ニセコ生活

2000年4月にニセコに移住、その生活を紹介します。

2連敗

2015-11-30 05:03:44 | Weblog

昨日は9人制全町バレーボール大会、9地域チームでの優勝争い。我が東部地区、2度ほど練習をし、試合に望む。一回戦は去年の優勝チーム、我がチームは準優勝チーム、いきなり去年の上位2チームの戦い。21点先取、2ゲーム取ったチームが勝ちとなる。1ゲーム目を失い、2ゲーム目はジュースまで持ち込むが敗れる。ここで追い付き3ゲーム目になればひょっとしたら勝てたかと思ったが残念。

 

2回戦は街中のチーム、ちびっ子ギャングみたいな小柄な若造がスパイクをビシバシ打ってくる。前3人がしっかりしていて圧倒される。1ゲーム目、2ゲーム目と大差を付けられて敗戦。2連敗するとは思わなかったが、対戦チームにはそれなりにスパイクを打てる若造が居た。前3人と中心線がしっかりしていた。トスを上げてそれをそれなりの強さでスパイクが打てる選手がいる、それが強みだ。

 

我がチームもそれなりに選手は揃っている。経験者は他チームより少ないがミニバレーとかで動いている、そして練習もした選手達だ。だが、ママさんバレーや経験者がいて、スパイクが打てる選手がいるチームには勝てなかった。善戦したが我が東部地区はスポーツに関しては常に上位、優勝争いをする。2連敗は正直意外だった。まあ、でも、街中のチームの選手層は厚そうだ。我々に勝ったチームでさえ優勝は出来なかったとのこと。バレー経験者、スパイクの打てる若手を移住させないと。

 

夜は倶知安の某会館で倶知安、京極、ニセコの3クラブ合同の例会が有り、参加する。倶知安でそれなりの人数が集まり宴会が開かれるのは某会館のみ。決して悪くはないが「又か」、「又ね」となる。その点、ニセコは宴会場が何カ所もあり選べる。こちらはニセコが勝っているのか。

 

このところ宴会が続く。28日はソフトボールの納会、29日はライオンズの例会、30日休んで、1日は空き家バンクの打ち上げ、2日はニセコライオンズのクリスマス会、これじゃ身体が保たない。今日は禁酒だ。

 

11月30日朝。

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納会

2015-11-29 05:28:15 | Weblog

昨夜は早朝ソフトボールクラブ、シニアクラブ倶知安の納会。倶知安のソバ屋さんで行う。以前、一度昼飯を食べたことがある店で、女性3人で店を切り盛りしていた。以前は親父さんも居たが雇っていたとのことで女性パワー活躍中、だ。

 

通常は納会には12,3人参加するが、今年は10名、ちょっと寂しい納会となった。今期の成績も発表され、二部8チーム中4勝3敗は同率の3位だったが得失点の差で4位。若手に混じっての60歳以上のオッサンチーム、先ず先ずの成績だ。

 

今年は全道大会も倶知安で開催されたが1回戦敗退。この試合だけは悔いが残っている。勝てる相手だっただけに今でも悔しい。我がチームに助っ人3人入ってのチーム力の向上を目指したが、逆にチーム内に不協和音をもたらした。その結果、チームワークどころではなくなり、敗戦となった。こういったチームで戦う場合はチーム内での統一が取れていないと勝てないということ。大きな反省点だろう。

 

何回かパスボールをしたような気がしたが失策はゼロ、守備力は満点。打つ方は18打席、14打数5安打3割5分7厘、四球4,出塁率5割、数字的には先ず先ずだが、未だ未だ欲が有り、物足りない。

 

いつかはフェンス越しのホームランを、と思っているがそれは諦めた。練習もしないでホームランを打つなんてことは出来ない。もう飛ばなくなっているのだ。怪我なく出来るだけで良し、としなければ。来年に向けてこの冬少しはスキートレーニングをしよう。しかし、だ。この年までチームに入れて、仲間とソフトバールが出来るとは思っていなかった。実にラッキーだ、幸せなことだ。 

女性3人のソバ屋さん、4000円の飲み食べ放題、十分なつまみ、最後は勿論ざる蕎麦、満足だ。二次会にも誘われ、さらに一杯飲んだが、それだけは余計だった。でも、ニセコから新しく入ったメンバーも居て、その方が飲まない方。送迎付きでこちらもラッキー。

 

