今日のエンドロール

10点満点の採点つきで年間約120本。観る前も観たあともクスッと笑えるレビューをお届けします。

ある子供 6

2006-01-31 00:23:43 | タイムリーヒット
映画の登場人物に殺意を抱きかけたのは初めてだ。

主人公は20歳のバカチンピラ。定職も家もないくせに彼女はいて、無計画に子供をつくってしまう。まあ、ここまでなら現実でもよくある話だろう。しかし、このバカ野郎はその赤ん坊をカネのために売り飛ばしてしまい、彼女に言った「また作ればいいじゃん」…殺す。絶対に殺す。

あんまり物騒なこと書いてると、万が一犯罪に関わってしまった時「彼のブログには『殺す』という表現があちこちに見られ…」なんて報道されてしまうかもしれんからやめておくが、ドキュメンタリータッチで描かれたこのクソガキの行動を見ていて無性に腹が立った。一番腹がたったのは役所の人かなんかに仕事を紹介してもらいかけた時に、それを断ったセリフ「あんな、クズどもと働けっかよ!」うぅ、その場にいたら絶対手が出てる…。クズは自分のことがクズだということもわからないんだ。

監督はこの愚行の悪循環の最後、ちょっと希望を持たせることで「オトナになりきれない若者の可能性」みたいな視点で表現したかったらしいが、俺はそんなに優しくはなれない。
ニートだなんだって甘えたこと言ってるヤツが多いけど、ハタチいや25過ぎて親のスネかじってる奴は何か権利を剥奪してやった方がいいわ、酒でも車でもパチンコでも。何して生きようと勝手だけど、金銭的に人(親でも)に迷惑かけんな!その上、子供?ふざけんな。自分の世話すらできないヤツにどうして未来の希望を託せるんだ?現実でもひどい虐待とか起こってるし、出産・子育ては免許制にしたらどうかと思いすらする。

えらくヒートアップしてしまったが、そんな激情を呼び起こされたんだから価値のある作品だったと思う。え?別にキレてないっすよ。
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単騎、千里を走る。 7

2006-01-29 00:34:00 | 逆転サヨナラHR
健さん、カッコイイ!
オリエンタルラジオじゃないが、ホントそういう作品だった。

お互いの不器用さから関係がこじれてしまった父と息子。長い間会うこともなかったが、息子がガンに冒されたと知り、父は息子がやり残した撮影をするため一人で中国に渡る…そんな話。あんな中国人はいないだとか、現実離れしてるとかいろいろ批判もあるみたいだが、ええやんか!おとぎ話でも。最近ハリウッドの毒に冒されかかっていたチャン・イーモウ監督が本来のペースに戻って撮った素朴な物語だ。

言葉が一切わからない外国で一人オロオロする姿もかわいかったが、全編を通して感じたのは、父親の愛の大きさだ。前々項で書いた深田恭子に毛の生えた程度のセリフしかない、相変わらず口下手で不器用な男を演じていた健さんだが、その表情と、ひたむきというより頑固な行動には母とは違う男親の愛情がにじみ出ている気がした。

この映画の一つの見所は中国の雄大な風景で、観客のほとんどは日本とは桁の違うスケールに圧倒されるだろう。でもそれをバックにした健さんの背中は、映ってる面積こそちっぽけだがすっごく大きく見えた。

追記:健さんっていくつなんだろう?と思い、調べてみたら1931年生まれの今年75歳だった。元気やなぁ!と思ってたら写真の男も同い年だとわかって驚いた。最近の若いヤツはしってんのかな、四の字固め。
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ナルニア国物語 第1章ライオンと魔女 6

2006-01-27 23:50:06 | タイムリーヒット
これは18禁や!

