のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

サンディ・トム

2008-07-09 | 音楽
血も涙も無い人間と思われているのか、のろがこう申しますと知人の皆さんは決まって驚くんでございますが
映画を見たり、本を読んだり、すごい夕焼けに出会ったりいたしますと、すぐ涙ぐんでしまうのでございます。
意外と思われるのはけっこうなことで、ワタクシとしてもなれるものならば人類が滅亡しても眉毛一本動かさないような人物になりたいものでございますが、なかなか道のりは遠うございます。
泣くまいぞと心構えしている時は泣かずに済む(時もある)わけでございますが、こういうものは思わぬ時に思わぬ方向から吹いて来る突風のようなものでございまして、まさかという時に襲って来る上、ひとたび捉えられたらもうアレヨアレヨなのでございます。

つい先日もアレヨアレヨと涙を拭うはめになりまして。
吹いて来たのはサンディ・トムの2ndアルバム『The Pink & The Lily』所収の「The Last Picturehouse」という曲でございます。

サンディ・トム。自宅アパートの地下室でのライブ演奏をネット配信し、それがきっかけで世界的にブレイクしたスコットランドのミュージシャンでございます。
力強く伸びやかな歌声とシンプルなサウンドがギュとつまった1stアルバム『smile.....it confuses people』(邦題『鏡の中のサンディ』)はいつ聴いても何度聴いてもいい名盤でございます。
家で一日中こればかり聴いていた雨の休日もございました。

2ndアルバムはどうかと申しますと、 ライナーノーツの言葉をお借りするならば「自分の持ち味をしっかり維持しつつ、音楽性や世界観の広がりを見せる、まずは理想的なセカンド・アルバム」ということになるようでございます。1stのシンプルさがとても好きだったのろとしては、あんまり「広がり」すぎてほしくはないものだと思っている次第。
しかしこのアルバムも聴くごとにずんずんと好きになってまいりました。



冒頭を飾る 「The Devil's Beat」は文句無しにカッコようございますし、
「恋はあせらず」のような軽快なメロディに乗せて昨今のTVの堕落・凋落ぶりを嘆く「Remote Control Me」もよろしうございます。
ケルトな雰囲気の漂う「Success's Ladder」は、心身をすり減らして大金を稼ぐ人生から足を洗い、無名の画家になったビジネスマンの物語。そりゃゴーギャンだろって。いえいえ、Success's Ladder(成功への梯子)を自ら進んで転がり落ちたジュリアン・サイドボトム・ウィリアム・スマイスは、作品にサインすらしないのですよ。

そして「The Last Picturehouse」は、閉館の日を迎えた古い映画館のことを歌った曲でございます。
曲調も内容に合わせて、映画のラストシーンで流れてきそうなものになっております。即ち、切々としてドラマチックで、ちょっと大げさ。その感じがとてもよろしい。

Born to entertain us back in 1925
So beautiful and strong enough to bring their dreams alive
Always thought it would last forever


生まれたのは1925年 私達を楽しませるため
素敵な夢を届けてくれる美しく堂々とした姿
いつまでも続くものと思っていた

よろしうございましょう。もうこの出だしだけでも
「建てられた」ではなく「生まれた」と歌っておりますね。歌の中でこの映画館は「彼」と呼ばれるのでございます。

1920年代といったらサイレント映画の黄金時代でございます。
1925年はエイゼンシュテインが『戦艦ポチョムキン』を、チャップリンが『黄金狂時代』を、キートンが『セブン・チャンス』を世に出した年でございます。(並べてみるとすごいなあ)以降何度も映画化されることになる『オペラ座の怪人』が初めてスクリーンに登場したのもこの年のこと。5~10セント程度で鑑賞できた映画は、まさに庶民の娯楽の王様でございました。

そんな輝かしい時代に生まれた「彼」、たくさんの夢や笑いや感動を街の人々に与え続けた「彼」。
しかし時代は移り変わり、観客はしだいに減って行く。街には高層ビルがどんどん建ってもはや星(スター)の輝きも見えなくなってしまった。
彼もついに取り壊される日が来る。重機が彼を brick by brick 少しずつ解体してゆく。街の最後の映画館である彼を。

Gene Kelly went singing for the last time in the rain
And one more kiss with Betty Davis before the final flame

(↑女優ベティ・デイヴィスのつづりは"Bette"なのですが,一応歌詞カードのとおりのつづりで載せました)

ジーン・ケリーが雨に歌うのもこれが最後
ベティ・デイヴィスと最後のキスをもう一度

よろしうございましょう。もうこのへんにまいりますと鼻水が止まりませんですよ、のろは。
まあジーン・ケリーよかフレッド・アステアの方が好きですけど。関係ないですね。はい。

この歌も先に挙げた「Remote Control Me」も、それから代表作「I wish I was a punk rocker」なんかはまさにそうでございますけれども、彼女の歌にはしばしば過ぎ去ったもの、「古きよき」ものに対する憧憬が歌われております。
その歌われかたがたいへんストレートで、はずかしげも無くストレートで、それがとってもよろしうございます。

自宅の地下室から一気にスターダムに駆け上がったサンディ・トム。
これからもいっそうの活躍が期待されますが、シンプル&ストレートな感覚を、いつまでも失わずにいてほしいものでございます。


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