映画の話でコーヒーブレイク

映画の話を中心に、TVドラマや旅行の話などを綴ります

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レボリューショナリーロード 燃え尽きるまで

2009-02-11 | 映画 ら行
この映画の予告編を見て、1979年の「クレイマーVSクレイマー」を思い出しました。
当時若かった私は、
メリル・ストリープ演じる妻に「この母親、なんなんだ~?」と憤りを感じたのでした。
同じ路線か?と多少躊躇したものの、最近とみに男振りが上がり貫禄の付いてきたデカプリオと、
ゴールデングローブ賞で主演・助演女優賞をダブル受賞したウインスレット見たさに
映画館へGO!

でも・・・、「タイタニック」よ再び~なんて気分で見に行ったらビックリじゃない?
恋愛ドラマと思って結婚間近のカップルなんかで行ったひには・・・。
結婚前のカップルはご覧にならない方が良いかと思います。


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   レボリューショナリー ロード  燃え尽きるまで

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 < ストーリー >
1955年、NY郊外コネチカットの新興住宅街「レボルーショナリーロード」に
住むウィラー夫妻。
こぎれいな郊外の家に、二人のかわいい子供たち。はためには理想の夫婦に見える。
NYの機械メーカーの社員であるフランクと、女優になる夢を諦めたエイプリル。
ともにこんなはずではなかったと不満を感じる日々。
そんな時、フランクの誕生日にエイプリルが「パリで暮らしましょう」と提案するが・・・。

         
本作は結婚や家族に対する文化の違いや、世代の違い・性別の違いで、捉え方が全く違うんではないでしょうか。
アメリカの若者なら「そんな~時代も、あったねと~」思うのかも、
日本の若者の感想はどうなんでしょう?

この半世紀の世の中の変化は、歴史上最も急速だったのではないでしょうか?
この映画を理解するには
1950年代のアメリカの社会状況を知らないと、今の感覚では難しいでしょう。
当時のアメリカは、冷戦の中、経済が復興し大量生産・大量消費の時代に突入。
コンピューターの黎明期で電化製品普及し、1954年には家庭のテレビ普及率が50%を越える中、
マッカーシーの赤狩りや市民権運動が起こる。

戦争中女性が担っていた職場を帰還兵に戻す為、
政府は「アメリカのよき伝統は、女性は家庭で子育てをし、外で働く夫のために家庭を守る」
というキャンペーンを行ったらしい。
男女の役割分担が明確で、「男は外で、女は家を守る」という他に選択肢はなかったようだ。
女性は家庭という枠の中で、良妻賢母たれと、息を詰まらせ、ストレスを溜め込み苛立つ。
郊外の一軒家で、子育て・家事にガーデニングの毎日。
ふと「~になりたかったのに・・・」と夢と現実のギャップに溜息をつく。
繁栄の中、貧困とは無縁だが、社会との関わりや生きる手応えを失ってしまった女性たち。

        悩むエイプリル、美しい!

1998年製作の「カラー・オブ・ハート」は主人公の二人が1950年代のTVドラマ
「プレザントンヴィル」の中にタイムスリップする話でした。
絵に描いたような何の不満もない単調な日々。
カレン・アレン演じる母親が二人の影響を受け、空虚な日々に疑問を持ち、
そんな日々をぶち壊し生きているという手ごたえを感じたことでモノクロがカラー映像になったのでした。

疑問に思わなかったり、生活に追われて疑問を持つ余裕もない場合には波風は立たません。
電化製品が普及し時間の余裕が出来たことも女性が悩みを持つに至った一因かも?
外から見れば「一体何の不満があるの?」と思われるが、そう言われれば言われるほど、
不満をもつ自分を責め、閉塞感に身動きが取れなくなる。
贅沢といえば贅沢な悩みです。
ウーマンリブ運動はこんな時代を経て、1970年代に開花したのですね。

日本だってほんの少し前までは、
結婚したら仕事は止めて家庭に入るというのは不文律のようなものでした。
私もプロジェクト開始時に「結婚の予定はあるか?」と上司に聞かれた記憶があります。
「~さんの奥さん」や「~チャンのお母さん」としか呼ばれない私って何?
「私にだって名前はあるのよ」と専業主婦なら誰しも思うのじゃないでしょうか。


エイプリルは、「パリに行けば生きている実感を味わうことができる」と信じる。
彼女にとって「パリ」は暗闇の中の一条の希望の光。
政府機関で私が家計を支えるから、あなたは自分の生きがいを探して頂戴とフランクに提案。
そんなに簡単に仕事は見つかるの?
突然「生きがいを見つけて」って言われても・・・ねぇ。それはそれで、うろたえるよね。
一度はパリ行きに同意するが、上司に昇進の話を持ちかけられ現実的になるフランク。
職場でチャンスを掴んだ30歳前のフランクには、パリ行きの冒険は色褪せるよね。
でもあの話がなかったら本当に彼はパリに行ってたんだろうか?
       
