日本キリスト教団 大塚平安教会  

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苦難の日こそ

2020-03-27 16:53:04 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編50編1~15節】
【マタイによる福音書20章29~34節】


 今日の礼拝の中で賛美する予定ではありませんが、讃美歌21の451番、大変良く知られている讃美歌で「くすしき恵み」、アメイジング・グレースという讃美歌があります。カトリック教会も、プロテスタント教会も、様々な教派をも超えて礼拝で歌われている曲です。
 
 この曲を作詞したのは、18世紀後半に生きたイギリス人のジョン・ニュートンという人でした。ジョン・ニュートンはイギリスの産業革命の時代に生きた人ですが、子どもの頃、熱心なクリスチャンであった母親が早くに亡くなり、その悲しみから、勉強も嫌になり学校をやめて、船長をしていた父親の影響を受けて十代前半に船乗りになります。船乗りとして、いわゆる三角貿易と言われる仕事、イギリスから衣類や生活用品、武器といった物資を船に乗せて、アフリカに向かい、アフリカで奴隷となる人々を物々交換して、船に乗せて、それからアメリカ南部の植民地に向かう、そこでアフリカ人の奴隷と、砂糖や綿花といったイギリスに必要な物資と交換して、イギリスに戻る。そういった仕事をしていたようです。

 けれど彼が22歳の時に、イギリスに向かっていた時に、激しい嵐に遭うことになります。もう殆ど沈没してしまうかという程の嵐でしたが、奇跡的に沈没だけは免れます。けれど、その後船は自力で動かすことも出来ず、ただ漂流するだけとなって、食料も水も無くなり、結局このまま死んでしまうのかと諦めかけた時に、良い風が吹いて船が陸に向かい、命を保つことが出来た。

 このような経験をした後に、もはや、自分は生きているのではなく、大いなる方、主なる神によって生かされているという思いに至り、改めて信仰を得て、更には当時メソジスト教会の指導者であったジョン・ウェスレーとの出会いも重なり、船乗りを止め、神を宣べ伝える者としての生涯を生きていくことになります。その働きの中で、沢山の讃美歌を作り、多くの人々に愛される人となりました。特にアメイジング・グレースは彼の最高傑作と言えるでしょう。船の嵐と、漂流の出来事を通して、決定的に回心した思いを込めて作詞されたと言われます。

 私の友人が、昔アメリカからのお土産にと、教会で歌われている讃美歌集を買って来てくださった。手もとに置いてありますが、その中に記されている歌詞を、1番だけですが、日本語にしますとこんなふうであろうかと思います。

驚くべき恵、なんと甘い響きであろうか。
私のような悲惨な者をも救って下さった。
かつて、私は迷ったけれど、今は見出され、
かつて、私はえない者であったが、今は見えている。

 もともと、ジョン・ニュートンの母親は熱心なクリスチャンでありました。母親が元気であった頃は、教会に連れられ、礼拝に親しんでいたでありましょう。けれど、母が死に、将来が見通せなくなり、神から離れ、しかし、軍人にはなりたくなかった。船乗りとして、奴隷貿易の仕事を生業としていました。
けれどその中で、嵐、漂流の体験を通して、これまで長い間、神などいない、神など信じない、と強く思い続けて来たのに、嵐の体験、苦難の日に、ついに神と出会い、人生が大きく変えられていく、そのような人生が変えられていく体験は、ジョン・ニュートンほど劇的ではないとしても、私たち一人一人の人生にもあり得るのではないでしょうか。

 ジョン・ニュートンは82歳まで生きて天に召されました。晩年にこう言っていたそうです。「私の記憶は殆ど薄れている、けれど、二つのことだけは覚えている。
一つは、私がとんでもない罪人であること、もう一つがキリストは、偉大な救い主であること」嵐の中で、漂流する中で、幾度も主に救いを求め、願い、祈ったことでしょう。
そして、命あった時、祈りは聞き入れられた、と思ったことでしょう。そのような神の恵みに生きていると思った時、同時に、自分はそのような恵を受けるに値しない者であるという思いではなかったと思います。
けれど、神は自分を忘れることなく、神の恵みに置いて下さった。その喜びはどれ程であったかと思います。

 今日は、マタイによる福音書の20章29節からの箇所を読みました。主イエスの一行が大勢の群衆に囲まれながら、エリコの町を出て、町の門をくぐった時のことです。二人の盲人が道端に座っていました。道端に座っているとは物乞いをしていたということです。彼らが生きていくにはもはや、そのようにして人の僅かな憐れみに頼るしかありませんでした。そのような二人が、イエスがお通りと聞いて、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫ぶのです。

 「主よ 憐れんでください」この言葉は、そのままギリシャ語で「キリエ エレイソン」と言います。私たちの教会では滅多に歌うことはありませんが、讃美歌21の30番から35番までが、キリエと歌う讃美歌です。カトリック教会、英国国教会の礼拝では、殆ど毎週の礼拝の中に、「キリエ エレイソン」「主よ 憐れみ給え」と歌われます。
「主よ、憐れみ給え」その願い、その思いは二人の盲人だけのものではありません。マタイによる福音書15章には、異邦人の女性であるカナンの女性が、主イエスのもとにひれ伏して「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています。」と必死に願っている箇所が記されてありますし、17章には、悪霊に取りつかれた子を持つ父親が主の元に近づき「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。」と必死に願う場面が記されています。

 「主よ、この私を、この私たちを憐れんで下さい。」二人の盲人もまた、幾度も主イエスの前に、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と必死に叫び続けました。その声を聞き、主イエスは立ち止まり、「何をしてほしいのか」と尋ねました。
 二人は「主よ、目を開けていただきたいのです」と答えました。主は深く憐れまれて、その目に触れられると、盲人たちはすぐ見えるようになりました。

 皆さん、私たちもまた、今置かれている状況の中にあって、今こそ「主よ、憐れみたまえ」と祈り、願うときではないでしょうか。主イエスが盲人の目を癒されるこの出来事を読んで、今回改めて思わされたのは、盲人が二人であったということです。
 二人の盲人は、家族であるとか、兄弟ということではないでしょう。けれど目が見えないという点では同じ境遇に置かれた者同士です。二人は、いつもエリコの町の門の道端に座って人々の憐れみを願っていたであろうと思います。
辛い、苦しい人生の歩みであったと思います。でも二人だから互いに助けうことが出来た。自分は一人ではないと思えるだけで、大いに慰めを感じることが出来ていたのではないでしょうか。

