連載!海外勤務の落とし穴

現地法人の社長になったら必読、「野呂利 歩、アメリカを行く」。どつぼに嵌った駐在員の悪戦苦闘の物語。

野呂利 歩 奮戦記(第七章) 採用(14)奥さん同伴面接の旅

2018-02-16 08:16:09 | 連載、海外ビジネス
 と言っても、奥さんも面接に同席するわけではない。州外遠方から来る候補者の面接日程が決まると、候補者から奥さん同伴で言っても良いか、と問い合わせが来ることがある。
 野呂利氏の会社が品質管理のマネジャーを雇うべく募集をかけ、電話面接で有力候補者を絞り込んだ。候補者は飛行機で二時間の州外に住んでいた。会社での面接の段取りをつける為、本人と連絡を取ったところ、本人から、ワイフを同伴したいが、構わないかと言ってきたので、アメリカの面接事情に明るくない野呂利氏は、ワイフの旅費まで面倒見切れん、と思い単独で来るよう要請した。面接終了後、会社としては人物評価も良く内定の連絡を入れ、具体的な条件を書面にて提示し、確認のサインを待ったが……………
奥さん同伴要請に関しては、殆どの日本人の反応はネガティブだ。野呂利氏のように、何故旦那の面接に奥さんが一緒に来るのだ、そんな経費まで負担させられてたまるか、となる。心情的には分かるが、申し出を拒否して痛い目に遭うと、あの時オーケーしておけばと後悔する。
 知らない土地に移るという事は、奥さんにとっても一大事。どんな土地柄か、不安も付き纏う。環境はどうか、危なくないか、RACEの問題はどうか、違和感無く生活していけそうか等々、周辺を回りながらチェックする。本人面接でOKとなっても、下見の結果、奥さんがNOと下せば転職は成立しない。
 最悪のケースは、採用が決まり、奥さんが下見なしで移ってきた時。違った環境に適応力のある奥さんなら良いが、そうでないと、数ヵ月後に奥さんが「こんな所住めない」といい始め、再転職を余儀なくされる。本人達も大変だが、会社は一から採用のやり直しとなるから、時間的ロスと仕事への影響を考えると損害は大きい。日本以上にアメリカの夫婦はパートナー意識が強いので、奥さんの意向をないがしろにすると痛い目に遭う。
 この件で重要なことは、候補者本人だけでなく、奥さんも含めて支障なく転居出来るか出来ないかの見極めを出来るだけ早くすることにある。早めに「出来ない」と見極めが付けば、次のアクションも早めに出来る。例えば、次点の候補者も遜色なければ、他社へ転職を決める前に捉まえることも可能となる。
 野呂利氏の会社の品質マネジャー候補の後日談はどうだったのだろうか。実は、内定を貰った候補者は、その段階で、会社から「内定を前提とした最終打ち合わせの為に、奥さん同伴で来てくれ」というのを期待したが、無かったので、週末に奥さんと車で旅行がてら会社周辺と街を見て回ったとの事。結論は奥さんが乗り気でなくご破算となった。奥さんの会社に対する心象もマイナスに作用したであろうことは十分に推測出来る。

野呂利 歩 奮戦記(第七章) 採用(13)引っ越しのポリシー

2018-01-09 10:44:42 | 連載、海外ビジネス
人を採用するのに、常に地元の人ばかりとは限らない。むしろ、いい人材に焦点を合わせれば、遠方の人を採用することが多い。遠方と言っても広いアメリカ、半端じゃない。採用に伴う引越しについて、企業の対応は様々だ。

野呂利氏の会社が、中堅営業マンを雇うことにした。地元ではふさわしい人材が見つからず、州外の候補者に白羽の矢を立てた。かなり遠方に住んでいたが、是非来て欲しい候補者だったので、採用内定を出した所で、候補者から引越し費用についての問い合わせがあった。野呂利氏の会社では、今まで地元の人しか採用してこなかったので、州外から転居してくる人への引越しポリシーは全く決めていなかった。慌てた野呂利氏、日系企業数社に実態を聞いたが、皆様々で、何処を落とし所とするか決めかねているうちに数日経ってしまった。漸く、この線で行こうと腹を決めた案で、候補者に連絡を取ろうとしたが、今度は候補者が捉まらないという事態になった。アメリカの事情が未だよく分かっていない野呂利氏にとっては、何が起きているのか、さっぱりの状態である。暫くして、候補者からメールで、他の会社に転職を決めたので、悪しからず、という内容だった。野呂利氏は、大魚を逃したような心境だった。