ロード・オブ・ザ・リングやハリー・ポッターのヒットでファンタジーは行けると踏んだハリウッドが、またイギリスの名作を引っ張り出してきて映画を作った。
原作は世界で1億冊も売れたベストセラーだそうだから、ストーリーは子供向けとしては申し分ない。それを最新鋭の技術と大金を投じて映像化したんだから、そりゃそこそこは面白い。でも、気になったことが一つある。これでナルニア国が確定してしまうんちゃうか?というところだ。

全世界でヒットしたハリー・ポッター(本の方)だが、今ではハリーはあの男の子のことになり、ロンやハーマイオニーもイメージが確定されてしまった。原作を読んだ時には読者の数だけ存在した彼らが、映画1本でこうですよと定義づけされてしまう。同じように童話の読者たちが、一億通りにイメージしていたナルニア国がこの映画の公開により、たったひとつの世界に格下げされてしまうのだ。

最近のCG映画でよくあるのが「映像化不可能と言われていた」という宣伝文句だが、不可能なら不可能のままにしておけよ。想像できなくなっちゃうやんか!

大人が懐かしんで見る分には文句ないが、これから想像力の翼を伸ばしていかなくてはいけない子供たちに見せるのには反対だ。歌とかでも写真の人みたいに声だけでイメージしておいた方が、ずっと印象がいいケースってあるだろ。
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天使 5

2006-01-25 23:12:48 | タイムリーヒット
別につまらんわけではないけど、決して面白くはない。
少女マンガならぬ、少女映画やな…。

大まかに言うといろんな問題を抱えた人たちを天使が癒してくって話。
天使を演じてるのが二の腕太…いや深田恭子。この天使、喋らない設定なのでセリフが全くないのだが、演技ヘタすぎ。たぶん子猫でもイメージしているのだろうが、表現できているのは気まぐれなところのみ。他の喜怒哀楽が全く伝わってこない。
おまけに癒される側の人間を演じてるのが、永瀬正敏、永作博美、西田尚美といった演技に定評のある人たちなもんだから、そのギャップが辛いのなんの。

いつまでも少女気分でいるのも、商売だし仕方ないのかもしれないけど、そろそろ脱皮した方がいいんちゃうかな。今年年女でしょ!あんた。

追記:映画の中でどうしても不可解だったのが、ザ・たっち(写真)というコンビが何の意味もなく出演していたところだったが、調べてみてホリプロの後輩だとわかった。でもあんだけタレント抱えておいて、その中からなぜ彼らなんだ?
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博士の愛した数式 7

2006-01-24 01:44:47 | 逆転サヨナラHR
理系と文系で見え方違うんやろか?

事故の影響で記憶が80分しかもたない数学者と、そこで家政婦として働いたシングルマザーと息子の心の交流を描いた物語。ゆっくり、じんわりと進んでいくストーリーはハリウッドとか踊るシリーズだけが映画だと思っている世代には辛いかもしれないけど、見終わって何かホッとできる日本茶みたいな作品だった。

が、それは出演者や監督から充分予想できた部分だ。映画化されるのを知っていたので原作をあえて読まずにいたのだが、そんな素の状態で見て衝撃を受けたのは博士の視点、理系のセンスだった。

オレは学生時代、理系科目の方が得意だったけど、志望する職種の関係もあり文系の道を選んだ。だけどパソコンは小学校から使っていたし、機械関係にも文系にしては詳しい方だと思う。しかしそんなオレでも数字や公式が『美しい』なんて思ったことはない。でも寺尾さん演ずる博士は常に数字に意味を見出し、美しさを感じるのだ。

例えば「完全数」という言葉。文系の人間は「自分以外の約数の和がその数自体と等しい自然数」と言われてもピンとこないだろう。最小の完全数は6(6の約数は自身を除けば1,2,3の3個のみ。1+2+3=6となる)次に小さいのは28だが、これだけ発達した世の中で完全数はまだ23個しか発見されていないそうだ。そんな事実にも驚かされたが、それを寺尾さんのあの口調で説明されると確かに思った。「見事!美しい!」…このカタルシスみたいなものは理系の人間ならいつも感じていたものなのだろうか?

