2010年10月13日 12時00分更新 ASCCI.JP
文: 池田信夫/経済学者
スカイツリーで電波障害は増える
東京都墨田区で建設中の「東京スカイツリー」の高さが488メートルに達し、電波塔としては日本で歴史上第1位になったという。完成すると634メートルで、電波塔としては世界一になるそうだ。
実際に建設を担当している大林組のサイトより。東京タワーの332.6メートルはすでに大きく上回っている
ところで、このスカイツリーは何のために建てるのだろうか。電波塔というからには、これが建てば今までより電波の届く範囲が広がるはずだが、すでに地デジの関東での電波カバー率はほぼ100%。これ以上カバー率を上げることはできない。スカイツリーは東京タワーより高いので遠くまで電波が届くと思っている人がいるが、東京タワーの電波の届く範囲は関東一都六県に限られており、これ以上広げることはできない。
ではタワーが高くなると、ビル陰が減って電波が届きやすくなるだろうか。これも今の東京タワーでビル陰になるところは、ほぼ100%ケーブルテレビなどで難視聴対策が行なわれているので、これ以上、受信状態がよくなることはありえない。むしろ東京タワーから移動すると、電波の飛んでくる角度が変わるので、新たにビル陰ができてカバー率が落ちる。デジタルの電波はゴーストが出ない代わり、電界強度が一定以下だとまったく見えなくなる。
要するに、スカイツリーによって電波事情が改善されるどころか、電波障害が増えるのだ。今までは電波の飛んでいるところにビルが建ったので、「原因者」であるビルの所有者が共聴アンテナを建てるなどビル陰対策を行なうが、電波の角度が変わって電波が受信できなくなる場合の原因者は国だ。全国マンション管理組合連合会は「国がビル陰対策の費用を負担しろ」と主張しているが、政府は補償しないので各家庭が対策を取らなければならない。
地デジの放送には必要のない展望台
実はスカイツリーの事業主体である東武鉄道も、その目的に「地上デジタル放送の受信エリアの拡大」をうたっていない。その公式ウェブサイトには、こう書かれている。
新タワーに移行すると、地上デジタル放送の送信高は現在の約2倍となりますので、年々増加する超高層ビルの影響が低減できるとともに、2006年4月に開始された携帯端末向けのデジタル放送サービス「ワンセグ」のエリアの拡大も期待されているところです。
つまりスカイツリーの目的は、ワンセグの受信改善なのである。ワンセグは屋外で使うので、ビル陰に入りやすく、ケーブルテレビなどの手段がないからだ。しかしワンセグはもう成熟商品で、出荷台数は前年割れ。特に最近はiPhoneなどのスマートフォンが増えて、ワンセグ機能はあまり重要視されなくなってきた。ワンセグは視聴率調査の対象にもならないので、テレビ局の営業収入にもつながらない。
「新東京タワー」の構想が持ち上がったのは、地デジの放送が決まった1997年で、デジタル放送開始と同時に新タワーから放送する予定だった。しかし各社の意思統一ができないうちに2003年に東京タワーで放送が始まってしまい、ビル陰対策も7年かけてほぼ終わった。ところが「地域振興」にこだわった自治体が誘致合戦を繰り広げたため、放送には意味のないタワーをつくることになったのだ。
石原慎太郎・東京都知事は、2004年の記者会見で新タワーについて質問されて「つくる必要はないと思う。インターネット時代でシステムが変わろうとしている時代に、あんなばかでかいタワーが要るかどうか、それはもう基本的な問題だ」と批判した。建設予定地は航空機の進路にあたるため、都の都市計画審議会では許可が下りず、計画を縮小して墨田区の都市計画審議会で通した。
だからテレビ局は、スカイツリーの建設費を負担していない。建設費はすべて東武鉄道が出し、テレビ局はそれを借りるだけだ。経費はツリーだけで約650 億円、併設のオフィスビルや水族館など周辺開発を含めると総額約1430億円だが、設備投資を回収するキャッシュフローは展望台などの利用料金だけで、回収期間は25年かかるという。
要するにスカイツリーは、地デジの放送には必要のない単なる展望台なのだ。こんなものを建てなくても、通信衛星を使えば100億円以下で全国100%に放送できたのだが、ここまで1兆円以上のコストをかけた以上、もう引っ込みはつかない。スカイツリーの建設には世界最先端の技術が使われているそうだが、この無用の長物は、技術者は世界一優秀だが経営者は世界最悪といわれる日本の企業を象徴する「21世紀のピラミッド」である。
