十字架の恵みの重力
エリとジュンの会話を聞いていたノンも加わった。
「二人の話を聞いていて、『荘子』の大鵬の話も21世紀の今だからこそ、もっと良く理解できるようになっているはずだと思ったよ。」
ジュンがうなずいた。
「大鵬も高い所を飛んでいるよね。」
「大鵬は九万里の上空を飛ぶと『荘子』に書いてあるよ。素直に解釈すると、これは静止衛星の軌道よりも高いんだよ。」
エリが驚いた。
「えーっ、国際宇宙ステーションよりも高いね。」
「ハハハ、そうだね。ロケットで人が宇宙に行ける時代になって初めて、『荘子』もまた違う味わい方ができるようになったのかなと、エリとジュンの話を聞いていて思ったよ。聖書も同じで、人が宇宙に行く時代になって初めて味わえることが、いろいろとありそうだね。」
エリはうなずいた。
「うん、本当にそうだよ。でも、聖書を書いた記者たちは宇宙ロケットのことなんか知らないから、そういう読み方はおかしい、と言う人たちもいるんだよね。それも一理あるけど、そういう伝統的な読み方に縛られていると福音はますます響かなくなって、聖書の読者は減る一方だと思うな。」
「私たちは聖書学の研究者を目指しているわけじゃないから、宇宙時代の読み方があっても良いよね。」
「僕もそう思うよ。神様は時空を超えた永遠の中にいるから、聖書を書いた記者に霊感を与えた時には21世紀の宇宙ロケットのことを知っていたんだよ。1世紀の聖書の記者は宇宙ロケットのことを知らないけど、神様は知っていた。その神様が記者に霊感を与えて書かれたのが聖書だよ。だから21世紀の読者の僕たちは聖書に宇宙を感じることができるんだよと思うな。」
「うん、うん。」
エリとジュンが同時にうなずいた。
「でも、僕がこういう話を周囲の人たちに話しても、ぜんぜん伝わらないんだよね。どうしてかな?」
「そうだねー。」
エリは少し考えて続けた。
「高い場所から聖書を読むことは、聖書全体を俯瞰することでもあるから、聖書の全体像をある程度知っている必要があるでしょ。教会では聖書全体を読む通読を推奨していると思うけど、途中で挫折する人も少なくないよ。聖書全体を読んでいない人に高い場所からの話をしても、伝わらないのは当たり前かもしれないよ。」
「そうかもしれないけど、僕の通っている教会では、聖書を何度も通読している人が割と多いよ。でも、伝わらないんだよね。」
ジュンがノンに言った。
「ノン、聖書を読んでいる人がこれまでの読み方を変えるのは、難しいかもしれないよ。」
「なぜ?」
「聖書をよく読んでいる人は、いま受けている恵みだけで十分に満足している人が多いんじゃないかな。たとえばクリスマスの恵みは、地上で受ける恵みだから、別に高い所に昇る必要はないでしょ。」
「あっ、ホントだね。天の神様が御子のイエス様を地上の僕たちに遣わして下さったのは、本当に素晴らしい恵みだもんね。」
うなずきながらジュンは続けた。
「クリスマスの恵みは、ホールの1階でピアノの演奏を聴く恵みと言えるかな。ホールの1階だと音が天井の方から降りて来て、包まれるんだよ。天の神様の愛が地上に降りて来て、私たちを包む、そういう感覚なんだよね。」
「きょうのワタシたちの4階席の恵みも素晴らしかったけど、1階席の恵みだけで十分だということだよね。」
「それから、やっぱり上へ昇ることへの抵抗感が聖書の読者の多くにあるような気が私はするな。」
「どうして?」
エリとノンが同時に聞いた。
「クリスマスの恵みに加えて、十字架の恵みがあるからね。最後の晩餐の前にイエス様は低くかがんで弟子たちの足を洗い、それから十字架に向かったでしょ。イエス様ご自身が一番低い所に下りて行ったから、聖書の読者には上を目指すことへの抵抗感がどうしてもあるんじゃないかな。」
「そうかー。パウロもピリピ人への手紙で書いているからね。」
エリが言うと、「これだね」と言ってジュンはスマホの聖書を読み上げた。
ピリピ2:6 キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、
7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、
8 自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。
7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、
8 自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。
エリは言った。
「このピリピ2章の6節から8節のメッセージは強烈だよね。この聖句が心と体に浸み込んでいたら、上を目指すことは考えられないことかもしれないね。」
「この十字架の恵みは、重力みたいなものだと思うな。重力は僕たちが生きていく上で欠かせないものでしょ。重力が無かったら、僕たちは地面にしっかりと足を下ろすことができないで、ふわふわとどこかへ漂って行ってしまうよ。空気も重力があるから地球上にとどまっていて、僕たちは空気を吸って生きていられるんだよ。水も重力があるから海や湖や地面から蒸発した水蒸気が雨粒になって落ちて来るんだよ。この水も、僕たちには欠かせないからね。」
ドリンクで喉を潤して、ノンは続けた。
「重力が僕たちに欠かせないのと同じで、十字架の恵みも僕たちに欠かせないよね。イエス様が自らを低くして十字架の死に従ったから、僕たちの罪は赦された。そうして僕たちに平安がもたらされ、癒された。」
「イザヤ書53章だね。」
ジュンが言って、聖句をまた読み上げた。
イザヤ53:3 彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。
4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。
5 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。
4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。
5 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。
「ありがとう、ジュン。この平安は素晴らしいよね。でも僕たちは、十字架の恵みの重力に縛られてばかりいると、イザヤ書40章31節[前掲(連載18)]の鷲のように天高く昇って行くことはできないと思うんだ。人類が地球の重力を脱してロケットで宇宙に行くようになったように、時には十字架の恵みの重力から離れることも必要じゃないかな。」








