インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

放蕩息子の帰郷(2013.11.10 招待礼拝)

2013-11-10 14:25:23 | 礼拝メッセージ
2013年11月10日招待礼拝メッセージ
『放蕩息子の帰郷』
【ルカ15:11~24】

はじめに
 きょうはルカの福音書15章の有名な「放蕩息子の帰郷」の箇所を見ますが、その前の聖書交読では、今日の献児式に合わせて、ルカの福音書の2章を開きました。
 ここには、イエス・キリストが誕生した後に、両親のヨセフとマリヤが幼子のイエスを抱いてエルサレムの神殿に行き、捧げ物をしたことが記されています。
 日本にもお宮参りという習慣があり、子供が生まれると両親は子供を抱いて神社にお参りに行きます。生まれたばかりの子供の健やかな成長を願う親の気持ちは、世界中のどこであっても、或いはどの時代にあっても変わらない普遍的なものであろうと思います。世界中の親は、どの時代にあっても、子供が生まれれば、神仏にそのことを感謝し、子供が健やかに育つように、祈りと捧げ物をします。

1.そこに大事な人生を託せるのか
 ただ日本の場合は変わった特徴があって、生まれた時は神社にお参りに行くけれども、結婚する時は多くの人々がキリスト教式を選択し、死んだらお寺で葬式を挙げてもらうということです。私たちが集っている、このキリスト教の教会では、生まれた時には先ほど行なったような献児式を行い、そして結婚式も葬儀もすべて教会で行います。
 一方、日本の方式は、生まれた時と結婚する時と死んだ時は神社と教会とお寺との間で分業制になっているようです。分業制の場合には、それぞれを分業している担当者の間の連絡体制がしっかりしていないと、いま問題になっているホテルやデパートのレストランのメニューの誤表示のようなことになってしまいますが、大丈夫なのでしょうか。同じレストランでも料理長がオーナーであるような独立したレストランであれば、食材の仕入れから調理、そしてメニューの作成やその他もろもろの事までの全てに料理長が精通していて責任を持つことと思います。しかし、ホテルやデパートのレストランで働いている人たちは基本的にはサラリーマンであって、食材の仕入れや調理、メニューの作成などは分業体制で行われる場合がほとんどのようですね。その場合、食材の仕入れの担当者と調理の担当者とメニュー作成の担当者の間の連絡体制が悪いと、いま問題になっているようなことが起きてしまうわけです。
 では、果たして日本の神社と教会とお寺の連絡体制は良いのでしょうか。そんなことは、ここで改めて問い掛けるまでもなく、そもそも連絡体制などというものはありませんね。そのように連絡体制ができていない所に、私たちの大切な人生を託しても良いものでしょうか。
 私が教会に通うようになったのは、40歳を過ぎてからですから、今のような問い掛けに、30代の頃の私だったら、どう答えるだろうか、ということを考えます。私が30代の頃に、今の問い掛け、即ち、神社と教会とお寺の連絡体制ができていないのに、そういう所に大切な人生を託しても良いのですか、と問い掛けられたら、30代の私だったらどう答えただろうかと考えるわけです。
 一つの答は、自分はそもそも神や仏を本気で信じているわけではない、だから連絡体制ができていなくても別に関係ない、というものでしょう。神社や教会やお寺に期待するのは儀式を行ってもらうことであって、自分の人生を託しているわけではない、というのが一つの答として考えられるでしょう。
 では、そのように答える30代の私に、今の牧師としての私は何と言うでしょうか。私は、30代の自分に、こんな風に聞いてみたいと思います。

「じゃあ、なぜ、そういう所に行くの?大晦日には除夜の鐘の音をお寺のそばまで行って聞き、正月になれば初詣でにも行くでしょう。本気で信じていないのなら、どうして、除夜の鐘を聞きに行ったり初詣でにも行ったりするの?」

と聞きたいと思います。すると、30代の私は答えるでしょう。

「それは、たまには、お寺や神社に行かないと何となく不安で落ち着かないからだよ。たまには、お参りしておかないと何か悪いことに巻き込まれる気がするんだ」

というようなことを言うでしょう。或いは、また心の中では、次のようなことを考えていたかもしれません。

「自分は神や仏に全く頼らなくても良いほど自分に自信を持っているわけではない。しかし、神や仏に自分の人生を託すなんて考えられない。神や仏に祈って人生が上手く行くなら、誰も苦労はしない。だから神社や寺は気休めのために行くもので、神や仏は本気で信じるべき存在ではない。自分の人生は自分で何とかしなければならない。だから、勝負すべき時が来たら、自分の力で勝負するんだ」