普通に生活していては気がつかない美しさって、まだまだたくさんあるのだろう。前項で「愚鈍なのも幸せ」と書いてはいるが、できる限りそんな美しさとか面白さとかを見つけていきたいものだと感じた。
まあ、彼みたいに時価総額に美しさは見出せないけれど…。
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ディア・ウェンディ 7

2006-01-22 02:09:07 | 逆転サヨナラHR
ああいえば上佑…懐かしいなぁ。

この作品の場合、ストーリー自体は隠喩になっており、そこに現実感はない。
簡単に流れを説明すると、(1)社会的弱者が自分の居場所を見つけようと、それまで生活していたコミュニティーを飛び出し、社会とは隔離された場所で自分の生きやすい小さな楽園を作る。(2)そのうち同じような仲間が集まってきて、その集団内だけの決まりごとを作ったり、集団内に閉じこもることを正当化する理論武装を始めたりする。(3)しかし結局社会とは融合しようがなく、時間や人間関係を原因にほころびが生まれ、集団は破滅の道をたどる。そんな流れを銃に魅せられた若者たちをモチーフに見せた物語だ。

この作品を見ながら登場人物の行動が誰かに似てるよなと思い続けていた。初めは萌え~!とか言ってるアキバ系や2ちゃんねらー、次に学生運動の人たち、最後に思いついたのはオウムに代表されるようなカルトの信者たちだった。
現実世界の矛盾に敏感すぎるため、我慢ができなくなり虚構や想像上の理想郷に逃げ込んでしまう。そういう人たちはいつの時代にもいたんだと思う。ひとつのパターンでしかないとはいえ、そんな彼らの思考の流れがわかりやすく描かれていてfunというより、かなりinteresting!寄りな作品だった。

繊細さとか敏感さとか純粋さってすごくポジティブな捉え方をされるけど、人間ある程度愚鈍で適度に汚れてた方が、結局は幸せに生きられるかもしれない。ちょっとそんなことも感じた。
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プライドと偏見 4

2006-01-21 01:18:02 | デッドボール
ど~でもええやん!
思わず、途中でつぶやいてしまった。

アカデミー賞最有力!この時期になると枕詞のようについてまわる宣伝文句につられて何となく見に行ったこの作品。選考委員でもなんでもないが、冗談じゃない!というのが感想だ。
オレの好きな「ブリジット・ジョーンズの日記」の元ネタにもなったというから興味を持って調べてみたら、原作の『自負と偏見』が出版されたのは1811年。日本だと江戸時代でっせ。11代将軍徳川家斉の時代なら「なんとか家の舞踏会に招待されましたわ、どうしましょう!」とか「末の妹が駆け落ちしてしまいました。何たるふしだらな」なんて物語も受け入れられたのかもしれないが、今は21世紀だよ。

古典を否定するわけじゃないけど、200年もたてば創作者たちの試行錯誤を経て物語だってさまざまな進化を遂げているはず。ベースはただの「見かけよりいい人よ!今まで気づかなかったわ」ラブストーリーでしかないのに、家柄とか身分の差なんていう現代人では理解しにくい世界観をこの時期にわざわざ引っ張り出してきて映画化する意図がよくわからん。
そうでしょ、ご学友!
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有頂天ホテル 6

2006-01-19 00:28:55 | タイムリーヒット
あぁ、またか、という感じ。

誤解のないように書いておくが、三谷幸喜というのは現代の日本において天下一品の喜劇作家だと思う。ひねくれ者の俺でも「十二人のやさしい日本人」「笑の大学」といった映画化作品はすごい!と思ったし、新撰組!や古畑(イチローにあそこまでやらせられるのは信じられん)もたいしたものだと思う。

