日本キリスト教団 大塚平安教会  

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主よ、それでも、あなたはわたしの盾

2019-05-12 15:06:54 | 礼拝説教
【詩編3編1~9節】
【ルカによる福音書22章14~23節】


 先週、3月に入りまして最初の礼拝を守りましたが、その礼拝でエフェソの信徒への手紙の6章の最後までを読み終えました。勿論、読み終えたと言っても、説教で話し尽くしたわけでもありませんし、また1章から読み始めたとしても、そこからまた、私たちは豊かな福音を読み取ることが出来ると思います。

 しかし、既にお気づきの方もおられるとは思いますが、私はこの4月から始まる2019年度の礼拝をどう守ろうかと考え、祈る中で詩編を中心した礼拝説教が示されたように感じておりました。ですから2月から既に詩編の1編、また2編の御言葉を選び、説教させていただきました。

 今日の礼拝においては詩編3編を選びました。この3編は、1編、2編では記されていなかった表題がついてありまして、それが1節となるわけです。表題は「賛歌。ダビデの詩、ダビデがその子アブサロムを逃れたとき。」と記されてあります。
 詩編は全部で、150編で構成されていますが、凡そ半分程は「ダビデの詩」と記されてあります。文字通りイスラエルの王であったダビデ自身が作った詩も沢山あると思われます。けれど研究者によれば「ダビデに献げられた詩」であるとか、「ダビデについての詩」とか「ダビデを偲んでの詩」といったように、必ずしもダビデの作品というわけでもないようです。

 ダビデ王は竪琴の名手として知られ、また音楽家でもあり、詩人でもありました。また、何よりも王として、夫として、父親として、勇士として、政治家として、神の代理として、何より神を愛し、人を愛し、礼拝を大切にしたダビデの確かな信仰を偲んで、多くの詩編は、必ずしもダビデのものではないとしても、ダビデの名前でもって神を賛美する作品が発表されているものと思われます。

 とはいえ、今、「父親として」と申しましたが、ダビデは色々な意味で有能だったと思いますし、王としての立場もあり、また、当時の時代的な背景も強く影響していると思われますが、ダビデには名前がわかっているだけで、少なくとも8人の妻がいて、名前がわかっていない妻や、側女の数はよく分かりませんが、よく分からない程多くいたといことは良く分かります。また、それぞれの妻は、それぞれの子どもを授かり、父親はダビデでも、母親が違う兄弟が何人もいたわけでありました。

 そこですぐに連想できるのは、ダビデを中心としながらも、家族同士で不仲が起こり、何よりもダビデ王の次の王となる者は誰か、という後継者争いとなるわけであります。

 このあたりの話は旧約聖書のサムエル記の下に詳細に記されていますが、母親が違う長男はアムノンと言います。しかし、これがまた、母親の違う三男、アブサロムに殺されてしまう事件が起こり、アブサロムはその後、父ダビデに対して、いわばクーデターを起こすことになります。

 アブサロムはエルサレムから離れ、自分の側についた家臣を集め、ヘブロンという町で自分が王であると宣言いたしました。

 最初は兄弟の争いであったのが、親子の争いとなり、ダビデは自分の命が狙われることになります。しかし、ダビデは、父親としては、アブサロムは愛する存在であり、大切な息子の一人でありました。しかしその愛するアブサロムに苦しめられている。そのような背景をもって、詩編3編が記されたものと思われます。

 3編の2節、3節を読みますと「主よ、わたしを苦しめる者は どこまで増えるのでしょうか。多くの者がわたしに立ち向かい 多くの者がわたしに言います「彼に神の救いなどあるものか」と。

 もともと、自分の兵士であった者が、いつのまにか息子アブサロムの側につき、敵となり、ダビデに迫って来ようとしている、同じイスラエルの民同士が争わなければならなくなる。

 しかし、ダビデは、出来るだけ争いを避けるために、起こした行動は、城から逃げることでありました。出来るだけアブサロムから距離を取るために、また互いに血を流すことも無いように、信用のおける家臣を連れて、城から離れるわけです。

