経済破局は来るのか?

経済破局がいつくるのかを、金貸し支配を読み解きながら、追及しています。

ハイパーインフレ 日本の戦前戦後の状況 物価はどうなったのか?

2015年02月14日 13時45分09秒 | 日記
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あの戦争の原因>日本の戦時債権>14.戦後のハイパーインフレ

★物価はどうなったのか?

■東京卸売り物価指数グラフ

注)下記は引用者がリンク先グラフから概略数値を読み取って転記
(昭和9年~11年平均を100)
昭和 9年  100
昭和12年  110
昭和15年  180
昭和19年  210
昭和20年  250
昭和21年  400
昭和22年 2500
昭和23年 8000
昭和24年 19000
昭和25年 23000
昭和26年 30000
昭和27年 36000
昭和28年 35000

※引用者注)
・20年間で約350倍のインフレ率
・短期的には年間6倍強のインフレ率(昭和21年~22年)
・通貨流通量に比例してインフレが進んだ。


・昭和9~11年
戦前安定期の最後。

・昭和12~19年
戦時中。この間、普通なら戦時インフレで相当上昇するはずですが、価格統制・配給制・国債発行などの政策で何とかインフレを防いでいます。しかし結局は2.5倍ぐらいに上昇しています。実際は闇市場も発達していますので実態とは言えないでしょうけど。闇価格も18年末あたりから相場を持ち始め「国民相場」と呼ばれたそうですから、このあたりから闇経済の規模が無視できないほど大きくなって行ったようです。実際に日銀による闇相場の統計まで残っています。ですから実際のハイパーインフレは18年末から始まったと見るべきでしょう。

・昭和20~21年春
終戦前後の期間。B29による焼夷弾空襲によって全国の都市は焼け野原。さらに本土決戦準備のために軍が大量の物資を発注。これによりインフレが発生します。
しかも終戦後、国民は生活の為にそれまでの貯蓄を卸にかかり、さらに何をちと狂ったか、政府が軍発注物資の代金を一挙に払ったため、一度に通貨供給量が増えて強烈なインフレになります。庶民は持っている物を少しずつ闇市で売って暮らす「タケノコ生活」。それでも空襲よりはよほどましです。

・昭和21年春~22年春
インフレ対策のために、この年の2~3月に掛けて政府が行ったのが「新円切り替え」と「預金封鎖」。通貨供給量を減らすため、5円以上を新紙幣(新円)に切り替えると言う理由で強制預金させます。(旧紙幣は3月3日を以て流通停止)さらにその旧円預金を封鎖して、一家族が1ヶ月に引き出せる金額を500円とかに制限させます。これが「500円生活」の時代。確かに通貨供給量は一挙に減らせますが、インフレ防止策としてはかなりの強攻策です。

実際、「新円切り替え」はあまりにも急に行われたので、紙幣の印刷が間に合わず、旧札に証書を張っただけの10円札まで出されました。新円でも二宮尊徳の一円札など非常にちゃちな印刷です。このとき切り替えに引っかからない小額紙幣や硬貨が重宝され、釣り銭拒否の現象まで起きています。
そうはいってもインフレ防止の効果は有りますから、しばらく物価は安定期に入ります。それでも復興の最中なのでジリジリと上がっては行きますが。こ時期が闇市の最盛期でもあります。

・昭和22~24年
一通り焼け跡の処理も終わり、インフレも収まりましたので、次は職、産業の復興を目指します。最初は繊維産業など軽工業が復興、次は重工業。昭和21年10月、復興金融金庫法公布、翌年1月1日同金庫開業。ここが企業に資金を貸付、国内産業の復興を図ります。乏しい資源と資金を集中導入して石炭と鉄鋼を増産し、経済復興を軌道に乗せようとする「傾斜生産方式」。昭和22年には石炭生産目標をほぼ達成しますが、この資金が再び大インフレを招きます。いわゆる「復興インフレ」の時期。
財政的裏付けのない資金投入をするとどうなるか、良い見本みたいな物です。この時期の税収なんて全く当てにならない物でしたから。あまりにも酷いので一度は資金を絞りますが、そうするとインフレは収まるが大量失業が発生。資金投入を再開するとインフレが再発、とどうしようも無い状態。

・昭和24~25年中盤
日本のこの状況を何とかするために、米大統領特命公使として2月にジョゼフ・ドッチが来日。彼は元デトロイト銀行頭取で、前にはドイツに派遣され通貨改革を成功させた人物、その道のプロですね。すでに米ソ対立、いわゆる冷戦が始まっており、アメリカとしては日本・ドイツ経済の立て直しは急務でした。
そのドッチは日本経済を「日本の経済は両足を地につけていず、竹馬にのっているようなものだ。竹馬の片足は米国の援助、他方は国内的な補助金の機構である。」と評価「竹馬経済」。そこでドッチが取ったのが「ドッチ・ライン」
・財政緊縮:24年度予算を歳入超過の超均衡予算で編成。
・公共事業費半減
・公共料金値上げ
・価格差補給金削減:安い公定価格維持のために、政府が生産費を埋め合わせる目的で払っていた補助金の削減。
・復興金融金庫の復興債発行禁止
・為替レートの設定:1ドル=360円
・税制改革:シャプウ勧告に基づく直接税中心の公平税制
などなど。要するに財政・経済超健全化政策。
これでインフレは一挙に収束。代わりに倒産続発・失業者増大、「安定恐慌」と呼ばれた大不況になります。

・昭和25年中盤~26年
折からの冷戦の中、昭和25年6月25日、北朝鮮軍が突如南進。朝鮮戦争が勃発します。米軍を中心とした国連軍の参戦で、日本は兵站基地として重要な役割を担うことに。戦時物資や役務の調達に伴う需要が増大。特別需要、いわゆる「朝鮮特需」が発生。
これにより日本経済は一転して好景気に。財政健全化の中でのインフレなので極めて健全なインフレです。これで戦後の日本は、経済の立ち上げに成功します。

・昭和26年以降
経済の立ち上げに成功した日本は、その後、東京オリンピック後まで続く、戦後の「高度成長期」に入っていきます。

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きっちょむ
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