だから今まで彼が監督した作品「ラヂオの時間」「みんなのいえ」も欠かさず見てはいる。でも今回も劇場を出た時に感じたのはいつもと同じ感想だった。
今回もフジテレビの全面バックアップで平日の昼間にも関わらずほぼ満員だったし、ヒットはするだろう。で、そこそこ面白い。でもそれまでなのだ。
今回の作品は、大晦日の有頂天ホテルで起こるさまざまな人々の物語。関係ないはずのストーリーががちょっとずつリンクして最後のカウントダウンパーティーへつながっていく。ハリウッドのB級作品とは違って伏線はったらちゃんと拾ってあるし、つなぎ方も確かにとても「うまい」。でも作品全体を俯瞰した時に伝わってくるものがとても希薄な気がした。

何か行動を起こすには必ず「手段」と「目的」がある。目的を果たすために最適な手段を取っていくというのが本来の手順で、この映画でも三谷さんが伝えたいメッセージ、面白さを表現するための手段として群像劇という手段をとったはずだ。それがいつの間にか群像劇をキレイにつなげることが目的になってしまい、残ったのは結局伝えたいのは何だったの?という結果。時々あると思うんだけど、気が利いていて、タイミングもバシっと決まったのに面白くないコメントみたいな感じやなぁとオレは思った。

冒頭に書いたように類まれなる才能を持った人で、なおかつ傍目には似たような職業に挑戦してもなかなかうまく行かないのがプロの世界だ。もうすぐキャンプも始まるけど、写真の人とか大丈夫やろか?まぁ「代打オレ」とか「オレ、しんどくなったから小野」とかはちょっと聞いてみたいけど。
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スタンドアップ 5

2006-01-15 01:55:53 | タイムリーヒット
わかる。…でもどうなんやろ?

鉱山という男だらけの職場で過酷な労働の上にひどいセクハラにあったシングルマザーが、「立ち上がり」女性たちの希望を見出していく物語。実話に基づいており、いい話ではあるんだけど、どうも納得いかないのが辛い部分の描写の多さだ。2時間4分の作品なんだけど、幸せだったのは4分くらいであと2時間は男の俺が見ても辛いシーンばかり。何でカネ払ってこんな苦しい思いせなあかんねん。

制作者は世の中の不満をかかえている女性の皆さんに「こんな辛い思いをしている人もいるんだから、前向きに頑張んなさい」みたいなメッセージを送りたいんだろう。だから辛いシーンが多い方が都合がいいわけだけど、やりすぎると見てるほうは「アタシもしんどいけど、あの人よりはマシだわ」という論点のずれた解釈をしてしまう可能性も出てくる。障害者や差別を取り扱った映画でもありがちだが、「あの人より自分はマシ」というのは無意識とはいえ問題を容認し、楽な状況の自分を慰めている以外の何物でもない。

セクハラの苦しみについては男の俺に完全に理解するのは不可能だと思うが、この作品を見ていて目を覆ったのは「ムラもしくは群れ社会の醜さ」だ。誰でも多少は心当たりがある経験だと思うが、人はしばしば自分の生活を守るためとはいえ、周りの顔色を伺い、所属する集団の意思に無条件で従う。そしてそれに反するはみ出し者には例えモラルに反するとわかっていても容赦しない。一昨年見た「ドッグヴィル」という映画でもあったが、所詮ひとりでは生きていけない人間としては一番堪える、そして一番醜い仕打ちだと思う。

そんなムラ社会で俺がどうやって生きているかって?映画の中でも出てきたけど、ムラの意思なんてのは最初に言った、声のでかいヤツがコントロールするんだからそっちになっちゃえばいいんだよ!…と思ってたら、上司から来た年賀状に「今年も大きな声で頑張ってください」って書いてあった。やばい!バレてるわ。
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ファイナル・カット 6