11月29日朝。外は暗くて判らないが10センチほど積もっているのか。

来年は全国大会を目指そう、と納会で言ってしまった。


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水を差す

2015-11-28 05:26:39 | Weblog

せっかく積もっていた雪が雨で溶け、地肌が見えるようになった。白いところよりも茶色の地面の割合が多いほどだ。すっかり溶けてしまった。この時期、雪は降っても雨は降らないが、やはり地球温暖化なのだろうか。11月中盤からの4ヶ月は雨はいらない、雪でいい。しかも、気温は4度前後、気温もプラスはいらない、マイナスで十分だ。

 

去年に仲介した大きな建物を若いアメリカ人が購入してくれた。今年そこで英国人の彼女とスキーやスノーボードのスクールを開設し、ビジネスを始める。予約状況はどうなんだ、と聞けば悪くないようだ。スタッフも7名雇うという。オーナーの一人でもある彼は何年かニセコヴィレッジでインストラクターをやり、ビジネスになると踏んで始めたのだろう。

 

英国青年も建設会社を興した。日本で働きビザを取得するには起業するのが楽なようだ。冬はスキーをしながら夏場建築関係で生計を立てる。彼のところに尋ねたら日本製のカンナなどでテーブルの天板を作っていたがあまりにもお粗末。我が工房に眠っている自動カンナを貸すから使ってと提供した。そのカンナを見た瞬間「マジ」とか日本語で言っていたので喜んでくれたのだろう。仕事も入ってきているようだ。大工さんのパートを募集しているが働かないかと誘ったところ既に仕事があるようで断れてしまった。

 

日本人も頑張っている。某所に中古物件を買ってくれた彼も30代、居酒屋開店に向けて急ピッチで店舗作りをしている。ロケーション的には若干ハンディはあるが飲食店の空白区、3,4ヶ月で1年分稼ぐつもりで頑張れはいけるかも。

 

人が増えればビジネスも増える。良いやつも来れば悪いやつも来る。昨日一緒だった札幌の不動産屋さんも倶知安にアパートを建てるという。良いムードが続けばいいが。

 

11月28日朝。

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サーブ

2015-11-27 06:09:23 | Weblog

ニセコ町のスポーツ大会は球場開きのスポーツ大会、運動会、ソフトボール大会、ソフトミニバレー大会、マラソンフェスティバル、そして9人制バレーボール大会があるのか。今年最後の9人制バレーボール大会が今週の日曜日に開催される。その練習会が先週の木曜日と昨夜あった。メンバー表を見れば俺の名前も記載されてあり、顔だけでも出すかと昨夜練習に参加した。

 

ニセコ来て7,8年はこのバレーボール大会に参加していた。セッターの後ろやエンドラインに近いところを守っていた。バレーボールはやったことがなく、「膝を使え」とか言われた気がしたが、まあ初心者だ。

 

このバレーボール、両手を合わせて手首あたりでボールを返すと最初のうちは非常に痛い、ボールが固くはないのだが慣れないと痛みが凄い。変な受け方をしているのだろう。

 

ちょっとだけ自信があるのがサーブだ。サーブだけはそれなりに相手コートに入れることが出来る。練習台になり、サーブをレギュラー選手側に打った。久し振りだったがよく入った。「良いサーブ」などと外野から声が聞こえた。調子こんで連続20発くらいサーブを打ったろうか。確率は80%、我ながらよく入った。普通なら肩を痛めるくらいだが肩だけは頑丈だ。ただ、ちょっと調子に乗ってしまった。

 

この9人制バレー、一人でもスパイクが打てる選手を持っているチームは強い。残念ながら我がチームにはバレーの経験者はほんの何人か、安定したスパイクを打つ選手もいない。その点は弱点だが、まとまりだけはある。練習も2回ほど行っている。恥ずかしくない試合だけは出来そうだ。

 

で、今朝起きて肩の調子はどうかと思ったがまあ大丈夫だ。サラリーマン時代、肩たたきに合わないよう肩を鍛えていた成果が出ている。

 

それにしても昨夜は夜中中雨音。この時期に雨かい、ガッカリだな。

 