 しかし、その様子を見ていたエルサレムの民は、ダビデをあざ笑い「彼に神の救いなどあるものか」、ダビデは神に見捨てられたと、ダビデを軽んじたようであります。

 けれど、、続く4節からはまた、信仰者としてのダビデの姿が見て取れます。「主よ、それでも、あなたはわたしの盾、わたしの栄え わたしの頭を高くあげて下さる方」

 今、敵側から放たれた、数限りない矢がダビデに向かって飛んできている様子を連想して見ますと、その矢から逃れるために自分の身を小さくしなければなりません。しかし、しかしその矢を本当にダビデから守っているのは、主なる神なのです。だからダビデは、「主よ、それでも、あなたはわたしの盾、わたしの栄え」と記しました。「わたしの頭を高くあげて下さる方」と告げる信仰を記しました。

 このような状況の中にあって、なぜ、ダビデはそう告げることが出来たのでしょうか。ダビデの心には、「主は自分と共におられる」という信仰に立ち続けていたのであろうと私は思います。

 もともと、ダビデは、ユダ族のベツレヘムに住む羊飼い、エッサイの末の息子として誕生し、父親を助け、羊飼いとしての生活をしていました。しかし、神の御言葉を聞いてやってきた、祭司サムエルがエッサイの家を訪ね、ダビデを探し当て、油を注ぎます。
 油注がれた少年ダビデは、神の力が与えられ、アッシリアの戦士ゴリアトと対決した場面もありましたけれど、実際はダビデが優れ強かったというよりは、主なる神がダビデと共におられたのだと思います。

 その後もダビデは勇士として、何度も戦いに出向き、そして、行けば必ず勝利し帰ってくるのです。このこともまた、ダビデは自分の力ではなく、主なる神の力であると知っていたに違いありません。
 
 先ほど申し上げましたように、先週、一つの区切りを迎えたエフェソの信徒への手紙6章15節、16節にはこう記されてあります。「平和の福音を告げる準備を履物としなさい。尚、その上に、信仰を盾として取りなさい。」ダビデはこの御言葉のように、信仰を盾として生きた人であったと思うのです。

 自分の信仰が盾になるのではなく、主なる神が盾となって下さると信じる信仰があったのです。

 しかし、ダビデも人の子ですから、上手くいくばかりでもありません。失敗もあり、何より大きな失敗は、戦いに出なかったある時、目にした女性、人の妻であったバト・シェバに心が揺らぎ、彼女と関係を持ち、そのことを知った預言者ナタンから強い叱責を受けたという出来事がありました。けれど、結果的にはダビデ王の後を継いだのは、長男アムノンでもなく、三男のアブサロムでもなく、バト・シェバとの間に誕生したソロモンこそがダビデの後継者となっていきます。
 ですから、この出来事でさえも、ダビデの思いを越えて、主なる神はダビデと共におられ、ダビデの盾となって下さったという印であったとも言えるでしょう。

 主なる神は私の盾となって下さっている。この信仰によってダビデは生きました。
 
 先ほど、ルカによる福音書22章14節からの箇所を読んで頂きました。主イエスの「主の晩餐」の箇所であります。先週の水曜日からキリスト教の暦によれば、受難節、レントに入りました。主イエスの苦しみを思いつつ過ごす時期であります。

 主の晩餐の席において、主イエスは既にこの時、弟子たちを前にして御自分がこれから捕らえられ、裁判にかけられ、十字架に付けられることを覚悟しております。だからこう言われました。「苦しみを受ける前に、あなたがたと共にこの過ぎ越しの食事をしたいと、私は切に願っていた。」その願いの形として、なにげない記し方でありますが、14節にこうあります。「時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった。」
大切なところは「イエスは食事の席に着かれた」という箇所です。主イエスご自身が、この食卓、この席を整えて下さり、計画を立て、主が最初に席に着かれたのです。そしてその周りに弟子たちが座り始めた。

 加藤常昭先生が記された、この箇所の説教を読んでおりましたら、こんな話がありました。加藤先生が、何かの食事の席で、最初に席に座ったとする。大体最初に牧師に座って貰わらないと進まないなどと言われて最初に座らされたりするものです。しかし、そうなるとその周りの席は誰も座らないというのです。みんな遠慮して座ってくれないというのです。
 遠慮するとは距離を測っているのだと、そう記してありました。なるほどと思わされました。

 しかし、更に大切なところは、牧師ではなく、主イエスが座られた。使徒たちも一緒だった。では、あなたなら、主イエスとの距離をどれだけとって座ろうとするのかが問われているのだと思います。私たちは一体、主イエスを中心にしながら、自分はどの場所に座ろうとするのでしょうか。主イエスこそ、真に自分の盾と信じる。盾を有効に、且つ、正しく用いる為には盾により近い方がより効果があるでしょう。

