経済破局は来るのか?

経済破局がいつくるのかを、金貸し支配を読み解きながら、追及しています。

現在の金融危機(負債の臨界点)と、第一次大戦~大恐慌の状況

2019年10月14日 11時21分47秒 | 日記
吉田繁治氏 ビジネス知識源408号:特別号;負債の臨界点を超えたように見える世界経済 リンク 
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■2.中央銀行のマネー増発策は、限定的な幅になった

すでに、マイナス金利の欧州(ユーロ)と日本には、金融危機のときの、通貨増発の余力が乏しい。米国も利下げの余地は、最大でも1%くらいしかない。今後の、主要国の中央銀行による、可能な通貨増発策は限定されたものでしょう。
金融危機を通貨の増発、つまり中央銀行からの銀行への貸付増で乗り切っても、不良債権化した負債が大きくなるだけで、いずれは先送りされたカタストロフが訪れます。負債が増えているからです。
中央銀行のマネー増発は、企業の借り入れによってマネーが補充されて、危機を先送りする効果をもっていますが、危機をなくす機能はない。負債の増加が、その後の企業利益の増加にならないと、危機は先送りされただけになるのです。

不良債権は、借りた企業や金融機関が、支払金利より多くの利益を出せるようにならないと解決には向かわない。これが不良債権の本質です。貸付金による、企業の資金繰りの助力は、数年は続いても、一時的です。金利支払いと返済の分を借り増した企業が、増えた借り入れの金利より、大きな利益を出せるようにならないと、銀行の不良債権の増加になるからです。

以上の観点から、大恐慌の推移を振り返ることに意味があるでしょう。過去を学習した人間による「対策」があるからです。
その対策は、「中央銀行による通貨の増発」に集約されます。問題になるのは、リーマン危機のあとの10年で、20兆ドル(2100兆円)を増発し、残っている主要国の、通貨増発が、今後の危機に対してどの程度有効かということです。

株価の暴落があったとしても、実体経済の恐慌には、2年から3年の猶予期間があるでしょう。
大手新聞やメディアは、普通は、銀行の不良債権を調査して、報じることはしません。預金者の不安をあおり、金融を崩壊させる取り付け発生の恐れが、生じるからです。危機が事実になったあと、報じます。

■3.第一次世界大戦での、マネーの増発

第一次世界大戦(1914年~18年)では、政府が国債の増発を行うため、金本位が停止されていました。金準備制なら、通貨の増発は金準備高に縛られて、GDPの100%やそれ以上を使う戦費の調達ができないからです。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、英国にならって中央銀行を作ったあとの国では、税金ではマネーが足りない戦争は、通貨の大増発を行うものに変わっていました。(無限に見える)通貨増発による戦費のため、戦争が、国民の財を集結する「国家総力戦」に変化し、初めての世界大戦になったのが、第一次世界大戦です。

大戦のとき増発されたマネー(財政支出)は、戦争の被害を受けなかった米国で、株式と不動産のバブルを引き起こします。新しい産業として、自動車、家電、電力、鉄道があったのです。国民の間には、投資信託が普及し、高い株価を背景に、資本調達のための株式の分割が盛んになっていました。フロリダでは、空前の不動産ブーム(リゾートブーム)が起こっていましたが、1928年、29年に崩壊し、31の銀行を破産させました。
金融危機の原因は、過剰なマネーが貸付金になって引き起こす資産バブルだということが分かります。古今東西、普遍の原理でしょう。ただし、マネーの増発と資産バブルの発生から崩壊には、ほぼ10年の、複雑系の負債債券と貸付増加の、波及の期間を置くため、経済学は「マネーの過剰増発が、金融危機とその後の、実体経済の恐慌の原因だった」とはしていないのです。

■4.1929年10月の、米国株価の崩壊

1929年(昭和4年)の8月に、米国FRBは、戦後資産バブルの対策として公定歩合を6%に引き上げています。銀行に過剰になっていた、国債担保のマネー(当座預金)を回収するためです。9月には、この利上げのため、ダウは17%下落しています。

1929年9月には、イングランド銀行も、大戦終結後の利上げをしたので、米国のマネーが英国に流れます。当時の米国と、インドなど7つの海を植民地にしていた帝国主義の英国は、経済規模では、現代の中国と米国のような、GDPで1位、2位の関係でした。米国は、自動車と電気工業の新興大国だったのです。

起点は、新興企業のGM(ジェネラル・モーターズ)の80セントの下落でした(GMは、現在のアマゾンのような地位でした)。この新興工業株が下げたことをきっかけに、投資家の集合知は、下げ一方の予想になり、売りが株価を下げ、その下げが売りを呼ぶという株価崩落のサイクルに入ります(暗黒の木曜日:10月24日)。
週明けには、さらに13%下げ、翌日も下げたのです。株価は9月比で43%下がっていました。時価総額では週間で300億ドルが失われました。株価の崩壊は、投資家と銀行の資産を縮小させ、金融危機になります。

18世紀末の産業革命以降、過剰生産のサイクルから先進国では、ほぼ10年に一回の期間で、金融危機が起こっていました。
1929年から33年の恐慌は、(1)株と不動産の資産価格の下落、(2)銀行の不良債権、(3)実体経済(GDP)の生産の低下、(4)失業率の上昇で、過去最大であり、後に「大恐慌」と呼ばれたのです。

最大になった理由は、第一次世界大戦(1914年~18年)での、戦費国債の増発を、中央銀行が買い取って、通貨の増刷にしたことから発生した大きな規模の資産バブルの崩壊だったからです。(注)リーマン危機のあとの10年も、史上最大の通貨の増発(20兆ドル:2100兆円)が行われています。



匿名希望
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