不動産屋の女(キャシー・ベイツ)が二人を「理想的なカップル」「あなた達は特別」
と持ち上げたことで、エイプリルは暴走し、「パリに行く」と告げ優越感に浸る。
隣人も会社の同僚も「パリ行き」を聞くと一様に驚き、
突飛な選択に「何を考えてるんだ、うまくいくわけない」という思いと同時に
「羨ましい」という嫉妬も混ざる。
計画が頓挫と聞くと、「そりゃそうだよな」と一様に安堵の表情を浮かべる。


ここにいけば・・・なんて夢の場所なんてないし、
ここで見つけられないものは他の場所でも見つけることなんてできないんじゃないのかな。
この時点でエイプリルは病んでいる。唯一の出口を閉じられたことで壊れていく。
それほどあの素敵な家が、街が、彼女には無意味で空虚だったのね。
「悩み」と「病み」は紙一重。

不動産屋の精神を病んでいる息子が一番正直。
だからこそフランクの心変わりを責め、痛いところをつかれたフランクを怒らせる。


ここでアメリカ人と日本人の根本的な違いが出ていたように思います。
何かのテーマで話をすると、意見が違って当たり前。
双方自説を曲げず口角泡を飛ばして議論するが、その話が終ると仲良く付き合えるアメリカ人。
一方、日本人は少々意見の対立があっても、空気を読んで落としどころを探す。
議論の後も尾をひいて関係が悪くなるといけないから、なかなか本音を出さない。

夫婦間でも同じようなことがおこる。
アメリカ人は夫婦喧嘩でも「しゃべるしゃべる」これでもかと思いの丈をぶちまける。
日本人はどちらかというとダンマリで、時が解決するのを待つ。そんなことないですか?
日本人から見れば二人の喧嘩は「それを言っちゃぁ、おしまいよ」までいっちゃってる。
子供もいることだし・・・って、そういえばいるはずの二人の子供はほとんど登場しません。
一体何処行っちゃったの?

愛がさめたら子供がいようが関係ない。
ましてや、パリ行きの足かせになったと信じるエイプリルにとって、お腹の子供は・・・
今もって妊娠中絶が大統領選挙の争点の一つになるお国柄、当時許されるはずもなく悲劇が起こる。
「スリーウィメン/この壁が話せたら」でデミ・ムーアが演じた女性も50年代、エイプリルと同じ結末でした。

50年代のエイプリル、30年後のクレイマー夫人、現代なら・・・さっさとお別れ?

現代アメリカ家庭の病理を「アメリカン・ビューティー」で描いたサム・メンデス監督は、
50年代に舞台を移して何を描きたかったのでしょう?
ラストシーンは長年離婚せずに夫婦関係を続けるテクニックはこれだよといわんばかり。
不動産屋の夫は補聴器の音量を落とす。
やっぱり真っ向勝負はアカンよね?


ゴールデングローブの授賞式で左にデカプリオ、右に夫のメンデス監督と座ったケイト。
ダブル受賞の発表後、最初に抱き合ったのは夫ではなくレオ!
その後思い出したように夫とハグ・・・。
ケイト~、大丈夫?
デカプリオの演技も凄かったけど、アカデミー賞はノミネートもなし?



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 ***** 今週 見た 映画 *****

 2月 1日 「モンテーニュ通りのカフェ」 DVD

 2月 3日 「レヴォリューショナリーロード」@TOHOシネマズ海老名

        「マンマ・ミーア!」@TOHOシネマズ海老名

 2月 6日 「アフタースクール」DVD

 2月 7日 「春のめざめ」DVD アレクサンドル・ペトロフ監督のロシアアニメ
          ルノワールの絵画のような不思議なタッチの文学アニメ

 
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