候補者に何が起こったのか。この場合、二つのケースが考えられる。ひとつは、仕事を探している候補者は、複数の会社の面接を受けているのが普通で、同時期に両方から内定を貰う場合もある。条件面で他社の方が有利なら、そちらを選ぶ。問題は二つ目のケースだろう。企業として当然備えていなければならないポリシーを、問い合わせた時点で、持っていなかった事と、条件提示に時間が掛かってしまった事により、候補者はこう考える。「この会社大丈夫?」。これで候補者は簡単に逃げてしまうのだ。

引越し費用を出すか出さぬかを、会社のポリシーで決めておく必要がある。出さないポリシーを採るなら、良い人材が集まりにくい事を覚悟しなければならない。
引越し費用を出す場合でも全額負担もあれば、上限を決めた限定負担もある。一定額支給して不足分は個人負担、余れば個人のもの、という方法もあり、様々だ。

通常、会社は費用負担の有無を人を募集する際に情報開示しておくのが望ましい。ところが、会社負担をしない日系企業が、募集時に一言も触れず、片やアメリカ人は当然費用負担してくれるものと思い込み、その状態で一挙に採用まで突き進み、最後の段階で候補者に逃げられてしまうことがよくある。前出の野呂利氏の失敗談はそのひとつだ。会社負担無しの募集では、当然候補者は敬遠し、応募者は少なく、いい人材は来ない。全額負担が無理なら、せめて一定額支給を考えるべきである。

野呂利 歩 奮戦記(第七章) 採用(12)アメリカの給与の仕組み

2017-12-04 13:48:58 | 連載、海外ビジネス
初任給の相場を見ると面白い。同じ技術系でも化学専攻は工学専攻より高い。会計学専攻はマーケティング専攻より高い。職種は専攻とリンクし、各々独自の相場を持っているから、同じ新卒でも職種と専攻によっては初任給が異なることが起こる。毎年、その時期になると、新聞やその他情報ソースで、翌年度の新卒者の専攻別実勢相場が公表される。もちろん、業界、会社単位でレベルは異なるが、ガイドラインとして参考になる。日本なら、「○○業界、大卒文系初任給十二万~十四万」の表示となるが、アメリカでは、「化学専攻年収四万ドル~四万五千ドル、経理専攻年収三万ドル~四万ドル、マーケティング専攻年収三万ドル」と公表される。

日本は、文科系では法科だろうが経済を出ようが経営学を修めようが、同じ会社なら一律初任給で用意ドン。全般的には学校の専攻と職種のリンクは甘く、概ね初任給は同じでスタートする。そこには、終身雇用を前提とした「育てよう」の精神が見える。

ベストバイ(Best Buy)、お買い得。アメリカでも商品にお買い得はあるが、さすがに人材にはお買い得は無いと言われている。これを日本から来た駐在員は誤解する。

前出のハーバード出の話だが、学歴が本当としたら、ベテランの域で順調にキャリアを積んで来ているのであれば、どんなに少なくても年収8万ドルだ。普通は10万ドルを超えている。それが6万というのがそもそもオカシイ。そこから疑わなければいけない話だが、野呂利氏を惑わすには十分な環境だったと言える。まず相手が日本人という事で全体のガードが下り、ハーバードということで二重丸、更に6万ドルという安さにお買い得と思ってしまったのは無理も無い。

スタートしたキャリアも行く手が全てばら色ではない。階段を昇る為の転職もあれば、倒産、リストラによる止むを得ない転職もある。後者の場合、運よく同等かそれ以上の給与が貰えればよいが、事情によっては、給与ダウンを承知で移る。しかし、アメリカ人は常に、今までのキャリアで得た自分の相場と世間相場を念頭に刻み込み、自分の本来あるべき相場へ出来るだけ早く引き戻そうとする。そして、転職先が見つかれば二週間通知となる。アメリカ企業は、短期で辞められる事は日常と理解しているので、割り切りが良いが、人材育成志向が強く、お買い得があるとの期待が拭えない日本人は、辞められて、えらく損をした様な感覚の陥るのであろう。

その人に適正な値段(年収)が付くと言われているアメリカ。人材に関する限り、お買い得という言葉を忘れた方が良さそうだ。

野呂利 歩 奮戦記(第七章) 採用(11)看板に偽りあり

2017-11-01 09:12:25 | 連載、海外ビジネス
これも職務記述書の話だが、看板即ち内容に偽りがあるケース。次郎君は、長年、生産管理をやってきた。日系企業で生産管理が出来る現地採用者は貴重な存在だ。その経験を買われ転職した。会社の職務記述書では、本来の生産管理業務とそれに関連する購買業務をスーパーバイザーとして担当することになった。その他に記述書には、「担当業務上、通訳業務が必要な場合はそれを担当する」という一項があり、次郎君は当然それも承知していた。