 だから主イエスとその一行と、多くの群衆に囲まれながら歩いていたとき、彼らは叫び続けることが出来ました。叱りつける群集の声にも負けることなく、主イエスの耳に届くまで、主を憐れみたまえ、キリエ エレイソンと願い続けることが出来たのではないでしょうか。

 今、私たちもまた、この盲人のように、諦めることなく主に願い続け、求め続けていかなければならないでしょう。先週読んでいだ本の中に、「まさかのときの友は、本当の友」という言葉が紹介されていました。
 昔の中国が漢と呼ばれた時代の話ですが、イエス様が生まれる少し前の時代に、李陵という立派な武将がいたそうです。ある時に、匈奴と言われた、今のモンゴル地域の遊牧民族との戦いに出兵して5千人の軍勢を持って、攻めていったそうです。けれど相手は3万人でその戦いに敗れ帰って来る。当然、武帝は怒りまくり、李陵を重い刑に処しようとしますが、ただ一人古代中国の最高の歴史書と言われる『史記』を記した司馬遷だけが、李陵を擁護したそうです。

 李陵と司馬遷は特に友人でもなかったそうですが、司馬遷は李陵の実力を認めていたのでしょう。武帝の権力にも屈しない信念を持って李陵を守ろうとした。そういう話しが知られているそうです。「まさかの時の友」は、司馬遷のような人、そのように紹介されていました。

 けれど、そういう話は滅多にないのだともありました。

 今、中国でコロナウィスルの流行は欧米諸国が大変なことになっていますが、中国は治まりつつあるとも言われます。そんな中で中国の高官が、ウィスルはアメリカの軍隊が持ち込んだ可能性があると言ったことで、アメリカも大分怒っていると報道されています。けれど、もともと、アメリカも、中国を悪役に仕立てた報道ばかりしていたようで、それでカチンときた中国が、反発したのかもしれません。

 中国とアメリカは「まさかの時」でない時も仲が悪いですが、まさかの時、このような言い争いから、更に大きな戦争へと繋がらないようにと願います。まさかの時にこそ、その人の人間性が現れるものでありましょう。

 けれど、正直にいえば、私たちはきっとそのような者なのです。ジョン・ニュートンがいうように神の前にあって「私たちは、とんでもない罪人の一人ひとり」です。少なくとも私自身、本当にそう思います。

 けれど、そのような者の私を、主は「あなたは私の友」だと言って下さいました。ヨハネによる福音書15章で「わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。」と言って下さいました。わたしの命じること、それは「互いに愛し合うこと」です。二人の盲人が助け合いながら、主イエスに憐れみを求めたように、今こそ、このような時にこそ、私たちは互いに助け合い、支え合いながら、尚、主に求め、与えられた困難を乗り切っていきたいと願います。苦難の日こそ、主を呼び続け、祈り続けてまいりましょう。「苦難の日、わたしはお前を救う」この御言葉を杖にして、過ごしてまいりましょう。

 お祈りします。
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右の御手にある正しさ

2020-03-27 16:38:17 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編48編1~15節】
【ローマの信徒への手紙3章21~26節】

  
 イタリア人のマンゾーニという小説家が1830年頃に「いいなづけ」という小説を記しました。この本はイタリア語で記されて、この本によってイタリア語が完成されたと言われるほど、イタリア人なら誰でも読んでいる本のようです。
 
その小説の中に、1630年頃にヨーロッパで流行ったペストについて記してある箇所があって、その箇所を引用しながら、イタリア、ミラノの高校の校長先生が引用しながら、コロナウィルスによって休校となって自宅にいる高校生たちに心を込めてメッセージを記しました。一週間ほど前のことです。子ども達に平静を保つようにと記してあります。
文章を読みますとこうあります。(週報に印刷してあります。)
 
 私は、この手紙のメッセージが果たす役割は大きいと思います。「冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けること」
 相手は目に見えません。ですからどんなに予防策を考えてもこれで万全ということは無いと思います。ですから日本中というより、世界中が混乱しているのだと思いますが、テレビや報道を見ていますと、感染した場所や、感染した人の行動まで伝えられていますが、それはやむを得ないとしても、時には感染した人が、一番の被害者であるにも関わらず、加害者であるかのように批判的に伝えられているように感じ、気になります。

 このような状況に至りますと、私たちは益々不安に陥り、相互不信感、集団心理からくるパニック、既にデマから来るトイレットペーパーなどの買い占めが報道されていますが、このような時こそ冷静さが求められるであろうと思います。

 もしかしたら、これから暫くすると、一部では世の終わりとか、終末的と言い出す人々が現れるかもしれません。時としてそのような人々は強い影響力を持ったりするかもしれません。けれど、主イエスは「人が『見よ、メシアは荒れ野にいる』と言っても、行ってはならない。また、『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはならない。と教えて下さいました。世の終わりは私たちが考えるような様子ではやって来ないことを確認したいと思います。

 更にまた、このような状況の下では神は何もしてくれないとか、神様はなぜ黙っているのか、なんと役に立たない神と、神に対して怒りをぶつけるような人も出て来ることでしょう。それもやむを得ないとは思いますけれど、私たちはそのような言葉にも惑わされないようにしなければなりません。

 ある本の中に、アフリカの南西部に位置するアンゴラという国の牧師が、アメリカのシカゴの牧師と話しをした場面がありました。アンゴラの教会は、時の政府から強い弾圧を受けて、何人もの牧師が殺されている状況でした。 
 シカゴの牧師は、政府と教会の関係について質問しました。「教会はどうですか」するとアンゴラの牧師は「女性の組織をすべて解体するように言われました。それでも集会は続けています。」 
「しかし、政府がさらに力を持つようになったらどうするおつもりですか」  「そうですね。我々は集会を続けるでしょう。政府はなすべきことをなす。教会もまた、なすべきことをなすのです。」
 そして、アンゴラの牧師は逆にこう言ったそうです。「アンゴラの教会のことは御心配なく。神はわれわれに良いことをしてくださっています。正直に言いますと、わたしには、ここイリノイ州のこの地で牧師をするほうがずっと大変なことのように思えます。ここには物があふれかえっています。この地で、教会が教会であり続けるのは、ずいぶんとたいへんなことでしょうね」

 私たちは、今、目の前で起こっていることに敏感に反応します。その敏感さはとても大切だと思います。けれど、それだけが全てではありません。

 今日は詩編48編を読みました。この48編について言われていることは、神殿があるエルサレムに向かう巡礼者の群れが好んで歌ったであろうということです。巡礼する人々が、ついに願ったエルサレムに到着しようとしているところです。

