JR東北本線大宮駅を起点に高崎へ向かうJR高崎線。
大宮駅で高崎線に乗り換え、8番目の駅が吹上駅である。
駅を北口に降り石田堤へ向かう。
石田堤は、埼玉古墳群の南方に今も残るという。
上越新幹線にぶつかるかのように石田堤は残っていた。
画面左の土手が石田堤である。
新幹線の真下まで行って後ろを振り返ると、こんな景色。
石田堤が新幹線によって切断された様子。
石田堤に上り、歩いて来た方向を見る。
左は吹上町営プール、右の建物は介護センター。
上越新幹線のガード下に、石田堤史跡公園が作られていた。
四方を柱に囲まれたワープブースでは、水攻めをする石田三成の声が天井から聞こえてくる。
丸墓山古墳の本陣で、水攻めの指揮を執る石田三成の図。
忍川の近くで石田堤の一部が決壊、石田軍に犠牲が出たと伝えられている。
その忍川は、石田堤公園の東側を流れる。
橋を渡って行けば、丸墓山古墳から利根川方面。
反対側は荒川方面。
忍川を渡り堤根地区に入る。
左側が石田堤であり、道路より結構高い。
向かっているのは、石田三成が本陣にしたという丸墓山古墳の方向である。
途中に案内板があった。
石田堤は、今はここに250m程が残るのみという。
(写真と文 by pokkunさん)
大宮駅で高崎線に乗り換え、8番目の駅が吹上駅である。
駅を北口に降り石田堤へ向かう。
石田堤は、埼玉古墳群の南方に今も残るという。
上越新幹線にぶつかるかのように石田堤は残っていた。
画面左の土手が石田堤である。
新幹線の真下まで行って後ろを振り返ると、こんな景色。
石田堤が新幹線によって切断された様子。
石田堤に上り、歩いて来た方向を見る。
左は吹上町営プール、右の建物は介護センター。
上越新幹線のガード下に、石田堤史跡公園が作られていた。
四方を柱に囲まれたワープブースでは、水攻めをする石田三成の声が天井から聞こえてくる。
丸墓山古墳の本陣で、水攻めの指揮を執る石田三成の図。
忍川の近くで石田堤の一部が決壊、石田軍に犠牲が出たと伝えられている。
その忍川は、石田堤公園の東側を流れる。
橋を渡って行けば、丸墓山古墳から利根川方面。
反対側は荒川方面。
忍川を渡り堤根地区に入る。
左側が石田堤であり、道路より結構高い。
向かっているのは、石田三成が本陣にしたという丸墓山古墳の方向である。
途中に案内板があった。
石田堤は、今はここに250m程が残るのみという。
(写真と文 by pokkunさん)