 30代の頃の私は、だいたいそんな風に考えていたのではないかと思います。

2.祝宴に加わらない兄息子
 きょうの聖書箇所のルカの福音書15章の放蕩息子も、どこか遠い国で自分の力だけで勝負をしてみたいという気持ちがあったのではないかなと思います。始めから遊ぶためだけのために、外国に行きたいと思ったのではないと思います。15章13節に、「弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立った」と書いてありますから、もう戻って来るつもりは無かったのでしょうね。
 父親の所にいても、この放蕩息子にはお兄さんがいましたから、兄と一緒にいなければなりません。このお兄さんというのは、真面目であまり面白みのない人です。それに、陰気臭いようなところがあります。それで、一緒に住んでいても、全然面白くないと思ったのかもしれません。
 一つ、気を付けておいたほう良いと思うことは、教会に通っている私たちも、いつの間にか、この放蕩息子のお兄さんのように、真面目であまり面白みのない人間になってしまう危険性もある、ということです。ですから、きょうは、お兄さんのほうも見ておくことにしたいと思います。15章の25節から32節までを交代で読みましょう。

15:25 ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。
15:26 それで、しもべのひとりを呼んで、これはいったい何事かと尋ねると、
15:27 しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、お父さんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』
15:28 すると、兄はおこって、家に入ろうともしなかった。それで、父が出て来て、いろいろなだめてみた。
15:29 しかし兄は父にこう言った。『ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。
15:30 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』
15:31 父は彼に言った。『子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。
15:32 だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」

29節と30節に、この兄息子の言葉が書いてあります。

『長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。
 それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。』

 この兄息子は、非常に真面目な性格であることがわかります。弟息子が父親の家を出て行ったのは、この真面目で堅苦しいお兄さんと一緒にいるのが嫌になってしまった、という面もあるかもしれません。そして私たち教会の者が覚えておいたほうが良いことは、もしかしたら、私たちも教会に通っているうちに、このお兄さんのような真面目で堅苦しい人間になってしまう危険性があるということです。
 少し戻って、25節を見てください。

15:25 ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえて来た。

 家の中から音楽や踊りの祝宴の音が聞こえて来ました。神様は私たちを、このような祝宴の場に招いて下さっています。神様と私たちとの交わりは喜びに満ちています。ですから、それは祝宴に例えられます。この祝宴の場で私たちは神様を心一杯賛美します。しかし、兄息子は、この家の中に入ろうとはしませんでした。28節ですね。

15:28 すると、兄はおこって、家に入ろうともしなかった。それで、父が出て来て、いろいろなだめてみた。

 兄息子は祝宴の場に参加することを拒否しました。兄息子は、それほどまで真面目で堅苦しい人物でした。私たち教会に通う者たちも、注意していないと、この兄息子のような者になってしまう危険性があることは、頭の片隅に置いておいたほうが良いと思います。

3.我に返った弟息子
 さて、弟息子に戻りましょう。弟息子は、こんな堅苦しいお兄さんと一緒にいることが嫌になったという理由もあったかもしれません。もう家には戻らないつもりで、何もかもまとめて遠い国に旅立ちました。13節ですね。そして、そこで放蕩して湯水のように財産を使ってしまいました。
 私は、弟息子は、父親の家にいる時は、そこそこ真面目に暮らしていたのではないかと思います。それが、外国に行って、父親の監視の目も無くなり、堅苦しいお兄さんからも離れることができて気が緩み過ぎて、歯止めが効かなくなったのではないかと思います。そうして、この弟息子は坂道を転げ落ちて行きました。そして、大ききんがあり、ひもじい思いをして、みじめな気持ちになりました。そして、17節に、