 エルサレムにあるシオンの山が見えて来た、エルサレムの城郭が見えてきた、エルサレムの砦の塔が見えて来た、いよいよエルサレムに近づいた。その喜びを見事に歌い上げていると言われます。
人々は今、まさにエルサレムに到着するのですが、しかし、すぐには入らず13節、14節、15節にあるようにシオンの周りを一巡りして、塔の数を数えたり、そびえたつ城壁を眺めたりしながら、ついに自分達はここまでやって来たという喜びを力強く表現している感動的な詩編でもあります。

 この詩編は、いわばエルサレムが神の国であって、その神の国へついに到達した喜びをも表現しているようでもあると言われます。神の国故に、ここに一つの終末の姿があるとも言われます。

 そこに集っている人々は確信を持って、神の御名と共に主なる神を地の果てまでも賛美し、そして、右の御手には正しさが溢れている。と神への信頼を告げるのです。

 右の御手は、主なる神の右の手です。右は英語でrightと言いますが、同時に、正しさ、をも意味するように、神の右手は正しさの象徴です。正しさとは「神の義」です。神の義がこの世界に満ち溢れていると、詩編の作者は告げている。

 私たちのこの世の中にあって、今こそ神の義が求められていると感じます。神の義とは神の愛でもあり、神の救いでもあり、神との正しい関係でもあります。今、教会は主イエス・キリストの受難を覚えるレント の時を過ごしています。もともとレントの時期は、信仰者は静かに主の御受難と、しかしその後に起こる復活を思いながら過ごす時期でもあります。私たちは主の復活日であるイースターを望みつつ、そのイースターこそが、神の義が確かに表された時であったことを思います。
 主なる神は、このような世の中にあっても、尚、私たちに今こそ、皆が手と手を取り合ってこの状況を乗り越えられるようにと見守っておられるでありましょう。私たちにはどんな時にも希望があることを忘れないようにしましょう。
 巡礼の旅を守るものが、多くの苦難を越えてエルサレムに到着し、神の国を見ているようだと感動して詩編に記したように、私たちも私たちの人生という旅の途中で、一つの苦難を乗り越えていきましょう。そして神の国を遥かに仰ぎ見ながら、共々に生きてまいりましょう。

 お祈りいたします。
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油注がれた方

2020-03-27 14:48:22 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編45編1~18節】 
【ヘブライ人への手紙1章4~14節】


 本日はヘブライ人への手紙1章4節から読んでいただきました。週報に聖書のページ数が記載されていますし、礼拝に集われる殆どの皆さんは、ヘブライ人への手紙と聞いて、聖書のどこにあるのかと迷うことも無いかと思いますけれど、聖書箇所を聞いて、その箇所を素早く開けられる人というのは、案外少ないかもしれません。
 
 聖書は旧約聖書と、新約聖書があります。私たちはその二つを合わせて聖書と呼ぶわけですが、旧約聖書はイエス様が生まれる前のイスラエルの歴史と信仰に関する文章が、新約聖書には主イエスの誕生からはじまり、そこから神の国の福音と、主の十字架と復活、更にはユダヤ教からキリスト教へ向かう信仰の変遷が記されています。

 具体的には最初にマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネといった四つの福音書が記され、次いでルカによる福音書を記したルカが、第2巻として記したと考えられる使徒言行録があり、その次はローマの信徒への手紙から始まるところの、使徒パウロが記したと言われる手紙が続きます。パウロは信仰の養いとなる実に多くの手紙を記しまして、ローマの信徒への手紙、続くコリント書、ガラテヤ書、エフェソ、フィリピ、コロサイ、テサロニケと続きまして、それがフィレモンへの手紙まで続きます。
 その次に位置するのがヘブライ人への手紙となるわけですが、古来、この手紙もパウロが記したと考えられていたようです。現代では、その文体や、言葉の使い方、信仰の受け止め方等の違いから、パウロが記したのではないだろうと言われています。

 それでは誰が記したのかとなりますが、よく分かっていません。けれど、ヘブライ人への手紙の特徴として、一つは恐らく、礼拝で読まれた説教の原稿ではなかったかとも考えられているようです。二つ目の特徴は、ですから、この手紙は旧約聖書の引用が多いという点であろうと思います。

 古代キリスト教の礼拝で読まれた聖書は、新約聖書がまだ編纂されていない時代ですから、間違いなく私たちから言えば旧約聖書と呼ばれる箇所を読んで、そこから御子イエスの福音を紡ぎだし、礼拝を守っていたはずです。

 礼拝の中では、自然と旧約聖書からの引用が多くなるわけで、先ほど読まれたヘブライ書の箇所もそういう意味では1章5節から13節はすべて旧約聖書からの引用となります。区切りについては少し変則的な気もしますが、4節から7節について、「御子は天使にまさる」というタイトルが付けられていますが、当時の考え方として、神と人とを考えた時に、この世には神と天使と人とがいるという考え方をしていたのではないかと思われます。
 
 聖書の中にも、処女マリアのところに天の使いガブリエルが現れていますけれど、当時は、天使の存在が普通に信じられていた。しかし、それでは御子イエスと、天使とではどちらが偉いのか、どちらの位が高いのかといった議論が信仰者の間で真面目に議論されていたともいわれます。ですから最初に御子の権威について記すにあたり、御子は天使に勝る方としておられると明確に示して、更に8節から、旧約聖書を引用しながら御子イエスはどのような方であるのかが記されたようです。旧約聖書のそのほとんどが詩編から引用されています。

 8節、9節に記される御言葉をもう一度読みます。「神よ、あなたの玉座は永遠に続き、また、公正の笏が御国の笏である。あなたは義を愛し、不法を憎んだ。それゆえ、神よ、あなたの神は、喜びの油を、あなたの仲間に注ぐよりも多く、あなたに注いだ。」
 この御言葉は、先ほど読んでいただいた詩編45編7~8節から引用されました。
 
 詩編45編について言えば、この詩編は結婚式に読まれた、歌われた詩であろうと考えられています。もしかしたらイスラエルの王と、詩編の中に「ティルスの娘」という御言葉がありますが、ティルスから王妃を迎えての結婚式ではなかったといわれます。ティルスという町は、町というよりは都市国家であったようですが、非常に強い軍隊を持っていた敵にすると中々手ごわい立派な国でありました。

 だから、かもしれません、ダビデ王の時代、またその子のソロモン王の時代は、イスラエルとティルスは非常に良い関係にありました。ダビデ、ソロモンの二人は、エルサレムに神の神殿を建て上げた。その時に用いられた建築の材料の多くはティルスから運ばれたレバノン杉であって、また、当時のティルスの王はエルサレム神殿建築の為に、優れた木工職人、石工職人も送ったと聖書に記されています。

