まって、土曜日の日暮れまでですと説明しますが、一日の始まりは日没からとなります。となると、主イエスが誕生されたのは一体、24日の夜なのか、25日の朝早くなのかと考えるのではなく、日没と共に24日は終わり、25日になりますので、お産まれになった時間が、夜中の12時前か、後かではなく、25日に誕生されたのです。
 ですから聖夜礼拝は25日の礼拝となるわけです。私たちはどうしても、クリスマスイブ礼拝と話しますので、どうも、良く分からなくなることがあるのかもしれません。
 
 その御子イエスが、馬小屋で誕生された。その夜に東の国で、夜空を見ていた占星術の学者がいて、何か特別な星を見つけ、その星を調べたところ、どうもユダヤ人の王として誕生された方がおられるという結論に至ったのでしょう。東の国から旅立ちまして、イスラエルに到着し、ユダヤ人の王であるなら、今の王に聞くのが一番良いであろうと考えたのでしょう。ヘロデ王の下にやって参りました。
 その旅は12日間続いたとあります。25日に誕生して、12日目が1月6日となります。この1月6日に学者たちが御子イエスと出会い、宝物を捧げて、別の道を通って自分たちの国へと帰って行きました。
 
 ここまでがクリスマスです。1月6日までがクリスマスの祝いの時、異邦人の学者が礼拝したということから、主イエス自らが、ユダヤばかりでなく、異邦人の国の人々にも御自分を現して下さったという意味を込めて、公に現われる日と記しまして、公現日とか、あるいは顕微鏡の顕という字を用いまして、顕現日といいます。顕という字も、明らかにされるという意味の文字です。

 学者たちの言葉を聞いて、ヘロデ王は不安を抱いたとあります。エルサレムの人々も皆、同様であったと続きます。自分の立場を狙うような輩が現れたのであろうか、何か良くない計画を練っている連中がいるのであろうか、ヘロデ王が不安に思う、その思いを敏感に感じ取った人々も不安を感じる。急いで王は祭司長や律法学者を集めて、その生まれた者はどこにいるのかと調べさせました。すると、「ユダの地、ベツレヘム」であろう、旧約聖書ミカ書5章1節にそう記されているから、と分かり、東方の学者たちを再び呼び寄せて、ベツレヘムへ送り出しました。「見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」
 ヘロデはそのつもりはなく、命を狙っていたのでしょうけれど、彼らは、そういったこともあまり関心が無かったかもしれません。
出かけると、あの東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上に止まり、彼らは幼子イエスを見つけて、喜びにあふれたのです。

 私が気が付いたのは、この一連の出来事の中で、わずか一個所だけが「喜びにあふれた」場面であったということです。むしろ、御子イエスを取り巻く環境は喜びというよりも、不安に満ち溢れていた、この当時、実はローマ帝国の権力が強く、それゆえに世界にはあまり戦争もなく、安定した時代であったと言われます。世界史の中では「ローマの平和」と呼ばれる、平和な良い時代であったとも言われます。けれど、イスラエルの人々にとっては決して平和な時代ではなく、強い支配の下、不自由さを感じながらの日々であり、それゆえに、ヘロデ王も、住民も、様々なストレスや不安の中に生きていたと思われます。そんな時代に御子イエスが誕生されました。
 
 それでも学者たちははるばる12日間かけて、御子を拝みにやって来る、そして、その願いが適った喜びはどれほどであったであろうかと思います。旅をしてきて良かったと思ったに違いないと思わされました。この喜びは勿論、御子イエスとの出会いによって頂点を迎えます。この方にこそお会いしたかった、その一心で旅をしてきました学者達でした。

 まだ今日言えばギリギリ今年となりますが、ご存じの方も多いと思いますが、我が家の長男が今年2月にスペインに行きまして、サンチャゴ巡礼の旅をしました。昨年も行きまして、300㎞歩きまして、今年も行きまして500㎞歩きまして、フランスからスペインの800㎞の全ての道のりを歩いたことになります。
 昨年のメンバーと、今年のメンバーは違うメンバーで2年越しで歩いたのは、長男と座間に住んでいるもう一人の友人二人だけだということでした。

 実は、私たちの教会の礼拝や講演にもお出で頂いた事のある、大学の桃井和馬先生が中心となって、今年もスペインのまた違うルートを歩こうとなっているらしいのです。これまで2年間の実績もありますので、大学の先生方が、桃井先生にあの学生も連れて行って欲しい、この学生も連れて行って欲しいと、お願いされる程だというのです。
 なぜ人気があるのか?何百キロも歩くようなことをすれば、そういう経験を通して一回りも、二回りも大きくなるに違いないと先生方は思っているようです。

 ところが、桃井先生はとんでもない、と今年も広く学生に応募したようですが、学生を選ぶにはとても慎重に行ったというのです。息子が言うには、大分懲りたのではないかというのです。何に懲りたのかというと、異国スペインに行って、観光バスや電車、素敵なホテルの旅ではありません。毎日、毎日20キロ近くもある自分の重い荷物を背負って、自分の足で一日の道のりを歩きとおさなければならない。それが、何日も何日も続くとどうなるか、一緒に歩くメンバー10人程ですが、その10人の人間関係がだんだん、厳しくなるというのです。
 最初の一日、二日は良いけれど、次第に足は痛くなる、腰は痛くなる、体力は人それぞれに違いもありますから、何ともない人と、もう毎日が疲れ果てという人もいるようです。

