日本キリスト教団 大塚平安教会 

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何を土台とするのか

2021-06-26 15:23:35 | コラム
「そこで、わたしの言葉を聞いて行う物は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。」【マタイによる福音書7章24~25節】

 人生は何を土台とするかで決まります。

 私は高校を出てすぐ仕事に就きました。家が貧しく進学を考える余地はありませんでした。心の中は「親の為に自分が仕事をしなければ」という思いでした。親を土台として生きていこうとしました。

 でも、長くは続きませんでした。その後、考えを変えて、やっぱり自分が喜ぶように生きたいと考え直しました。でもそれも長く続きませんでした。自分を土台とすると、実力がありませんから、社会の色々な壁にぶつかり、そこから進めなくなるのです。

 上手くいかないと、社会を恨み、人のせいにして卑屈になります。
 
 その後、聖書を読み、親でも自分でもなく、神様を土台する生き方を学ぶことになります。神様を土台にして生きていこうと決心した途端に、自分の周りの全てのものがグルグルと動き出しました。全てのものが与えられたと思います。驚きました。自分が考えていた自分の未来像の何倍も素晴らしい人生を歩んでいるように今も感じています。

 今の時代、多くの人は何を土台として生きているのでしょうか。学歴を土台にしている人、財産を土台にしている人、社会的地位を土台にしている人がいることでしょう。でも、神様以外の何かを土台としないことです。その土台に振り回されて、自分を見失ってしまうかもしれません。

 自分の人生が、何か上手くいかない!と思っている人がいたら、自分は何を土台としているのかを確認してみることをお勧めします。

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