産経新聞09/22 13:01
【ワシントン=山本秀也】米民間警備会社ブラックウォーター(本社ノースカロライナ州)の武装要員によるイラク民間人銃撃が引き起こした同国、米両政府の確執は、「テロとの戦い」を影で支えてきた“戦争の民間委託”という問題を改めて浮かび上がらせた。米外交官の護衛などを請け負う現代の傭兵は4万8000人ともいわれ、補給業務を加えれば駐留米軍(約16万人)を上回る18万人もの“社員”がイラクに展開する。その実態は米軍削減問題とも絡んで論議を呼びそうだ。
■破格の待遇
発端となった16日の銃撃事件は、援助業務にかかわる駐イラク米大使館員の車列が、首都バグダッド市内で武装組織の攻撃を受け、護衛を託されていたブラックウォーター社員の反撃で民間人が死傷したというものだ。
銃撃戦の詳細は不明ながら、同社の要員は、軍用の自動小銃と拳銃で完全武装し、日本などでの「警備員」のイメージとはまるで違う。同社は偵察任務も可能なヘリコプターや装甲車両も備えるなど、治安部隊と大差ない装備だ。要員にも米軍の特殊部隊経験者が多く迎え入れられている。
米軍特殊部隊のあるOBは、「高給に加えて頻繁に与えられる派遣先の国外での休暇など民間の待遇は破格だ」と語る。米兵の年俸に近い3万ドル程度を月給として支給する企業もあるという。
イラクで目下、活動中の民間の武装要員の数については、米国防総省が「2万5000人」としているのに対し、民間警備会社の団体は「4万8000人」としている。
■削減議論の枠外
ブラックウォーター社のように、イラクで警備業務を受託する民間企業は、「プライベート・セキュリティ・カンパニー(コントラクター)」(PSC)と呼ばれ、米、英系を中心に現在40社近くが業務に当たる。
2005年に襲撃を受けた日本人傭兵、斎藤昭彦さんの所属先、ハート社も、キプロスに本社を置く英軍特殊部隊OBらが作ったPSCだった。
こうしたPSCの業務範囲は、政府職員の武装警護から施設警備、補給業務の護衛など、本来は海兵隊が受け持つ公館警備や陸軍部隊の護送任務にまで踏み込んでいる。
このため、「民間警備会社」という訳語では「実態をとらえきれない」として、「民間保安会社」「民営軍事請負会社」などの訳語を使う日本の軍事研究者もいる。
米下院政府改革委員会が2月にまとめたPSCに関する報告書は、イラク再建関連歳費の12・5%に当たる38億ドル(約4300億円)が、「警備サービスへの支払いに充てられた」とし、PSCの活動は「伝統的な軍の役割を肩代わりしている」との認識を示した。
民間委託は、PSCによる警備業務のほか、米エネルギー企業ハリバートン社の関連企業が受託する米軍への補給や郵便配送、米兵の給食など軍の後方業務全般に及ぶ。AP通信によれば、イラクで米軍の軍務を肩代わりする民間人の総数は、18万人にも上っている。にもかかわらず、こうした民間企業は、戦闘部隊を中心に進む米軍の削減議論のらち外にある。
■米政府の苦境
民間企業への軍務委託に詳しい米専門家ピーター・シンガー氏は、外交専門誌フォーリン・アフェアーズ(05年3月)の論文で、民間委託の流れは1990年代半ばに始まったとし、(1)冷戦の終結(2)軍務と民間業務の線引きの変化(3)行政業務を民間に委託する世界的な流れ-などを挙げて、その背景を説明している。
ただ、給食や郵便配送とは違って、警備業務は武器の携帯や使用という強制力の行使を伴う。その法的な根拠は、イラク政府がブラックウォーター社に対し取り消した「業務認可」のみだ。今回の銃器使用によるイラク民間人の死傷のほかに、収容者の虐待が明るみに出たアブグレイブ刑務所でも、PSCの民間要員が関与していた。
