経済破局は来るのか?

経済破局がいつくるのかを、金貸し支配を読み解きながら、追及しています。

市場縮小下で「公共圏」を維持するシステム(2)

2013年09月29日 11時04分34秒 | 日記
のつづき。「ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ 日本に関して3」リンクより引用
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経済成長という概念の不可能性

しかし、もっと根源的な問題がある。つまり、そもそも経済成長などということが、日本のみならず世界で可能なのかということだ。

(中略)

いま世界経済は金融機危機を克服し、成長軌道に再度戻る可能性も指摘され始めている。だがこれは、アメリカを始め、各国政府の巨額の経済刺激策によって、深刻な恐慌に突入してもおかしくない世界経済が下支えされているからに過ぎない。経済刺激策に息切れが出始めたとき、世界経済はコルマンがいう経済成長が不可能な現実に直面させられるのかもしれない。

もし、そうであるなら、有効な成長モデルを描くことができず、右往左往している現在の日本の姿こそ、世界の将来を先取りした姿かもしれないのだ。とするなら、もしわれわれが日本で公共圏を維持する根源的に新しいスタイルを見いだした場合、もしかしたらこれは世界をリードするシステムになる可能性すらある。

公共圏の低成長型地方分権的維持のシステム

ではどのようなシステムになるのだろうか?それはまだ分からない。だが、一つはっきりしていることは、高度経済成長を前提にした中央集権的なシステムでは公共圏の維持はもはや難しいということである。

少なくとも新しいシステムは、低成長か、または経済成長がほとんど期待できない状況においても、社会が生き残るベースとなる公共圏を安定的に維持できなければならないということだ。

はっきりしていることは、マニフェストで地域主権の強化を打ち出している民主党は、中央集権的システムの限界を理解しており、これを地方分権的システムへと分散化する方向で改革を推し進めようとしているということである。つまり、地方には使途の縛りがない財源を一括して与えるかわりに、公共圏を維持する責任を地方に委譲するというわけだ。

コミュニティー単位の公共圏

しかし、これを経済成長がほとんど期待できなくなった状態で実施するのである。当然、政府が地方に委譲する財源も大きくはないだろう。限定されたものにならざるを得ない。

すると、公共圏の維持の責任をまかされた地方自治体は、行政サービスをさらに下の市や町にまかせるという具合に、公共圏の維持の単位が最終的には地域コミュニティーまで降りて行くという結果になる可能性が大きい。

むろん、小さな地域コミュニティーに、すべての行政サービスを代行する力はない。とするなら、NPOなどを通して地域住民を積極的に巻き込んだ住民参加型のシステムに最終的にはならざるを得ない可能性が強い。

民主主義でしか機能しなくなるシステム

これはどういうことかというと、いままで政府が中央集権的に管理していた公共圏の維持が、行政サービスを受ける住民自らの参加で維持されるという、いわば地域コミュニティー全体が村落化したようなシステムになるということだ。おそらくこうしたシステムでは、意志の決定は住民参加の直接民主制になる可能性が大きいのではないだろうか。
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引用以上

「ヤスの備忘録」によれば、上記のような経済システムは、Web bot(=ネットで使用される言語統計から未来を予測する試み211786 211787)が描く「広域自足経済圏」という自立可能な共同体のイメージに非常によく似ているという。Web botの予測では近い将来、現在の国民国家は国民の信頼を失い、また現在の資本主義システムに代わり、このような自給自足的な共同体(自己組織集団)が世界的に台頭してくるのだという。

そしてこれは、実現論が描く、共認統合体たる社会の原点として再生されるべき、『自分たちの生きる場を自分たちで築く』本源集団実現論4_7_02のイメージにも重なってくるように思う。

 
田中素
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