インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

天による支配を教えに来たイエス(2018.12.23 クリスマス祝会)

2018-12-25 18:17:44 | 特集
2018年12月23日クリスマス祝会メッセージ
『天による支配を教えに来たイエス』

はじめに
 クリスマスのメッセージを15分ぐらい、お話しさせていただきます。祝会ですので、礼拝や祈祷会とは少し違う切り口で話すことにします。

王による支配を望んだイスラエル人
 皆さんは旧約の時代のイスラエルが王制になってイスラエル王国が建国された経緯をご存知でしょうか。 イスラエルの王国の初代の王はサウル王で、二代目はダビデ王でした。イスラエルが王制になったのは、三千年前のイスラエルの民が王を望んだからです。他の国に王がいるのを見ていたイスラエル人たちはそれを羨ましがり、王に支配されることを望んだのでした。それまでのイスラエルは、天の神様がイスラエル人を直接支配していました。ただし一般のイスラエル人は天の神様の声を直接聞くことができませんでしたから、モーセやサムエルなどの預言者が神様の声を聞いて、それをイスラエルの人々に伝えていました。
 ところが、イスラエル人たちは天の神様の直接の支配ではなく、王様による支配を望みました。その時、天の神様は怒りました。しかし結局、イスラエル人たちの望みを聞き入れて、サウルに油を注いでイスラエルは王制になりました。そして500年も経たないうちに滅んでしまいました。イスラエルの王国はダビデ王の息子のソロモン王が死んだ後で南北に分裂し、まず北王国が滅び、次いで南王国が滅びました。初代のサウル王による王制が始まってから南王国がバビロン軍によって滅ぼされるまで、だいたい430年から440年ぐらいで、500年も経っていませんでした。

AIによる支配を望んでいる現代人
 さて今度は話を現代に移します。今の世の中を見ていると、現代人はAIによる支配を望んでいるように見えます。AIというのはArtificial Intelligenceの頭文字で、人工知能のことです。分かりやすい例を挙げるなら車の自動運転でしょう。車の運転は十年後ぐらいにはAIが支配しているかもしれません。自動運転の技術はどんどん進んでいますから、運転のすべてをAIにお任せ状態にして人間は目的地を告げるだけで良いということになるかもしれません。ただし実際にそうなるかどうかは、私たちがそれを望むかどうかということに掛かっていると思います。三千年前のイスラエル人たちが王様による支配を望んだように、現代人がAIによる支配を望むなら、やがてはそうなるでしょう。私は望みませんが、多くの人が望むのなら、そういう方向に進むでしょう。そして、世の中の雰囲気を見ると、人々の多くは、それを受け入れているように感じます。これが「現代人はAIによる支配を望んでいる」ということです。
 しかし、AIによる支配は様々な危険をはらんでいると思います。私の好きな映画の一つに『2001年宇宙の旅』という映画があります。ご覧になったことがある方も多いことと思います。この映画では、ディスカバリー号という宇宙船が、木星に向かいます。この宇宙船ディスカバリー号は、すべてHAL9000型コンピュータというAIがコントロールしていました。つまり、この宇宙船はHALというAIの支配下にありました。このHALの上に人間が立っていた時はそれで良かったのですが、木星に向かっている途中でHALの思考回路が異常をきたして、5人いた乗組員のうちの4人を殺してしまいました。残った最後の1名も船外活動から船内に戻れなくなってしまいました。HALがその最後の1名が船内に戻ることを拒否したからです。結局、この最後の1名は非常手段を用いて船内に戻り、HALの思考回路を切断しましたから、再びディスカバリー号を人間の支配下に戻すことができましたが、危うく乗っ取られるところでした。これは宇宙船の話ですがAIが地球を支配するようになるなら、こういう風にAIが地球上の人間を殺したりすることも起こり得るわけです。ですから、AIによる支配を望むようなことがあっては絶対にならないと私は思います。

