7月14日3時26分配信 サーチナ
中国人ブロガー唐斬氏が「中国人を恨む民族が存在するとは知らなかった」とする文章を自らのブログに発表した。彼によると「自身が学んだ歴史と韓国人が話す歴史は異なる」という。以下は、その要約。
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私がカナダの小さな町でクリーニング店を経営していた時の事だ。町にいるアジア系住民は2つの中国人家族のほかに、3つの韓国人家族しかいなかった。その3つの韓国人家族のうち、主人が科学者の家族がいた。その科学者の奥さんは頻繁にクリーニングを利用してくれたうえ、同じアジア人として親近感があった。
彼女はすでに退職しており、子供もすでに結婚していたため、暇をもてあましては教会のボランティア活動をしていたのだった。私が彼女と徐々に打ち解けるようになると、彼女は私に様々な質問をするようになった。私も何気なく、彼女の家柄についてたずねると、彼女の顔色が一変したのだった。
彼女は韓国の田舎では相当なお金持ちだったそうだが、朝鮮戦争が勃発し、住んでいた土地が北朝鮮軍と中国軍によって占領されたのだという。そしてある夜、彼女の家に軍人が突入してきて、彼女の祖父や父、叔父を強制連行したそうだが、それが最後の別れになってしまったという。
私は「連行して行った軍人とは北朝鮮軍の軍人か?」と尋ねると、彼女は私をにらみながら「あなたたち中国人だった。中国の軍人だった」と言い、続けて「当時、米国の戦闘機が毎日のように空爆していた。中国軍は前進するために、軍人と一緒に一般庶民の女や子供を一列に並べていたのだ。米国の戦闘機は一般庶民を空爆するわけにもいかず、やむを得ず引き返して行ったのだ」と語るではないか。私は彼女の話を聞いて言葉が出なかった。
その後、私は「戦争は一般庶民にとっては残酷で恐怖であるが、なぜ韓国は北朝鮮を侵略するために戦争を起こしたのか?」と言うと、彼女は非常に驚いた様子で「我々が戦争を起こしたはずが無いだろう!北朝鮮が突然、38度線を越えて韓国に攻め入ったのであり、その北朝鮮を支援していたのがあなたたち中国ではないか!」と言うのだった。
私は呆然としてしまった。私が学んだ歴史はそうではなかったはずである。そしてこの世界に我々が日本人を恨むのと同様に、中国人を恨む民族が存在していたとは全く知らなかったのである。(編集担当:畠山栄)
中国人ブロガー唐斬氏が「中国人を恨む民族が存在するとは知らなかった」とする文章を自らのブログに発表した。彼によると「自身が学んだ歴史と韓国人が話す歴史は異なる」という。以下は、その要約。
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私がカナダの小さな町でクリーニング店を経営していた時の事だ。町にいるアジア系住民は2つの中国人家族のほかに、3つの韓国人家族しかいなかった。その3つの韓国人家族のうち、主人が科学者の家族がいた。その科学者の奥さんは頻繁にクリーニングを利用してくれたうえ、同じアジア人として親近感があった。
彼女はすでに退職しており、子供もすでに結婚していたため、暇をもてあましては教会のボランティア活動をしていたのだった。私が彼女と徐々に打ち解けるようになると、彼女は私に様々な質問をするようになった。私も何気なく、彼女の家柄についてたずねると、彼女の顔色が一変したのだった。
彼女は韓国の田舎では相当なお金持ちだったそうだが、朝鮮戦争が勃発し、住んでいた土地が北朝鮮軍と中国軍によって占領されたのだという。そしてある夜、彼女の家に軍人が突入してきて、彼女の祖父や父、叔父を強制連行したそうだが、それが最後の別れになってしまったという。
私は「連行して行った軍人とは北朝鮮軍の軍人か?」と尋ねると、彼女は私をにらみながら「あなたたち中国人だった。中国の軍人だった」と言い、続けて「当時、米国の戦闘機が毎日のように空爆していた。中国軍は前進するために、軍人と一緒に一般庶民の女や子供を一列に並べていたのだ。米国の戦闘機は一般庶民を空爆するわけにもいかず、やむを得ず引き返して行ったのだ」と語るではないか。私は彼女の話を聞いて言葉が出なかった。
その後、私は「戦争は一般庶民にとっては残酷で恐怖であるが、なぜ韓国は北朝鮮を侵略するために戦争を起こしたのか?」と言うと、彼女は非常に驚いた様子で「我々が戦争を起こしたはずが無いだろう!北朝鮮が突然、38度線を越えて韓国に攻め入ったのであり、その北朝鮮を支援していたのがあなたたち中国ではないか!」と言うのだった。
私は呆然としてしまった。私が学んだ歴史はそうではなかったはずである。そしてこの世界に我々が日本人を恨むのと同様に、中国人を恨む民族が存在していたとは全く知らなかったのである。(編集担当:畠山栄)