曹洞宗の檀家ということもあって、老い先も短くなってきたことだし一度、曹洞宗総本山永平寺詣でをしようと思い立ちました。檀家などと言っても、永平寺の末寺の可睡斎そのまた末寺の龍江院に墓所があるということだ。さすかに静岡県島田市から福井県となると遠い。東名高速、名神高速、北陸自動車道と乗り継いで、片道340㎞程もある。近くには東尋坊の節理岸壁や織田信長に滅ぼされた朝倉義景の墓所や屋敷跡などがある。
思い立った時、出かけないと行かず終いになってしまうので、令和6年10月20日早朝出発した。5時に家を出て、休み休み運転し、それでも11時ごろには到着しました。私のてらの住職もここで3年ほど雲水として修業したと聞いている。一人前の僧になるにはたいへんな修行を要するということか。
この伽藍は山の斜面を利用して配置されて、豪雪地域ということもあろうか、各々の建物は階段状の屋根付き回廊で結ばれている。とても大がかりな伽藍である。入館時、小さなスリッパを履いてしまったため、長い回廊を一周するのに疲れてしまいました。
最初の写真は、門前町で買った呼び鈴と勾玉です。呼び鈴は良く通る音が出てとても重宝している。勾玉はジャンバーのファスナーに括り付けました。門前町で昼食をとり、車で20分ほどの距離だというので、一乗谷、朝倉屋敷跡を訪ねました。
朝倉氏と言えば、織田信長に滅ぼされたのであるが、室町時代の朝倉邸と周囲の武家屋敷跡が良く保存されていて、一部が復元されている。町おこしということでもあるだろうが、歴史の一コマを寸劇にして上演していた。
次に、やって来たのは丸岡城天守、重要文化財となっている。建設当時のまま保存されていれば、国宝ということだが、昭和23年の大地震で倒壊してしまい残った部材を使って再建された故に重要文化財となったらしい。倒壊以前は国宝で、石の瓦で葺かれていたという。日本一小さな城として、有名。
これより、帰路に就く何とか無事身に帰宅したのが、21時。はなはだ疲れました。


※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます