のんきに介護

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曽野綾子さん、戦時の英知って何だ?

2015年02月12日 22時57分46秒 | 安倍某とそのお友達

典拠:Stephen Stapczynski @SStapczynski さんのツイート〔14:53 - 2015年2月12日

「絶対的な悲惨はない」

ということが言いたいのかな。

アウシュビッツにも祈りはあったろう。

また、笑った日もあったろう。

それは事実として、

なるほどその通りだろうと思う。

しかし、人間として

普通に享受しえる

「平安」が処刑されるユダヤ人に許されたわけはなかろう。

どんなことでも、

確かに相対化して考えられる。

しかし、特殊を否定するのは誤りだ。

一様でない悲惨、苦境が

それぞれの人に特殊な形で背負われている。

語られるべきは、

それぞれの人が背負っている

「ワースト」であり、「ベスト」なんだと思う。

たとえば、小説家である

曽野綾子さんが自己の戦時体験を「ベスト」なものとして

語るのは勝手だろう。

ただ、それをもって

「どこまでも『ベター』に過ぎず、あなたの『ワース』と異ならない」

かのようにぬかすのは、

欺瞞であり、生きた時代の体験の悪用だな。

戦争中、日本でぬくぬくと暮らしていた人間が

アウシュビッツの

悲惨を吹聴しては可笑しいだろう。

しかし、「悲惨」を知らないことをもって、

「英知」と呼ぶべきではない。

曽野綾子のような女性が

作家であり続けられた事実に驚愕する。

これは、

紛れもない戦後の悲惨だ。
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