インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

走るべき道のりを走り終える(2018.11.11 礼拝)

2018-11-12 11:58:55 | 礼拝メッセージ
2018年11月11日召天者記念礼拝メッセージ
『走るべき道のりを走り終える』
【Ⅱテモテ4:6~8】

4:6 私はすでに注ぎのささげ物となっています。私が世を去る時が来ました。
4:7 私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
4:8 あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。

はじめに
 先ほど報告した通り、他教会との合併に向けて歩みを進めています。きょうはご遺族の方々が多数いらして下さっていますから、初めに、このことに至った経緯を少しお話ししておくことにします。

(中略)

注ぎの捧げ物
 さて、きょうの聖書箇所はテモテへの手紙第二の4章です。この手紙はパウロがテモテに宛てた手紙です。当時、パウロはローマの獄中で捕らわれの身になっていました。一方、テモテはエペソの教会を牧会していました。テモテはかつてパウロがアジアとヨーロッパ各地で伝道旅行をしていた時に一緒に連れて行った若者で、パウロにとっては弟子のような存在です。パウロと行動を共にすることでテモテは様々なことを学ぶことができました。
 この手紙をテモテに宛てて書いた時、パウロはそう遠くない時期に自分はローマ皇帝の迫害によって死ぬであろうことを覚悟していました。そのことが、4章6節からも伺えます。

4:6 私はすでに注ぎのささげ物となっています。私が世を去る時が来ました。

 「私が世を去る時が来ました」は分かりやすいですから、パウロが自分の死を覚悟していることが分かると思います。では、その前の「私はすでに注ぎのささげ物となっています」とは、どういうことでしょうか。ここでパウロは、神殿で捧げられていた、いけにえの動物に自分を例えています。神殿では牛や山羊(やぎ)や羊などが犠牲のいけにえとしてささげられ、ほふられて、その血が祭壇や神の箱に注がれました。この動物の血を用いた儀式によって人間の罪が贖われました。これらの儀式については旧約聖書の『レビ記』に詳しく書かれていますから、機会があったら是非読んでみて下さい。なぜなら、この旧約の儀式は新約のイエス・キリストの十字架と密接に関係しているからです。イエス・キリストは十字架で血を流し、この十字架の犠牲によって私たちの罪が赦されるようにして下さいました。それゆえ、イエス・キリストが十字架で流した血は、しばしば旧約の儀式の動物の血に例えられます。そして、パウロもまた迫害の犠牲になって血を流して死ぬことを予感していましたから、この4章6節で、「私はすでに注ぎのささげ物となっています」と書きました。

走るべき道のりを走り終えたパウロ
 続いて7節、

4:7 私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

 パウロがどのような生涯を過ごしたのか、その概要は新約聖書の『使徒の働き』を読むと分かります。パウロはかつては、自身がキリスト教徒を暴力によって迫害する者でした。そんなパウロの前に、ある時、復活したイエス・キリストが現れて、彼に「なぜわたしを迫害するのか」と語り掛けました。この復活したイエスとの出会いによってパウロはそれからの人生が180度変わって、それ以降はキリスト教を伝道するようになりました。パウロは特にユダヤ人ではない異邦人への伝道に用いられて、アジアとヨーロッパで多くの教会を開拓しました。そんなパウロは、7節で、

4:7 私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。

と書きました。
 週報の3ページ目に記した、先に天に召された私たちの教会の先輩方も、勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。私たちもまた、信仰の先輩方に習いたいと思います。そうして先輩方は、「義の栄冠」を得ました。この「義の栄冠」について、パウロは次のように書いています。8節、

4:8 あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。その日には、正しいさばき主である主が、それを私に授けてくださいます。私だけでなく、主の現れを慕い求めている人には、だれにでも授けてくださるのです。

 この「義の栄冠」には、キリスト教の教えが凝縮されているように感じますから、少し丁寧に説明してみたいと思います。

義の栄冠
 「義の栄冠」の「義」には「正しい」という意味があります。ですから、「義の栄冠」は正しい人に与えられます。「義の栄冠」が与えられた正しい人、すなわち神の御心にかなう人は天国に入り、「義の栄冠」が与えられなかった、神の御心にかなわなかった人は神から永遠に見離されます。では、神様はどういう基準で、その人を正しいか正しくないかを評価するのか、それは神様にしか分からないことですが、その基準が相当に厳しいことだけは確かです。
 例えばノアの箱舟の時代には、神様はノアとノアの家族以外の人間は、洪水によって滅ぼしてしまいました。そのことは旧約聖書の『創世記』に書いてありますから、是非読んでみて下さい。また、アブラハムの時代に神様はソドムとゴモラの町を滅ぼしました。このソドムとゴモラがどのくらいの人口の町だったのかは分かりませんが、大きな町であったことは確かです。その中に10人正しい人がいれば神様は滅ぼすことはしないとアブラハムに約束しましたが、結局ソドムとゴモラは滅ぼされましたから、正しい人は10人もいなかったことになります。このことも旧約聖書の『創世記』に書かれています。
 いずれにしても、どういう人が正しいのか、或いは正しくないのかは、非常に分かりづらいものでした。それで、神様は先ずイスラエルの民族にモーセを通して律法を与えることにしました。そして、律法を守る者が正しい者であるという基準を示しました。律法の代表は、モーセの十戒です。十戒とは十の戒めのことで、「わたしのほかに神々があってはならない」、「偶像を造ってはならない」、「主の御名をみだりに唱えてはならない」、「安息日を覚えて、聖なる日とせよ」、「あなたの父と母を敬え」、「殺してはならない」、「姦淫してはならない」、「盗んではならない」、「偽りの証言をしてはならない」、「隣人の家を欲しがってはならない」というのがモーセの十戒です。このモーセの十戒は旧約聖書の『出エジプト記』に記されています。しかし旧約聖書の『列王記』によれば、結局、イスラエルの人々はこの律法を守らなかったので、イスラエルの王国とユダの王国は神様によって滅ぼされてしまいました。そうして、これに懲りた人々は律法を守るようになりましたが、形式的に守るだけで、大切なことが守られていませんでした。その大切なこととは、「神を愛すること」と、「隣人を愛すること」です。
 そこで神様は方針を大転換しました。神様は独り子のイエスを地上に送って、「イエスは神の子であり、救い主である」ということを信じる者が正しい者である、ということにしました。どんなに悪い者であったとしても、「イエスは神の子であり、救い主である」と信じる者は、正しい者であるということにしました。例えば、新約聖書の『ルカの福音書』の十字架の場面では、イエスさまの隣の十字架に付けられた罪人がイエスさまに、こう言いました。「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」これはつまり、この罪人は「イエスは神の子であり、救い主である」と信じたということです。すると、イエスは彼に言いました。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」つまり、彼は正しい人だと認められたということです。この十字架の罪人のように、それまでの基準では、とうてい正しい人だとは認められない者であっても、「イエスは神の子であり、救い主である」と信じるなら、神様は正しいと判定して下さるようになりました。