米政府は、PSCの認可取り消しがイラクでの活動全般に影響を与えかねないとみて、「民間人への冷血な殺人は黙認できない」(マリキ首相)と態度を硬化させるイラク政府の説得に躍起だ。
>続報有り
米国務省、傭兵企業の監督強化 イラク銃撃受け
10月6日10時13分配信 産経新聞
【ワシントン=山本秀也】ライス米国務長官は5日、駐イラク米国大使館の警備を請け負う米企業「ブラックウォーター社」に対し、警備車両へのビデオカメラ設置や車両への監督係官の同乗など、不祥事防止策を打ち出した。同社の武装要員の銃撃でバグダッド市民が死傷した事態をめぐり、イラクとの外交摩擦のほか、米議会での批判が高まったことで、国務省は対策を迫られていた。
国務省のマコーマック報道官によると、今回の対策は「業務に対して最良の管理、監督責任を果たすための措置」とされる。車両へのビデオカメラ設置は、武装組織との交戦を動画に記録して、民間人への誤射などへの証拠検証を可能にする目的だ。
ただ、実態的には傭兵である武装要員への監視のため、監督係官を警備車両に同乗させるには、新たな米政府職員のイラク派遣が必要となる。
問題となった先月の銃撃では、駐イラク米国大使館員をバグダッド市内で警護中のブラックウォーター社の要員が小銃を連射し、市民13人が巻き添えで死傷した。イラク政府は事態に反発を強め、米側でも連邦捜査局(FBI)の捜査官を現地に派遣するなど、沈静化に向けて真相究明が進んでいた。
一方、米下院本会議は4日、米政府との契約で国外業務を請け負う民間業者が、違法行為を行った場合、米国の刑法を適用して処罰できるとの法的な網を国務省の契約業者にも広げる法案を圧倒的多数で可決した。現行の法律では、海外で軍務の一部を請け負う国防総省の契約業者だけが、米国内法の適用対象となっている。
【ワシントン=山本秀也】米民間警備会社ブラックウォーター(本社ノースカロライナ州)の武装要員によるイラク民間人銃撃が引き起こした同国、米両政府の確執は、「テロとの戦い」を影で支えてきた“戦争の民間委託”という問題を改めて浮かび上がらせた。米外交官の護衛などを請け負う現代の傭兵は4万8000人ともいわれ、補給業務を加えれば駐留米軍(約16万人)を上回る18万人もの“社員”がイラクに展開する。その実態は米軍削減問題とも絡んで論議を呼びそうだ。
■破格の待遇
発端となった16日の銃撃事件は、援助業務にかかわる駐イラク米大使館員の車列が、首都バグダッド市内で武装組織の攻撃を受け、護衛を託されていたブラックウォーター社員の反撃で民間人が死傷したというものだ。
銃撃戦の詳細は不明ながら、同社の要員は、軍用の自動小銃と拳銃で完全武装し、日本などでの「警備員」のイメージとはまるで違う。同社は偵察任務も可能なヘリコプターや装甲車両も備えるなど、治安部隊と大差ない装備だ。要員にも米軍の特殊部隊経験者が多く迎え入れられている。
米軍特殊部隊のあるOBは、「高給に加えて頻繁に与えられる派遣先の国外での休暇など民間の待遇は破格だ」と語る。米兵の年俸に近い3万ドル程度を月給として支給する企業もあるという。
イラクで目下、活動中の民間の武装要員の数については、米国防総省が「2万5000人」としているのに対し、民間警備会社の団体は「4万8000人」としている。
■削減議論の枠外
ブラックウォーター社のように、イラクで警備業務を受託する民間企業は、「プライベート・セキュリティ・カンパニー(コントラクター)」(PSC)と呼ばれ、米、英系を中心に現在40社近くが業務に当たる。
2005年に襲撃を受けた日本人傭兵、斎藤昭彦さんの所属先、ハート社も、キプロスに本社を置く英軍特殊部隊OBらが作ったPSCだった。