11月27日朝。

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横綱

2015-11-26 05:43:44 | Weblog

ニセコから小一時間のところにある壮瞥町の北の湖博物館に行ってきた。平日でもあり、なくなってからだいぶ時間も経つので見学者は我々と老夫婦のみ。入り口には献花台があり、菊の花も準備されていた。中に入り、子供の頃の写真から横綱になったまでの写真が飾ってあった。それらを見ると涙が溢れてきて、目をつぶり、頭を振ると涙が床に落ちた。実に涙もろいのだ。しかし、横綱の何十枚の写真が飾ってあったが「笑顔」の写真はなかったのか。親方らしいと言えば親方らしい。

 

高校時代の友達二人がやってきた。高校3年間は柔道部だった、その仲間二人だ。ニセコに来て、一人の友が当別町に住んでいて婿養子になり農家をしていたことを知った。彼とはニセコ来てから毎年この時期に一杯やっていて15年続いているのか。その中に小山市の西村君が毎回来るようになって7,8年経つ。ずぅっと札幌でやっていたが去年からニセコでやろうとなった。一回で終わるつもりだったが「上手い寿司屋があるが」と言ったら今年もニセコでとなった。当別町の彼が怪我で1回休み、小山の彼がどこかの病気で1回休んだが俺だけが皆勤だ。後何年続くか判らない。飲めるうちに飲んでおかないと。それにしても3人とも良いペースで飲んでしまった。たった3年間の友だが充実していたんだろう。

 

久し振りの寿司屋さんだったが、それなりに混んでいた。お客さん「全てニセコ町の方?」と聞けば、そのようだった。オフシーズンは地元の方で混んでいるのか。12月から何日か予約が取れるようだがそれ以外は全て予約で埋まっているとのこと。凄いね。

 

11月26日朝。飲むには飲んだが二日酔いはないか。二度寝しないと。

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来たか

2015-11-25 06:06:17 | Weblog

来たー!、それとも「来たか」、本格的な雪の一日だった。平地でも15センチ前後積もったのか。通常なら除雪車が来て、除雪する積雪量だったのか。道道には除雪が入ったが町道には入らなかっが除雪会社との契約は12月からなのか。

 

夜、通夜に倶知安まで行ったが、滑るような気がして運転も慎重になる。雪の降り始めと、終わる頃の事故が多いと聞く。今シーズンは無事故で行こう。

 

大リーグに希望を出し、チャレンジしようとする選手が居る一方、チャレンジするものの上手く行かず、出戻り組も多い。出戻ってもその選手を引き取る球団もあるので選手としては日本の球団は保険になっているのか。

 

しかし、出戻り組で現役そのままの活躍している選手はそんなに居ない。広島の黒田選手くらいだろう。そして昨日ベストナインの発表があった。出戻り組で唯一選ばれたのがファイターズの田中選手。彼がベストナインに選ばれるほど日本の、パ・リーグの選手層は薄いのか。ちょっとガッカリだ。

 

昨夜の通夜で最後お坊さんから一言があった。63歳のお坊さんは2年間で同級生を3人、年下の方を2名送り出した、と。永く生きる人も居るが人間そんなに永くは生きられない。一生懸命生きなさい、仲良く生きなさい、と。

 

最近、一生懸命という言葉がより気になっている。短い人生、一生懸命生きるか。

 

11月25日朝。

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50から

2015-11-24 06:39:38 | Weblog

今年は葉っぱが落ち始めた頃にバードテーブルに去年から残っていたヒマワリの種を置いた。そうしたところ野鳥がドンドン来るようになった。種類も多い。ハシブトガラ(コガラ)、シジュウカラ、ヤマガラ、雀、カケス、アカゲラ、ヒヨドリ、ゴジュウカラ等が来ている。エサを出すのが遅れた去年よりは圧倒的に数も種類も多い。

 

ニセコに来た頃、初めて「ゴジュウカラ」という野鳥を知った。というよりシジュウカラくらいしか知らなかった。このゴジュウカラ、実に流線型で格好がいい。真下に降りたり真上に上がったり普通の鳥の動きとは違う。名前もいい。丁度ニセコに来た頃が50歳になりたて、その時に「ゴジュウカラ」と聞いた時に俺の年と一致し、これからだ、五十からだと勇気ももらった鳥でもある。去年は一匹も見なかったので今年は来てくれている。ヒマワリの種、今年は30キロくらい使うかも知れない。邪道だ、と言われるかも知れないがエサを3月までやり続ける。でも、あれから15年か、「ナナジュウカラ」とかの野鳥は居ないものか。

 

