インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

神の御守りの中の誕生(2015.12.24 キャンドルサービス)

2015-12-25 02:13:11 | 特集
2015年12月24日キャンドルサービスメッセージ
『神の御守りの中の誕生』
【ルカ2:1~7】

はじめに
 きょうはクリスマスイブで、明日はいよいよクリスマスの日です。クリスマスはイエス・キリストがお生まれになったことをお祝いする日です。イエス・キリストの誕生日は世界中でお祝いされます。日本は違いますが、クリスマスが国民の休日である国も数多くあります。
 キリストの誕生は私たちが使用しているカレンダーの西暦の基準にもなっています。紀元前と紀元後の境目はキリストの誕生です。イエス・キリストの誕生は、それぐらい世界にとって大きな出来事でした。

家畜小屋で生まれたイエス
 きょうの聖書箇所のルカの福音書2章にはイエス・キリストが誕生した時のことが書かれています。イエスさまが家畜小屋で生まれたというのは有名な話ですね。いったい、どうしてイエスの母のマリヤは、あまり衛生的ではない家畜小屋で出産することになってしまったのでしょうか。それは、今読んだ聖書の箇所に書いてあるように、ちょうどこの時期に、ローマ帝国の皇帝のアウグストが住民登録をせよという命令を出したからです。当時はローマ帝国が世界を支配していましたから、イエスさまが生まれたユダヤもまたローマ帝国に支配されていました。世界を支配していたと言っても、中国のほうまで支配していたわけではありませんから世界というのは、だいぶ誇張があると思います。しかしローマ帝国は広大な地域を支配していましたから、世界を支配していると言っても決して大げさではなかったのでしょうね。
 住民登録は、徴兵のためと税金を集めるために必要であったようです。それで人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行きました。ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムという町へ上って行きました。ベツレヘムはダビデ王の出身地です。そしてイエスさまの父親のヨセフはダビデの家系の血筋でしたから、ベツレヘムに向かいました。そして妻のマリヤも一緒にベツレヘムに行きました。
 その時、マリヤのお腹の中には赤ちゃんのイエスさまがいました。そして、ちょうどベツレヘムにいる時に生まれたのでした。この時、二人は宿屋に泊まることができなかったので、家畜小屋で出産しました。なぜ宿屋に泊まることができなかったのか、それは住民登録でたくさんの人がベツレヘムに来ていて、宿屋が満杯だったからだと思いますが、もしヨセフが貧乏な大工ではなくてお金持ちだったら、宿屋に泊めてもらえたのではないか、という人もいます。そうかもしれませんね。
 両親のヨセフとマリヤは、家畜小屋にしか泊まる場所を見つけることができなかったことで、みじめな思いをしたことでしょう。イエス・キリストはそのようなみじめな場所で生まれたのでした。そして死ぬ時も、裸で十字架に釘付けにされて晒し者にされるというみじめな死に方をしました。でも、これが私たちにとっては大きな慰めになっています。みじめな場所で生まれ、みじめな死に方をしたイエスさまだからこそ、つらいことが多い私たちの人生のことをイエスさまは良くわかって下さっており、寄り添って下さいます。もしイエスさまが弱い者の苦しみを知らない、ただひたすら強いだけのお方であったなら、私たちは世界中で誕生日のお祝いをするようなことはなかったでしょう。

神に守られていた出産
 さて、そんなみじめな境遇で生まれて死んだイエスさまでしたが、神様は決して見放していたわけではありません。イエスさまが十字架で死んだ時も、神様はイエスさまをよみがえらせました。そして生まれた時も神様はマリヤとイエスさまを守っていました。家畜小屋という恵まれない場所で出産したのですから、神様の御守りがなければどうなっていたかわからないでしょう。
 先週までテレビで放映していた『コウノドリ』というドラマを見ていた方はおられるでしょうか。このドラマは産婦人科の病棟が舞台で、主人公は産科のお医者さんで綾野剛さんが演じていました。原作はマンガということですが、このテレビドラマの脚本を私の大学のクラブの先輩が書いていたので、私はなるべく見るようにしていました。前にも話したことがあるかもしれませんが、この先輩はNHKの朝ドラや大河ドラマの脚本も書いた活躍中の脚本家ですから、私も先輩が脚本を担当したドラマを見ると大いに刺激を受けて元気をもらえますから、なるべく見るようにしています。さて、この産婦人科の病棟が舞台の『コウノドリ』というドラマでは、母子ともに危険な状態での緊迫した出産など大変な場面がいろいろとありました。安産のシーンもありましたが、ドラマの中心は大変なほうの出産でした。そして実際の出産でも、大変な出産は決して少なくないのでしょう。そうして私は思いました。現代のように衛生状態も良く設備が充実している出産でも大変な出産が少なくないのだから、二千年前の出産はさぞ大変であったことだろう。まして家畜小屋の中で出産しなければならないとは、どんなにか大変だったろうか、と思いました。
 しかし聖書は、お産がいかに大変だったかということには、まったく触れていません。マリヤの場合は若い女性でしたが、聖書には高齢で出産した女性もいろいろ登場します。アブラハムの妻のサラやザカリヤの妻のエリサベツは既に年老いていましたから超高齢出産です。また胎が閉じていたラケルやハンナも当時としては高齢出産であったことでしょう。エリシャを歓待したシュネムの女も高齢出産ではなかったかなと思います。聖書はこれらの高齢出産の女性たちのお産が難産だったとは一言も書いていません。それは、祝福された女性たちの出産に神様の御守りがあったのは当然のこと、ということなのでしょうね。

当たり前のように私たちを守っている神
 神様は私たちに対しても、当たり前のように私たちを守って下さっています。この世には私たちから見ると理不尽であることもあり、神様はどうして見過ごしていたのだろうかと思う時もあります。しかし問題はむしろ、私たちのほうで神様がして下さったたくさんの良いことを見過ごしてしまっていることにあるように私は思います。
 今回私はたまたま私の先輩が脚本を書いたということで『コウノドリ』というドラマを見ており、そこで高齢出産の問題もクローズアップされていました。だからサラやエリサベツの超高齢出産のことにも思いを巡らしたわけですが、聖書にはサラやエリサベツが高齢出産で大変だったなどとは一言も書いてありません。書いていなくてもそこに神様の御守りがあったことを私たちは見過ごさないようにしたいと思います。聖書にはこの他にも、私たちが気付いていないたくさんの良いことが隠れているのだと思います。
 きょう私たちは、イエスさまが出産には適さない家畜小屋で無事に誕生したことを通して、神様は私たちの気付かないところでも、いつも見守って下さっていることに改めて思いを巡らすことができましたから、感謝したいと思います。
 聖書には、赤ちゃんとして生まれたイエスさまが30歳になった頃に人々に教え始め、また多くの病人を癒し、弱い人々を助けたことが書かれています。しかし直接には書かれていないところでも、イエスさまは多くの恵みを人々にもたらしました。その素晴らしい恵みは現代の私たちにももたらされていますから、本当に感謝に思います。

おわりに
 イエス・キリストがこの世に生まれて下さったことを私たちは心一杯感謝し、最後にご一緒に「きよしこの夜」を歌いたいと思います。
 その前に、一言お祈りいたしましょう。
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