 その後の時代も、少なくとも暫くの間は、イスラエルとティルスとが友好関係にあったと考えられますから、イスラエル王がティルスから王妃を迎える、それは不自然ではなかったかもしれません。そしてその結婚式が執り行われ、詩編の45編がそこで歌われた。45編の2節は、「心に湧き出る美しい言葉。わたしの作る詩を、王の前で歌おう。わたしの舌を速やかに物書く人の筆として。」とありますように、この詩編の作者自身が、歌い、王を、また王妃を讃える歌を歌った。内容としてはそれほど難しい構成ではありません。3節から10節は王を称え、11節からは王妃を称えている内容です。

 ヘブライ書が引用した箇所は7節です。「神よ、あなたの王座は世々限りなく あなたの王権の笏は公平の笏」この箇所は「神よ」という言葉で始まります。結婚する王に対して「神よ」と告げている聖書の中でも大変珍しい箇所だと言われます。
 天地創造の神と人とが入り混じるような考え方はしないはずのイスラエルの中で、しかし、結婚式の中でつい神よと言ってしまったのか、口が滑ったのか、何か思いがあったのか、よく分かりません。けれど、この歌を歌う者にとって、この時、王に対して最高の賛美を告げようとしたことは良く分かります。

 神よとまで歌われたこの花婿である王に対して、「あなたの王座は世々限りなく あなたの王権の笏は公平の笏」と歌う。更に続く8節では「神に従うことを愛し、逆らうことを憎むあなたに、神、あなたの神は油を注がれた 喜びの油を、あなたに結ばれた人々の前で。」と続きます。

 この時、王よ、あなたは世の中を公平に見る目と、神に従う謙遜を持ち、神に逆らう者を憎む心を持っておられる。だから「神はあなたに油を注がれた」と告げているわけです。油が注がれる、それは聖書の世界では、祭司が祭司となる時、預言者が預言者となる時、そして王が王となる時に行われた特別な儀式です。神がその権威を授けてくださるという印です。イスラエルの初代の王であるサウル王も、二代目の王であるダビデも、預言者サムエルによって油を注がれた場面が聖書にも記されています。
この詩の中に登場する王もまた、油注がれた方として賛美されています。

 では、この王は一体だれなのか、学者が色々と調べたようですが、具体的にこの王であるという人物は特定されないようです。また、少なくともティルスから王妃を迎えたイスラエルの王についての記述は聖書にはありません。
 
 あえて言うとするならば、紀元前900年代のソロモン王の時代から凡そ100年後に北イスラエルにアハブ王という王様が立ちます。このアハブ王はティルスの北にある町、シドンと呼ばれる町の王の娘であるイザベルを王妃として迎えています。けれど、アハブ王は、聖書によれば(列王記上16章30節)「アハブは彼以前のだれよりも主の目に悪とされることを行った。」と記されるイスラエルの王の中にあっても、暴君と言われるほどの王でありました。
 更には、妻イザベルは、シドン出身、異国の文化に育った女性ですから、アハブ王は妻の為に、進んで異国の宗教を取り入れ、バアルに仕え、これにひれ伏し、サマリアにバアルの神殿を建て、バアルの祭壇を築いた。とさえ記されています。この二人は、後に自業自得といいますか、無残な死を迎えるのですけれど、この二人の結婚式の時に、読まれた歌が詩編45編であったかもしれません。けれど、良く分かっていません。でも皆さん、改めて思うのは、この詩編で称賛されている王は誰なのでしょうか。

 と言うよりも、誰であるとしても旧約聖書を紐解き、読み進める中にあって、サウル王から始まるイスラエルの王の歴史の中にあって、一体どの王が、このようにして公平の笏、笏と言いますのは、王の持つ特別な杖と考えれば良いかもしれませんが、民を公平に見る目を持ち、主なる神の御前に謙遜に生き、神に逆らう者を憎み、神に油注がれた王がいたのでしょうか。
 初代の王であるサウル王はいつの間にか、自分の権力におぼれ、自分が神のように振舞うようになり、預言者サムエルは嘆き、神に祈りダビデに油を注ぎました。ダビデは本当に国民から愛され、ダビデの子孫からメシアが現れるとさえ言われた王でした。 
 けれどある時、夫ウリアの妻であったバト・シェバに心を奪われ、夫ウリアを戦死させ、自分の妻として王宮に迎え入れる。しかし、同時に預言者ナタンがやって来まして、ダビデに対して神の怒りを告げることになる。私たちの知るところであります。
 
 ダビデの子であるソロモンが王になった時、主なる神が夢枕に立ち、「願うものはなんでもあなたに与えよう」という声を聞きました。ソロモンは富も権力も願わず、イスラエルの民を正しく裁く知恵と善と悪を正しく判断できる心を願いました。主なる神は、その願いを喜び、その願いと共に富と栄光をも与えると約束し、イスラエルの国は歴史的繁栄を過ごすことになります。けれど、次第にソロモンは年を取り、気がついてみると七百人の妻と三百人の側室を持ったとあります。その中には多くの外国の女性もいました。モアブ人、アンモン人、エドム人、シドン人、ヘト人など。そして彼女らによって、ソロモンの心が迷い、心が他の神々に移り、そのために、後継者問題が浮上し、イスラエルが二つの国に分かれることになるわけです。
 更に続く、数々のイスラエルの王の一人として、神の御前に公平な目と、まことに謙遜な思いを持った王が果たしていたのでしょうか。

 先日2月11日の火曜日、湘北地区の「2.11信教の自由を守る合同祈祷集会」が開催されました。多くの方々が集われ、大変良い集まりとなりました。恵泉女学園大学で教えておられる憲法学者である斎藤小百合先生から、改めて憲法の内容について教えて頂きました。元々国に憲法が形成されてきた歴史から話して頂きましたけれど、憲法が成立するには、宗教改革以降のヨーロッパの歴史が深く関係しているようです。

 特に宗教改革以前には、ヨーロッパの価値観は、いわばカトリック教会と深い関わりがありました。カトリック教会の考え方が社会の価値観でありました。ですから国の王様もカトリック教徒として生きていたわけです。安定した社会であったと思います。けれど、権力は集中し、国民は疲弊していました。その中で、宗教改革が起こり、ヨーロッパは、教会のみならず、社会全体に激震が起こったように大きく変化します。それは、価値観は一つではなく、複数あるという考え方でありました。価値観が複数あるならば、どれが一番大切な価値観なのか、そこで戦争が勃発します。16世紀中盤から17世紀初頭にかけて、幾度も大きな戦争がありました。1618年から起こったドイツ30年戦争はもっとも大きな戦争でした。
しかし、幾度もの戦争の中で、人々は気がついて来たことがあって、それはカトリックとプロテスタントとの異なる価値観が世の中に、公正に共に存在して良いのではないかという考え方でした。そのような社会構造を社会の中に造り上げるために憲法が誕生し、それ故国王でさえ、憲法に基づいて生活をする、それがヨーロッパの立憲主義の考え方のようであります。