文: 池田信夫/経済学者
スカイツリーで電波障害は増える
東京都墨田区で建設中の「東京スカイツリー」の高さが488メートルに達し、電波塔としては日本で歴史上第1位になったという。完成すると634メートルで、電波塔としては世界一になるそうだ。
実際に建設を担当している大林組のサイトより。東京タワーの332.6メートルはすでに大きく上回っている
ところで、このスカイツリーは何のために建てるのだろうか。電波塔というからには、これが建てば今までより電波の届く範囲が広がるはずだが、すでに地デジの関東での電波カバー率はほぼ100%。これ以上カバー率を上げることはできない。スカイツリーは東京タワーより高いので遠くまで電波が届くと思っている人がいるが、東京タワーの電波の届く範囲は関東一都六県に限られており、これ以上広げることはできない。
ではタワーが高くなると、ビル陰が減って電波が届きやすくなるだろうか。これも今の東京タワーでビル陰になるところは、ほぼ100%ケーブルテレビなどで難視聴対策が行なわれているので、これ以上、受信状態がよくなることはありえない。むしろ東京タワーから移動すると、電波の飛んでくる角度が変わるので、新たにビル陰ができてカバー率が落ちる。デジタルの電波はゴーストが出ない代わり、電界強度が一定以下だとまったく見えなくなる。
要するに、スカイツリーによって電波事情が改善されるどころか、電波障害が増えるのだ。今までは電波の飛んでいるところにビルが建ったので、「原因者」であるビルの所有者が共聴アンテナを建てるなどビル陰対策を行なうが、電波の角度が変わって電波が受信できなくなる場合の原因者は国だ。全国マンション管理組合連合会は「国がビル陰対策の費用を負担しろ」と主張しているが、政府は補償しないので各家庭が対策を取らなければならない。
地デジの放送には必要のない展望台
実はスカイツリーの事業主体である東武鉄道も、その目的に「地上デジタル放送の受信エリアの拡大」をうたっていない。その公式ウェブサイトには、こう書かれている。
新タワーに移行すると、地上デジタル放送の送信高は現在の約2倍となりますので、年々増加する超高層ビルの影響が低減できるとともに、2006年4月に開始された携帯端末向けのデジタル放送サービス「ワンセグ」のエリアの拡大も期待されているところです。
つまりスカイツリーの目的は、ワンセグの受信改善なのである。ワンセグは屋外で使うので、ビル陰に入りやすく、ケーブルテレビなどの手段がないからだ。しかしワンセグはもう成熟商品で、出荷台数は前年割れ。特に最近はiPhoneなどのスマートフォンが増えて、ワンセグ機能はあまり重要視されなくなってきた。ワンセグは視聴率調査の対象にもならないので、テレビ局の営業収入にもつながらない。
「新東京タワー」の構想が持ち上がったのは、地デジの放送が決まった1997年で、デジタル放送開始と同時に新タワーから放送する予定だった。しかし各社の意思統一ができないうちに2003年に東京タワーで放送が始まってしまい、ビル陰対策も7年かけてほぼ終わった。ところが「地域振興」にこだわった自治体が誘致合戦を繰り広げたため、放送には意味のないタワーをつくることになったのだ。
石原慎太郎・東京都知事は、2004年の記者会見で新タワーについて質問されて「つくる必要はないと思う。インターネット時代でシステムが変わろうとしている時代に、あんなばかでかいタワーが要るかどうか、それはもう基本的な問題だ」と批判した。建設予定地は航空機の進路にあたるため、都の都市計画審議会では許可が下りず、計画を縮小して墨田区の都市計画審議会で通した。
だからテレビ局は、スカイツリーの建設費を負担していない。建設費はすべて東武鉄道が出し、テレビ局はそれを借りるだけだ。経費はツリーだけで約650 億円、併設のオフィスビルや水族館など周辺開発を含めると総額約1430億円だが、設備投資を回収するキャッシュフローは展望台などの利用料金だけで、回収期間は25年かかるという。
要するにスカイツリーは、地デジの放送には必要のない単なる展望台なのだ。こんなものを建てなくても、通信衛星を使えば100億円以下で全国100%に放送できたのだが、ここまで1兆円以上のコストをかけた以上、もう引っ込みはつかない。スカイツリーの建設には世界最先端の技術が使われているそうだが、この無用の長物は、技術者は世界一優秀だが経営者は世界最悪といわれる日本の企業を象徴する「21世紀のピラミッド」である。