「我に返った」

とあります。この「我に返る」という言葉は、なかなか味わい深い言葉だと思います。
 「我に返る」というのは、「自分に返る」ということですから、本来の自分に戻る、ということですね。この放蕩息子も、生まれたばかりの頃は、父親と母親に神殿に連れて行ってもらって、周囲の人々からの祝福を受けたことでしょう。放蕩息子の命もまた、他の多くの人々と同様に、神に授かったものでした。放蕩息子の命はまず母親の胎内で育まれ、やがて、この世に生まれ出て、神殿で神と人々からの祝福を受けました。そうして、放蕩息子は両親の愛、そして神の愛のもとにすくすくと育って行きましたが、成長するに連れて、いろいろな余計なものを身に付けて、ついには父親の家を出て行ってしまいました。
 これは、人が成長して行く過程においては、避けられないことです。人は、いつの日かは、親から自立して生きて行かなければなりません。自立するためには様々なことを成長の過程で学ぶ必要があります。そうして自立する過程で、神と自分との関係についても考えます。神は果たして信じるに値する存在なのか。そもそも神は存在するのか。生命は偶然によってできたのではないか。いやしかし、すべてが偶然であるなら、自分が生きていることに何の価値があるのだろうか。自分の命は神から授かったものなのではないか。などと様々に思い悩みます。そうして、自分なりに神との距離の取り方を模索し、自分で決めて行きます。その距離は、人それぞれでしょう。近い人もいれば、遠い人もいるでしょう。
 しかし、自分で決めた神との距離というのは、だいたいにおいて間違っているのですね。なぜなら、自分の命は自分で獲得したものではなくて神が授けて下さったものだからです。そして、その命はまず母親の胎内で育まれました。その時に、私たちは母の胎内で何か考えていたでしょうか。母親の胎内を出て行ったなら、ああしよう、こうしようと思ったでしょうか。そんなことはありませんね。私たちが身に付けた知恵は、すべて母親の胎内から出た後で、獲得したものです。その知恵を使って神様との距離を自分で決めたとしても、間違えるのは当然です。神様と私たちとの距離とは、私たちが母親の胎内で神様によって育まれていた時のように、とても近いものです。「我に返る」というのは、その母親の胎内にいたときの、本来の神との距離に戻るということでしょう。それが自分の家に帰るということです。

4.父のもとに戻った放蕩息子
 我に返った放蕩息子は思いました。18節、

15:18 立って、父のところに行って、こう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。

 天に対して罪を犯し、あなたの前に罪を犯したとは、自分に命を授けたのは天の神であることも知らず、また自分を育ててくれたのは神であり、また自分の親であることにも思い至らずに、自分一人の力で何でもできるようになったと思い込んでいたことです。自分が母親の胎内にいた時には、自分がどんな存在であったかも知らなかったのに、成長したら、自分一人だけの力で大きくなったように勘違いして、神に、そして親に逆らうことは大きな罪です。放蕩息子は我に返ることで、そのことに気付きました。19節、

15:19 もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」

 放蕩息子は、自分が犯した罪の大きさを自覚しましたから、父が赦してくれるとは、とうてい思えませんでした。父の子として家に入れてもらうことはできないだろうと思いました。しかしそれでも良いから、本来自分がいるべき場所に帰るべきだと思いました。それで、雇い人のひとりにしてもらうつもりで家を目指しました。20節、

15:20 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。

 父は、息子のことを、ずっと心配していたのですね。「まだ家までは遠かったのに、父親は彼をみつけ」と書いてあります。父は息子が帰って来るのを、ずっと待っていたのでした。父は最初から息子を赦すつもりで、息子が帰って来るのを、ずっと待ち続けていました。

5.死んだも同然の魂
 どうして、父親は、そこまで放蕩息子を愛していたのでしょうか。それは、命を授けたのが父だからです。父が子に命を授けたのですから、その子が父のもとを離れてしまうなら、父は悲しみます。24節で父は、「この息子は、死んでいたのが生き返り」と言いました。この、「死んでいたのが生き返った」という言い方は、32節でも言っています。父は24節と32節で二度も「死んでいたのが生き返った」と言いました。命を授けた父のもとを離れることは、死んだも同然であるということです。しかし、父のもとに帰るなら、また生き返ることができます。
 このことは、とても霊的なことです。霊的の霊とは、霊魂、霊と魂の霊のことです。私たちは、この「死んでいたのが生き返った」という霊的なことを、とても厳粛に受けとめる必要があります。ここで父が言っている「死んでいたのが生き返った」というのは、肉体の話ではなく、魂の話です。私たちの魂は、神のもとを離れるのなら、死んだも同然であるということです。
 私たちの体は単なる物質ではなくて、魂が吹き込まれています。その魂を吹き込んだ神を信じないなら、肉体は生きていても、魂は死んでいるのも同然であると、イエス・キリストはルカの福音書15章で言っているのです。そうして、死んでいた私たちの魂を生き返らせるために、イエス・キリストは十字架へと向かって行きました。