 実際、歩き始めは一緒でも、目的地に到着する時間はそれぞれ離れ離れになって大分時間の差があって到着する。到着すれば、早速ご飯があるわけでもなく、自炊を始める、男性陣は慣れない食材の上に、慣れない料理、全部自分達がしなければなりません。時には体調を崩す人、熱は出す人、栄養も十分に取れない、そしてそんな中で、いつも一緒の仲間との関係が崩れ始めるようです。

 些細な事でいらだったり、意志の疎通が上手くいかず、互いに不信感を持つようになったり、いつの間にか距離を置いたり、そして、時には迷子になり、泣きべそをかくような学生もいるというのです。ですから、流石に桃井先生も、最初の学生選びを慎重にと考えたのかもしれません。

 学者たちが旅をした、その日程は12日間ですと申し上げましたが、この旅も電車があるわけでもない、飛行機で来たわけでもありません。恐らくラクダに荷物を載せてと思われますが、人数は一般的には三人と言われていますが、それも実際の所は定かではありません。

 けれど、特別な星を見つけて、あの星の下にユダヤ人の王様が誕生された。どうだ、皆でその幼子に会いにいこうじゃないかと話がまとまって、最初は意気揚々と旅立ったと思われます。

 けれど、当時の旅は実際の所、楽しいと言うよりもなかなか大変だったでしょう。使徒パウロも生涯の中で、三度伝道旅行をしたわけですが、その旅で、何度も、何度も盗賊に襲われたり、殺されそうになったりしたと記されています。
 どうも、私たちが考える旅とは大違いで、しかも、家族でもない、血縁でもない、占星術の学者仲間、いわば仕事仲間のようなものなのかもしれません。朝に、昼に、夜に、そして寝る時も、食事もレストランがあるわけではない、カフェがあるわけでもない、いつも一緒に、全てのことを自分達が行いながらの旅であったのではないかと思います。そうなると、時には、人間関係が崩れたり、不仲になったり、意志の疎通が悪くなったり、あ~旅なんかしなかったら良かったのにと思うような状況にさえなっていったのかもしれないと思うのは考えすぎでしょうか。

 けれど、そんな彼らを支えたのは、確かな目的なのです。旅の目的、それは御子イエスを見つけ、礼拝し、自分たちの宝物を献げることでした。旅の途中で様々なこと、思いがけないことがあったかもしれません。けれど、次第に目的地が近くになると、だんだん、その目的地まで、あともう少しとなってくると、これまで悪かった関係が、修復され、全てがその目的地に集約されて、バラバラがまた一つになってくる、その喜びは、そのような経験をした者だけが知る大きな喜びではなのだろうとも思います。

 長男たちの旅も、目的地が近づいて来たと感じるあたりから、随分と違ってきたようです。
 
 御子イエスにもうすぐ会える、ベツレヘムに到着して、ついに星が幼子のいる場所の上に止まりました。学者たちはその星を見て、喜びにあふれました。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられ、彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、没薬、乳香を贈り物として献げました。この時の彼らの喜びは、既に旅立ちのその時から始まっていました。


 長い旅をする。

 それは、あたかも私たちの人生のようでもあると思います。私たちが生まれ、家族と共に成長し、大きなって、社会人となる。それまでの20年なり、30年なり、何度も、何度も乗り越えなければならない壁のような物を感じながらの歩み、しかしまた、社会人となり、家庭を築く、家族が与えられる、その喜びと共に、いつの間にか、人と一緒にいるというのはそこで、何かが起こる、しかもそれは必ずしも喜びだけではない、様々な出来事が起こるのだと知るのです。
 けれど、それでもそんな中にあっても、子どもたちがまた、一人前となり、自分達は次第に年老いていく、それもまた人生と言っているうちは良いけれど、老いは戻ることがありません。どんどん年を重ね、いつの間にか、体力も、気力も落ちていることに気が付いたりもします。

 けれど、皆さん、だから何が大切なのか、私たちの人生の旅の目的こそが大切です。それは、いつも毎年行われることではあっても、このクリスマスに御子イエスに合うために、はるばると旅をした学者たちのように、その周りは不安が沢山あり、社会情勢はいよいよ厳しいと思われる状況の中においても、尚、彼らが目的を見失ったりしなかったように、そして、御子イエスに出会った時に、「彼らは喜びにあふれた」ように、私たちの喜びは、主イエス・キリストと出会いです。
 子どもの時も、青年の時も、壮年の時も、老人と呼ばれるようになっても尚、私たちの喜びは、主イエスが自分の人生にいつも、どんな時も一緒にいてくださる方と出会って、この方がおられるのなら、よし、また一歩、また一歩と主なる神から与えられている人生を歩んで行こう、そして、その歩みは、決して一人ではありません。

 私たちは一人では生きていけません。だから、人は人を求めて、人と共に歩もうとするものでしょう。けれど、人と歩むとそこに必ず、何かのいらだちや、悲しみや、辛さが伴う、そのことも良くわかるのです。
 だから、どうするのか、目的を見失わないことです。互いに互いが見つめ合って過ごすのもロマンチックですが、時には腹が立つのです。だから、互いに主イエスを目指していきていくことです。この方がおられるのなら、歩みだせる、そのようにして、この一年も、大塚平安教会は歩んで参りましたし、これから来たる新しい年も、またそのようにして一緒に歩んで参りましょう。


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