4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定) コメント日が 古い順 | 新しい順 思いやりと誠実さ (トゥゲザー) 2007-12-15 07:29:45 こんにちは。>そして何よりも信頼関係と友好的な雰囲気がなくては>ならず、正論であっても峻厳な理詰めでやり込め>辛らつさが伴うのでは相手に影響を及ぼすことは>できないのではないかおっしゃること、大変よくわかります。このことについて興味深い経験をしてきました。私はここ8年以上もモルモン教会の改善すべき点についてあちこちで問題提起してきました。当初は、話し合いの相手に敬意を払い、なにより同じ末日聖徒同士なのだから落ち着いて話し合えば必ず分かり合えるはずであると信じていました。末日聖徒は柔和で物分りの良い人が多いと(何の根拠も無く)信じていました。ところが末日聖徒との話し合いで分かったことは、こちらが譲歩すればそれに付け込んであつかましくなり、こちらが敬意を払えば尊大になり、こちらにはキリストのような愛で接することを要求するけれども、彼ら自身は何一つ行わない、ということでした。いつかは話が通じる日が来ると信じて何年もそうした態度を通しましたが、やがて末日聖徒の心の奥底にあるものに気がつきそうした接し方が何の効果もない、との結論にいたりました。それで最近の数年は態度を改め、モルモン教会の問題について末日聖徒と話し合うときには決して妥協しない、容赦しない、一切譲歩はしないことにしました。すると不思議なことですが、話の通じる人がちらほらと現れてきました。今にして思えば、当初の私の対応は相手に媚びていた不誠実な対応だったのかも知れません。現在では、何かを言うべきだと思うときには、相手を傷つけるのではないかなどと遠慮はしないで口を開くことがむしろ誠実なのではないか、と考えます。難しいところですが。 返信する 教会内と別の場面 (NJWindow(困難ではあっても)) 2007-12-15 08:11:13 早速コメントをありがとうございます。それぞれ経験ずみなわけですね。米国西海岸に住むアーマンド・マース氏は、機会がある毎に(例えば日曜学校で)間違った神話が話されると(例、黒人差別は聖典に基づく)丁寧に説明するようにしている、と言っていました。多分、穏やかに聞き手がそうなのかと思うように典拠を示して説いているのだと思います。私も含めてですが、普段よい間柄を保っていないと耳を傾けてくれませんから、注意を要するところだと思っています。影響を及ぼすためには、接触していなければできないし、相手とのチャンネルが開いていなければならないので、容易ではない仕事です。 返信する 人にはそれぞれ役割が (トゥゲザー) 2007-12-16 20:51:43 >機会がある毎に(例えば日曜学校で)間違った神話が話されると>(例、黒人差別は聖典に基づく)丁寧に説明するようにしているモルモンにおいて、それは「神話」ではありません。生ける予言者によって聖徒らに示された福音の真理なのです。いかに尽力して「間違った神話を信じるのをやめましょう」と啓蒙してもその間違いを噴出させている源泉がある限り、意味はないのです。啓蒙活動はNJさんにお任せしますので、私は過ちの根源を指摘し、追及していきたい、そう思っています。 返信する 一面的かつ断言調はいただけない (NJWindow(一面的かつ断言調)) 2007-12-17 01:29:12 教会内部で真摯に取り組んできた学者たちやリベラルな研究家が果たしてきた貢献、あるいは蓄積を十分認識しない、一面的な、また断言的な物言いに聞こえます。(スタンスがどこにあるかにもよるのでしょうけれど。)残念ながら、小生とは大きな隔たりと交わることの少ない平行線をたどるように思われます。トゥゲザーさんのいう役割は限りなくアンチモルモンの立場に近く感じられます。 返信する 規約違反等の連絡
>そして何よりも信頼関係と友好的な雰囲気がなくては
>ならず、正論であっても峻厳な理詰めでやり込め
>辛らつさが伴うのでは相手に影響を及ぼすことは
>できないのではないか
おっしゃること、大変よくわかります。
このことについて興味深い経験をしてきました。
私はここ8年以上もモルモン教会の改善すべき点について
あちこちで問題提起してきました。
当初は、話し合いの相手に敬意を払い、なにより同じ
末日聖徒同士なのだから落ち着いて話し合えば必ず
分かり合えるはずであると信じていました。
末日聖徒は柔和で物分りの良い人が多いと(何の根拠も無く)
信じていました。
ところが末日聖徒との話し合いで分かったことは、
こちらが譲歩すればそれに付け込んであつかましくなり、
こちらが敬意を払えば尊大になり、こちらにはキリストのような愛で
接することを要求するけれども、彼ら自身は何一つ行わない、
ということでした。
いつかは話が通じる日が来ると信じて何年もそうした態度を
通しましたが、やがて末日聖徒の心の奥底にあるものに気がつき
そうした接し方が何の効果もない、との結論にいたりました。
それで最近の数年は態度を改め、モルモン教会の問題について
末日聖徒と話し合うときには決して妥協しない、容赦しない、
一切譲歩はしないことにしました。
すると不思議なことですが、話の通じる人がちらほらと現れてきました。
今にして思えば、当初の私の対応は相手に媚びていた不誠実な対応
だったのかも知れません。
現在では、何かを言うべきだと思うときには、相手を傷つけるのでは
ないかなどと遠慮はしないで口を開くことがむしろ誠実なのではないか、
と考えます。
難しいところですが。
それぞれ経験ずみなわけですね。
米国西海岸に住むアーマンド・マース氏は、機会がある毎に(例えば日曜学校で)間違った神話が話されると(例、黒人差別は聖典に基づく)丁寧に説明するようにしている、と言っていました。多分、穏やかに聞き手がそうなのかと思うように典拠を示して説いているのだと思います。
私も含めてですが、普段よい間柄を保っていないと耳を傾けてくれませんから、注意を要するところだと思っています。
影響を及ぼすためには、接触していなければできないし、相手とのチャンネルが開いていなければならないので、容易ではない仕事です。
>(例、黒人差別は聖典に基づく)丁寧に説明するようにしている
モルモンにおいて、それは「神話」ではありません。
生ける予言者によって聖徒らに示された福音の真理なのです。
いかに尽力して「間違った神話を信じるのをやめましょう」と啓蒙しても
その間違いを噴出させている源泉がある限り、意味はないのです。
啓蒙活動はNJさんにお任せしますので、私は過ちの根源を指摘し、
追及していきたい、そう思っています。
残念ながら、小生とは大きな隔たりと交わることの少ない平行線をたどるように思われます。トゥゲザーさんのいう役割は限りなくアンチモルモンの立場に近く感じられます。