商売がら空き家を見に行くと、もったいないソファや洋服ダンス、お金のかかったものが不要となって粗大ゴミとなっている。「宮内庁御用達のソファ」とか高級そうな装飾が施された洋服ダンスも粗大ゴミだ。女性の人が座って化粧する鏡台(?)とかも立派だ。昔は花嫁道具だったろうが今は利用している女性の方々は居ないのか。家具類を処理してくれる親父さんが言うには化粧用のそんなものは全然売れないという。70歳以上のお婆ちゃんが使用していたんだろう。座ってじっくり化粧するなんて事はなくなったのか。

 

今朝起きたらやっと屋根に白いものが積もっている。2,3センチ、5センチ以下の積雪だ。それでも一面が真っ白になっている。どうせならもっと降ってくれ。ニセコは積雪に命運がかかっている。早く降れば降るほどいい。生活は大変になるが降ってやってくれ。

 

11月24日朝。1分前の外の風景

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忘年会

2015-11-23 05:42:09 | Weblog

▲  wowowのボクシング中継が朝11時よりあった。チャンピオンの三浦君がラスベガスで行う防衛戦の放映もあったが、試合の始まる前に用事があり、見られなかった。彼は勝つだろうと思って出かけたがダウンの応酬の末、有利に試合を進めていながらTKOで負けてしまったようだ。試合を見ないでよかった。彼が負けてしまったか、もう一、二度防衛できると思っていたが非常に残念。

▲  用事は某海岸線の町で古い建物を売りたいとのことで建物を見に行った。息子さん夫婦が来られていた。以前にこの建物を仲間の不動産屋さんで外観だけ見て「2,300万だな、売れればいいけど」の結論だった。高額で売りたいと言われたらどうしようかと思っていたら「売れますか」と言われた。前もって地元の不動産屋さんに連絡を取ったら「売れない」と言われていたようだ。3家族が住んでいたようで随分と広い家だった。しかも、家の中もキチンと整理されており、すぐに住める建物だがどうなるのか。

▲  11月22日、この日は我が豊里地区の忘年会だ。数年前から毎年この日に併せて家族共々参加の忘年会を行っている。農家の方も暇になってきている、冬スキー場で働く人達もこの時期はそれほど忙しくはない。そんなこんなで時期的には丁度良い。ただ、何軒かは出てきていない家もあってちょっと残念。

▲  ニセコに来て15年も経てば長老になっていた。参加者の中で一番年上になっていた。15年も経てば時代は変わる。当時ヨチヨチ歩きだった子供は高校生、大学生になっている。自分だけ年を取っていない感覚だが、長老か、ガッカリだな。

▲  俺がニセコに来た頃の長老は90歳前後になるという。施設に入っているが、俺もすぐにそんな中に入るのか。今のヨチヨチ歩きの子供らが高校生になる頃にはそうなるだろう。先ずはオリンピックまで、そして新幹線に乗れるかどうか微妙、札幌冬季オリンピックまでは保たなそうだ。

 

11月23日朝。

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久し振り

2015-11-22 05:39:13 | Weblog

二日酔いの一日だった。午後、ゴルフ中継を見ながらウトウトしていると携帯がなった。「おぉーい、夜、暇か」の電話。かかってきた人から想像は出来たし、その通りだった。「麻雀やりたいが一人足らない」と。正直飲み疲れていたがウトウトした関係でそれなりの体調になっていた。麻雀の誘い、久し振りだ。というよりほぼ1年ぶりの麻雀だった。

 

その方の家に着いたら道東の方に住んでいる息子さんが来られていた。「親父の遊び相手になって欲しい」と。誘った方は俺より一回り上、そして同じか彼以上のお婆ちゃんも一緒だった。

 

この二人とは何回かやったことがあったが岩内町から来られた一人の方とは初めてだった。その方が「タバコを吸ってもいいか」と聞いてきた。既に灰皿は用意されており、うなずいた。俺を含めた後の3人は吸わない。

 

俺も30歳過ぎまではタバコを吸っていた。麻雀なんかやると3箱くらいは吸っていてタバコを挟んだ右手の人差し指と中指の間がヤニで黄色くなるほどだった。しかし、タバコを止めてからは麻雀やパチンコの席でタバコを吸われるのは決して歓迎しない。タバコを吸っていた時代、タバコを吸わない方とプレイしたことがあったが今思えば随分と迷惑をかけたな、と。

 