 週報の3ページ目に、三つの絵画の写真を載せました。三つとも、レンブラントの作品です。レンブラントは、これらの絵に自分の人生を重ねていたことでしょう。私もまた、自分の人生が重なることを感じます。皆さんはいかがでしょうか。一番左の絵は、幼子イエスを抱くシメオンの絵ですが、この幼子は私たちでもあるでしょう。私たちもまた幼い時には、このようにして人々からの祝福を受けました。真ん中の絵は妻のサスキアと共にいるレンブラント自身の自画像ですが、ここには放蕩息子が重ねられています。そして、右の絵は、「放蕩息子の帰郷」をイメージしたものです。私たちもまた、多かれ少なかれ、この左の絵から右の絵へと、人生を辿って行くのではないでしょうか。
 私たちがどんなに放蕩ざんまいの息子であったとしても、父は私たちを受け入れてくれます。何と幸いなことでしょうか。それは、イエス・キリストの十字架の故ですが、イエス・キリストご自身は、このルカ15章では十字架には言及していません。ですから、私たちも、先ずはこの恵みを存分にいただけば、良いのだと思います。私たちは父の大きな愛の中に、幼子のように包み込まれれば良いのだと思います。放蕩息子のお兄さんのように、この祝福の場の外に立つ者であってはなりません。

おわりに
 ヘンリ・ナウエンが書いた『放蕩息子の帰郷』(片岡伸光・訳、あめんどう)という本には、ナウエンが友人たちにこのレンブラントの『放蕩息子の帰郷』の大きな複製画を見せて、感想を聞いた時のことが書いてあります。最後に、ナウエンの本のその部分を引用して、きょうのメッセージを閉じます。

「友人たちにこの絵を見せ、どんなふうに見えるか尋ねたときのことを、いまでもはっきりと思い出す。その中の一人の若い女性が立ち上がり、放蕩息子の大きな複製画に近寄り、弟息子の上に手を置いた。そしてこう言った。『これは、母親の胎から出たばかりの赤ちゃんの頭です。見て、まだ濡れている。それに、顔もまた胎児のようだわ』。そこにいたわたしたちは瞬時に、彼女の指摘した通りに見えた。レンブラントが描いたのは、単に父のもとに帰ることだけでなく、父であり同時に母でもある神の胎に戻ることではないだろうか。」(p.75)

 私たちもまた、神との距離が最も近い場である神の胎内に戻り、神の大きな愛に包み込まれる者でありたいと思います。神の胎内から出た後で身に付けた知恵を振り回す者ではなく、ただ黙って神の愛に包まれ、その恵みを存分に味わうことができる者でありたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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2 コメント

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Unknown (banana)
2013-11-17 11:33:28
興味深く読ませていただきました。

放蕩息子のお話を聞くと、弟息子のようにならないように、と言い聞かせていた自分がいました。でも、自分の中にも随分と恥ずかしいところがあるなと気づかされました。自分が弟息子のようでもあり、兄息子のようでもあるように感じます。

レンブラントの絵画にも触れることができて良かったです。私は美術には疎いので、絵画の名前や作者は全然わかりませんが、聖書の切り口から見るのはとても面白いと思いました。

『神様の胎の中で』という表現を聞くと、大きなふわふわな、真っ白い羽で包まれているような印象を持ちます。まるで、赤ちゃんがふかふかの毛布やタオルに包まれて、スヤスヤ気持ち良さそうに眠っている姿を想像します。神様の胎の中も、きっとそんな感じなのかなと思います。みことばが与えられる時、そのような温かい気持ちになります。

こんな素敵な愛を一人でも多くの人が知ることができるようにと願います。

しばらく日曜礼拝に足を運べないので、このブログを楽しみに読ませていただきます。

究極的に目指すべき者 (牧師)
2013-11-18 11:47:22
bananaさま、コメントありがとうございます。
 ルカ15章の放蕩息子の例え話は本当に深いと思います。私たちは確かに弟息子でもあり兄息子でもあるのだと思います。しかし私たちが究極的に目指すべき者は「父」であるようです。
 ヘンリ・ナウエンの『放蕩息子の帰郷』には、ナウエンが友人のスーから次のように言われたことが書かれています。

「あなたが弟息子であろうが兄息子であろうが、父となるよう召されていることに気づくべきです」

 このことは、とりわけ伝道者に求められているのだろうとは思いますが、私はすべてのキリスト者が「父」を目指すべきなのだろうとも思います。それがキリストに似た者とされて行く、ということなのだろうと思うからです。頑張って目指すのでなく、そのようにされて行けば良いなと思います。

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