フランスはパリのルーブル美術館の至宝の一つがミロス島出土のギリシャ彫刻の傑作、ビーナス像であることは承知しているところである。ここ一週間ばかり、どうあがいてもパリに行くことなど叶わないのであるから、日本のどこかに複製がないものかとインターネットを駆使して探したところ、岡崎市美術館で所蔵していることを知り、現在展示されていて、写真撮影も可能だと電話確認できたので、昨日(令和7年3月19日)に出かけました。
この像は、ルーブル博物館自体が複製したものということで、際限なく実物に近似しているという触れ込みであり、実際そうなんだろうと納得いたしまして候。兎角日本人というは、金華極上を好む民族であるからして、八頭身美でござれ、左右対称の顔立ちでござれと機微つましいのであるが、発見爾後人体美の基準になったのは事実なんだろう。
この彫像にもモデルは存在したはずであるが、その顔は意外に若いと感じる20歳未満といったところか、なまめかしさが伝わってくる。
どこの美術館や博物館においても言えることでありますが、この種の彫像を展示するに当たり観覧する人の視線が、作品の臍の位置くらいに来るように工夫してもらいたいものである。そうしないと作品全体のバランスが把握できない。猫や犬に尋ねたことはないが、人の視覚は遠くの物を拡大して視てしまう習性があるので、完全にパースペクティブに撮れてしまう写真との間に常に違和感が生じてしまうというのが万人の持つ印象だろう。焦点距離70mm程度のズームレンズ付きのカメラを持っているなら、両目を開けて片方の目でファインダーを覗き同じ物体に視線を合わせて、像が同じように見える位置を確認してみると、焦点距離、大体70mm程度だろう。私事で言えば、72~73mmといったところか。人にとって焦点距離70mm位が標準の視覚ということである。
そういうことだから、立像を下から撮影すると、下の方ばかりが大きく写ってしまって、こんなはずではなかったのにという作品に仕上がってしまう。これを防ぐには、被写体からある程度離れて、ズーム機能を利用すれば、自己の印象との齟齬を予防できると思います。
以前、奈良の秋篠寺の伎芸天を観たとき、「この顔はインターナショナルに通用するのでは」と感じた印象が残っていたのがきっかけで、まさか日本の奈良時代の作品に古代ギリシャ彫刻の影響もなかろうと思いつつ、岡崎に足を運びました。
伎芸天 太古の印度のいわゆる「お話」であるが、シバ神が大勢の天女たちに囲まれて、天界の音楽や踊りを楽しんでいた時、忽然として、シバ神の髪の生え際から一天女が生れ出た。その容姿の端麗なことはもとより、技芸に秀でていることは、並み居る天女たちの遠くおよぶところではなかった。居合わせた天人天女一斉にその優れた才能を称えて、これを伎芸天と呼んだ。
伎芸天は、集まった多くの天人天女たちの中に立って、「もし、世に祈りを込めて田畑の豊作や、人生の幸せや、家庭の裕福などを願う者あれば、私がその願いをことごとく満足させよう。また、学問や芸術に願いを寄せるものには、その祈願を速やかに成就させよう」と語った。・・・だとさ。
秋篠寺 奈良時代(西暦780年頃)、光仁天皇の勅願により建立された由緒ある寺である。往時は大伽藍を有していたことだろう。本尊は薬師如来だという。ところが、平安末期1135年兵火に見舞われ、金堂等が焼失した際、伎芸天も首部を残し、胴体が大きく損傷し、鎌倉時代に於いて再び胴体が造られ現在の姿になっているという。頭部は乾漆造り、胴部は寄木造りで、奈良、鎌倉時代に亘る合作ということだ。奈良時代の彫刻の作風である質実剛健さが際立っているとも言えなくはないかな。歴史の数奇さを味わわせて頂けるのも有難いことだ。
この伎芸天の顔が、その謂れからして印度の香りがするのかな、国際的に美形として、通用するのではないかと感じ、それで、岡崎市美術館へ出向く動機となりました。
で、どうなんだろう国宝や重要文化財を3Dデータとして保存するという国家的なプロジェクトはあるんだろうか。もし、そんなプロジェクトががあって、それらが3Dプリンターのようなもので復元できるなら、是非この伎芸天を2倍スケールで復元してもらいたいものだが、如何なものか、身丈が2倍、その質量は2の3乗、8倍にもなる。それをだね、ミロス島のビーナスに並べ置いてみたら、フランス人も感動することだろう。


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