しかし、久し振りの麻雀、時々はやりたいと思うようになった。一週間に4,5日はやっていた時もある。あのなくなった宮ちゃん達とだ。それが今では年に1,2回。もうちょっとやっても良いかな。ボケ防止に良いと言うから。

 

ハンチャン4回ほどやった。最初はちょっとした不注意から振り込んでしまいラストだったが、2番手、2番手、トップ、どうにかプラスになる。まあ、ハンチャン4回くらいで止めるのが丁度良い。将棋、囲碁、麻雀、自慢じゃないが室内遊びも得意だぜ。

 

11月22日朝。ソフトbのワンちゃんとそっくりのドーリーとハナ公

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大横綱

2015-11-21 06:24:35 | Weblog

昨夜、ライオンズのボージョレーヌーボーを楽しむ会を某スナックで楽しんでいたら携帯が動いた。北の湖理事長が亡くなったニュースが飛び込んできた。俺は北の湖が好きだった。正直大好きだった。当時は輪島派対北の湖派、圧倒的に輪島が人気だった。でも、俺は北の湖が好きだった。朝青龍がタイプの横綱だったが、何で嫌われるのか判らなかった。相撲の好きなタイプは流れがあって、栃錦—若乃花、柏戸-大鵬、北の湖-輪島、それなりの強い日本人横綱がライバル関係で綱を張っていたが、人気はいずれも後者だった。若乃花、大鵬、輪島が人気者だった。

 

別にひねくれては居なかったが俺は全て前者が好きだった。子供の頃、相撲が強いこともあって相撲は見ることも取ることも好きだった。小学生低学年の時に相撲取りになりたくてショウがなかった。その頃、家にはテレビなく、隣のうちにテレビを見に行ってお婆ちゃん達に「タカシちゃんはよく知っている」とテレビに映された力士の名前をよく覚えていた。

 

北海道に移って、ニセコから小一時間の壮瞥町の北の湖博物館とかに行って、ここで生まれたのか、この小学校を出たのか、と感慨深いものがあった、涙が溢れた。「横綱北の湖、北海道壮瞥町出身」とかのアナウンスが未だに心に響く。

 

嫌われ者の顔はしていた。今思うと朝青龍は人気があって、北の湖の人気がないのが信じられないのだ。朝青龍よりはずぅっと土俵態度は良かったぞ。東京に居た時に歩いて5分ほどで北の湖部屋があった。親方にあって握手でもしておけばよかった。残念でならない。北の湖博物館にもう一度行ってくるかな。昭和28年生まれだった、俺より若い。ちょっとガッカリだ。

 

新酒の味は赤、白飲んだが、正直判らない。誰かがお勧めしたらしいが白はイマイチ、赤がよく飲めた。正直、つまみも日本酒用だった。店に入ってつまみを見た瞬間「えぇ、これでワインかよ」と思うような刺身、揚げ物だった。まあ、いいけど。

 

11月21日朝。アルコール・インサイドだ。写真は「五十から」

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腹は正直

2015-11-20 05:36:12 | Weblog

常総市で床上浸水した小中高の同級生「オサム君」から礼状が届いた。その手紙によれば家は床上35センチ、そして結城紬を織っている工場は1.2メートル浸水し、織機などが使い物にならなくなったと。家は修理を行っているが終えるのは12月末だと。大変な被害だ。災害にあった翌日電話をしたところ明るい声で「徐々にやっていく。命があっただけ良かった」と言った。こんな被害になっているとは。ただが実家から直線2キロも離れていない。つくづく我が実家はラッキーだったな、と。

 

流れが変わってしまった。変わってしまったと言うより相手に流れをプレゼントしたようなジャパンの攻撃だった。7回のノーアウト2塁、8回のワンアウト1,2塁を初球のストライクを簡単に見逃し、ボール球に手を出し、それぞれ無得点。このチャンスをものに出来なかったことが相手の流れになった。球数の少ない大谷君を7回で引っ込め、相手に「チャンスだ」と思わせたのも流れが変わった雰囲気作りとなってしまった。誰もが7回で交代するとは思っていなかったろう。

 

勝負事は流れだ。特に野球の場合は得点チャンスを逃すと相手にチャンスが行ってしまう。いわゆる「ピンチの後にチャンスあり」だ。2度のチャンスをいともやる気があるのか、ないのか判らないような淡泊さ。ガッカリだ。ラグビーとは全然盛り上がりが違った。こういった流れが野球界を子供から遠ざける要因だ。野球大好き人間にとっては「何やっている」と怒鳴りたい。