ワンセットの「命の創造」と「イエスの復活」
 さてしかし、こういう話は聖書が浸透していない日本では、なかなか分かっていただくことが難しいのが現状です。まず、どうして神が正しいか正しくないかを判定するのか、なぜそんな権威を持っているのか、ということが理解されません。それに対する答えは、神が人の命を造ったからです。しかし、日本では「生命は偶然によって誕生した」と学校で教えますから、「神が人の命を造った」と言ってもすぐには信じてもらえません。私自身もキリスト教の信仰を持ったのは41歳の時でしたから、当初は神様が人の命を造ったということを、どうしたら確信できるかということが、私の中で問題になりました。それに対する私の私自身への答えは、「命の創造」と「イエスの復活」はワンセットになっているというものでした。「イエスの復活」を信じるなら、「神が命を創造したこと」も信じられると思いました。十字架で死んだイエスを生き返らせることができる全能の神なら、命を創造できる筈です。ですから「イエスの復活」を信じた私は「神が命を創造した」ことも確信できるようになりました。
 では、私が何によって「イエスの復活」を信じたかというと、それはパウロの人生が180度変わったことによります。それまでキリスト教徒を迫害していたパウロが逆にキリスト教を伝道するようになりました。それは、よほどのことがあったということです。よほどのことが無ければ人の人生が180度変わることなど有り得ません。そのよほどのことが何であったか、それはパウロが復活したイエスと出会ったことだと彼自身が証言しています。ですから私はパウロの証言を信じて「イエスの復活」を信じました。そして信じたことによって私は聖霊を受け、私自身も聖霊を通して復活したイエスと出会うことができました。
 そのようにして復活したイエスと出会ったキリスト教徒は無数にいて、1世紀から21世紀の今日に至っています。例えば日本に初めてキリスト教を伝えたのはイエズス会のフランシスコ・ザビエルですが、当時、ヨーロッパの宣教師たちが続々とキリスト教を宣教するために東アジアに船でやって来ました。ザビエルの後も宣教師たちが続々と日本にやって来ました。今ならヨーロッパから日本まで飛行機で1日で来られますが、当時は船で何ヶ月も掛かりました。しかも、まだスエズ運河などありませんでしたから、アフリカ大陸の南を通って来なければなりませんでした。このアフリカ大陸の南の海域は、海難事故が多いことで有名ですから、命がけでやって来ました。船が難破して途中で命を落とした者もいるでしょう。また、長い航海で体調を崩して亡くなった者もいたでしょう。それほどの危険を冒しても宣教師たちがやって来たのは、彼らが復活したイエスと出会ってパウロのように変えられたからだとしか考えられません。パウロが命がけで伝道したように、宣教師たちも命がけで伝道しました。現代でも危険な地域で伝道している宣教師がたくさんいます。もちろん、海外に出なくても国内で奮闘しているキリスト教徒もたくさんいます。
 そうして多くのイエスを信じる者たちが、勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通して、「義の栄冠」を得ました。先に天に召された私たちの教会の信仰の先輩方も同様です。

おわりに
 そして私たちのインマヌエル沼津キリスト教会も、この今沢の地で勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終えつつあります。私たち一人一人の信仰生活は場所を変えてまだまだ続きますが、インマヌエル沼津キリスト教会としての活動は、走り終えつつあります。
 私たちは、この最後の走りを主の御心にかなう形で走り終えたいと思います。信仰の先輩方が建て上げて下さった教会を継続できないのは残念ではありますが、一人一人の信徒の信仰の走りはまだまだ続きますから、信仰の先輩の走りに習って、勇敢に戦い抜いて行きたいと思います。ご遺族の皆様には、是非このことをご理解いただき、私たちが最後の走りを主の御心にかなう形で走り終えることができるように、お祈りいただきたいと思います。
 ご一緒に、お祈りいたしましょう。

4:7 私は勇敢に戦い抜き、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
4:8 あとは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 11月11日召天者記念礼拝... | トップ | 11月18日礼拝プログラム »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

礼拝メッセージ」カテゴリの最新記事