インマヌエル沼津キリスト教会

Immanuel Numazu Christ Church
沼津市今沢34番地

さばき合うことのないように(2015.6.3 祈り会)

2015-06-05 10:53:45 | 祈り会メッセージ
2015年6月3日祈り会メッセージ
『さばき合うことのないように』
【ローマ14:13~19】

はじめに
 前半で話したように、これまで私たちは随分と祈って来ましたし、それ以上に祈られて来ました。他教会の信徒の方々と先生方によって熱心に祈られて来ました。その祈りに神様は応えて既に私たちに具体的な答を示して下さっているのか、或いはまだ示して下さってはいないのか、人によって見解は違うようです。そして今日の箇所から私たちが学びたいことは、見解が異なる者たち同士で互いにさばき合うことのないようにしたいということです。

偶像に捧げた肉の問題
 ローマ14章の13節から見て行きます。

14:13 ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。

 パウロがローマの教会に手紙を書いた当時、信徒の間では食べ物のことでさばき合うことがあったようです。14節、

14:14 主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。


 このローマ人の手紙には、具体的なことは書いてありませんが、パウロはここで、「それ自体で汚れているものは何一つない」と書いていますから、どうやらこれは偶像に捧げた肉が汚れているのか、汚れていないのかの問題についてのようです。
 この偶像に捧げた肉の問題について、パウロはコリント人への手紙の中でも書いています。第一コリント8章の4節から6節までを交代で読みましょう。

8:4 そういうわけで、偶像にささげた肉を食べることについてですが、私たちは、世の偶像の神は実際にはないものであること、また、唯一の神以外には神は存在しないことを知っています。
8:5 なるほど、多くの神や、多くの主があるので、神々と呼ばれるものならば、天にも地にもありますが、
(ご一緒に)
8:6 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、すべてのものはこの神から出ており、私たちもこの神のために存在しているのです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、すべてのものはこの主によって存在し、私たちもこの主によって存在するのです。

 パウロにとって神は唯一の神しかいませんから、偶像があったとしても、それはただの木や石や金属に過ぎません。ですから、偶像に捧げた肉も、それは木や石や金属の前に置いてあっただけですから、パウロにとっては汚れたものではありません。ですから、パウロ自身は、その肉を食べても自分が汚れることは全くないと考えていました。
 しかし、異邦人のクリスチャンの中にはイエス・キリストを信じる前には偶像になじんで来た人々がいて、そういう人々は、偶像に捧げた肉のことがどうしても気になってしまいます。そのように、偶像に捧げた肉のことを気にする人のことを、気にしない人はさばいてはいけませんとパウロは書いています。或いはまた、気にする人の側も、気にしないで食べる人のことを悪く思ってはならないとパウロは書いています。

食べ物のことで滅ぼさないでください
 ローマ人への手紙に戻ります。15節、

14:15 もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているのなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。

 偶像に捧げた肉は汚れていないと考える人が、汚れていると考える人に対して、「あなたの信仰が弱いから、汚れているなどと考えるのです」などと言ったら、言われた人は躓いて教会から離れてしまうでしょう。そして信仰を捨ててしまうかもしれません。そうなれば、その人は滅んでしまいます。
 ですからパウロは、「キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください」と書きました。キリストは偶像に捧げた肉を気にする人も気にしない人も等しく救うために十字架という大きな犠牲を払いました。その大きな犠牲を、たかが食べ物ぐらいのことで無駄にしないで下さいということですね。
 16節と17節は交代で読みましょう。

14:16 ですから、あなたがたが良いとしている事がらによって、そしられないようにしなさい。
14:17 なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。

さばき合ってはならない
「神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。」会堂問題は飲み食いのことに比べれば、もう少し大きな問題かもしれません。しかし、だからと言って会堂問題のことで裁き合うようになることは、あってはならないことです。

 18節と19節も、交代で読みましょう。

14:18 このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、また人々にも認められるのです。
14:19 そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。

 私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つことを追い求めたいと思います。霊的成長は、神様との交わりの中で得られるものです。神様と交わりを持つことができるようになるための手段として、「お祈り」は最も有効なものの一つです。

おわりに
 会堂問題のために私たちはこれまで多くの祈りを積んで来ました。そして、他教会の信徒の皆さんと先生方によっても祈られて来ました。そのことに対して主はこれまでどのように応えて下さったのか、或いはまだ応えて下さってはいないのか、それぞれで思い巡らしてみることは、霊的成長に役立つのではないかと思います。
 今月は会堂月間です。私たちがこれまで積んで来た祈りに、主がどのように応えて来て下さったのかに思いを巡らしたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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