 

またまた太りだした。腹が出てきた。9月のマラソン前後は70キロを割るかと思ったほど締まっていたのだが、今はズボンをはくと判るが腹が出てきている。腹は正直だ。飲み食いを減らすか、運動するか、どっちやらなきゃいけない。

 

11月21日朝。

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4.5回

2015-11-19 05:31:28 | Weblog

昨夜はサッポロビール会ニセコ支部の飲み会。サッポロビールを飲み、樽を飲み干したら終わり、家路につく。この支部は近隣町村にもあり、持ち回りで年1回全体で行う会もある。ニセコ支部は3年くらい前に休眠していたが復活、その会に入れて貰っている。基本は年会費2000円、2ヶ月に1回実施、1回の参加費は3000円だ。某ライバルのビール会の方が大々的にやっているかも知れない。月に2回実施だが、今年度は年に2回目が昨夜だった。皆さん忙しいのだ。でもこの時期のビール会、ビール以外飲んではダメのルールもあるが中ジョッキ3杯も飲めば飲めなくなる。半分以上がビールを止めて焼酎やウィスキーを飲んでいる。俺もウィスキーグラスに替わっていた。

 

ビール仲間の中に「今日で135ラウンド目」という2年前に定年退職した方がいた。今はニセコでプレイできないがゴルフの今年のラウンド数だ。未だオープンしている伊達市のゴルフ場でプレイしてきたようだ。俺も今年彼とは数回ラウンドしている。

 

ここニセコ周辺のゴルフ場は4月の最終週にオープンし、11月の第1週にだいたい終了する。プレイ日を計算すると約200日弱だ。1年52週、半分より少し多いので30週とすると、一週間に4.5日。一週間に4回から5回プレイすることになる。まあ、良いペースでプレイしている。135回のうち、120回をニセコでプレイしたと仮定し、シーズンパスを買ってのプレイだと120ラウンドで30万円、ニセコでのワンラウンドの料金は4000円の計算になるのか。

 

ゴルフ場は自宅から15分とか20分の距離、ガソリン代もかからない。勿論高速なんて乗らないというよりない。昼飯なんか食わずにラウンドできる。昼飯にビールを飲んでユッタリ、そんなゴルフではない。昼飯前に終わってしまう、昼飯を喰ってからラウンド、そんな感じだ。そして約3,4時間遊んで4000円、パチンコだと30分保たないだろう。

 

俺は今年何ラウンドしたのか。後でクレジットカード会社の請求書から調べて見るけど30ラウンド以上40未満か。まあ、半年で135ラウンドか、一度そんな年を作っても良いけど仲間が居ないと出来ないな。いつかやってやる、じゃダメ、出来ない。でも、いつかやってやるぞ。できないな。

 

11月18日朝。1日中会社のウェブページが見られなくなった。やっと回復したようでホッとする。

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会長

2015-11-18 06:45:08 | Weblog

昨日も小樽だった。昼の12時から16時近くまでライオンズ国際会長のセミナーだ。北海道のライオンズクラブの会長さんたちが集まり、国際会長の話を聞き、そして会長を囲み居酒屋で一杯やった。

 

9月に旭川で東日本の役員300名ほど集まり初めて国際会長の話を伺ったときにはかなり檄を飛ばされた。それに比べ昨夜は何となく丸くなった感じを受けた。居酒屋で一杯やったときに回りの方々も同じような意見だった。37年ぶりの日本人の国際会長ということで力が入ったのだろう。

 

会長さん強く意識ところがある。会員数でも、献金についても世界二位、アメリカに次ぐ順位を目指しているようだ。会員数ではインドに抜かれ世界第3位、そしてアジアの国が会員数を伸ばしている。そんなときに会長になった関係で日本人の会員数を伸ばしたい気持ちは十分伝わってくる。世界会長、トップ、尊敬はするものの同じ人間だが、俺みたいな適当な男とは違い意識は全然違うな。

 

11月18日朝。小樽のホテルで。

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グループ討議

2015-11-17 04:45:45 | Weblog

去年の今頃は30センチの積雪だった。ところが昨日は暖かく車に搭載された気温計は12度だった。随分と暖かい。そろそろ降り出してくれないと今週末のスキー場開きに間に合わない。

 

