インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

暑い夏に思う事(N兄)

2014-08-01 00:07:42 | 教会員の証し
暑い夏に思う事(2014.8.1 N兄)

 今年も暑い8月。広島、長崎に原爆が投下され、戦争が終わってから69年だそうです。
 1945年8月、私は4才。当時の記憶は定かではありません。数十年前のある日、母と姉が戦争の事を話しているのを傍らで聞いていて、二つの情景が思い浮かび、もしかしたら私の戦争体験に関係があるのかと思い、話して見ました。
 一つ目は、暗闇の中に身を潜めて、大火事のような恐ろしい光景を見ていた。
 二つ目は、埃が立ち込める中、薄らと見える人影が声もなく皆同じ方向へ歩いて行く。
 母と十才年上の姉に依ると、それは終戦の半年前、3月の東京大空襲の時の記憶だろう、と言うことでした。二人の話によれば...
 当時我が家は、東京日本橋に住んでいた。深夜、空襲警報のサイレンで起こされ、予ねて打ち合わせの通り、姉は三才半の私を背負い避難所へ。父は町内の見回りに。母は貴重品を取り纏めてから避難所へ。夫々別行動。避難所は当時数少ないコンクリートの建物で、既に多数の人々が詰めかけていた。遅れて到着した母となんとか中へ入ったが、忘れ物を思い出したのか、母は我が家へ取って返した。その途中、目の前に爆弾が落下し、腰を抜かす程の衝撃を受け、這うようにして避難所へ引き返した。幸いにも落下した爆弾は不発弾だった様だ。避難所は満員になり、周りの民家は火に包まれた。建物の管理人は、避難して来た人々全員を外に出してしまった。姉は建物の風下に周り、弟の私に毛布を掛けて降りかかる火の粉を防ぎ、母の到着を待った。掛けられた毛布の隙間から見えた光景が私の記憶に残ったのか。火の粉に追われるように、大川の辺まで移動した。我々を探し当てた父は、実戦の経験から、ここが風下であり危険だと気づき、家族を引き連れ、強風の中を風上へと移動した。夜が明けるころ、黒煙と異臭が漂う中、難を免れた人々は焦土と化した街を脱出しようと歩きだした。東京郊外で鉄道が折り返し運転を始めたとの話を聞いたので、我々も父の生家を頼るべく、その駅まで行ってみる事にした。
 埼玉の親戚にお世話になったが、大空襲の夜は庭で新聞が読める程南の空が明るかったそうだ。何とか東京に家を借りて移住し、姉は女学校の商業科を卒業し就職。規範として教えられて来た事柄が崩れ去り、新しい時代に人生の価値を問う娘。混乱の最中、威厳を維持しようとする父。価値観の大転換に悩む家族に不協和音が響き始める。勤めからの帰りが遅くなった娘を注意した父は、娘の反撃に悩む。この様な応酬が繰り返されたある日の事、いつもの小言をこの日の娘は正座して聞いたと言う。これには父の方が驚いた。キリスト教会の集まりに参加して帰りが遅くなったと娘は詫びた。親の忠告より娘の心に響いたキリストの言葉とは何。父も教会に興味を持つ様になり、間もなく洗礼を受けた。暗い毎日を酒で紛らわしていた父は、酒の力を借りなくても明るい人に変わった、と。

 その後、母も洗礼を受け、10歳の私も教会に連れて行って貰える様になりました。教会が楽しいと言うより、電車に乗れる事、たまには動物園に寄り道できる事が楽しみだったからです。当時最高の楽しみは、メンコでした。近所の友達と勝負をするのですが、最初のうちは負けてばかり。小遣いが足りなくなると、こっそり母の財布から拝借し、見つかって叱られた事がありました。徐々に強くなって、“千枚達成”を目標にするようになり、達成の日が近づいていました。
 母が洗礼を受けてから、母と二人で聖書を読む事が習慣になっていました。その日読んだ聖書の箇所は「キリストは、私たちのために、ご自分のいのちをお捨てになりました。それによって私たちに愛がわかったのです。」でした。「イエス様に愛されていながら、あなたは悪い子でいていいのか?」と問われたような気がして、母の祈りの後、「イエス様ごめんなさい」と祈りました。私の初めての祈りです。翌日、机の中の過半を埋めていたメンコを全て捨てました。不思議と、惜しいと言う気持ちは起こりませんでした。
 聖書を読んで教えられる、日曜毎の礼拝メッセージで恵まれる。私にとって、今でも変わらない大切な習慣です。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« 時間のクッション(2014.7.30... | トップ | みことばの源泉「神の愛」に... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
証をありがとうございます (きゅうり)
2014-08-01 14:07:03
貴重な戦争のお話、そして証をありがとうございます。
ガザ侵攻、ウクライナでの内乱、また様々な人間の争いを聞く毎日で心を痛めます。しかし戦争を体験された方にとっては、体験のない私が感じる以上に、これらの事を悲しく思っているのではないでしょうか。
関係のない人々を巻き込む戦争や、それに相当する行為は許されるべきものではないと思います。しかしそこにN兄弟と神様との出会いがあったことは、素晴らしい恵みです。ご家族も救われたこと、感動しました。神様、ありがとうございます、と私も喜びました。これからも、神様の祝福がご家族とともに豊かにありますように願っています。
コメント感謝 (牧師)
2014-08-04 09:33:04
きゅうりさま
 N兄の証へのコメントをありがとうございました。N兄にもコメントがあったことをお伝えしました。
 礼拝ではこれから何回かのシリーズの説教を通じてみことばの源泉に遡り、皆が「神の愛」にどっぷりと浸かりながらイエスさまの喜怒哀楽に共感できるようになりたいと願っています。今後とも当ブログをよろしくお願いします。
 ベランダ?のきゅうりも楽しみですね。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

教会員の証し」カテゴリの最新記事