 この礼拝の前に、9時から子どもの教会ファミリー礼拝を執り行いました。ヨハネによる福音書からの箇所ですが、この主の晩餐の後、主イエスを見限って、寝返り、いわばクーデターを起こしたユダが、大祭司の手下たちを連れて、主イエスを捕らえにやって来た場面が読まれました。手下たちはそれぞれに、ともし火や武器を手にしていました。しかし、既に主はこれからご自身に起こるだろう何もかもを知っておられて、進み出て「だれを捜しているのか」と問いかけたのです。

 彼らが「ナザレのイエスだ」と答えると、イエスは「わたしである」と言われたのです。この「わたしである」という言葉を聞いた彼らは、後ずさりして、地に倒れたとあります。
彼らは、ともし火、武器を持ってやって来ました。きっとひと騒動起こるだろうと思ったのでしょう。あるいは、血が流れることになるかもしれない。と想定していたでしょう。けれど、主はそうならないように、弟子たちを守るために、あるいは逃がすために、何事も起こさず「わたしである」と自分が盾となって、弟子たちを救おうとされたのです。

 そして、実際に捕らえられ、裁判にかけられ、十字架刑に処せられます。人々は主イエスをあざ笑い、自分を救ってみろと揶揄します。十字架に付けられた犯罪人までが、「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ」とののしるのです。その後、昼の十二時頃には全地が暗くなり、それが三時まで続き、主イエスは十字架で死んでいきます。これで全てが終わったと、誰もが思ったことでしょう。

 けれど、主なる神は、主イエスを私たちの真の盾として、三日の後に復活させて下さり、復活の主は弟子たちの前に現れ、もう、これでお終いだと思っていた弟子たち一人一人の下がっていた頭をグイと持ち上げ、頭を高くあげて下さったのです。「わたしの頭を高くあげて下さる方」この御言葉は詩編3編4節のダビデの御言葉です。

 ダビデもまた、息子アブサロムに反抗され、自分の王としての立場がおびやかされている状況です。けれど、主の弟子たちと同様に、ダビデの頭は下がったままではありませんでした。

 しっかりと頭を上げて、与えられている問題に向き合い、戦おうとするよりは、主なる神の方向に上がった頭を向き直して、戦わない為にも、アブサロムの為にもダビデは逃げたのです。逃げて、逃げて、そして、安全で、平安を得て、何をしたのか、6節には「身を横たえて眠り わたしはまた、目覚めます。主が支えていてくださいます。いかに多くの民に包囲されても決して恐れません」とあります。つまりは眠ったということです。

 敵は、決して強大な国ではありません。むしろ自分の愛する息子であり、また、もともと自分の配下にいた兵士たちでした。となると、本来なら昨日までは味方と思っていたあの人も、この人も、不安と怖れの中で、誰も信頼も出来なくなるのではないでしょうか。夜もおちおち寝ていられないと思うのではないでしょうか。

 しかし、ダビデは逃げてアブサロムから遠く離れ、そして家臣と共にゆっくり休みました。不安で恐ろしい時こそ、様々な心配を主に委ね、自分は横たえて眠る、たとえ、行く千万の敵が自分の周りを囲むとしても、いつも目覚めて自分の盾となっておられる主を信じて横に着く、ダビデはそのような信仰を培っていたと思います。

 更に続く6節に、「わたしはまた、目覚めます。」と詩編は続きます。
 
 この詩編3編は「朝の祈りの詩編」と呼ばれます。朝になり、わたしはまた、目覚めます。そして、朝の祈りと共に、今日の生きる力を主なる神から頂き、感謝して、今日という一日を生きようとする、そのような励ましを受ける詩編だと言われます。朝ごとに、私たちが見つめるのは神であり、主なる神こそ私たちの盾であると信じて、また歩み始めるのです。

 時として世の人々は言うかもしれない。「彼に救いなどあるものか」ダビデさえそう言われました。しかし、救いは必ずある。この詩編3編は9節の御言葉、「救いは主のもとにあります。あなたの祝福が、あなたの民の上にありますように。」という御言葉で締めくくられます。

 主なる神が、主イエス・キリストが私たちの人生の盾となって、どんな矢をも防いでくださる方が私たちと共におられる。この救いによって、私たちは益々強くされて、祝福を受けて今週も過ごして参りましょう。

 お祈りいたします。 
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