九州神社紀行-ブログ

北九州近郊を中心に神社および周辺風景の撮影日記です。

宗像大社・沖津宮現地大祭-2011(福岡県宗像市)

2011-05-28 17:21:58 | 神社参拝ー福岡

 5/26(木)27(金)、昨年は生憎の荒天で渡島が中止された、宗像大社・沖津宮現地大祭に参拝してきました。
予報では両日とも曇り、雨で良くありませんでしたが、波は比較的穏やかで無事に渡島でき、かねてよりの念願が叶い大変うれしく思っています。

 沖津宮の鎮座する沖ノ島は北九州市と福岡市のほぼ中間に位置する、宗像本土からおよそ60kmの玄界灘沖に浮かぶ周囲4kmの絶海の孤島です。島全体が神域とされ、一般の者がこの島に上陸できるのは、年に一日だけ、毎年5月27日、沖津宮で行われる現地大祭に参拝するしかありません。このお祭りに参拝できるのは、事前に申し込み、宗像大社から許可の出たおよそ200人、70歳以上の渡島も、原則禁止されています。宗像市では世界遺産登録に向けて活動中で、平成21年1月5日、世界遺産暫定リストに記載されています。

 この現地大祭の行われる5月27日は、戦前までは1905年(明治38年)日本海海戦を記念して制定された海軍記念日でした。日本海海戦の戦勝記念と英霊の鎮魂が発端であったことからこの日に行われることになったとのことです。
 日本海海戦は、東郷平八郎元帥率いる日本艦隊とロシアのバルチック艦隊とが沖ノ島沖で交戦し、日本軍がわずか5時間でバルチック艦隊を壊滅させ、日露戦争の勝利となった、歴史的な海戦です。
 
 この現地大祭の行程は前日の5月26日、午後6時までに筑前大島に渡り、中津宮にて受付をすませ、宵宮祭に参列、説明会に出席、大島に宿泊、翌朝06時30分までに港に集合、07時00分大島港出港、09時00分沖ノ島到着、海水で禊をすませ、10時00分からの祭典に参列、13時00分沖ノ島離島、15時00分大島港到着、現地解散となっています。

 5月26日(木)、昨年同様、辺津宮に立ち寄り、参拝と御朱印を頂き、15:30神湊港発の旅客船「しおかぜ」で筑前大島に渡りました。小雨が降っていましたが、昨年と違い、大きな揺れもなく、今年は大丈夫と期待が高まりました。

 船中で携帯電話が鳴り、昨年お世話になった、Fさんでお仲間と中津宮に居られるとのこと、島に到着後、直ぐに中津宮に向かい一年振りの再会を果たしました。受付を済ませ、中津宮の御朱印をいただき、一旦今夜お世話になる民宿「つわせ」にお迎えを頼み向かいました。Fさんによると、昨年小生が「つわせ」が良かったと言っていましたので、此処にして、部屋も同部屋を頼んで呉れたとのことで今夜が楽しみです。
 皆さん、入浴され長旅の疲れを癒し、宵宮祭の行われる中津宮に送っていただき、宵宮祭に参列しました。

18:00 宵宮祭(安全祈願祭)

    記念品今年はお神酒がありません。

 宿に帰還後、地元の魚介類満載の夕食で大宴会、見知らぬ人との談笑も楽しみです。
部屋に戻ってFさんの富士山頂鎮座の富士山本宮浅間神社奥宮など貴重な御朱印など拝見、神社談義など時間の過ぎるのも忘れるほど楽しみました。

 5/27(金)いよいよ渡島です。5時前に起床、空模様はどんよりと曇っていましたが、海は荒れてなく凪状態で波はありません。 
    
06:05 民宿「つわせ」出発
 大島港へはマイクロバスで送っていただきました。

06:20 大島港着
 沖ノ島へは旅客船「しおかぜ」になりました。美人女将にお礼を告げいよいよ乗船です。

06:49 出港
 大勢の旅館、民宿の女将さん等の見送りを受け桟橋を離れました。

07:46 取材クルー
 大島出港後、大きな揺れもなく、用意した船酔い止めの薬は不要です。
直ぐ横に取材クルーの船が並走してきました、見るとうまく波に乗りこちらが揺れは少ないように感じました。
 時折、波間に飛び交う海鳥も近くに見られましたが、名前は分かりません。