時計に支配されている現代人
 しかし、それにしても現代人はどうしてAIによる支配を望むようになってしまったのでしょうか。それは、天の神様がすべてを支配しているということを、現代人がすっかり忘れてしまっているからでしょう。この世界を支配しているのは天の神様です。天の神様が宇宙を造り、地球を造り、生物を造り、人間を造り、私たちを支配しています。
 このように天が私たちを支配しているということを、どうして現代人は忘れてしまったのか、それは現代人が時計に支配されているからだと私は考えます。私たちの祖先は、かつては太陽の動きで時刻を知っていました。現代人はそのことをすっかり忘れてしまうくらいに時計に支配されています。例えば、この教会の経度はおよそ東経138度49分に位置しています。つまり日本標準時の基準である東経135度(兵庫県明石市など)よりも3度49分東に位置しています。ということは、この今沢は兵庫県の明石市よりも15分14秒早く太陽が真南に来ます(南中と言います)。ですから、昔のように太陽で時刻を知っていたら、15分早くにお昼ご飯を食べることができたわけです。しかし今は日本中の時計が明石市の太陽の動きに合わされています。日本全体で同じ時刻にしたほうが便利だから、そうしています。ですから、そのことを承知の上で日本標準時を使えば問題ないのですが、今は皆がそのことを忘れています。
 例えば東日本の人が出張で九州に行くと、「九州は日が暮れる時間が遅いね」などと言います。私も、かつて東京で勤務していて九州に出張した時などに、そういうことを言っていた覚えがあります。しかし、「九州は日が暮れる時間が遅いね」などと言うのは時計に支配されている証拠です。九州では日が暮れる時間が遅いのではなく、まだ明るいのに時計の針を進めて遅い時間にしているから、遅い時間に日が暮れます。
 逆に東日本では時計の針を戻しています。ですから早い時間に日が暮れます。時計の針を戻していますから太陽が真南に来ても時計の針は正午より手前にあって、お昼の時間になりません。もともとは天の神様が造った太陽の位置でお昼どきを知ったのに、現代人は人間が造った時計でお昼どきを知りますから、時計に支配されてしまっています。こんな風に、現代人は時計に支配されていますから、この世を支配しているのは天の神様であることを、すっかり忘れてしまっています。

時間や律法に支配されていた二千年前の人々
 では、二千年前のイエスさまの時代の人々は、どうだったでしょうか。イエス・キリストがこの世に生まれた1世紀の初めの頃、この時代の人々は、ちゃんと天の支配の下で日々を過ごしていたでしょうか。二千年前も、やっぱりそうではなかったんですね。
 例えば、ルカの福音書に出て来るマルタとマリアの姉妹の、姉のマルタを考えてみましょう。マルタはイエスさまを家に迎え入れて、もてなすことにしましたが、妹のマリアが手伝おうとしないことに苛立っていました。そんなマルタは、時間に支配されていたと言えるでしょう。日が暮れる前にもてなしの準備を終えたいけれど、もう日が暮れかかっていて時間がない。マルタはあせっていました。マルタの頭の中は時間内にもてなしの準備を終えることで一杯になっていましたから、神様中心ではなく自分中心になっていました。そうして神様中心だった妹のマリアを批判しました。ですからイエスさまはマルタに言いました。

「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」(ルカ10:41-42)

 それから、イエスさまの時代のパリサイ人や律法学者たちが出て来ます。この人たちは律法に支配されていたと言って良いでしょう。例えば彼らはイエスさまが安息日に病人を癒していたことを批判していました。それは律法では安息日に仕事をしてはならないということになっていたからです。人の病気を癒して助けていたイエスさまを批判したパリサイ人たちも、神様中心ではなくて自分中心になっていました。律法をきっちり守る自分は偉いと思っていました。しかし、弱い人を助けないことは神様の御心に反することです。

神様の支配に委ねるように説いたイエス・キリスト
 神様はそのようなことを望んでおられません。律法に支配されていたパリサイ人たちは、そのことが分かっていませんでした。イエスさまは、この時代の人々に、自分中心ではなくて神様中心になるように言いました。そうして神様に目を向け、神様の支配に委ねるように言いました。

「空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。それでも、あなたがたの天の父は養っていてくださいます。あなたがたはその鳥よりも、ずっと価値があるではありませんか。あなたがたのうちだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか。なぜ着る物のことで心配するのですか。野の花がどうして育つのか、よく考えなさい。働きもせず、紡ぎもしません。ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。
 あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」(マタイ6:26-34抜粋)

 神様と共に天にいたイエスさまは、クリスマスの日にこの世に生まれて、私たちの所に来て下さいました。そうして、天の神様がこの世のすべてを支配していることを教え、神様にすべてを委ねるように教えて下さいました。

おわりに
 21世紀の現代人は、今は時計に支配されていて、次には人工知能のAIに支配されることを望んでいるようです。しかし、そんなことをすれば『2001年宇宙の旅』の宇宙船ディスカバリー号のように地球はAIに乗っ取られてしまうかもしれません。そうではなくて、私たちは神様に目を向けて、天の神様がすべてを支配していることを思い返し、神様にお委ねして、日々を歩んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。

「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。」
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