2006-01-14 01:05:12 | タイムリーヒット
もしも、人間の生涯の記憶がチップに保存されていたら…

その突飛な設定を非科学的だと非難する人もいるみたいだけど、ええやん。作り話なんだし。ドリフ大爆笑の「もしも○○な寿司屋がいたら…」みたいな気持ちで楽しんでみた。

記憶をチップにという設定は10年位前に見た「JM」(たけしさんとキアヌが出てた)という映画でも見た記憶があったけど、今回の主人公はその記憶の編集マンというところがこの作品の面白さだ。毎日毎日、いいところも悪いところも含め、他人の人生ばかりを眺め、不必要なところをカットしてハイライトを作る。(その編集マシンが「ギロチン」ってのもシャレが利いてて面白い)
仕事柄、さじ加減(編集機のジョグ加減かな)ひとつで、同じ素材がクソにも宝石にもなる編集の面白さも、まるで反対の怖さもちょっとは知ってるので、もし可能ならバイトくらいでやってみたい仕事だと思う。

ただチップを埋め込まれている方は大変だ。今、こうしてしょーもない文章を打ち込んでるくらいならまだしも、嫁に内緒のメールを打ったり、一人でいろんなことしたり、一人以上でもいろんなことしたり…。そんな記憶を全て他人に見られる危険性があるわけで、みんな異常に品行方正になって、逆に社会が安定したりして。

今回の設定は記憶チップは死後、取り出されて葬式で上映されるだけだったけど、もうちょっと進めて、ガソリンスタンドみたいなところで頭にセンサーを繋いで自分の記憶を編集したりすることが出来たりしたら、もっと別の展開があるかなぁ。
写真の人みたいに上手くはいかなくても、消したい記憶、山ほどあるし…

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ザ・コーポレーション 8

2006-01-12 13:48:31 | 逆転サヨナラHR
幸せってなんだ~っけ、なんだ~っけ?

大昔、写真の人がポン酢しょうゆのCMで歌ってたヘタな歌、果たしてどれだけ覚えている人がいるだろうか?そんな事はどーでもいいのだが、そんなことを考えさせられた。簡単にいうと「法律上は人(法人)として扱われている企業が、利益追求のためにどれだけ人道に反することをやっているか?ということを検証・追及した」作品だ。

存在の目的がただ「金を稼ぐ」だけの人(法人)に良心や道徳が欠けているのは、ある意味では仕方ないと思う。しかし、もっと問題なのは「カネがあることが全ての幸せのモト」「自分の生活レベルを維持・向上するためなら他人に迷惑がかかろうが知ったことじゃない」という企業のような価値観を個人が持ちつつあるということじゃないだろうか?

解釈がまちがっているかもしれないが、全てにおいて利益を優先し、そのためなら政治も人心も簡単に動かすという資本主義、拝金主義が今や世界を覆いつくそうとしているような気がする。この映画ではそれが地球を破壊していくという方向に警鐘をならしていたけど、もう一つ提案したい。それぞれ個人が一度立ち止まって「幸せって何だ~っけ」と考えて見てほしい。プライスレスなヤツがあるはずだ。

…と真面目な事を書き散らしてしまったが、この映画長すぎる!ちっさな劇場の半分は途中で寝てたぞ。

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ダウン・イン・ザ・バレー 4

2006-01-10 13:15:52 | デッドボール
一言でいうとキモい。

2006年をこんな映画でスタートしてしまったのは残念だが、見ちまったんだから仕方ない。俺がアホなのかもしれんけど、登場人物への共感度ゼロ。常に「何で?」という疑問が頭から離れない作品だった。

どうもエドワード・ノートンっちゅうヤツは黙ってりゃ爽やかな好青年なのに、それじゃイヤみたいでわざわざ一癖も二癖もあるキャラクターをやりたがる。アメリみたいな女の子の「不思議ちゃん」は許せるけど、野郎はそうはいかない。流れ者のカウボーイは大いに結構だが、ちゃんとバックグランドを説明してくれないと突飛な行動に一切理解も共感もできない。いくら正月明けの仕事に身の入らん時期といっても、2時間ひたすらイタい人を見せ続けられるほどヒマじゃないわ。

もうひとつ、気になった点。お父さん役のデビット・モースという役者さん(写真)。脇役でよく見かけるんだけど、どう見てもテリーマンにしか見えない!
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