ところが、仕事が進むにつれ、直接の業務とは関係ない会議や相談事で通訳として借り出される事が多くなり、とうとう自分の仕事の60%が通訳業務になってしまった。明らかに「担当業務上必要な通訳業務」の範囲から大きく逸脱する結果となった。直接の担当業務もあるが、どうしても後回しになり、残業が増えるばかりで、その状況は一向に改善される気配は無かった。通訳でこの会社に入ったのではないと、日本人上司(駐在員)に談判したら、返ってきた答えが「それも仕事の内」。看板を信じて入ったが見事に騙された格好になってしまった。会社は彼をいつの間にか便利屋にしたのだ。アメリカ人のHRマネジャーはいるが、上下関係が日本人同士の場合は、どうしても日本人同士で解決しようと言う意識が働くから、アメリカ人のHRマネジャーまで話が上がらない。

仮に、HRマネジャーが仕事の内容に気づいても、やはり、日本人同士の中を割って入るのは、相当難しいだろうと推測される。仕事の実態を正確に把握すれば、この会社は専任の通訳を雇う必要がある事は明らかなのだが、会社はケチってコストを浮かそうとした。これも実によくある典型的なケースである。彼が、自分のポジションについて過去の経緯を調べてみると、驚いたことに、採用一年前後で皆辞めている事が判明。とんでもない会社に来てしまったと後悔し、長居をしてもプラスにはならないと判断し、早速転職活動に移ったのは当然であろう。生産管理の経験者ということもあり、三ヶ月も経たぬうちに転職先を見つけ会社を去った。

このケースでは、駐在員と現地採用の違いはあるが、上司と部下が同じ日本人同士であったことが、裏目に出た。もし、次郎君に相当する人がアメリカ人だったら、どうなったであろうか。日本人は、相手がアメリカ人となると、途端に警戒する。恐らく、頭のどこかに、アメリカ人と事を構えると訴訟になりかねない、という恐怖感があるから、早速アクションを起こすかもしれない。

野呂利 歩 奮戦記(第七章) 採用(10)職務記述書(Job Description)

2017-09-04 13:24:58 | 連載、海外ビジネス
ジョブ・ディスクリプションは、見過ごしてはならない重要な道具にもかかわらず、そう思っていない日系企業のトップは多い。全ての従業員は自分の職務内容を会社から渡されるのが普通。従業員に渡した事が無いという会社は「変な会社」と思ってよい。

日本では、一般的に転職はしないとの前提だから、新人なら最初は先輩上司が少しずつ教え込み、全体のサイクルを経験したところで、一本立ちさせる。その間に何をすべきかを身体で覚えるようなもので、特に記述書を会社からもらう事も無い。

アメリカでは、そんな悠長な引継ぎは不可能で、意味が無い。マニュアル文化の国だから、新しい人が、マニュアルを読めば基本動作が全て出来るくらいにしておかなくては、突然辞められても対応が出来ないのは明らかである。そこで職務記述書の充実が意味をもってくる。

例えばセールス。市場調査、顧客訪問、値決め事前交渉、から週報、月報作成、誰に報告するかに至る迄細かく書いてあり、最低責任範囲として実行しなければならない。
どの程度詳しくするかは、会社によって多少異なるが、この職務内容に対して給与が設定されるので、非常に重要な意味を持つ。従って、その範囲を外れる仕事をやれと言うと、大方のアメリカ人は、それは俺の仕事ではないと堂々と言う。関係ない仕事をやるのも当たり前の風潮の中で否応無しに育ち、仮に文句を言いたくても我慢をして仕事をして来た日本人は、アメリカ人が堂々とノーと言うのを聞くと、羨ましく思うと同時に、思わずムッとしてしまう。これでは人間関係、決してうまくはいかぬ。

では、記述書外の仕事が発生したらどうするのか。単発的なものなら、事情をよく説明すればアメリカ人でも快くやってくれるものだ。例えば「これは君の職務範囲ではないのだが、社内に精通している人にやってもらいたいので、君にお願い出来ないか」等と相談すれば、大概はやってくれる。頼み方の問題でもあるのだが、やって当たり前のような態度を見せ、ろくに説明もしないとなると、後々必ず揉めることになる。

単発の仕事と思っていても、いつの間にかそれが定常的になってしまう事がある。定常的な仕事と判断されたら、職務記述書を見直し、改定する必要がある。それに伴い、給与の見直しも同時に検討しなければならない。専任のHR担当が居る会社その点にも配慮が届くが、担当を置いていなければ、職務内容の見直しをうっかり忘れる事もある。忘れただけなら、未だ罪も軽いが、いただけないケースは、給与の見直しは人件費の上昇となるからまずい、と見て見ぬ振りをする会社だ。こういう会社は、これが火種となり後々必ず問題を起こし、社長更迭にも発展しかねないから、軽く見てはいけない。