♪冬が終わった八十八夜 チャンチャン サバの味噌煮にワカメのサラダ チャンチャン あれに見えるは初美じゃないか チャンチャン 孫にねだられ甘い菓子♪
スーパーに行ったら同級生の初美ちゃんが孫と買い物に来ていました。ちょっと立ち話をしていたらその隙に孫が逃げ出して一目散に駄菓子コーナーへ直行。この集中力と素早さを十数年持続できればアスリートとして活躍できるでしょう。
ところで、八十八夜は何か特別なものを食べる風習があったっけ?と話題になりました。特に八十八夜に何かやった思いではなく、子供には茶摘みの歌の中でしか縁のない言葉でしたし「今頃がその季節だったんだ?」と気がつくほどでした。
初美ちゃんが言うにはNSPが歌った「八十八夜」をよく聴いていたというので、そういえば高校生の頃ラジオからこの歌が流れていたっけな、と、何となく聞いてことはあるのだけれどはっきり思い出せないNSP。たしか、女子高生受けするグループだったと思いますが、あまり印象にない。その女子高生が今ではおばあちゃんですよ。わっかんねぇもんですな。
たまたま石割桜の前を通りがかったらまだ桜の花が咲いていました。
地面から飛び出した岩の割れ目から芽を出した桜が成長し、根っこが岩をつかむごとく外側を張って地面に降りている桜です。
昔は奥深い山の中でしたが現在は近くに広い道路が開いています。
この石割桜の下流50mほどの林の中に連合赤軍リンチ事件で殺された3人が埋められた場所があります。やっぱ桜の樹の下には 死体が埋まっていたんですね。
1972年冬の事件でしたが、それまで小学生の通学に大人が同行することはよくあったんです。警戒対象はクマで、空き缶などを鳴らしながら集団登校しました。この事件が表に出たことで、私たちの近くの山にも連合赤軍が潜んでいるのではなかろうか?と言うことで、通学に大人が同行してくれましたが、鉈や鎌を手に持っての同行でした。クマより人間が恐ろしい時代の始まりでした。
何度足を運んでも気味悪い場所です。