いつもこの時期には思うのだ。毎日午前中滑りに行って温泉に入って午後から仕事、このパターンで行こうと思っているが、東京タワーと一緒で近くにあれば登らない、滑らない。いつもでも出来ると思っているので天気の良い日だけ滑るのだ。贅沢していると思われるかも知れないがニセコに住む特典だ。せめて今年は滑ろう。65歳になったので何か特典あるかも知れない。これを上手く利用しよう。

 

案内があった。『第149回まちづくり町民講座「みんなで描こうニセコの未来」を開催します。ニセコ町では、人口減少社会を克服し、将来にわたって豊かで魅力ある町をつくる「自治創生」に取り組んでいます。近年、ニセコ町の人口は、人口5,000人規模の町村では珍しく増加傾向にあり、地方創生の最先端として、全国の注目を集めています。

 

自治創生に関しては、これまで、町の統計情報等をもとに町民の皆さまとの意見交換を蓄積してきました。今後、それらの結果を踏まえ、将来に向けてニセコ町の特徴に応じて重点的に進めていく取組を「総合戦略」として取りまとめます。』

 

過去何回か行っていたのは知っていたが初めてこの講座に参加。どんなことを話し合っているのか半分冷やかしで出かけた。ただ、聞いて帰るつもりが、4人になってグループ討議、「ワールド・カフェ」というらしいがペタメモや大きな紙を使って「ニセコらしい未来」とかのテーマで問題点やあるべき姿をそれぞれが出し合う。一人残して別のテーブルで同様に話し合う、さらに元のテーブルに戻って話し合う。20分、3パターンを行った後その結果をグループ発表する。

 

随分進んでんじゃないの、と思った。参加者、若い役場職員も居たが30人以上いたろう。参加者全員が参加する、発言する場ってない。ただ単に聞いて帰る俺みたいな気持ちの講座が多い。全然知らない人と話すのも新鮮だった。このために来ていたxx投資xxの方もいた。見渡せばほとんどが移住者。こんな話し合いが行われていた。いいんじゃないの。

 

11月17日朝。

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手酌

2015-11-16 05:14:32 | Weblog

空き家バンクサミットが終わった夜、倶知安の第一会館で懇親会を沢山の関係者が集まって行われた。円卓のテーブルには各7,8名が座ったのか。席順も抽選で行い、全然知らない方とも交流が深められたのか。毎回毎回、同じ人と隣り合わせで飲んでも刺激がなく、新鮮味も欠けたので良いアイデアであった。

 

俺が座ったテーブルは7名のうち、よく知っている方が2名、少し話をしたかたが2名、初めての方が2名だった。そのうち、酒を飲むのが俺を含め4名、両サイドは飲まない方が座った。

 

旭川方面から来られた「しりべし空き家バンク」を発足させた女性が地元のお酒を抱えて来てくれた関係でビールの後は日本酒にした。テーブルには倶知安の酒も置いてあった。その彼女がわざわざ酒を注ぎに来てくれた。そのお返しに何回か注ぎに行った。彼女の隣の席の若者はお酒が好きなようで旭川の酒と倶知安の酒が入ったお猪口が空になった。その度に4,5回席を立って注ぎに行った。

 

20年前なら少しは思ったかも知れない。「お返しに注ぎに来たら」と。20年前頃から酒の飲み方が変わってきたなと思っている。俺がサラリーマンの時代の飲み方は常に先輩のグラスやお猪口の減り具合をチェックしていて半分以上なくなっていたら注いで歩いた。そんな酒の飲み方の教育を受けていた。

 

今の若者は先輩から注がれたという意識はない。注がれたからお返しに、という意識もなさそう。隣の、先輩のグラスやお猪口のアルコールが無くなっているから注ごうか、という意識もなさそう。ちょっと寂しいがそれはそれで良いのかと思うようになった。時代が変わったのだ。差しつ差されつの時代は終わったのだ。

 

隣の若者も運転があるとのことで飲まなかった。そのためノンアルコールを2度ほど注いだ。お返しはなかった。4,5回注いだ若者からもなんのお返しが無かった。別にお返しがないから文句を言う訳ではない。一昔前なら間違いなく何か言っていたろうが時代が変わり酒の飲み方も変わったのだ。

 

しかし、よく考えてみれば「差しつ差されつ」がないから身体にはいい飲み方になる。二日酔いもない。でも、まあ、反面寂しくなったのかな。若者同士の飲み会は手酌かいな、と。そんな時代なのかな。

 

11月16日朝。

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