08:13 沖ノ島遠望
 突然、霧に霞む沖ノ島が見えてきました。島の最高峰一の岳(標高243.6m)頂上にある灯台は霧の上にあり幻想的で神の島の神々しい雰囲気を感じます。

08:17 沖ノ島入港いよいよテトラポッドに囲まれた港に入港です。

08:18 先着の高速船が接岸しています。

08:22 上陸いよいよ念願の上陸です。
 前方左には一の鳥居から参道を上る人影、海岸には禊をする素っ裸の男たち、正面に沖津宮社務所、その右に太陽光発電のパネルが見えます。

08:25 禊参拝前には海中禊を行うことになっています。
 女人禁制で皆さん一目を気にすることなくどうどうとしています。
 風もなく、水温も思ったほど低くなく寒くはありませんでしたが、海中の小石が痛く滑りそうでなかなか安定できませんでした。上がって服を着ると、体がぽかぽかして、温泉に入ったようで快適でした。  
 
08:42 一の鳥居 
 禊を済ませいよいよ石造りの一の鳥居をくぐり、標高約80mの島の中腹にある社殿へはおよそ400段の参道を上ります。

08:45 参道から港全景 
 港は漁船などの避難港になっていますが、島全体がご神体で宗像大社の境内地である島へは許可なく上陸はできないとのことです。沖に見える岩礁は写真右から、小屋島、御門、天狗岩と呼ばれ、釣り場となっているようです。

08:46 参道から二の鳥居
 急な階段を上がるとしばらく平坦な道が続き、森の入口に鳥居が見られます。
テレビ局の取材は地元のRKB毎日放送とTNCテレビ西日本の2社が同行していました。

08:47 二の鳥居 
 笠木に特徴のある、この地方独特の天然木の鳥居です。

08:48 参道
 二の鳥居をくぐると急な階段が続きます。整備されていますが雨でぬかるんで、滑らないよう注意しながら進みます。

08:53 三の鳥居
 シンプルな造りの神明鳥居です。小さな扁額に「沖津宮」とあります。

08:55 四の鳥居
 上りきったところにある鳥居です。この鳥居をくぐるとしばらく下りです。

08:56 参道から社殿
 鬱蒼とした樹木の間から社殿が見えてきました。狭い社前は参拝の方々で溢れていましたが、太古の昔から変わらぬ景色に感激です。

08:57 社殿到着すると皆さん、早速参拝の列に並んでいます。

08:57 社殿  
 鬱蒼と茂る原生林の中にひっそりと佇んでいます。御祭神は天照大神と素戔嗚尊の誓約により生まれた宗像三女神の長女神・田心姫神です。国家の安泰と海路の安全を祈り、大和朝廷により重要な祭祀が行われています。

  
社殿は巨岩と巨岩の間にコンパクトにレイアウトされています。本殿の屋根には巨岩が張り出してくっついています。


 祭祀遺跡  
 社殿の背後に広がる巨岩郡を中心に23ヵ所が確認されています。4世紀後半から約600年に亘って斎行されてきました。
年代毎に、
 1.岩上祭祀(4世紀後半~5世紀)
 2.岩陰祭祀(5世紀後半~7世紀)
 3.半岩陰・半露天祭祀(7世紀後半~8世紀前半)
 4.露天祭祀(8世紀~10世紀初頭)の四つの形態に分類されています。  

宗像大社・沖津宮現地大祭-2011(福岡県宗像市)Part2に続くーー

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1 コメント

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沖津宮の写真についてのご依頼 (陸野将男)
2016-01-15 22:46:05
お世話になっております。

突然で申し訳ありませんが、沖津宮社殿及び全島遠景のお写真をお持ちであればお分け頂けないでしょうか?ご一考のほど宜しくお願いします。
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