こうしたPSCの業務範囲は、政府職員の武装警護から施設警備、補給業務の護衛など、本来は海兵隊が受け持つ公館警備や陸軍部隊の護送任務にまで踏み込んでいる。
このため、「民間警備会社」という訳語では「実態をとらえきれない」として、「民間保安会社」「民営軍事請負会社」などの訳語を使う日本の軍事研究者もいる。
米下院政府改革委員会が2月にまとめたPSCに関する報告書は、イラク再建関連歳費の12・5%に当たる38億ドル(約4300億円)が、「警備サービスへの支払いに充てられた」とし、PSCの活動は「伝統的な軍の役割を肩代わりしている」との認識を示した。
民間委託は、PSCによる警備業務のほか、米エネルギー企業ハリバートン社の関連企業が受託する米軍への補給や郵便配送、米兵の給食など軍の後方業務全般に及ぶ。AP通信によれば、イラクで米軍の軍務を肩代わりする民間人の総数は、18万人にも上っている。にもかかわらず、こうした民間企業は、戦闘部隊を中心に進む米軍の削減議論のらち外にある。
■米政府の苦境
民間企業への軍務委託に詳しい米専門家ピーター・シンガー氏は、外交専門誌フォーリン・アフェアーズ(05年3月)の論文で、民間委託の流れは1990年代半ばに始まったとし、(1)冷戦の終結(2)軍務と民間業務の線引きの変化(3)行政業務を民間に委託する世界的な流れ-などを挙げて、その背景を説明している。
ただ、給食や郵便配送とは違って、警備業務は武器の携帯や使用という強制力の行使を伴う。その法的な根拠は、イラク政府がブラックウォーター社に対し取り消した「業務認可」のみだ。今回の銃器使用によるイラク民間人の死傷のほかに、収容者の虐待が明るみに出たアブグレイブ刑務所でも、PSCの民間要員が関与していた。
米政府は、PSCの認可取り消しがイラクでの活動全般に影響を与えかねないとみて、「民間人への冷血な殺人は黙認できない」(マリキ首相)と態度を硬化させるイラク政府の説得に躍起だ。
>続報有り
米国務省、傭兵企業の監督強化 イラク銃撃受け
10月6日10時13分配信 産経新聞
【ワシントン=山本秀也】ライス米国務長官は5日、駐イラク米国大使館の警備を請け負う米企業「ブラックウォーター社」に対し、警備車両へのビデオカメラ設置や車両への監督係官の同乗など、不祥事防止策を打ち出した。同社の武装要員の銃撃でバグダッド市民が死傷した事態をめぐり、イラクとの外交摩擦のほか、米議会での批判が高まったことで、国務省は対策を迫られていた。
国務省のマコーマック報道官によると、今回の対策は「業務に対して最良の管理、監督責任を果たすための措置」とされる。車両へのビデオカメラ設置は、武装組織との交戦を動画に記録して、民間人への誤射などへの証拠検証を可能にする目的だ。
ただ、実態的には傭兵である武装要員への監視のため、監督係官を警備車両に同乗させるには、新たな米政府職員のイラク派遣が必要となる。
問題となった先月の銃撃では、駐イラク米国大使館員をバグダッド市内で警護中のブラックウォーター社の要員が小銃を連射し、市民13人が巻き添えで死傷した。イラク政府は事態に反発を強め、米側でも連邦捜査局(FBI)の捜査官を現地に派遣するなど、沈静化に向けて真相究明が進んでいた。
一方、米下院本会議は4日、米政府との契約で国外業務を請け負う民間業者が、違法行為を行った場合、米国の刑法を適用して処罰できるとの法的な網を国務省の契約業者にも広げる法案を圧倒的多数で可決した。現行の法律では、海外で軍務の一部を請け負う国防総省の契約業者だけが、米国内法の適用対象となっている。