
内牧菅原神社(熊本県阿蘇市)をフォトギャラリー(九州、沖縄)に掲載しました。
内牧菅原神社(うちのまきすがわらじんじゃ)
【鎮座地】〒869-2301 熊本県阿蘇市内牧416 旧肥後国 阿蘇郡
【御祭神】菅原道眞 (配祀)大國主命
【御由緒】
本社は永禄年間邊春丹波守盛道内牧在城の折、内牧城内に勧清盛道奉幣祈願の社なり。
天正の初め薩州島津義久氏当地攻略の時落城と共に自刃す。
天正十六年加藤清正肥後を領せらるに当たり家臣加藤馬之允可重を城代たらしめ天神社を蛭池に遷し奉り慶長元年下屋敷に遷座す。同年社内に一寺を建立し天満の二字を採り天松山満念寺と号す。以来明治初年まで満念寺の社僧が祭祀を司る。
明治四年郷社、同八年村社に列す。
社殿は元禄十五年再建なりしが、明治十七年十一月焼失しその折ご神体を除く宝物旧記悉く焼失した。明治二十三年新たに宮造りを為し、同四十年には詔勅により神饌幣帛料を奉らせ給う。
例大祭 九月十五日
(境内案内板より)
拝殿

阿蘇最大の温泉地、夏目漱石、与謝野晶子・鉄幹夫婦も入った内牧温泉に鎮座しています。
本殿

当社の創建は永禄年間(1558~1570年)邉春丹波守盛道が内牧城内に勧請したのが始まりです。
祭神は、学問の神様で有名な「菅原道真公」。
天正(1573~1592年)の始め、島津義久の攻略に会い内牧城は落城し、その後社殿は元禄15年(1702年)に再建されました。
明治17年11月に御神体を除いて焼失し、同23年に再建されました。
境内社、阿蘇打越神社(あそうちこしじんじゃ)
【祭神】沙伽羅竜王 (天海に住む雨乞いの本尊)
「椨(たぶ)」の木
阿蘇市指定天然記念物、樹齢450年、幹囲4.9m、高さ21.5mの大樹です。
内牧菅原神社(うちのまきすがわらじんじゃ)
【鎮座地】〒869-2301 熊本県阿蘇市内牧416 旧肥後国 阿蘇郡
【御祭神】菅原道眞 (配祀)大國主命
【御由緒】
本社は永禄年間邊春丹波守盛道内牧在城の折、内牧城内に勧清盛道奉幣祈願の社なり。
天正の初め薩州島津義久氏当地攻略の時落城と共に自刃す。
天正十六年加藤清正肥後を領せらるに当たり家臣加藤馬之允可重を城代たらしめ天神社を蛭池に遷し奉り慶長元年下屋敷に遷座す。同年社内に一寺を建立し天満の二字を採り天松山満念寺と号す。以来明治初年まで満念寺の社僧が祭祀を司る。
明治四年郷社、同八年村社に列す。
社殿は元禄十五年再建なりしが、明治十七年十一月焼失しその折ご神体を除く宝物旧記悉く焼失した。明治二十三年新たに宮造りを為し、同四十年には詔勅により神饌幣帛料を奉らせ給う。
例大祭 九月十五日
(境内案内板より)
拝殿


阿蘇最大の温泉地、夏目漱石、与謝野晶子・鉄幹夫婦も入った内牧温泉に鎮座しています。
本殿


当社の創建は永禄年間(1558~1570年)邉春丹波守盛道が内牧城内に勧請したのが始まりです。
祭神は、学問の神様で有名な「菅原道真公」。
天正(1573~1592年)の始め、島津義久の攻略に会い内牧城は落城し、その後社殿は元禄15年(1702年)に再建されました。
明治17年11月に御神体を除いて焼失し、同23年に再建されました。
境内社、阿蘇打越神社(あそうちこしじんじゃ)

【祭神】沙伽羅竜王 (天海に住む雨乞いの本尊)
「椨(たぶ)」の木

阿蘇市指定天然記念物、樹齢450年、幹囲4.9m、高さ21.5mの大樹です。