 一つの価値観だけでない世界がある。この考え方は近現代社会にとって大切な枠組みであると私は思います。けれど、その後の世界の歴史は、それでスッキリしたのかというと、決してそうではありませんでした。エーリッヒ・フロムという人が「自由からの逃走」という本を記しましたが、人は不思議なことに権力を持つと、人を支配しようとするのです。しかし、その支配に抵抗する人々が現れ、しかし、抵抗した人々が権力を握ると、その権力によって支配しようとするのです。その繰り返しを生きているのだと、その本には記されてあります。私は今でもその構造は大きく変わっていないようにさえ思います。

 旧約聖書の時代においても、神の御前に真に公平な目と謙遜な心を持つ王は一人もいなかった。けれど、近現代においても尚、宗教的、経済的側面は様々に変化してまいりましたが、今なお、公平な目と謙遜な心をもつ指導者が果たしてどれだけいるのだろうか、と思うのは私だけではないと思います。

だから、私たちは真に謙遜になられた方、ヘブライ書にありますように、御子イエス・キリストこそが、「神よ、あなたの神は、喜びの油を、あなたの仲間に注ぐよりも多く、あなたに注いだ。」とあるように、神の御心に適った方として、主イエスが誕生し、その生涯をかけて、私たちに神の御前において公平な目を養い、謙遜な心を育てるようにとこの方を私たちの生きる社会に誕生させて下さったのではないでしょうか。

 キリスト教という宗教はいつでも変わり得るのです。けれど、変わり得ないのは主イエス・キリストの徹底的な神の御前で謙ることを教えてくださった方、この方が教えて下さった神の愛は変わることはありません。
私たちはこの方を神が選び、神が油注いでくださった、私たちのメシア、救い主として下さったことを忘れることなく、歩んで参りましょう。

 お祈りいたしましょう。

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御旨にかなう道

2020-01-13 09:20:04 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編37編23~29節】
【コリントの信徒への手紙二 10章15~18節】

 詩編37編23節、24節にこう記されています。「主は人の一歩一歩を定め 御旨にかなう道を備えてくださる。人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえていて下さる。」
 
 この箇所から今日の説教題を「御旨にかなう道」といたしました。この一週間、私は教会の前の掲示板を見まして「御旨にかなう道」という説教題を読みながら、自分でつけた説教題でありますけれど、果たして「御旨にかなう道」とはどんな道であろうか、と思い悩んでおりました。どのような道を歩めば主の御心に適うのであろうか。
 昨年12月のクリスマスの時期にも申し上げたことですが、私たちの人生は私たちが思っているよりはずっと既に決められているところがあります。
 
 自分では、自分の親を決めることは出来ませんし、親も子供を選ぶことは出来ません。男性であること、女性であることも自分ではどうしようもない。生れて来た時から男の子であり、女の子です。丈夫な体で生まれて来た方は幸いだと思いますが、必ずしもそうではない方も大勢おられますし、裕福な家庭に生まれた方もいれば、混乱を抱えた家庭に生まれた方もおられます。
 けれど、どのような家庭に生まれて来ようと、生れて来たからには、生きていかねばなりません。どのように生きていこうとするのか、どんな人生を歩もうとするのかは自分で決めていかなければなりません。それが20代、あるいは30代の年齢で求められる自分の歩む道でありましょう。

 我が家のことを言えば、必ずしも混乱を抱えた家庭ではありませんでしたが、経済的には全く恵まれない家庭であったことは確実です。そのような家庭に生まれ、育ち、兄も弟も、経済的安定だけではないと思いますが、安定した職業と言われる公務員になりました。私はどこかで羨ましいと思っているとこもありますけれど、でも本音のところでは、そう思っていないと思います。
 私は、自分でもよくわかりませんが、どちらかと言えば、波乱万丈の人生を望んでいたように思います。生まれて来て一度の人生をどう生きるか、夢も希望もある人生だと思っていたところもあります。ですから田舎にいたくない、自分は都会に出て何かしたい。何か出来る。そんな思いをもって、都会に出て来たのです。けれど世の中はそれほど甘くはありません。何をしても上手くいかない、自分の思うような人生を歩むことが出来ない。20代前半は、かなり厭世的な生き方をしていました。24節に「人は倒れても」とありますが、この「倒れる」とは挫折を意味する言葉です。

 人生の挫折とはこういうものかと思う時期を過ごしました。私に限らず、挫折とはこういうことかと感じながら生きた方、多いと思います。
 生きていくと様々な挫折があります。これから丁度受験のシーズンとなりますが、受験しても不合格になることもあります。この仕事でと思いながら成功しないこともあり、この人とずっと一緒にと思いながら結婚したけれど、上手くいかず別れてしまうこともあります。私たちの誰もが、人生の「挫折」を一度や二度、経験しているのではないでしょうか。

 アドラーという心理学者は、「人のすべての悩みは対人関係の悩みである」と教えました。何より辛い挫折は、人と人の関係が壊れてしまうことです。コツコツと積み上げて来た人と人の関係、積み上げるには時間がかかりますが、壊れるのは一瞬、あっという間かもしれません。どうしてこうなったのかなぁ、その原因を色々と探すとしても、完全に特定することは出来ないかもしれません。
 アドラーは、この対人関係について、勿論、人と人との関係の中で説明しますが、特徴的なのは、自分と、自分という対人関係があると説明します。

 繰り返しますが、人のその人生の中で様々な出来事が起こります。挫折を味わうこともある。時には絶望を感じることもある。「人は倒れる」のです。
 でも、その「倒れた」と思うのも自分です。先ほど、受験で不合格になることもあると申し上げましたが、不合格が本当に良く無いのかどうか、を決めるのも自分です。この学校ではなく、違う学校にいきなさいということかな。と思えるのであれば、そこで挫折と共に、新しい希望が現れます。
 仕事が上手くいかない、結婚が上手くいない、でもそのことを通して、自分は別の人生が与えられるであろうと思えるのであれば、それらの出来事は、必ずしも人生の挫折という言葉でピリオドが打たれるわけではありません。思いを入れ替えて、新しい道が備えられていると思って歩き出していけるであろうと思います。

