歩いて、歩いている

新発見!この道はいつかきた道?

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えっ!ねこ。。。いぬ。。。ライオンか?!

2015-12-25 18:46:29 | 日記
久しぶりに筆ケ崎町の道を歩いた。やや坂だが、そんなにきつい訳ではない。

玉造筋の近鉄鶴橋ガード南を西に入ったあたりで、周囲は日本赤十字病院や著名な病院が続く緩やかな坂道だ。

最近は高層マンションも数多く病院関連の各種学校・教育研究施設のほか高層マンションが数多く建設され、さながら病院の丘のようになっていて、

かつてのしっとりとしたセピアカラーの家並は全くない。

今更そう感じているのもおかしいのだが、さっき通り過ぎた小奇麗な専門学校の前のカフェの玄関にXmasの装飾と早すぎるのではと思ってしまう

印刷された門松のポスターが張り出されているのを見た。和洋折衷も極まれりだ!。。。だ!等と多少違和感を持って坂道を登って?いった。

ふと大病院の入り口付近を見ると、なアアア~んとネコかイヌか、いや違う「ライオン」だー!。それも咆哮しているではないか、危ない!、、、、、

奴は動かない、今のうちにに逃げよう!その時、前から「チリ・チリ・チリーン」ああ御免なさい邪魔をして。

自転車の親子に睨まれた。ライオンは出入り口のお守りらしい。狛犬ならぬ「狛ライオン」だった。余りこだわるとろくな事はない。

しずかに歩いて、歩くのだ。兎にかく。。。。

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やっぱり庶民のちから”大阪城”

2015-12-01 18:45:32 | 日記


大阪城西ノ丸北門(京橋口)を城内にすすむ。ほんの数日前までは見事に紅葉していた木々も、すでに色あせて寂しくなっていた。さすがにあれ程にぎわ

っていた甲高い外国語は聞こえてこない。静かに歩ける小道も久しぶりに心休まるひと時である。

かの英雄豊臣秀吉公も昨今の賑わいに驚いているのか、それとも満足しているのか知らねど何れも有難きことかも?

木の間越しに見えていた天守閣も、夕やみ迫る一瞬の輝きを見せる夕日をいっぱいに受けて誇らしげに雄姿を見せている。



西の丸北の堀端にしばらく佇んで城の雄姿を眺めていた。今残る大阪城の遺構は徳川時代に再建されたもので、秀吉が築いた大阪城は地中に埋もれてい

る。現在の天守閣は1931年(昭和 6年)に御大典記念事業の一つとして広く大阪府民より寄付を募り再建され、併せて大阪城公園として整備された。

1953年(昭和29年)に国の特別史跡に指定された。城ひとつにも多くの歴史があり、さらに古くもあり、近くもある歴史が有るのだと思いを巡らせ夕日に

輝く大阪城を再び三度振り返りながら小道をぽつり、ぽつりと、、、、お堀に鴨が三々五々に浮いている、、、、。

 
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