黄長『金正日への宣戦布告』(文春文庫)を読む。
黄氏は戦時中に日本の大学で学ぶも、
学徒志願兵にならなかったので朝鮮に送還。
徴用された工場で終戦を迎える。
朝鮮労働党に加入、モスクワ留学後は理論畑を歩み、
42歳で金日成総合大学総長に任命されました。
49歳で最高人民会議議長(国会議長)に就任。
北朝鮮のパワーエリートとしてのキャリアを重ね、
1997年に韓国に亡命、2010年に病死しました。
朝鮮労働党国際秘書時代に中国を訪問、
改革開放政策を北朝鮮に導入することを提案しますが、
金正日に受け入れられず亡命を選ぶまでの半生が
綴られています。
北朝鮮のパワーエリートのキャリア形成、生活などがわかる
参考文献として貴重な回想録です。
黄氏は人民の生活を省みない金正日体制に義憤を感じ、
韓国に亡命したと主張していますが、
学者肌の生真面目な党幹部が耐えきれずに国を捨てたのか、
権力闘争で身の危険を感じて亡命したのかはわかりません。
おそらくは、様々な要素が絡み合って
亡命に至ったものと思われますが。
意図的に記述を省いているのか、
黄氏が関知していないからかはわかりませんが、
北朝鮮の権力機構の中心である
軍についての言及がない点も注目されます。
あくまで「党務一筋に生きてきたエリートの視点」
であることを踏まえて読むべきでしょう。
中国なりアメリカが、金正日体制崩壊後をにらんで、
改革開放政策に転換した北朝鮮の傀儡政権のトップとすべく、
黄長を韓国に亡命させた、と憶測してしまいますが、
いくらなんでも陰謀論の読みすぎでしょうね…。
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