 挫折を挫折とするのも、それは自分の感情です。挫折と感じるかどうかは、自分の感情が大きく作用する。私自身、20代前半に世の中を憂いて、家庭環境を恨みに思って、なぜ、自分だけがこんなに辛い思いをしなければならないのかと答えの無い問いを問うていました。
 
 あたかもヨブ記のヨブが全ての財産、家族を取られて、更に自らは病気とされ、絶望を感じながら主なる神に対して「罪と悪が、どれほどわたしにあるのでしょうか。」と問い続けている様子に重なる思いも致します。
けれど、ヨブの悩みは、ヨブ記の終盤となり、主なる神が登場することによって大きく変化します。主なる神がヨブに対して「これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて 神の経綸を暗くするとは。男らしく、腰に帯をせよ。わたしはお前に尋ねる、わたしに答えてみよ。わたしが大地を据えたとき お前はどこにいたのか。 知っていたというなら 理解していることを言ってみよ。」
 そう問うてくる神の御言葉を聞いた時に、ヨブは返す言葉を失いました。「神よ、そのとおりです、わたしには理解できず、わたしの知識を超えた驚くべき御業をあげつらっておりました。」と平伏するのみでありました。

 自分では変えることが出来ない与えられた環境を恨み、与えられた体につぶやき、与えられた能力にがっかりしているとしたら、そのような出来事を通して、自分で自分を認めていない、自分で自分を赦していない、自分で自分が好きになれない。自らを喜びとしていないのではないでしょうか。
 自分が自分を喜べないのであれば、同じ分量で、自分以外の他人をも喜べないと言われます。自分を嫌いな人は、他人をも嫌いなのです。このような人は自分で自分を倒し、その力で人をも倒そうとするかもしれません。

 けれど、詩編には「人は倒れても、打ち捨てられるのではない。主がその手をとらえてくださる。」とあります。「人は倒れても」人は倒れる生きものだと思います。挫折する生きものだと思います。けれど、神はそのままにはしておかない、打ち捨てられるのではない、主がその手をとらえて下さる。
 主なる神がそのままにはしておかない。倒れた者の手を取って、引き上げて、支えて、共にいて下さろうとする、それが主なる神の愛の姿だというのです。

 そのような主なる神との出会い、ヨブが神と出会うことによって全ての悩みを越えて神に希望を見出したように、自分は見捨てられていない、自分は忘れられていないと思える時、人はどれだけの力を得ることが出来るでありましょうか。

 私自身、自分は見捨てられていないと思えたことは決定的であり、神との出会いは、自分の人生も祝福され、神と共に喜ぶためであったと知った時の感情は、これまでの人生の全てがひっくり返るような思いと共に、自分の人生が全く新しくされた時でもありました。
 
 最近、巷で流行っているコマーシャルがありまして、相撲取りの炎鵬が登場するコマーシャルです。
 
 こういう文章が流れます。

 大逆転は、起こりうる。わたしは、その言葉を信じない。 どうせ奇跡なんて起こらない。

 それでも人々は無責任に言うだろう。  小さな者でも大きな相手立ち向かえ。

 誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。 今こそ自分を貫くときだ。

 しかし、そんな考え方は馬鹿げている。 勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。

 わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。 土俵際、もはや絶体絶命。

 
 ほとんど絶望的な文章だと思いますが、この文章を今度は、逆から読んでいくと、圧倒的な励ましの言葉になることが気がつきます。

 この大逆転は起こりうる。この言葉、始めてこのコマーシャルを見た時は、感動しました。

 人は、自分の感情の持ち方一つで、自分の人生がひっくり返るような思いを経験する時があるのです。でも、それは自分で何とかしようとしている時には、到達するものではないかもしれません。

 
 「御旨にかなう道」それは、自分でなんとかしようとする道ではありません。

 主が「御旨にかなう道を備えてくださる。」神が自分のために、全ての状況を知りつつ、最も相応しい道を既に備えて下さっているのです。そのことに気がつかされ、神の愛を知る時、人は変わるのだと思います。

 新約聖書からコリントの信徒への手紙10章15節からを読んでいただきました。コリント書は、使徒パウロがコリントの教会に宛てて記した手紙ですが、もともとコリントにある教会は、パウロが苦労して開拓伝道して立ち上げた教会でもあります。
 一年六ヶ月の間、パウロはコリントに滞在しました。アキラとプリスキラと共に天幕作りをしながら、また、弟子のテモテとシラスと一緒の開拓伝道でした。その苦労が実り、主イエスを自らの救い主と告白する人々が現れ、次第に教会、すなわち、人の集まりが形成されるようになっていきます。その後、パウロはコリントから新しい町へと離れるのですが、それから二年程経った頃に、教会の内に内部争いが起こります。それぞれがめいめいに、「わたしはパウロにつく」とか「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」といった具合で、分裂していったようです。

 そのような知らせを受けたパウロは驚き、すぐにでもコリントに向かいたかったようですが、丁度その頃、エフェソの町で捕らえられて投獄されてしまいます。一年近く牢の中にいなければなりませんでした。その間に、コリントの教会は、更に悪いことに、「偽使徒」と呼ばれる人々がやって来て、その雄弁さをもって人々を魅了し、パウロの信仰から遠ざけ、自分達に都合の良い信仰へと導き、自らを誇り、パウロは否定されてしまうことになります。パウロは牢から出された後、コリントの教会を訪ねるのですが、その時、パウロは受け入れられませんでした。「偽使徒」が幅を利かせ、パウロは否定されました。

 パウロは大いに屈辱的であったでしょう。これほどの挫折、これほど打ちのめされたと思ったことはなかったかもしれません。パウロが否定されただけでなく、主なる神が否定され、教会は神の福音から離れてしまいました。どれほど悲しかったか、どれほど口惜しかったかと思います。
 パウロは戻って手紙を記しました。その手紙は涙ながらに記したと言われる「涙の書簡」と呼ばれるものですが、既に現存していません。しかし、その手紙の一部がコリントの信徒への手紙の中に紛れ込んでいるとも考えられていまして、その箇所が、コリント書の10章から13章ではないかという説もあります。今日は、その中から読んでいただいた訳ですが、パウロの願いは、「コリントの教会の人々の信仰が成長すること。」「福音が他の地域で告げ知らされること。」等、色々と記されますが、17節に「誇る者は主を誇れ。」と記しました。

 偽使徒たちは、自らを誇りとして、自分達を宣べ伝えていたものと思われます。だから、パウロは、それは違うと言いたかったのです。自らを誇りとする、それは、「御旨にかなう道」ではないと伝えたかったのだと思います。パウロが誇りとするのは、むしろ自らの弱さだけでありました。

 読んでいただいたすぐ後に、パウロは自分の病について記しました。それが具体的には何かはっきりしてはいません。目が悪かった、手が悪かった、癲癇症状があった、色々言われていますけれど、しかし、パウロにとってそれは耐え難い辛さであり、私は三度主に願いました。とあります。三度とは幾度もという意味だと言われます。しかし、主は「わたしの恵はあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮される」と言われたと記しました。だから、むしろ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、行き詰まりの状態にあっても、キリストの為に満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」と記します。更に13章、涙の書簡の結びには、「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいて下さいます。」と記しました。

 最後まで、パウロの心は、倒されたままではありませんでした。倒された思いをもって涙の手紙を綴りながら、尚、それでも主なる神は、「御旨にかなう道」を歩ませて下さる、人の一歩一歩を支えて下さる、主が自分の手をとらえて下さっていると信じながら、希望に生きたと思います。そして、実際にその思いは、成就してコリントの教会の人々はパウロの信仰に立ち帰ることになります。

 皆さん、私たちは倒れる生き者です。挫折する生き者です。それでもなお、主はそのままにはしておかれません。主が共にいて下さり、御旨に適う道を必ず備えて下さいます。私たちはそのような主、主イエス・キリストに支えられながら、この2020年を力強く歩んで参りましょう。
お祈りします。

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「わたしの口に新しい歌を」

2020-01-06 14:36:40 | http://www.ohtsukaheian.jp/
【詩編40編1~5節】
【エフェソの信徒への手紙5章15~20節】
 
 新年明けましておめでとうございます。大塚平安教会2020年、最初の礼拝を迎えました。今日は「わたしの口に新しい歌を」というタイトルを付けさせていただきました。詩編40編4節に「わたしの口に新しい歌を わたしたちの神への賛美を授けてくださった。」という箇所からつけたタイトルです。
 新しい年となり、心新たな思いを持って、私たちは新しい歌を歌っていきたい、そのような思いで付けました。昨年12月、少し慌ただしい思いを持って過ごしたクリスマスを過ぎ、先週の一週間、年末年始と改めて詩編40編を丁寧に読み返しておりましたら、一つ気がついたことがありました。
 それは、「新しい歌」と記されるその言葉は、単数形で記されていることです。多くの新しい歌とか、新しい歌の数々ではなく、一つの新しい歌とありました。

 そのことが分かりまして、私が直ぐに思わされたのは、この新しい歌という言葉の更に奥に、歌、あるいは賛美という言葉を通して、この詩編を記した作者は、主なる神はわたしに新しい歌、「新しい信仰」を授けてくださったという思いが込められていたのではないかということです。
 私たちもこの新しい年に、また、新たな信仰が養われるようにと願うわけですが、その為に必要なことは何か。今日は詩編40編を読みましたが、三つのことを申し上げます。一つは2節から「主にのみ」3節から「岩の上」そして4節から「新しい歌」となります。

 一つ目、2節に記された御言葉、「主にのみ、わたしは望みをおいていた。主は耳を傾けて、叫びを聞いてくださった。」ここで大切なことは「主にのみ」です。この方だけが、耳を傾け、大きく体を傾けて、私の叫びを聞いて下さろうとされた、とあります。
 マルコによる福音書の10章46節以降に記されているのは、主が盲人バルティマイを癒したという出来事です。主イエスがエリコの町から出ようとされたとき、盲人であり、物乞いであるバルティマイが町の門の道端に座っていました。その時、主イエスだと聞くと、バルティマイは思い切って精一杯の声で「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と叫びます。その叫び声を聞いて、多くの人が叱りつけ黙らせようとしますが、それでも叫び続け、ついに主イエスの耳に、その叫び声が入り、主は立ち止まって「あの男を呼んで来なさい」と言われました。
 人々は主が招いておられる、「安心しなさい。立ちなさい」と声をかけました。この安心しなさいは、勇気を出しなさいという意味です。
バルティマイはいよいよ勇気を出して、主イエスのもとに近寄り、「何をして欲しいのか」という問いに対して「先生、目が見えるようになりたいのです」と告げます。 
見えるようになるという言葉は英語では、「リゲイン」とありました。再び元気になるという意味です。ここでは再び見えるようになるという意味です。
バルティマイは、もとは見えていたのでしょう。けれど、目の病とか、怪我とかで失明したのではないでしょうか。
現代のような医者も無く、薬もない時代ですから、目が見えない、それはイコール、夢も希望もないと、人生を断念せざるを得ない人々が多かったと思います。けれど、バルティマイは断念しませんでした。
勇気を持って、あの目の見える人生を取り戻すべき、声を張り上げて、主イエスに願い求め、その願い求めました。

 バルティマイは主イエスに対して叫び続けました。彼にはそれしかありませんでした。それだけがバルティマイの生きる希望であり、主にのみ、望みを置く人の姿であったと思います。
 私たちが生きている現代は、もし目が見えなくなるとしたら、まず、何よりも眼医者に行って見てもらうことができます。適切な治療、手術によって、視力が回復することも多いでしょう。あるいは、もし本当に見えなくなるとしても、社会保証や保険が適応され、それなりの保証を受けるかもしれません。私たちは大変良い時代を生きていると思います。けれど、だから私たちの人生は、いつも夢も希望もあると言えるでしょうか。
 
先日、私の友人の牧師が、年末から年始の時期に、大変な腹痛を起こして、どうもノロウィルスに感染したようで、ずっと寝込んでいたというメールがありました。ただ、それだけでもなく、寝込みながら色々と将来について考えたというのです。自分も既に57歳となってどこまで生きられるか分からない、どこまで現役を過ごせるのかわからない、だから、これからは大切な残された時間を慎重に生きていきたいというのです。私は、なんだか、いつもの彼らしくないな、腹痛から少し気持ちが落ちているのかなと思いまして、私は今年で59歳だけど、後40年どうやって生きようか、楽しみです。と書きました。
すると、少しも楽しみではなく、国の経済破綻から、私たちの年代の年金とか介護保険といった保障は絶望的であるかのような文章が届きました。わたしは、「よし来た!」と返しましたら、少し元気が出たようでした。

 私たちは、いつの間にか自分の頼りを、目に見える保証や保険や年金、社会制度に置いていたりしていないでしょうか。勿論、それらのものは大変大切だと思います。
確かに、そこから安心、安全は与えられるのかしれません。でも、もっと躍動的な、もっと大きなものに向かう力、イザヤ書40章に「主に望みを置く人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。」そのような、何歳になろうと、年齢に関係なく持ち得る自らの夢と希望と将来を生きるためには、主にのみ望みを置くことです。主に対して、叫び続け、求め続け、そして祈り続けることではないでしょうか。主は真剣になって、耳を傾け、体を倒すようにして、私たちの心の奥の声を聞いて下さる。そして、あなたは「何をして欲しいのか」と尋ねて下さっていて、私たちの夢も希望も大いに祝福して下さろうとしている。私たちは、この方にのみ希望を置いて、2020年という新しい年、新たな信仰を持って歩んで参りたいと思います。

 二つ目、3節の「滅びの穴、泥沼からわたしを引き上げ わたしの足を岩の上に立たせ しっかりと歩ませてくださる」大切な言葉は「わたしの足を岩の上に立たせて下さる」です。「岩の上」という言葉ですぐに思い浮かぶのは、マタイによる福音書の主イエスの山上の説教でしょう。山上の説教と呼ばれるその締めくくりの7章の24節からの御言葉「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。」と主は話されました。

 昨年一年を振り返りまして、誰もが感じているのは、災害の多い年であったということではないでしょうか。10月には台風19号が首都圏、関東を直撃しまして、私たちの教会では直接的な被害はありませんでしたが、本来であれば鈴木崇巨先生をお招きしての礼拝説教、午後からの「学びと交わりの集い」を行えたでありましょう。残念ながら中止とさせて頂きました。
けれど、翌日には台風の被害が明らかになって来まして、私たちの予想を超えた、大きな被害となり、亡くなられた方も多くおられました。現在もなお、その被害の中で、苦しんでおられる方々、少なくないと思います。私たちは、そのためにも、心を込めて祈り、私たちに託される働きがあるならば、喜んで引き受けていきたいと思います。
自然災害だけでもありません。私たちの人生、時には健康を損なうこともあります。家族、親や子ども、仕事、これは試練だなと思うことを幾度となく、経験する方もおられるでしょう。

 私も、どうも昨年最後の礼拝で急に声の調子がおかしくなりまして、以来、一週間たってもどうもあまり回復しません。あまり動かないで正月を過ごしました。年末に買い求めた、キリスト教カウンセリングセンター理事長を務められていた賀来周一の先生の著書をずっと読んでおりました。その中に、少し難しい言葉ですが、外発性の信仰と内発性の信仰という言葉がありました。
 
 外発性の信仰とは、信仰対象を自己目的のために信じることであり、この場合、自分にとって不都合でしかない経験に対しては意味を失い、いざという時には役に立たないとありました。
 内発性の信仰とは、信仰対象を主体として、その対象に生起した事態の全てをゆだねることを意味するとありました。難しい説明ですが、信仰のあり方を、自分を主体とするか神を主体とするか、ということだと思います。自分を岩とするか、神を岩とするかの違いです。

 自分自身を岩とすると、いざという時には役に立たないのです。詩編40編3節をもう一度読みますと、「滅びの穴、泥沼からわたしを引き上げ わたしの足を岩の上に立たせ しっかりと歩ませてくださる」とあります。滅びの穴とは「地獄の井戸」と訳されている聖書がありました。地獄、泥沼、どこまでも落ちていく様子が連想されます。まさに人生の試練、困難を思わされます。既に自分ではどうにもできない状態です。
だから主なる神が主体となって、「わたしを引き上げてくださり、わたしの足を岩の上に立たせて下さり、わたしの足を歩ませてくださる」のです。
 
 昨年12月、クリスマスを祝う礼拝において、私は何度も「主が共におられる」という御言葉を申し上げました。マリアにも、ヨセフにも、羊飼いにも、東からやって来た博士達にも、御子イエスの誕生に関して登場する一人一人の、その全ての人々に主が共におられました。そのようにして、いつでもどんな時でも、主が主体となられて、ともにおられるのです。
 
 だから大丈夫、どんな試練を通しても、主は私たちを主の岩に立たせて下さり、尚歩ませて下さいます。そういう方が共におられて、岩のような確かな土台として、私たちの人生に主イエス・キリストが深く関わりを持って下さっている。

 だから三つめ「わたしの口に新しい歌を わたしたちの神への賛美を授けてくださった。」鍵となる御言葉は「新しい歌」です。先ほどの賀来周一先生は、霊的なという言葉を意味するスピリチュアリティーを説明する中でこう記しています。「スピリチュアリティーとは、健全で成熟した宗教に共通する本質的な要素であることは確かなことです。「健全で」ということは、まず過去の歴史に責任を持つ宗教であることを意味します。」とありました。更に続けて「いかなる宗教も、この世の歴史の中では過ちを犯して来ました。キリスト教もその例外ではありません」と記します。確かにキリスト教の歴史を学べば学ぶほどに思わされるのは、宗教の歴史でありながら、なぜこんなに生々しいというか、争いだらけの歴史なのだろうかと思わされるところがあります。
 
 でも、それが人間の業だと開き直るのでもなく、人は欠けが多いから、罪深いからと言い訳するのでもなく、大切なのはその過去に責任を持つことだと言うのです。
 責任とは、その一つ一つの出来事が、古い事として忘れてしまうのでもなく、無かったことにして新しい歌を歌うというのでもなく、過去のあの事、この事をしっかりと踏まえて、悔い改め、より謙遜に生き、その上で過去のあの事があったから、今がある、あの出来事を通して自分の成長がある。どの出来事も無駄ではなく、この試練を通して主なる神はまた、わたしに新しい歌、新しい信仰へと導こうとされていると受け止め、そして受け止めるだけでなく、そのようにして新しい歌、新しい信仰を生きていけと私たちに教えておられるのだと思います。
 
 主なる神が主体とならなければ、教会の成長はありえません。私自身、大塚平安教会に招かれて今、10年目を過ごしています。この10年の間で、私自身、様々な喜ばしい事、幸いな事が多く与えられました。しかし、また、時には様々な試練も与えられました。それらの出来事の全てを忘れてはならないと思います。けれど、それでも頭を上げて、主が私を「地獄の井戸」から「泥沼から」しっかりと引き上げて下さり、わたしの口に新しい歌を授けてくださることを思います。そして、わたしだけではなく、私たちの神への賛美を授けてくださったことを思います。

 私たちはそれぞれに多様な生き方をいきております。それでも一つの信仰共同体として、新しい年を、新しい信仰をもって歩んで参りましょう。

お祈りします。
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